第十一話
ガジェの言葉に、シルビアは釈然としないものを感じ、
「でも、今さら、私が望むのなら……なんて言い方はずるいわよ」
一方的に、ただ監視されているだけだと思っていたけれど、それだけではない何かを、シルビアは感じた。ガジェ・ノーマンは自分に隠し事をしている。それは間違いない。口数が少なく無表情なのも、周囲に本心を悟られないための、彼なりの処世術なのかもしれない。
「あなたにそんなことを言ったら、トーマスに嫌われてしまうじゃない」
「あいつは何も知らない。黙っていればすむことだ」
投げやりな言葉を吐き、視線をそらす。
思わずかちんとしてしまい、
「ガジェ・ノーマン。ちゃんと私の目を見て話してちょうだい」
はっと息を飲む気配がした。
弾かれたように、赤い目を向けられる。
「見逃してくれたことには感謝しているけど、私はあなたのことをよく知らないし、信用もしていない。それはあなたも同じはずよ。なのに突然来ないなんて言われたら、それこそ裏があると思ってしまうわ」
「……そうか」
「だから……」
私は何を言っているのだろう。これではまるで……まるで……。
シルビアは一気にお茶を飲み干すと、
「とにかく、私が望むのなら……なんていうのはやめて」
「あなたは俺にどうして欲しいんだ?」
「知らないわよ。自分で決めたら」
ガジェはため息をつくと、シルビアの向かい側の椅子に腰をおろした。
お茶を一口飲み、「うまいな」とつぶやく。
「ホント? 香りがきついから、いつもは薄めにいれてるんだけど」
「きつい、か?」
不思議そうな顔で、香りを嗅いでいる。
動物みたいだ。
「好みにもよるから、気にならないのならいいの。むしろ気に入ったのなら、買って欲しいくらいだわ。さっき、お客さんを追い返しちゃったから今日の売り上げゼロで……まあ、自業自得なんだけど」
「買わせたあとで追い返せばよかったんじゃないのか」
「あなた、私のことを何だと思ってるのよ?」
じろりと睨みつけ、「また来たら困るし」とつぶやく。
「……そうか」
……
ラベンダーのドライハーブを購入した後、「また買いに来る」と言って、ガジェ・ノーマンは店を後にした。結局これで良かったのか、自分でもよくわからないまま、後片づけをする。お茶を飲んだおかげで、先ほどの苛々が嘘のように消えていた。ただ念のため、あの手の客が来店した時の、対処法を考えたほうがよさそうだ。
――私が失礼な態度をとらなければいいだけの話だけど。
正直、自信がない。それに失礼な態度をとらないよう気をつけていても、虫の居所が悪ければ八つ当たりしてくる客もいるだろう。気に入らないことがあるとすぐ周囲に当たり散らす継母のように。
――そういえばお母様も、男性客にからまれて苦労してらしたわね。
母の日記を思い出して、他人事ではないと感じた。普通なら人目を恐れて目立たないようにするはずが、気の強い母は言葉巧みにあしらい、自分に言い寄る男どもをほとんど常連客に変えてしまったらしい。
――あしらうなんて、私には無理。
男性客が来たら顔を隠すとか? それも不自然じゃないかしら。だいたいこちらが警戒しているとわかったら、相手も不愉快に思うだろうし。警戒している時点で失礼っていうか……。
どうしたものかと考えていると、扉を開けてお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「こんにちわー、また来ちゃった」
常連客のミリアーナだ。シルビアより二つ年上で、猫のようにつり上がった目をした可愛らしい女性である。近くの「フローラ」という生花店で働いているらしく、試飲サービスとシルビアの作るお菓子が気に入ったようで、ちょくちょく来店してくれるようになった。
「裏庭で好きなの選んできていい?」
「どうぞどうぞ」
「ここ、害虫がいないから安心して摘めるのよね」
いつもなら真っ先にハーブの茂みに向かうはずが、ふと、祖父が残した薔薇の前で足を止めたミリアーナは、
「前から不思議に思ってたんだけど、これってオールドローズよね。綺麗に咲いているのに、どうして収穫しないの?」
薔薇の花びらや実がハーブとして利用できると知って、「えっ」と驚いてしまった。もっぱら観賞用として世話をしていたのだが、「もったいない」と嘆かれてしまう。
「知識不足ですみません」
「メニューにくわえてくれたら許してあげる。ついでに薔薇ジャムも作ってっ」と鼻息荒く言われて、「考えておきます」と微笑んだ。――そうだ、あの件、ミリアーナさんに相談してみようかな。
仕事中に、お客さんにするような話ではないかもしれないけど、「何かあったら相談に乗るよ」と開店当初から言ってくれているし。年上で経験も豊富そうだし。とりあえず他のお客さんが入ってこないよう、準備中の札を表に出し、
「あの、ミリアーナさん、少しお時間いただいてもいいですか」




