【Ⅸ】
部屋の扉をノック。
数は4度。
「ふむ。入りたまえ」
部屋の主から許可が出たためドアノブに手をかけて、中に入った。
場所は職員室横の学園長室。
訪問者はアルバートと事情も知らないイワン。
「おお、アルバート第三王子。なに用じゃ」
マーレェン・アングレイデンス。
白い髭を蓄えたそこら辺の普通の老人にも見えるが、勇者と共に魔王を討伐した魔法使いであり、このドラゴネス魔法学園の学園長。
王宮魔法使いと並び、三賢魔法使いのひとりとされている。
そんな偉大な魔法使いが飼い主がやって来た犬のような微笑みを見せ、アルバートを誘導させソファーに座らせた。
うきうきとした手付きで紅茶を淹れ、机に並べた。
「用があるのは俺じゃなくてこいつの方だ」
アルバートが顎をくいっとさせて視線をイワンの方に向けさせる。
イワン自身は何のことだか分からず「えぇ!?」と固まった。
しかし紅茶を飲むばかりでアルバートからの説明はない。
口をパカパカさせるイワン。
それもそのはず、マーレェンと言えばこの世界でも屈指の有名人であり伝説的人物だ。
膨大な魔力を持ち、魔王によって苦しめられていたこの世界を異世界から勇者を召喚して、数々の冒険の末に救ったのだから。
子供たちはまず寝物語に彼等の冒険譚を聞きながら眠りについた。
イワンも例外ではない。
言わば憧れの人物が目の前にいる。
確かに学園長であるから演説などでは目にしていた、ただこんなにも近距離になったことはない。
「土龍寮1年イワン・ツルネフ。確か、適正職業は〝召喚師〟じゃったかな」
「僕なんかの事を覚えてくださっているのですか?」
「ふふ、これでも記憶力には自信がある方じゃ。在籍中、いや2世紀程前までじゃったら全生徒の名前と特徴を覚えておる」
アルバートは苦笑いをする。
普通長生きしていれば記憶力は衰えていくものではないだろうか。
現に前世、アラサー探偵をしていた時は2つ以上前の事件の記憶はアルバートにはなかった。
(確かマーレェンが学園長になったのは2世紀前じゃなかったか? 全員記憶しているとは恐ろしい)
「それで用と言うのは? 現在女生徒を騒がせている下着泥棒の件かな。実に不可思議な事件じゃ。私利私欲の為に年端もゆかぬ少女の下着を盗んでおいて、後日には返却されている。ワシが考えるに変態魔族なんかを呼び出す触媒にしようとしていたんじゃないかと思うのじゃが……。イワンは召喚師。なにか犯人に心当たりがあるとかかのぅ」
「いえ、知りません」
何食わぬ顔で否定する。
しれっと、知らぬ存ぜぬと。
そしてアルバートを睨みつけるのだった。
第三王子と怯えていたくせに随分な遠慮のなさ。
これが共犯者同士の信頼だろうか。
「俺はただお前の願いを叶えてやっただけだ。告白するなり、純白パンティをおねだりするなりすれば良いさ」
「なに言ってるんですか。頭でも打ちました? 死ぬんですか」
「あの夜、お前が出会った白髪の美少女が目の前にいるわけだが?」
イワンの目は点になる。
そしてマーレェンの顔を凝視する。
絵にかいたような老魔法使いである。
ぶっちゃけ白く長い髭をたずさえたおじいちゃん。
あの記憶の中の美少女と見比べるが、もちろん別物だった。
月とすっぽん、ゴブリンと女騎士くらいの違いはある。
同じ点があるとするならふたりとも白髪という事だけ。
イワンの目に大粒の涙が溜まる。
大袈裟な動きで校長室を急いで出て行った。
「あァァァんまりだァァアァ!!」
走り去っていく。
数度盛大にこけた音までした。
「……アルバート第三王子。これは一体。説明が欲しいところじゃな」
「さっき言ったことが全てだ。言い逃れしても構わないがその場合実力行使に移らせてもらおう」
「このワシが実は、ふふ……美少女であると? どこからどう見ようと老いた男魔法使いであろうに」
「俺もそう思うのだがな。勇者の冒険譚を調べて行って勇者パーティーの魔法使いの見た目にはほとんど書かれていなかった。しかし勇者自身が書いたとされている文献の中に〝彼女〟という記載があったんだ」
「勇者は少し抜けた男じゃったよ。書き間違いであろう」
困ったように笑うマーレェン。
普通ならここでこのありえない話題は終わる。
しかし死人の隠し事すら暴きたい探偵であるアルバートはそれを許さなかった。
目の前の枯れきった老人が実は美少女だと確信しているのである。




