【ⅩⅢ】
ドラゴネス魔法学校、校舎の中庭。
庭師に整えられて緑の芸術品のような空間の中心にテーブルが置かれ、そこに青いドレスを着た令嬢と彼女の使用人と思われる褐色の肌をした男性。
優雅なティータイム。
景色も相まって、ひとつの絵画のような美しさがあった。
そこにひとりの男子生徒が現れ、令嬢の反対側の席へと座る。
使用人は少し強張った顔を作り、腰に掛けている短剣に手が伸びたが令嬢が小さく手を上げてそれを止めた。
それから紅茶を淹れるようにと視線で命令し、使用人は深く頭を下げてから紅茶を男子生徒の前に差し出した。
男子生徒は紅茶を口元に運び、匂いを楽しんでから喉に通した。
それから小さく息を吐き、まるで葉巻の嗜み方のような飲み方をする。
「美味いな。この国の物よりもコクがある。やはり帝国の物を使っているのか?」
「ええ。ルガルアン帝国はここと違って水がまずいといいますか。そのままでは飲めないのでこうして紅茶の味を強くすることで水分補給をしております。その点、やはり王国の水は素晴らしい」
「お褒めにあずかり光栄だな。帝国公爵家次女クレトラ・ルガフォックス」
「留学して本当に良かった。こうしてアルバート第三王子とも楽しく紅茶を飲めるのですから」
土龍寮、3年。
ルガルアン帝国から留学生。
2千年前、狼亜人が作ったとされる国で、広さは他国の3倍以上を誇る。
十数年程前まではどこの国とも敵対していたが、アルバートが生まれた事によって平和条約が締結した。
それからは形ばかりの友好関係が続いている。
帝国は獣亜人が人口のほとんどを占め、クレトラも立派な狐亜人だった。
獣の耳と尻尾が付いている。
「それで、なにか御用でも? 私は嬉しいのですがふたりっきりのこの状況を他の生徒に見られてしまったら勘違いされてしまいます。ベルカーラ様にも申し訳ない」
「陥れようとしたお前がベルカーラの心配か。泣けるじゃないか」
「はて?」
「マリアンヌ嬢をたぶらかし、ベルカーラの石塊人形を造るように仕向けたのはお前だろう」
アルバートは鋭い視線を相手に向ける。
しかしクレトラは動じた様子も見せず、嬉しそうに微笑むばかり。
「なにをおっしゃているのですか。と返したいところですが、そこまではっきりと言うのなら証拠でもあるのでしょう?」
「いや。知っての通り、まったくもって証拠はない」
「なら私はその事件とは無関係ですよ」
一瞬、狐の尻尾が毛が立った気がする。
「一、魔法薬学教員ティファの手帳を盗んだ者がいるとする。二、だから犯人はピグマリオンの欠点も含め全てを知っていた。三、ティファの手帳はなぜピグマリオンのページだけ破かれていたのか」
「……だからさっきから」
「この事件には不自然な点がいくつかあった。まず初めに、手帳を読んだはずのマリアンヌが石塊人形の性格破綻という最も基礎的欠点を知らなかったという点。──これは第三者から良い面だけの知識を与えられたと考えるべきだろう」
「なら怪しいのはあのエルフかムラサメ先生のどちらかですね」
「教師なら良い面より先に危険な面を学ばせるはずだ。その第三者は手帳を盗んだ者と仮定し、証拠に成り得るピグマリオンのページをあえて破ったのは何故か。証拠隠滅にしてはヘタ過ぎる」
逆に見てくれと言わんばかりだ。
「エルフの手帳なのでしょう。なら数千年使われててもおかしくない。ただの経年劣化では?」
「そして何故、屋上で石塊人形を造ろうとしたのか。マリアンヌ嬢が所属している火龍寮は封鎖出来ても、向かいの土龍寮で目撃者を作ってしまう恐れがある。実現するには土龍寮での協力者が必要だな。──これも偶然かその時間では俺の入学祝いの舞踏会が開かれていた。立案はお前だそうだな」
優雅な微笑みが少し崩れそうになった。
扇子で口元を隠す。
「偶然というのは本当にあるのですね」
「ピグマリオンの説明をする時に『建物が向かい合っている場所が条件』だとか言えば誘導は出来るだろう」
「そんな回りくどい事をする理由がわかりかねます。そもそも私に利益がないでしょう」
「石塊人形が誤ってマリアンヌ嬢を殺害・傷付けてしまった時に目撃者として名乗り出れば、ベルカーラを失墜させることが出来る」
「ベルカーラ様に恨みはありません」
「お前が欲しかったのは第三王子の婚約者の席だろう。帝国が欲しくてたまらない全能なる・魔法使いだ」
自分で言っていて恥ずかしくないのか、という視線が向けられているような気がする。
しかしこの話題での第三王子の賞品としての役割は男としてではなく兵器としてである。
「ベルカーラが婚約者から外れれば候補に挙がるのは光属性の魔力を持つマリアンヌ嬢よりも先に帝国の公爵令嬢クレトラのはずだ」
権力主義の土龍寮の生徒がベルカーラを差し置いてクレトラの名前を挙げていた。
ドラゴネス王国の貴族の支持も受けていると思われる。
「絵空事はおやめになって。全ては貴方の妄想。自作自演で終わったつまらない事件に実は黒幕がいれば良いという願望。そもそも私が協力者だったのなら、マリアンヌ様が白状しているでしょうに」
「それはあれだ、お前の使用人。誤魔化しているつもりだろうが悪魔族だろ」
「……なにかおかしいことでも?」
〝契約魔法〟。
ふと、そんな魔法が思いついた。
「変わっているとは思うがおかしくはないさ、だがマリアンヌ嬢が口を開けなかった理由は分かった」
なにかが焦げるにおいがした。
というか庭師に整えられて緑の芸術品のような空間が火の海に変わっていた。
そしてロングソードを構えた女性が鬼の形相でこちらに近づいてくる。
「舌戦はもう終わりです。その狐女の更生は言葉ではどうにもなりませんよ。一度、いや数千度は痛い目を見ないとわからない」
「べ、ベルカーラ」
アルバートは彼女の姿を見て、確信した。
……ミステリーは終わった。
探偵不要のバトル展開に移行してしまう。




