第十七話
「そういうの、やめて」
彼の前の椅子に座ると、シルビアは首を傾げて言った。
「言いかけたことを途中でやめるなんて、逆に気にしてと言っているようなものじゃない。男らしくないわ」
最後の言葉に、ガジェはむっとしたようだった。
「あなたは俺のことを信用していない」
「だから私には何を言っても無駄だと思ってるの?」
視線をそらす彼に、「意外に子どもっぽいところがあるのね」と笑ってしまう。するとガジェは、怒ったようにシルビアの目を見据えると、
「俺やトーマスに見張られて、イヤではないのか。俺から逃げて、ここを出て行きたいと思ったことは?」
「今さら、それを訊くの?」
「……おかしいか?」
「おかしいわよ、だって……」
シルビアは立ち上がり、近づいて彼の顔をのぞきこんだ。
「あなた、私に何を隠しているの?」
ガジェは一瞬、苦しげな表情を浮かべると、立ち上がって店を出て行ってしまった。「待ってっ」と咄嗟に追いかけようとするが、店の外へ出てしまったら、王女であることがばれてしまうかもしれないと、躊躇してしまう。
けれど第一王女はすでに死んでいるし、少しくらい姿を見られても大丈夫な気もするのだが、結局、後を追うことができず、立ち止まってしまった。ガジェの姿はもう見えなくなっている。
――私はいつから、こんな臆病者になってしまったの?
これでは、ガジェのことは言えないと、シルビアは愕然とした。
これまでは、王城のどこにも、自分の居場所などなかった。祖父の残してくれたこの店の存在が、唯一の心の拠り所だった。だからなのか、この店を出ることを考えただけで、裸で路上に放り出されるような、心許ない気持ちになるのは。
――でも、それだけじゃないわ。
シルビアは自分の頬を両手でぱんっと叩いて、活を入れた。
――私はここが好きなのよ。実際に住んでみて、もっともっと好きになった。だからもう、逃げたくない。
次に、ガジェに訊ねられた時は、そう答えようと決意した。
それにしても、なぜ急に彼はあんなことを言い出したのか。もしや王妃に第一王女が生きていることがバレてしまったのか。だとしても、あんな態度で店を出ていくなんておかしい。彼にはまじないが効かないのだから、殺そうと思えばいつでも自分を殺せるはずなのに。
――あなたは俺のことを信用していない。
「なら、信じさせてよ」
自分でも身勝手な発言だと思い、シルビアは苦笑した。
……
赤い薔薇の花言葉は「情熱」や「愛情」。よほどイツカの作品が気に入ったのか、ミリアーナは再び同じ刺繍が施されたハンカチを買い求めると、シルビアに言った。
「贈り物用として包んでくれる?」
「かしこまりました。カードもご用意しましょうか?」
「いらないわ。手渡しだから」
「……お相手は騎士様ですか」
さりげなく訊ねたつもりだったが、
「シルビアちゃんったら」
なぜか盛大に吹き出されてしまう。
どうして笑われるのか意味がわからず、シルビアは唇を尖らせた。
「この前、楽しそうにお話されていたじゃないですか。見てたんですよ」
「あら、気になる?」
気にならないといったら嘘になるので、黙っていると、
「あの人、シルビアちゃんに気があるみたい」
「どうしてそういう話になるんですか。というか、ありえませんから」
「なぜありえないって思うの?」
身体的に問題を抱えているから? そんなそぶりを見せないから?
それ以前に、これまでの経緯をミリアーナに説明できないため、シルビアはただ「ありえません」と繰り返した。
「逆にミリアーナさんは、彼の何を見て、そう思ったんですか」
「シルビアちゃんの話をすると、妙に食いついてくるし……」
それは、正体がばれていないか、心配になったからでは?
「っていうか、勝手に人の話をしないでください」
「共通の知人を話題にすると話が盛り上がるじゃない」
「盛り上がりません」
「もっと自分に自信をもってよっ、シルビアちゃん」
励まされて、一体何の話をしてたんだっけ、と首を傾げてしまう。支払いすませると、ミリアーナは「ありがとー」と言って店を出て行ってしまった。




