【幕間】
少女は淫魔の捨て子だった。
跡取りが生まれず悩んでいた貴族の家の前に捨てられていた。
これは淫魔のささやかながらの情だったのか、……いや、ただの偶然だろう。
あの種族は魔力を奪う目的で他の種族との交わりを楽しむ愉快犯だ。
適当に捨てた場所がその二人の家だっただけ。
貴族の夫婦は大切に少女を育てた。
淫魔の子供だと気付いていたが、我が子のように惜しみなく愛を与えた。
しかしその愛は少女にとっては苦痛でしかなかった。
愛されているほどに、ふたりの本当の家族ではないことに絶望感が襲ってくるから。
そしてなにより少女自身も淫魔だった。
色情ほどではないが情を向けられると精気と魔力を吸い上げてしまう。
特に肌に触られたらまずい。
普通の魔力量なら一瞬で吸い上げて死に至らしめることだってある。
明らかに本来の年齢より年老いていく両親。
それでも大切に育てられ、魔法学園にも入学させてくれた。
両親の属性魔力を吸い上げていたため風龍寮に所属。
友達は出来なかった、というより作らなかった。
ある程度の日常会話くらいはしたが、やはり魔力を吸ってしまう。
そんなある日、少女は寮の隠し部屋を見付ける。
昔からこういう事はよくあったのだ。
隠し物やちょっとしたお宝を意図せず見つける事が。
それが彼女の常時発動技能〝お宝探し〟の効果だった。
常時発動技能の持ち主は少なく、また少女ほどに上等な物は滅多にいない。
隠し部屋は巨大な図書館。
異国で書かれた物やすでに禁止された魔法書などが置かれている。
先に進むと黒い本72冊が並ぶ本棚とその前に台に置かれた青に近い黒い本。
彼女は興味本位にその本を開く。
すると命でも宿ったようにその本が宙に浮いた。
鯉が口をパカパカするように開いたり閉じたり。
「ちっす。どもどもー! ここに人が来るなんて何百年ぶりだ? ゴホゴホッ……すまない。ホコリが溜まってる。むせた」
「本が、しゃべった」
「おいおい。本なんて呼び方するなよ。オレには立派な……なんて名前だったかな。まあ、いいや。とりあえずオレは『本』なんて読んでほしくない」
「じゃあ、なんて?」
「んー……後ろに本棚があるだろう。これはなソロモン王が使役したと言われる72柱の悪魔がそれぞれ封印された悪魔召喚書なんだが。そこの前にオレが置かれていたわけだ、ならオレも悪魔を語った方が統一感というものがある。72柱ねぇ……うん。悪魔ミシャンドラとでも名乗っておこうか」
「……悪魔」
少女は逃げようとする。
とてつもなく危なげな物を起こしてしまったのかもしれない。
すぐに引き返して、学園長に報告、図書館の解体を願い出た方が良いだろう。
「ちょちょちょちょっ! そう慌てない。オレは悪魔でも良い奴だ。紅茶やコーヒーは好きかい?」
「うん」
「それはオレのおかげでこの世界に存在しているんだぜ」
「絶対ウソ」
「嘘じゃないさ。ミシャンドラってのは召喚者に知識を与える悪魔なんだぜ」
胡散臭い。
悪魔って以前に話し方や声が胡散臭い。
「世界の全てを記憶した。だがまあ、変わり者の魔法使いに退治されちまった。世界再構築時にはオレは危険分子認定で本に封印。こうして図書館の隅で独り寂しくしているのさ」
少女は首を傾げる。
ミシャンドラの言葉が理解出来ない。
意味不明だし、魔法使いではなく魔法使いだ。
「だから親友って存在が欲しいんだ、嬢ちゃんがそれになってくれたらとっっっても嬉しい。名前は?」
胡散臭いし、嘘くさい。
それでも親友という存在は少女にとっても喉から手が出るほど欲しい存在だった。
「フレネラーペ・ミィ」
「ラーペ……はは、最高だな。運命って奴を感じるよ。でも設定被りは良くない。ラーペを抜いてフレネミーなんて呼び方は? 冗談冗談。笑うとこだぜ」
「別に良い」
「え……ああ、この世界じゃその言葉自体ないか。じゃあ、よろしく頼むよ。親友」
友達が出来た。
触れても魔力を吸う事のない、友達が出来た。




