【ⅩⅣ】
ベルカーラのロングソードに炎がまとって、ひと振りすれば龍の息吹のようにその場を焼き尽くす。
しかしクレトラの土魔法の壁によって防がれ、その壁から鋭い岩の槍がベルカーラの身体目掛けて発射される。
槍をロングソードでいなして走り進んでいく。
背後を取った。
──クレトラは自分を覆う半球の壁を作り身を守る。
「往生際が悪いですね」
壁にロングソードを突き刺すベルカーラ。
それから魔力を全力で注ぎ、爆炎をまき散らす。
壁を貫いて中にいるクレトラを蒸し焼きにする勢いで。
相手もそんなことはさせるかと言わんばかりに壁に槍を生やしベルカーラの身体を貫く。
肩、腕、脇、足と槍に傷を負わされるが、目をギンギンにさせたベルカーラは動じず、壁の破壊に注力する。
とうとう壁が破壊されたのか火傷を負ったクレトラの悲鳴が聞こえる。
すぐさま壁魔法を解き、後ろに引く。
「まったく、ミステリーが台無しだ」
それを鑑賞しているアルバートはクレトラの使用人が淹れてくれた紅茶を嗜む。
マリアンヌが白状したことで濡れ衣と証明できたからベルカーラを監獄塔から出した。
実際、世間にとってのこの事件は終止符を打ったのだ。
だからベルカーラにも黒幕がいるかもしれないという疑惑は伝えずにいた。
しかし彼女はここにいる。
アルバートよりも訳知り顔をして。
以前より交流があったふたりなのか、魂的に分かり合えないと思っていたのか。
とにかく、私を陥れようとするのはお前しかいないとでも言いたいようなベルカーラの顔である。
とうとう溜まりに溜まった恨みを晴らせると喜んでいるようにも。
「お前は参戦しないのか? 悪魔族。主人が劣勢だぞ」
「……いえ、僕はひとつの魔法しか使えず。戦闘に出れば足手まといになりますので」
使用人なら嘘でも「主人の壁になる」とでも言いそうなものだが、 悪魔族はきっぱりと首を振る。
それは彼に忠誠心の欠片もないからだろう。
彼の首輪は命令を聞かせる為の魔法道具である。
従わなければ尋常ではない苦しみを与える。
つまりクレトラの使用人ではなく奴隷に近い。
クレトラが傷を負う度に口元が少しゆるむ。
(腐っても 悪魔族というわけか)
それにしても戦いが白熱していく。
攻めのベルカーラ、守りのクレトラ。
属性の体現かのような戦い方である。
アルバートが中庭全体を異次元化していなければ校舎丸ごと破壊されていたこと間違いなし。
「ベルカーラ様。なにか勘違いしていらっしゃる。私はなにも知りません。ただの平民臭い小娘が身投げしただけではないですか。そんな些細なことにまで関わっていると思われるのは心外です」
「貴女の意見は聞きません」
「は?」
「アルバートが貴方を悪と定めた。ならば私が撃ち滅ぼすのが当然。それが良妻というものでしょう?」
「──お飾りの婚約者風情がッ」
クレトラは静かに怒りを増す。
手を振ると地面から無数の槍が生えていく。
それを避けることなく直線ダッシュをかますベルカーラ。
傷を追うごとに速度が増していく。
「貴女はただの魔力が多いだけの火力バカじゃないですか! 不愛想で胸も貧相、選ばれたのだって彼の気まぐれ。問題を起こせばすぐに置き換えられる。貴女程度の人間に彼の苦痛は癒せない。彼は特別な存在なんです!! 戦争の抑止力にだってなれる。私なら彼をもっと上手く使え──」
何重にも壁を作るが爆炎が粉砕していく。
とうとう目の前まで。
冷たい瞳を向けられクレトラは自然と口を閉ざす。
本能的にそうしなければならないと悟った。
ロングソード振り下ろされる。
クレトラは地面に伏した。
「確かに代わりはいくらでもいるかもしれない。でもアルバートの理想を捻じ曲げようとする貴女みたいな外道にこの席を譲るつもりはありませんよ」
全ては終わった。
随分と力任せな解決ではあるけれど、今度こそ事件は幕を閉じた。
全力疾走したベルカーラは微笑み倒れ──そうになったがアルバートが抱き寄せ支える。
頭を撫でると傷が全て癒えていく。
「黒幕を殺してないよな」
「大丈夫。峰打ちです」
「……ロングソードに峰あった?」
黒幕:クレトラ・ルガフォックス。
動機:第三王子の婚約者を陥れ、自分が新たな婚約者になる為。
処分:証拠不十分であり、ルガルアン帝国の住民であるためドラゴネス王国の法で裁くことは出来なかった。その為、ルガルアン帝国強制送還。
【第1章 ピグマリオンの失墜】完




