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第十話



「ものすごい美人だね、君」


 シルビアの店に来るお客さんの大半は女性なのだが、まれに、料理店に勤務し、店に出したいからという理由で、男性客が買い付けに来ることがある。現在来店している客もその類で、二十代後半くらいの、端正な顔立ちをした男性は、人懐こい笑みを浮かべて、シルビアの後をついてまわっていた。じろじろ見られて作業しにくいと思いつつも、「ありがとうございます」とシルビアは顔を伏せる。どうせ店の外へ出れば、まじないの効果で自分の顔など忘れてしまうだろうし、ちょっとの辛抱だ。


 シルビアは自分の顔があまり好きではなかった。この顔でなかったら――少なくとも平凡な顔立ちであったなら、継母に妬まれることもなかっただろうし、亡き母を思い出すからという理由で、父に避けられることもなかっただろう。


「付き合ってる人はいるの?」


 顔がひきつらないよう、懸命に愛想笑いを浮かべながら、試飲用のお茶を用意する。他にお客さんがいないせいか、やけに積極的だ。「美しい。あなたは私の運命の人だ」と言って、いきなり求婚してきた隣国の王子を思い出して、ぞっとしてしまう。


「あなたには関係ないでしょう」


 思わずキツい言葉を返してしまい、しまったと思った。

 案の定、男性客はむっとしたように黙り、お茶を飲む。


「すみません」

「……別に。いいけど」


 ふうとお茶を飲んで、カップを置く。

 気まずい沈黙のあと、


「あのさ、一言いいかな」


 不穏な空気を感じて、シルビアはごくりと唾を飲み込む。


「はい……」


「試飲用にフレッシュハーブを使ってるのはいいんだけど、販売しているのはドライハーブでしょ? 初めてハーブティーに触れる人に詐欺だって怒られない? お店で飲んだハーブティーと違うって」


 確かにフレッシュの状態で飲む方が香りも見た目も良い。けれどハーブの効能そのものは、ドライハーブのほうが数倍も上だ。


「その辺はお客さんにちゃんと説明しているの?」

「しています」

「俺にはなかったけど?」

「お客様はすでにご存じだと思ったので」


 はっと鼻で笑うと、


「そういうの、職務怠慢っていうんじゃない?」


 思わずムッとしてしまった。現に知っていたじゃない、と言い返したくなったものの、だめよ、シルビアと、ぐっとこらえる。


 ――あなたはもう王女ではないのだから。子どもじみたプライドは捨てなさい。


 先に失礼な態度をとったのは自分のほうだし、いくら苦手な相手でも、お客はお客。この場は、「申し訳ありません」と頭を下げて、大人の対応を…………無理っ。シルビアは入り口へ向かうと、扉を開けて、「どうぞお引き取りください」と言った。


「冷やかしは結構ですので」 

「買うよ。買えばいいんだろ」


 喧嘩腰に詰め寄られて内心恐怖を覚えたが、また来られたら、他のお客さんに迷惑がかかると思い、「お引き取りください」と繰り返す。


「こんなことくらいで怒ってたら、商売なんてやってられないよ?」


 それこそあんたには関係ないでしょと思い、にらみつけると、男は「美人は怒っても美人だから得だよな」とにやにやしながら近づいてくる。


 何かされるのではと思い、反射的に悲鳴をあげそうになったものの、近づいてくる足音にはっとして顔を向けると、


「揉め事か?」


 ガジェ・ノーマンが立っていて、じっと男を見下ろしていた。ただ見ているだけだが、長身で赤目の騎士を前にし、男が畏縮するのがわかった。自分に対してはあれほど強気だったくせに、とシルビアは唇を噛む。何より、そんな男を少しでも怖いと思ってしまった自分が情けなくてたまらない。


「これは騎士様、お勤めご苦労様です」


 男は突然へこへこしだしたかと思えば、逃げるように店から出ていってしまう。

 すぐに扉を閉めようとしたものの、 


「入るの? 入らないの?」


 走り去る男を目で追っていたガジェに声をかけると、彼は少し驚いたような顔をして、入ってきた。


「心配しなくても、正体はばれていないわよ。そもそも死んだ王女が実は生きていて、町外れの店で働いているなんて、誰が気づくっていうのよ」


「何をそんなに苛立っているんだ?」

「自分に腹を立てているだけよ。あなたにはわからないかもしれないけど」


 とりあえず、少しでも気持ちを落ち着かせようと、お湯を沸かし、香りの強いラベンダーのハーブティーを淹れる。


「あなたもいかが?」

「……俺は歓迎されていないと思っていたが」

「来てしまったものはしょうがないじゃない……」


 二人分用意して、テーブル席に座ると、「お茶が冷めてしまうわ」とガジェにも座るよう、うながす。


「どうせ、二度と来ないでと言っても、来るんでしょ」

「……あなたが望むなら、もうここへは来ない」


 シルビアは耳を疑った。


「俺自身、その必要がないと判断した。思っていた以上に、あなたはうまくやっている」


 トーマスを通じて監視されていることに変わりはないものの、それより、「もうここへは来ない」というガジェの言葉に、なぜかショックを覚える自分がいる。どうして、突き放されたような気分に陥るのか。


「だったら、一つだけ教えて。どうして私を助けたの」

「殺したくないと思ったからだ」

「答えになっていないわ」

 

「あなたはあの時、俺を対等な人間として扱った。一度も俺を蔑まなかった。だからかもしれない」


 そう告げるガジェの表情は、どこか苦しげに見えた。


感想欄にてご指摘頂いた箇所を修正しました。

ご不快に思われた方、すみません。


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