【Ⅵ】
アルバートの魔力を吸収したミィの見た目は徐々に変化していく。
初めは背丈、スタイル。
──山羊のように丸まった角。
──黒い翼。
──先端が逆ハート形の尻尾。
肌を隠していた服装から一転し、布地の少ない黒いビキニのような衣装に変わる。
下腹部には紫色の痣、淫紋。
まさにその姿は淫魔そのものだった。
瞳に入れただけで魔力を吸われていくのを感じる。
今の彼女はかつて存在したであろう伝説の魔王すら凌駕するのかもしれない。
「親友。アルバちゃんに魔力を返したくないって言うのは、なにかの冗談だよね?」
「ううん。本気」
「ほう。今までとは比べ物にならない魔力量を手に入れて気でも大きくなったか?」
「そう、かも」
ミィは自分の手のひらを見つめる。
なんでも出来る気がした。
世界征服だって夢物語ではない。
「この魔力があれば、文字通りなんだって出来る」
「……なにをするつもりだ?」
「さあ、どうしよ。とりま淫魔のいない世界にする」
「ひとつの種族を世界から抹消するのか。だがお前だって淫魔だろうに」
「ミーは最後。自分の子供を捨てるような種族はいらない。消えるべき。ミーやミーを育ててくれたふたりのような存在が二度と現れないように」
「育ての親。この学園に入学させてくれるくらいだ。愛されて育てられたんだろ。言ってしまえば美談じゃないか。どうしてなかったことにしようとしている」
淫魔の捨て子は大抵、育児放棄される。
スラム街でさまよい、生い立ちを恨み、落ちぶれる。
最終的には本当の親、淫魔と同じような存在になる。
しかし目の前にいるフレネラーペ・ミィはそうじゃない。
愛されて育った稀有な事例だ。
「こんな卑しい種族の血が流れているだけでも罪。認められてはいけない。愛されてはいけない。微笑みかければ魔力を、触れれば命を吸い上げる。徐々に愛する人が弱っていく地獄がアルに分かる? 今ではずっと寝たきりで死を待つばかり」
「だから淫魔を消す。か」
「誰かがやらないと。その誰かがミーだっただけ」
言葉足らずな彼女がここまで自分の気持ちを表した。
ずっと胸の内にあった願いなのかもしれない。
以前の彼女にはそれを叶える術を持たなかったが、今ならそれが叶う。
「ミシャンドラ。お前は止めなくていいのか?」
無駄話が止まらなかった魔本が無言を貫いていた。
魔本の感情なんて探偵にも読み解けない。
「オレは親友のやりたいようにさせるのがモットーさ。それになんだか他人事のように聞こえないものでね。痛みのある愛には俺にも覚えがある。だからオレは全力で応援するぜ。ごめんなアルバちゃん。古き友より新しき友を大切にするタチなんだ」
相変わらずなにを言っているのか分からないが、味方ではないのは確かだ。
ひょいっとミィの右手に飛んでいく魔本ミシャンドラ。
「なるほど。1日友達契約は破棄するという事だな。名は体を表すってか。確かにお前の魔力容量は驚くべきものだ。俺の3分の1を奪ったのだから。しかし魔力量ではやはりこちらの方が分があるぞ」
「淫魔の催淫は相手の戦闘意欲を奪う。だから男にミーは倒せない」
確かに魔法をぶつけようと思っても、発動してくれない。
まるで愛する誰かを敵にしているような罪悪感が襲う。
「決めたぜ。オレは親友を最高の魔王にしてみせる。ミシャンドラPの活動記念だ。ちょいと魔力を貸してくれるかい?」
「うん」
ミィは吸い上げた魔力を闇属性に変換し、ミシャンドラの魔本へと流し込んでいく。
「我は記憶の王。全ての知識を司り、古き遺産をも体現す。〝魔法道具作成〟」
後ろの本棚が揺れる。
それから72冊の悪魔召喚書が浮き、ひとつの場所にまとまり。
──融合する。
「〝ソロモンの指輪〟」
全ての悪魔召喚書がひとつの指輪に変換される。
それは意識でもあるかのようにミィの左手中指に納まった。
「オレからのささやかながらのプレゼントだ。新魔王様」
「ありがと。でも魔王になんか、ならない」
「そう言うなよ、カッコつけたんだから乗ってくれても良いだろ? キミの夢を全力でサポートしてやるよ」
「うん。分かった」




