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第十三話



「カモミールティーを試飲されたいとのことですが、失礼ですが、お客様は妊娠中ではございませんか? カモミールには子宮収縮作用がありますので」


「あらやだ。こんなおばさんにまで確認することないのに」

「おばさんと思われているのは、きっとお客様だけですよ」

「じょうずねぇ」


 照れ笑いを浮かべつつ、「もうとっくにあがってるわよー」と女性客はあっけらかんと答える。ハーブティーは身体に良いからという理由で女性に人気だが、妊娠中は飲用できない品種もあるため、注意が必要だ。

 

 営業時間が終わり、店を閉めると、シルビアは台所に立って、ブレンドティーの試作にとりかかる。メインで使うのは、いつも売れ残ってしまうタイムだ。オレンジタイムやレモンタイムなど柑橘系の香りがするものは比較的飲みやすいと言われているけれど、基本種のタイムは少し苦みがあるせいか、苦手だというお客さんが多い。効能としては風邪の症状を緩和し、殺菌、鎮静、消化促進、老化防止、膀胱炎など、他にも様々な症状に効果があるので、料理にも多用されるだけあって、非常に優秀なハーブだと思うのだが……。


 ――苦みが気にならなければ問題ないと思うんだけど。


 効能も強めたいし、苦みをすっきりとした味わいにするには、ミントを合わせるといいかもしれない。それに香り強めのハーブも合わせて……レモンバームかラベンダー、他には何をくわえようかな。タイム以外にもローズマリーやセージを使ったブレンドも作ってみたいと思った。


 ハーブに詳しいお客さんだと、たくさんの種類のドライハーブの中から、その日の気分に合った、または体調に合わせたハーブをその場でブレンドして飲むらしい。適当だから失敗することもあると笑っていたけれど、お願いしたら、成功例のレシピをいくつか教えてもらえた。少し手をくわえて商品としてお店に出していいか確認すると、快く了承してもらえたので、お礼にハーブの苗をプレゼントさせてもらった。


 毎日、お客さんやトーマスに教えてもらうことばかりで、私ってダメねと口からため息が出てしまう。けれどお城にいた頃より充実感を覚えるのはなぜだろう。いくつか試作品ができたので、一口ずつ飲んでみた。「これ、香りが微妙ね」「味がへん」「うん、これなら……」と思うものの、自信がない。


「僕はおいしいと思いますけど」


 翌日、トーマスに試飲してもらうと、彼は首を傾げつつ、


「最初はサービスとして提供して、お客さんの反応を見てみます?」

「無料だと遠慮して、良いことしか言ってくれないのよね」

「でもおいしくなかったら顔に出ると思いますよ」


 それもそうね、とシルビアはうなずいた。

 自信がないからこそ、やれることは全部やっておかないと。


 ……


 その日の午後、来店したガジェ・ノーマンに早速ブレンドティーを飲ませると、


「ど、どう?」

「……悪くないと思うが」

「悪くはないけどおいしくはない?」

「うまいと思う」


 注意深く表情を観察するも、いつもと変わらぬ無表情っぷりで、ぜんぜん顔に出ていないじゃないと、トーマスに八つ当たりしたくなってきた。


「あなたって、毎日何を考えて生きてるの?」

「考えなくていいことは考えない」

「それだけじゃ、意味がわからないわよ」

「……あなたのことは考えている」


 思わず虚をつかれたシルビアは、「どうせ、いつか何かやらかすんじゃないかって、冷や冷やしてるんでしょ」と憎まれ口をたたいてしまう。けれどガジェはどこか上の空で「そうだな」とつぶやいた。


 気まずい沈黙に耐えきれず、他にお客もいないからと、シルビアはずっと気になっていたことを口にした。


「私が死んだと知って、お父様はどんな顔をしてらした?」

「言葉を失い、泣いておられた」


 王妃がまじない師である甥に命じて用意させた、シルビアそっくりの死体にとりすがり、誰も寄せ付けようとしなかったらしい。まさかそれほど父が自分の死にショックを覚えていたとは知らず、胸に痛みを覚えた。


 ――だったらどうして、今まで私のことを放っておいたのよ。


 父は、娘の死を悲しんでいるのではないと、唐突に悟った。母親そっくりの娘の死体を見て、愛する妻の死を思い出し、過去を嘆いているにすぎないのだと。でも、もしかしたら、


「お父様は、私の名を一度でも口にしてくれたかしら?」


 さりげなく訊ねるが、ガジェ・ノーマンは何も言わず目を伏せた。

 それが答えだった。


「シルビア……?」


 トーマスの呼び方が移ったのだろう。初めてガジェに愛称で呼ばれ、シルビアは内心動揺しつつも、「何よ」とそっけなく返す。


「泣くほど悲しいのか?」

「誰も泣いてなんか……」


 目許に手を当て、はっとして後ろを向いた。泣き顔なんてみっともない姿を、ガジェに見られたくなかった。父がシルビアに、母の姿を重ねていることは最初からわかっていたことなのに。


「お茶が冷めてしまったから、新しいものを持ってくるわね」


 直後、ふいに手を捕まれ、息が止まった。

 かさついた、大きな手。皮膚が驚くほど固くて、少し冷たい。

 なぜか振り払うことができずに、「なに?」と訊ねると、


「俺が聞き取れなかっただけで、陛下はあなたの名を口にしたかもしれない。だから泣かないでくれ」


 いつもの淡々とした口調ではなく、弱り切った声に、シルビアの涙が止まった。――もしかして、慰めてくれている? らしくない態度に、思わず吹き出しそうになってしまった。


「嘘が下手ね」


 振り返ると、ガジェはほっとしたように目を細めた。

 その瞬間、ほんの少しだけ、彼を愛しいと思ってしまった。



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