【プロローグ】
綺麗な青い目をした黒髪の少年は進んでいく。
全生徒がモーゼの十戒の海が割れるように道を開け、膝を付きながら頭を下げている。
ここは【ドラゴネス王国魔法学園】。
魔法の全てを知ることが出来る、唯一の学び舎。
学園と言うが通っているのは貴族と王族ばかりなためほとんど要塞のような作りで、一都市ほどの広さだと言うのに屋根がある。
灯りは魔法で作られた太陽。
中心には授業を行う校舎、そして運動場、飼育場、植物園。
少し離れれば娯楽施設に飲食店。
そして広大な湖に、森、火山まで設置されている。
王国所有の学園ではあるものの独立した国と言っても差し支えはないだろう。
周りの景色を楽しみながら少年は進んでいく。
目的地点である校舎前には学園長らしき人物と、ひとりの女生徒。
「この日を待ちわびておった。第三王子アルバート・メティシア・ドラゴネス様──もとい、最強の魔法使い。魔法に関して教えることなどあるとは思えんが、ワシにとって名誉な事じゃ」
「そう、かしこまるな。魔法の文献は城の書物庫ですら数は少なかった。俺も皆と変わらず、無知な一生徒だ。贔屓せずに頼む。マーレェン学園長」
マーレェン・アングレイデンス。
見た目は白い髭を蓄えた普通の老人に見えるが何世紀もの昔、勇者と共に魔王を討伐した魔法使いである。
少年に魔法を教えた王宮魔法使いと並び、三賢魔法使いのひとりとされている。
そんな生きる伝説が少年の手を取り感動の微笑みを見せた。
少年はこの国の第三王子だった。
しかしマーレェンの興奮はそれが理由ではないだろう。
現に、王族は今まで何人もこの魔法学園に在籍してきたが、マーレェンは彼らに小さく頭を下げる程度だったとのこと。
ここまで子供みたいな微笑みは見せていない。
少年の名はアルバート。
この世界の者は彼の事を『最強の魔法使い』と呼ぶ。
と言うのも、アルバートが生まれた事により魔力量の常識が崩れたことにある。
魔力量とは魔法を扱える者にとって戦闘力となんら変わらない。
通常数値化されるが、その枠を大きく外れたのだ。
女神崇拝をしていない愚か者たちが広めた呼び方をするのであれば〝神種領域ランク〟の誕生。
しかも魔法属性の適応は大抵ひとつなのだが、アルバートはその常識すら崩した。
基本的な属性は四代元素である、『火』『水』『風』『土』。
そして稀に生まれる特殊属性として、『光』『闇』が存在する。
アルバートには六属性全てを扱えた。
彼の父、ドラゴネス国王は彼の才能を【全能なる魔法使い】と讃えた。
全ての魔法使いにとって彼は、この世界を創造された女神様よりも身近な神だった。
そう考えるとマーレェンのこの表情も納得である。
「学園長。歓迎もそのくらいに。他の生徒にも次の授業の支度もありますし、第三王子に学園内を案内しませんと」
学園長の隣に立っている不愛想な表情の女生徒が口を開く。
綺麗な赤い長髪に、ルビーの様な瞳。
胸は手に納まりそうなちょうど良さ。
身長はアルバートより高い。
「おぉ! すまんすまん。老人はこのくらいで消えるとしよう。後はお若い同士任せる。学園の案内は……やはり婚約者である君が適任じゃな。ベルカーラ嬢」
「了解です。では第三王子。ついてきてください」
「あ、ああ。分かった」
彼女はベルカーラ・ウェストリンド。
公爵家のご令嬢であり、幼少期に国王が定めた第三王子の婚約者である。
しかし、アルバートは彼女に少しだけ苦手意識を持っていた。
声は凛としていて、どこか棘があるようでいつも怒っているのではないかと思う。
しかも舞踏会で顔を合わせても「なるほど」「わかります」「すごいですね」、この3つくらいしか聞いたことがないかもしれない。
たぶん嫌われているのだ。
「私からも、ご入学おめでとうございます」
そんなベルカーラに連れられて校舎の中に、入り口を抜けると巨大な龍の石像が4体。
それぞれ属性を意味しており、寮のシンボルとなっている。
アルバートはこれからこの学園で城では体験出来なかったことの全てを知るだろう。
友を作り、好きな事に没頭し、(婚約者が目の前にいるが)恋だってするかもしれない。
そんな学園生活の始まりにアルバートは──……。
(今すぐにでも帰りたい! なんで俺がよりにもよって魔法を学ばなきゃいけないんだ!?)
胸を高鳴らせる事はなく全力、現実逃避気味である。
……というのもこの学園に来る最中の馬車の中、突然と思い出してしまったのだ。
前世の記憶というやつを。
彼はかつて、日本という国で私立探偵をしていた成人男性であった。
愛読する本はもちろん古典的探偵小説。
シャーロック・ホームズなどは本を読めるような歳になってすぐに読破した。
そんな『犯人特有の個性・才能で起こした殺人事件』すら許せない探偵が魔法が存在する世界に転生してしまった。
そしてなにより、アルバートとして生きて魔法にも愛着を持ってしまっているというのが問題なのである。
(……誰か、夢だと言ってくれ)




