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第十四話



 朝早く起きたシルビアは、裏庭に出て、うーんと伸びをしつつ、「今日も頑張るわよ」と気合いを入れる。一通り庭仕事に励んだあと、開花前のハーブを収穫する。株ごと収穫したハーブを麻紐で束ね、風通しの良い日陰の場所につり下げる。薔薇の花びらや摘み取った葉はざるの上に広げて、同じように風通しの良い場所で乾燥させる。


 作業が終わったら朝食の準備だ。お客さんの一人に、マーシュの葉は生で食べてもおいしいと聞いたので、サラダ用に摘み取った。サラダもいいけど、サンドイッチの具として使っても良さそうだ。昨日のベーコンが残っていたから、食用に植えたマスタードの若葉と合わせてサンドイッチも作ろう。マスタードはピリリと辛いハーブで、食欲増進、血液循環、鎮痛作用などの効果がある。生のままで食べられるらしく、味見してみるが、青臭い感じは全くなかった。ついでにゆで卵も作って――とあれこれ考えながら、台所に入る。


 朝食を済ませ、後片づけをしていると、玄関の戸をノックする音が聞こえた。おそらくトーマスだろうと思い、確認もせずに扉を開けるが、


「……えっと、どちらさま?」


 歳は十四、五歳くらいか。帽子を目深にかぶった小柄な女の子が、シルビアに向かって頭を下げた。


「初めまして。わたくし、イツカ・ベルタと申します」


 簡単な自己紹介の後、彼女が作ったという、手製のハンカチ類や装飾品を見せられたシルビアは、またか、とため息をついた。これまでも、自分の商品をシルビアの店に卸したいという人が何人かいたが、すべて断っている。自分のことで手一杯の人間が、他人の商品の責任まで負えるはずがないではないか。


 申し訳ないけれど、いつものように「ごめんなさい」と言って扉を閉めようとしたシルビアだったが、


「ま、待って。もう少しだけ話を聞いてください」


 必死の形相で食い下がられ、扉を閉めるのを阻止されてしまう。ものすごい力だ。困ったなと思う一方で、若いのに根性のある子だと感心してしまった。その時、彼女の顔をまともに見たシルビアは、


「あなた、目が……」


 少女の目は赤かった。ガジェ・ノーマンと同じ。しかし肌の色は白く、鼻の頭にはうっすらそばかすが浮いている。シルビアの指摘に、イツカ・ベルタは一瞬だけ頬をこわばらせたものの、半ば挑戦的に顎をあげて、


「目が赤いと、気味が悪いですか?」


 シルビアは即座に首を横に振った。


「そんなことないわ。ごめんなさい。知り合いに、あなたと同じ色の目をした人がいるの。だからつい、珍しくて」


「だったら、わたしの商品をお店に置いてくださいっ」


 なんてたくましい、とシルビアは苦笑しつつ、彼女を店内に招き入れることにした。「よかったらどうぞ」とお茶とお菓子を出すと、ものすごい勢いで口の中に消えていく。さすがにお茶は熱かったらしく、ふうふうと息を吹きかけて冷ましていた。


 彼女の作品を手にとり、一つずつ見ていく。色とりどりの紐で編み込まれたブレスレットに、ガラス玉と麻紐で作られたネックレス、美しい刺繍がほどこされた手製のハンカチは、幼い頃から刺繍をたしなんできたシルビアの目から見ても、見事な出来映えだった。


「よくできてる。あなた、器用なのね」

「唯一の取り柄ですから。お菓子、おいしかったです」

「それはよかったわ。ところで、あの」


 彼女の機嫌をうかがいつつ、赤い瞳は親譲りなのか訊ねると、イツカは「親がいないので、わかりません」とけろりと答えた。


「赤ん坊の頃に捨てられたらしくて、孤児院で育ちましたから」

「そうだったの、イヤなこと聞いてごめんなさい」


「あ、でも、マザーは、わたしには獣人の血が混じっているかもしれないって言ってました。獣人って知ってます? マザーは詳しく教えてくれなくて」


 知識としてなら知っていた。東方の、周囲を高い山々に囲まれた、人里離れた土地に隠れ住む、蛮族の民のことだ。閉鎖的な国なので、彼らに関する資料はほとんどないものの、常人離れした肉体を持ち、非常に好戦的な種族として知られている。


「あ、だからわたしも人より足が速かったり、男の子より力が強かったりするのかな」


 それにしても、獣人が赤い目をしているなんてことは初めて聞いた。一般的には知られていない情報なのだろう。イツカ曰く、マザーは過去に何度か、獣人の国を訪れたことがあるらしい。


「マザーは若い頃、いろんな国をめぐって、仕事をしてたらしいです」


 もしや元商人かなと首を傾げつつ、「すごい人ね」と感心する。この店から一歩も外に出られない自分とは大違いだ。彼女に会って、獣人のことをもっと詳しく聞いてみたいと思ったものの、


 ――それは、ガジェ・ノーマンのことが気になっているから?


 自問して、かーと顔が赤くなるのが自分でもわかった。とにかく、あの人のことはできるだけ考えないようにしないと、仕事が手につかなくなってしまいそうで怖い。


「わたし、マザーのような女性になるのが夢なんです」


 夢を語るイツカの表情を見て、シルビアは覚悟を決めた。


「じゃあ、仕事の話に戻りましょうか。あなたの商品をうちの店に置くにあたって、細かいことを決めていかないと」


「ありがとうございますっ、おねえさまっ」

「お、おねえさまはやめてちょうだい。シルビアでいいから」

「はい、シルビアさんっ。今度ともよろしくお願いしますっ」


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