【Ⅲ】
アルバートは眠れなかった。
一晩中とある謎が頭の中を徘徊していたのだが、結論は出ないまま。
だからこうして早朝にわざわざ校舎の食堂(というにはあまりにも貴族的だが)でサンドウィッチと紅茶を嗜んでいる。
生徒はほとんどいない。
ああ、もやもやする。
「いっそ脱がした方が早いか。それとも服だけ溶かす粘液を飛ばす魔法植物をこっそり植物園に追加しておこうか。奴の事だ、勝手にすっぽんぽんになっているだろう。……風呂に誘った方が得策?」
半妖精のティファが〝オトコの娘〟だった問題。
アルバートはその存在を信じてはいない。
はっきり言ってしまえば探偵の目で相手を見れば生物学的性別など一瞬にして暴いてしまう。
だから前世でも女装して事件を起こした犯人も一瞬で見破り逮捕させた。
そんなアルバートの観察眼でもティファは〝おどおどした美少女〟と結論ついていた。
そもそもいくら美男美女ばかりの半妖精だからといって骨格の違いは明らかだ。
確かにマフラーなど肌を隠しているけれど、あれは間違いなく。
「気になってしょうがない。なにか確認する術はないか。いや、確認方法は明白なんだが」
「どうしました?」
「いやなに、この探偵人生における一番の難題に突き当たってしまった」
無意識に言葉を返していた。
包容力のありそうなおっとり系のお姉さん的声。
視線を向ければシダの新芽のような渦巻きクセをした緑色の長い髪と瞳、身長はそれほどないがたわわな胸のおかげか存在感がある少女。
胸には土龍寮のエンブレム。
アルバートは彼女が何者か知っている。
「入学おめでとうございます、私の可愛い義弟君」
「相変わらず気が早い」
リリーナ・ヴィクトリア。
3年生。
ドラゴネス王国第二王子レオルド・ネルフィ・ドラゴネス、つまりはアルバートのふたりいるうちの頭が切れる方の兄の婚約者である。
他人の色恋に興味を示してこなかったアルバートには兄とリリーナの関係値はどうだか知らない。
兄が言うには「問題ない」。
リリーナが言うには「好きになってもらえるように、もっと頑張らねば」。
意見の食い違いが見られた。
「随分と早くから食事を取られるのですね。もしや朝活というやつですか? 健康に気を遣っているのはお義姉ちゃんとして安心です」
(……不眠だから健康とは程遠いんだけどな)
「そーいえば、聞きましたよ。風龍寮の塔を破壊したそうではないですか」
「ふふん、その代わり隠し部屋をいくつも作ってやったぞ。知識に貪欲な寮であれば遊び心がないとな」
「レオルド様が手紙で大変怒っていらっしゃいました。怒り余ってか冒頭の私の名前を書く場所ですら何度も書き直した痕跡がありましたから。なにか気持ちが落ち着くものでも送ってあげた方がいいですよ」
「手紙の件はリリーナを愛称で書きたかったが、気恥ずかしくてやめただけじゃないのか?」
「それはありませんよ」
あっさり否定されてしまった。
確かに仏頂面の兄がそんな思春期な男児のような葛藤をするわけがなかった。
「俺特製の紅茶でも送っておこう」
「良いと思います。1年生は昨日召喚魔法の授業がありましたよね。私はウサギさんでした。義弟君はどんな生き物を召喚したんですか?」
「あー……猫だ。色は黒」
「まあ、可愛い。撫でたいので出せますか」
「今はちょうど、学園内のどこか散歩している」
「それは残念です。撫でられなくてお手が寂しいです。代わりに義弟君を撫でても?」
アルバートの返答を待たず、右手で頭を撫でる。
座っているアルバートと立ったままのリリーナ。
位置的に巨大なお胸が目の前に来る。
昔からリリーナは子供扱いしてくる。
最強の魔法使いとして生まれたアルバートですら。
なんだか心地が良くなって、うとうと。
そのまま机に頭を落とす。
すやぁ。
「おやおや、眠ってしまいましたか。風邪を引かないように気をつけて下さいね」
夢か現実か、その境目。
微かに声が聞こえる。
「ねえ、私の下着知らない? 数着無くなってて」
「え!? それ私も。使用人に聞いても知らないみたいでさ」
「私も、唯一のパン……なんでもない。絶対おかしいよね。まさか盗まれた?」
パンティ大量窃盗事件。
夢の中で随分と変な事件が始まったなとアルバートは苦笑いを浮かべた。
「言われてみたら、布を沢山抱えた生き物を見かけたかも」
「つまり、召喚獣を使って下着を盗んでる奴がいるってこと?」




