【Ⅹ】
魔法使いには秘密が多い。
彼らが秘密主義な理由は誰も彼もが知識に貪欲だからである。
知識は金銭であり、奪わる恐れが極めて低い宝物。
それだけではなく、魔法そのものが術式を知っているものが少ないほど効力が強いなんて話がある。
だから誰も自作の魔法を教えたがらない。
多くの魔法使いが魔法使いの地下工房を所有している。
もちろんマーレェンもそうであるはずだと考えた。
学園長としての姿をしたこの老人、人造生命に操作魔法を使いながら土龍寮の地下で魔法の研究でもしているのであろうと。
「土龍寮には魔法使いの地下工房がなかった。他の寮には建築者か生徒が造ったのか存在しているのにだ」
「本来、学園内に魔法使いの地下工房を造ることは禁止されておる。魔法学問を教わる場で独自に禁忌などの研究など許してはならんからな」
「だったらお前の本体はどこにある? 土龍寮内にあることは間違いないと思っているが」
「ほう。なにゆえに?」
「ベルカーラが疑われた事件があったろ。あの時、 土龍寮で魔力喰いを起こした際にお前の魔法がかき消されていたからな」
「そんなこともありましたな」
マーレェンが紅茶を手に取り、口に含む。
操作魔法の精密さはかなりのものだ。
魔力量ではアルバートに遠く劣るとしても魔法の洗練度はマーレェンの方が上である。
人造生命。
職業:錬金術師の儀式によって作られる生物。
元となる人間の体液などの遺伝子情報によって作り出され、感情はなく魂という概念がない。
そもそも生物を生み出せるのは女神様だけであり、やはり生物の模造品と表現するのが適切だと思われる。
「しかし気になることがひとつ。ここにいるワシが人造生命だとしよう。操作魔法を使う事を考えて自分のクローンとして人造生命を用意するのは魔力の流れの良さがかなり違うからのぅ。──この身体が男の老体だという事をお忘れじゃな。それともこのローブを脱いで確かめますかな?」
「結構だ」
たしかに目の前のマーレェンが魔法の為に用意されたものだとするなら、本体のマーレェンの遺伝子が含まれるクローン。
ならば性別も同じでないとおかしい。
アルバートが知っている元の世界にだって異性のクローンを作る技術は存在していなかった。
そもそもXY型の性染色体の哺乳類では男から女は作れても、Y染色体を持たない女から男を作ことは出来ないはずだ。
TS魔法とかあっただろうか。
いや、なくては困る。
だって夢がないもの。
「とある魔法書によると帝国の姫が男の遺伝子から女の人造生命を造ったという記述がある」
(噓つき魔本からの情報だから信用性には欠けるが)
「初耳じゃな。随分と貴重な魔法書をお持ちらしい。前例があるなら、まあ可能性はあるのでしょうな」
マーレェンの反応を見るに可能なようだ。
しかし現実主義なアルバートは(Y染色体を持たない女から男を作ことは出来ない。……これも超常的異世界だから可能にするか。おのれ魔法め。意味わからん)と心の中で抗議する。
「アルバート第三王子はワシの本体がどこにあると思うのじゃ」
「何度も言うが土龍寮内だ。だが調べてみてそれらしい場所は存在しなかった。──1階が異常に魔法強化されているという点を除いて」
他の階とは違い、殴るメインの回復役リリーナが大暴れしても傷ひとつ付かなかった。
「それは建築として1階の強度を高めないと危険だからで」
「風龍寮はこないだ跡形もなく吹き飛んだが?」
「誰のせいだと思っておる」
呆れながら机を叩くマーレェン。
規格外の生徒を持つと本当に苦労する。
「ワシの本体など知ってなんになると言うのじゃ。面白味もない。過程などどうでもよい。ワシがここおり、こうして会話しておる。それでいいんじゃないかの」
「『過程などどうでもよい』? 聞き捨てならないな。答えなんて物はただのおまけだ。過程にこそ意味がある。数学の公式と同じだよ」
探偵と言うのはそういう病気を患っている。
答えが欲しいんじゃない。
答えに向かう過程が楽しいのだ。
そして今、=の上に立っている。
だから飛び越える。
マーレェンの言葉が気に入らなかったのか、強く詰め寄るアルバート。
もう押し倒す勢いで。
美少年とじじいのBL的構図が出来上がる。
「悪いが実力行使させてもらう。魔力の繋がりを辿って本体を見付ける」
「なんと荒業なっ! アルバート第三王子。もっと聡明な魔法使いだと思っておったんじゃがなぁ。がっかりじゃよ。ワシが見て来た生徒の中でもダントツの問題児じゃ!!」
2世紀中1位の不名誉を賜ってしまったアルバートだったが、そんなのは知らんと不敵な笑顔を浮かべる。
そしてマーレェンの頭に手を置き。
「魔力共鳴」




