【Ⅴ】
魔法学園の地下、隠し部屋の図書館。
おぼろげな意識でミィに手を引かれ歩いて行くアルバート。
辿り着いたのは図書館の最奥部、黒い本72冊が並ぶ本棚とその前に台に置かれた青に近い黒い本。
触らなくても、この場に充満した嫌な魔力がこれらすべてが禍々しい物だと分かる。
アルバートは思考し、72という数字からかの有名なソロモン王が使役する悪魔を連想する。
ならばその前に置かれた1冊の本はなんだ。
ソロモン王の知識……いや、それはないだろう、
72柱の悪魔はこの異世界でも召喚儀式によって現れるが、古代イスラエルの王ソロモンが存在していたわけがない。
アルバートのように異世界転生をしていたなら話は別だろうが、なにかしらの伝説になっていなけらばおかしい。
「久しぶりー。アルバちゃん」
その謎の本が口を開く。
本だからもちろん口はないのだけど、パカパカと開いたり閉じたりして話し始めた。
「お前がミシャンドラか。随分と悪魔にしては軽い声だな。黒幕というより詐欺師みたいだ。それに『はじめまして』の間違いじゃないのか?」
「ああ、もどかしい。まるでタイムリープ物の主人公みたいだ。オレだけがみんなを知っていて、皆はオレを忘れてしまっている。いや、別の世界線だから忘れているってのもおかしな話なんだけど。オレたち良いコンビだったんだぜ。アルバちゃんが探偵でオレがその相棒みたいな? いろんな事件を一緒に追ったんだ。……でもアルバちゃんはアリモーティ教授と共にヘンライバッハの滝の底に」
「まどろっこしい! 中身のない言葉をつらつらと」
アルバートの前世には相棒はいなかった。
だから全て噓である。
ひとつ分かった事はこの悪魔ミシャンドラと語る魔本は転生者か元いた世界の記憶を有している。
「お前の目的はなんだ。わざわざミィにこんな回りくどい事をさせて俺をここにおびき寄せたのはどうしてだ?」
「──……その前に、隣のお胸がダイナミックで腰がキュッでお尻が超! エキサイティン!! な美女が親友?」
「いえーい」
「あらやだ、あんな芋っぽかった娘がこんなにえちちになって。なぁに、恋でもしたの? 話聞こか」
「本題に早く入れ」
「そうイライラしないでくれよ。それより今回はセイリュウ寮に入ったんだ。やっぱり世界線が違うと微妙なズレが起こるな。とりあえず入学おめでとう。キミはこれから沢山の経験をし、青春を謳歌することだろう。まあ、アルバちゃんの事だから学校生活より事件なんだろうけど。大丈夫? ちゃんとサブストーリーやってる? 学校舞台設定活かせてる? ──わ、分かった分かった! 本題ね。分かったからハードカバーを引き裂こうとするのやめて!!」
アルバートは意外にも我慢強い方である。
探偵には根気強さが必要だし、バーの酔っ払いとの会話が事件解決の糸口になったりもするから。
だけどこのミシャンドラの話を聞いているとなんだかムカムカとしてくる。
「そりゃあ、本に閉じ込められて最初の千年は恨みしかなかったね。だけど、今は違う。腐っても親友だ。願いを叶えてやりたくてさ。ありがたい事にその要素は全てここに揃ってる」
「俺の願いを叶える?」
「──アルバちゃんを本当の魔力なしにしてやれる」
「……魔力なし」
「ああ、そうだとも。あの魔法完全無効の龍は世界再構築の魔法でも対象外になって、もうこの世界にはいない。だから他の方法で重荷のその魔力を無くす。そうすればアルバちゃんは晴れて魔法世界の魔力なし探偵として生きがいを形だけなら成立させることが出来るんだ。──方法は簡単、親友が魔力容量限界まで吸い上げて悪魔召喚書に流し込む。その繰り返し、いつかは魔力が空になるだろ?」
「その召喚された悪魔はどうする」
「誰かが対峙してくれるだろ。それぞれ魔王級になると思うけど、オレたちの知ったこっちゃない」
アルバートは考え込む。
数秒あごに手を置いて、考え込む。
悪魔に譲渡した魔力はその悪魔を自身が倒し、奪い返さない限り回復することはない。
そんな記述を読んだことがある気がする。
だから魔力なしになれる可能性は確かにある。
「だが断る」
口に出してみると少し後悔するが、これでいい。
魔法は確かに重荷に感じることもあるが、愛着もわいているのだ。
「……そっか。ならいいや」
「随分と物分かりがいいな」
「はは、まあね。だってオレの悪役パートは随分と昔に終わってるからさ。──親友。魔力を返してあげて」
「やだ」
「………………ん?」
「やだ」
ミィは強く、首を振った。




