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第十九話


 ガジェの言葉で、涙が止まった。

 頭が冷めて、冷静になる。


「どういう……ことなの」


「ただ、あなたを殺すだけでは飽き足りないそうだ。例外として、国外へ逃亡するつもりなら、その場で殺せと命じられていた」


 シルビアの母親に、かつての婚約者を奪われた継母。彼女の憎しみは、前王妃の生き写しであるシルビアに向けられ、時とともに膨れ上がっていった。それが、娘の見合い相手である隣国の王子を先妻の子に奪われかけたことで、一気に爆発したのだろう。


「わざわざ芝居までしたのは、私を油断させるため?」


 うなずく彼に、愕然とする。


「だからあとを追って来たのね」


 シルビアの居場所を突き止め、監視するために。

 彼の意思ではなく、王妃の命令で。


 ――あなたはあの時、俺を対等な人間として扱った。一度も俺を蔑まなかった。だからかもしれない。


「あの時の言葉は、嘘だったの……」


 ガジェは答えず、顔をそむけた。

 そのことに、激しい胸の痛みを覚える。


「それなのに、私ったら、自分の計画がうまくいったと、ばかり思ってて……」


 身体が震えて、足に力が入らない。

 ガジェから離れて、ふらふらと椅子に座り込む。


「罠にかかったのは、私の方だったのね」

「だが、あなたはまだ生きている」


 その瞬間、かっと頭に血が上り、ガジェをにらみつけた。


「いつ、私はあなたに殺されるのかしら」


 露骨に顔をしかめられるが、かまわず続ける。


「私を殺さずに生かしているのは、あの人の命令だからでしょう」

「俺が命令に背けば、他の奴が来るだけだ」

「……だから、今すぐここを出て逃げろというの?」

「そうは言っていない」


 シルビアの顔を見て、ガジェは苦笑する。


「近いうち、王城で騒ぎが起きる。詳しいことは話せないが、あなたへの監視の目も緩むはずだ。その隙に逃げればいい」


 有無を言わせぬ口調で、ガジェは続けた。


「ここを出たら、孤児院に行け。場所はトーマスが教えてくれる。そこでマザーという女性に会うんだ。彼女なら、力になってくれる」


 マザーと聞いて、イツカ・ベルタの顔が脳裏をよぎる。一体彼らにどんな繋がりがあるのか。

 わけがわからない、とシルビアはかぶりを振った。


「そんなことをして、あなたに何の得があるの。私を逃がしたことがあの人にばれたら、ただじゃすまないわよ」


 それどころか、それすら継母の罠ではないかと、疑ってしまう。


「最初は殺すつもりで私に近づいたのでしょう。なぜ途中で気が変わったの?」

「……トーマスをあなたに任せたい」

「トーマス……?」


 なぜここで彼の名が出てくるのかと、毒気を抜かれてしまう。


「あいつを欲しがっていただろ? 一緒に連れて行って欲しい。いいかげん、子どものお守りにはうんざりしていたところだ」


 嘘だと思った。トーマスに関してだけは、ガジェが心にもないことを言っていると、すぐに気づいた。そもそもガジェにトーマスを騙す必要などないし、いやいや面倒を見ていたのであれば、わざわざ他人に頼まなくとも、当人を家から追い出せば済む話である。


 ――また、トーマスに私を監視させるつもりなの?

 

「信じられないのなら、マザーに預けてくれてもかまわない。あなたの判断に任せる」


 考えていることを読まれて、さっと頬に血が上る。


「そのこと、あの子にはもう話したの」

 

 いや、と首を横に振られて、


「だったならなおさら、素直についてくるとは思えないわ」


 ガジェは椅子に座ると、冷めたお茶を口にした。


「俺が行けと言えば行くさ」

「あの子の気持ちはどうなるの」

「人の心配をしている場合か」


 あきれたように言われ、ぐっと言葉に詰まってしまう。


「俺の言葉が信用できないのなら、それでもかまわない。決めるのはあなただ」


 ……


 ガジェ・ノーマンが店を出た後、シルビアは護身用のまじないがほどこされた鍵を握りしめ、じっとしていた。彼の言葉が事実かどうかは、先でわかることだ。とりあえず準備はしておくつもりだが、行動に移すかどうかは、騒動の内容を知ってからでも遅くはないはず。問題は……、


 ――俺以外にも、王妃の手の者がこの店に来ている。


 それは誰か。


 ふと、落ちているハンカチが目に入り、拾い上げる。

 真っ赤な薔薇の刺繍がほどこされた、手製のハンカチ。


「シルビアさん、いないんですか?」


 扉をノックされて、シルビアは立ち上がった。

 鍵を開け、トーマスを中に入れる。


「頼まれていたもの、買ってきましたよ」


 不自然に思われないよう笑顔を浮かべ、ありがとうと言って、品物を受け取る。トーマスはどこか、浮かない顔をしていた。おそらくまだ、ガジェのことを心配しているのだろう。


「ねえ、トーマス。前々から思っていたのだけど、騎士の小姓などやめて、私のところへ来ない? あなたがいてくれると、とても助かるのよ」


 さりげなく切り出してみるものの、「お気持ちはありがたいんですが、すみません」と真面目な顔で断られてしまった。


「シルビアさんは僕がいなくても平気でしょうけど、ガジェ様は僕がいないとダメなんです」

 

 そう、とシルビアは苦笑した。


「そうだわ、戻ってきて早々、悪いのだけど、あと一つだけ、用事を頼まれてくれないかしら」


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