【Ⅻ】
白黒の空間。
音はなく、静寂だけがそこにはあった。
例外があるとするのならこの空間を作り出した魔法使いのマーレェンと空間の侵入者であるアルバートのみ。
アルバートは脱がしてしまったパンティを彼女に返すが、相手は呆れた表情でそれを受け取りそのまま穿きなおす。
羞恥心はないのか隠れることはなく目の前で。
絹のような白い髪。
感情が薄いロボットのような顔だが不思議な魅力のある美女。
千年生きているとは思えない肌の艶。
学生の中ではストッキングなどで足を隠している者が多いがマーレェンは美脚を見せつけたいのか裸足。
イワンの記憶の中で加工がされまくっていると思いきや、記憶よりも美人である。
ただしツイている。
「それで、ここは?」
「ワシの作った【未観測の空間】じゃよ。生徒達のいる寮内と同じであり、異空間ともいえる。誰も観測していないというのは事象が確定していないということ。その空間はなんにでも成り得る。ワシはそれを自由に移動することが出来るのじゃ」
シュレーディンガーの猫的な、思想実験を思い起こす解説。
なんとも能力バトル物の複雑能力系みたいだ。
アルバートは頭の周りがずば抜けて良いつもりだが、首をかしげる。
確かに白黒の空間だが作りは土龍寮の部屋と変わりはない。
「もしこの部屋が現実に開けられて他の生徒が入って来たらどうなるんだ?」
「なに、簡単じゃよ。他の未観測の空間に自動で移る。ただ他の魔法も常時展開しているせいで土龍寮1階に限られるがね。ただしこの姿のワシを見付けるのは誰にも出来ない……はずじゃったんが」
「だから1階には強化魔法がかけられていて破壊出来ないようにしてあると。壁が壊されて観測されちゃ居場所が無くなるからな。……だが俺の魔力喰いの時はどうだ? この空間は異空間みたいなものなんだろ」
「そうなんじゃが、観測されない限りは魔力で出来た色のない部屋でしかないからの。……あの時は本当に驚いた」
「ほう。じゃあ未観測の空間を今、俺も観測出来ているわけなんだが」
「その理由はワシにも分からん。この空間自体がどちらの魔法使い《マジックキャスター》が術者か理解出来ておらんのじゃないか。現にワシの魔力と同化させておる。天才故の偉業じゃろう」
知らない知らない、そんなのやってるつもりなかった。
え、勝手にそんなこと出来てるの? こわ。
無意識ながら自分の規格外さに引く。
それを悟られたのかマーレェンも呆れたように微笑んだ。
小声で「化物じゃなぁ」なんて棘のあるセリフまでこぼして。
「この空間の事は分かった。だがどうしてそこまで他人に見られないようにしている。自分の美少女さ♂を世に広めるのが恐ろしい、なんて言うなよ」
「過去の教訓もあるんじゃが、一番はこれかの」
そう言ってマーレェンは制服の袖をあげ、自信が装備している腕輪を見せる。
銀色で、オレンジ色の宝石が付いている。
膨大な魔力を持つ魔法道具であることはひと目でわかった。
「【妖精女王の腕輪】。創世の時代を生きた妖精国の女王が死の間際に全魔力を注いだと言われている腕輪じゃ。装備した者はエルフと同じく不老の身を手に入れる。しかし二度と回復魔法が効かない身体になってしまうんじゃ」
不老ということはもちろん不死ではない。
病にかかれば、傷を負えば、もちろん命を落とす。
しかも回復魔法が効かないとなれば引きこもりになる理由もよく分かる。
「魔法使いが魔法を研究する理由と言えば結局は『不老不死になりたい』じゃ。ワシも例外ではなかったものでの、魔王討伐後に王国から褒美を出すと言われ魔王城の宝物庫で見付けたこれを目の色変えて選んだ。しかし装備した途端に死が恐ろしくて仕方がなくなってしもうた」
「むしろ呪いの品か」
なんだかどこかの指輪みたいだ。
火山に捨ててきた方がいいだろうか。
「はは、まさにそれじゃ。だから事件の中心人物になるであろう貴方様には見つかりたくなかったんじゃが。かくれんぼはワシの負けじゃな」
勝負していたわけでもないのに、ひどく悔しそうな表情をする。
しかも景品だ、とでも言わんばかりに腕輪の魔法道具を外そうとしている。
急いでアルバートはその手を止めた。
「腕輪はいらん。代わりにパンティを一着もらえないだろうか。純白のだ」
「なんて?」
このアルバートという男はなんの恥ずかしげもなくそんな言葉を吐くのだった。




