神様のけんかに巻き込まれたけど、うさちぁんが全部なんとかしてくれた話
死んだら神様が殴り合ってたので、負けた兎神の罰で世界を再生する旅に巻き込まれた
「耳が揺れたな」
「風のせいだもん!」
「神威を愚弄したな」
「してないのぉ!」
「万死に値する!」
「ひどいぃ!」
ドゴォッ!!
……顔の真上でやるなっての。
「……風のせいでは?」
俺がぽつりと言うと、空気が止まった。
「なるほどニャ」
猫神が顎に手を当ててうなずく。
「つまり、風が悪い。貴様の耳はただの受信機にすぎぬ」
「えっ、えっ?」
「我が勝ちニャ」
「えええええ!?」
兎神がその場に崩れ落ちた。
「敗北の罰として、そなたに我が分身体を託すのぉ……」
「は?」
「この子と一緒に、世界を再生してくるのぉ……」
「いや、ちょっと待っ」
「うさちぁん、お願いねぇ……」
「まっかせてー!」
気づけば、ふわふわのウサギが俺の肩に乗っていた。
「じゃ、いこっか!」
……なんでこうなった。
風が止んだ。
気づけば、俺とうさちぁんは見知らぬ荒野に立っていた。
地面はひび割れ、空はどんよりと濁っている。
「……ここ、どこだ?」
「世界のはしっこー!」
うさちぁんがぴょんと跳ねた。
「再生、って言ってたけど……何をどうすれば?」
「うーん、まずはねー」
うさちぁんが地面に手を当てた。
「このへん、ぜんぶ枯れてるから、ちょっとだけ……」
ふわり、と風が吹いた。
うさちぁんの耳が揺れる。
すると、ひび割れた地面に、小さな芽がひとつ、ぴょこっと顔を出した。
「……今の、君が?」
「うんっ!」
「どうやったの?」
「ひみつー!」
「……」
「でもね、あんまり長くはもたないの。だから、きみの手も借りるよ?」
「俺の?」
「うん。きみ、風を呼んだでしょ?」
「いや、ただの思いつきで……」
「でも、神様が納得した。つまり、きみの言葉には力があるってこと!」
「……マジかよ」
「マジだよー!」
うさちぁんが笑う。
その笑顔は、さっきまでの荒野には似合わないくらい、あたたかかった。
歩き続けて、ぽつんと残った村にたどり着いた。
家は崩れ、畑は干からび、井戸はひび割れていた。
「……人、いないな」
「うん。ここ、もうずっと止まってるの」
うさちぁんが、そっと地面に手を当てた。
「……だめだ。力、足りない」
「さっきは芽を出せたのに?」
「ここは広すぎるの。わたし一人じゃ、ぜんぶには届かない」
うさちぁんが、しゅんと耳を垂らした。
「じゃあ、俺が何かすればいいのか?」
「うん。きみの“ことば”、貸して?」
「ことばって……何を言えばいいんだ?」
「この村に、何を願う?」
俺はしばらく考えて、空を見上げた。
「……誰かが、帰ってこられる場所に」
「うん、それ!」
うさちぁんがにっこり笑って、手を合わせた。
「じゃあ、いくよ。せーのっ」
ふわりと風が吹いた。
地面が光り、ひび割れがゆっくりと閉じていく。
崩れた家々が、少しずつ形を取り戻していく。
畑に、緑が戻る。
「……すげぇ」
「きみの言葉が、種になったの」
「俺のが?」
「うん。わたしは水。きみは種。ふたりで、芽が出るの」
「……なんか、すごいな」
「でしょー!」
うさちぁんが、またぴょんと跳ねた。
村を出て、丘の上で休んでいた。
風がやさしく吹いて、草がさらさらと揺れている。
「ねえ、うさちぁん」
「なにー?」
「お前、何者なんだ?」
「うさぎだよー」
「いや、そうじゃなくて」
「……」
うさちぁんは、少しだけ黙った。
「わたしね、兎神さまの“かけら”なの」
「かけら?」
「うん。あの子、負けたでしょ? だから、罰として“やさしさ”を切り離されたの」
「それが、お前?」
「うん。わたし、兎神さまの“やさしさ”」
「……それって、罰なのか?」
「うん。だって、やさしさがないと、あの子、すぐ怒っちゃうから」
「……」
「でもね、わたしは、きみに会えてよかったよ」
うさちぁんが、ぽそっと言った。
「なんで?」
「きみ、ちゃんと“願って”くれるから」
「願って?」
「うん。わたし、ただのかけらだけど……きみが願えば、世界が少しずつ、戻っていく」
「……それって、俺がすごいってこと?」
「ううん。ふたりで、すごいってこと!」
うさちぁんが笑った。
その笑顔は、どこか切なくて、でもあたたかかった。
次の町へ向かう途中、空が急に暗くなった。
風が止まり、空気がぴりっと張りつめる。
「……来たニャ」
その声は、頭上から降ってきた。
見上げると、猫耳の神様が、雲の上に座っていた。
「おまえ、まだ旅を続けていたとはな。面白いニャ」
「猫神……」
「うさちぁん、元気そうだニャ」
「……うん」
うさちぁんが、少しだけ主人公の後ろに隠れた。
「今日は何の用だ?」
「試練ニャ」
「試練?」
「この先の町には、“言葉の通じぬ者”がいる」
「……」
「再生したければ、言葉を超えて、心を届けてみせるニャ」
「そんなの、どうやって……」
「それを考えるのが、おまえの役目ニャ」
猫神は、にやりと笑った。
「では、せいぜい楽しむといいニャ。ふたりでな」
風が吹き、猫神の姿が消えた。
「……言葉が、通じない?」
「うん。でも、きみなら、きっと届くよ」
うさちぁんが、そっと手を握ってくれた。
その手は、小さくて、あたたかかった。
町に入ると、空気が重かった。
建物は残っているのに、人の気配がない。
「ここ……誰もいない?」
「いるよ。でも、言葉が届かないの」
「どういうこと?」
「心が、閉じちゃってるの」
そのとき、足音がした。
振り返ると、ひとりの少女が立っていた。
目は伏せられ、口はきゅっと結ばれている。
「こんにちは」
声をかけても、反応はない。
「……聞こえてる?」
少女は、じっとこちらを見ていた。
「……」
「どうしよう。何を言っても、届かない」
「じゃあ、言葉じゃない方法で伝えてみて?」
「言葉じゃない方法……?」
俺は、ポケットを探った。
出てきたのは、小さな木の実。
さっきの村で、芽吹いた木から拾ったものだ。
そっと、少女の前に差し出す。
少女は、じっと見つめたあと、手を伸ばした。
木の実を受け取ると、ほんの少しだけ、口元がゆるんだ。
「……笑った?」
「うん。届いたね」
「たったこれで?」
「きみの“願い”が、ちゃんと入ってたから」
「願い……」
「“また誰かと笑えますように”って、思ったでしょ?」
「……ああ、そうかも」
少女は、木の実を胸に抱いた。
その瞬間、町の空が、少しだけ明るくなった。
少女が笑ったあと、町の空気が少し変わった。
風が通り抜け、埃が舞い上がる。
「……なんか、明るくなった?」
「うん。ひとつ、芽が出たから」
うさちぁんが、そっと地面に手を当てた。
すると、石畳のすき間から、小さな花が咲いた。
「すご……」
「この町、ずっと止まってたの。でも、今、動き出したよ」
そのとき、家の扉がひとつ、きぃ、と開いた。
中から、年老いた男が顔を出す。
「……誰か、来たのか?」
少女が、木の実を見せながら、男のもとへ歩いていく。
言葉はない。でも、男は少女の手を見て、目を細めた。
「……そうか。戻ってきたんだな」
ぽつりと、そう言った。
その声に反応するように、他の家々の扉も、少しずつ開いていく。
人々が、外に出てくる。
誰もが、少し戸惑いながらも、空を見上げていた。
「……これが、再生?」
「うん。きみの願いが、広がってる」
「俺、何もしてない気がするけど……」
「してるよ。ちゃんと、伝えてる」
うさちぁんが、にこっと笑った。
その笑顔は、町の光と同じくらい、あたたかかった。
町を離れたあと、うさちぁんの足取りが少し重くなった。
「……大丈夫か?」
「うん。ちょっと、つかれただけー」
そう言って笑うけど、その耳は、いつもより元気がなかった。
「無理すんなよ」
「だいじょぶだよ。わたし、分身体だから」
「それ、さっきも言ってたな」
「うん。だから、もともと長くはもたないの」
「……!」
「でもね、きみがいるから、まだ歩けるよ」
「……」
「でも、もしわたしが消えたら、きみはどうする?」
「……」
「旅、やめる?」
「……やめない」
「そっか」
「お前がいなくなるのは、嫌だけど」
「うん」
「でも、俺の願いは、もうお前の中にある」
「……!」
「だから、俺が歩く。お前がくれた風を、ちゃんと前に進める」
うさちぁんが、目を見開いた。
そして、ぽろりと涙をこぼした。
「……うれしい」
「泣くなよ」
「だって、うれしいんだもん」
うさちぁんが、主人公の手をぎゅっと握った。
その手は、少しだけ、冷たかった。
最後の地は、何もなかった。
空も、地面も、音さえも、すべてが白く、静かだった。
「ここが……終わり?」
「うん。ここが、世界の芯」
うさちぁんの声は、かすれていた。
「ここを再生できたら、全部が戻るの」
「できるのか?」
「……わかんない。でも、やってみる」
うさちぁんが、そっと地面に手を伸ばした。
でも、何も起きなかった。
「……あれ?」
「うさちぁん?」
「……ごめん。もう、力が……」
うさちぁんの体が、ふわりと光に包まれる。
「待てよ。おい、うさちぁん!」
「きみの願いが、ちゃんと届きますように……」
「やめろって!」
「ありがとう……だいすき……」
光が、消えた。
そこには、何も残っていなかった。
「……っ」
俺は、膝をついた。
何もない世界の中心で、ただ、風だけが吹いていた。
ポケットに、何かが当たる。
取り出すと、それは――
「……人参?」
最初の村で、うさちぁんが拾って喜んでた、小さな人参。
「……まさか」
俺は、そっと地面に人参を置いた。
「お前、これ好きだったよな」
風が止まった。
地面が、かすかに揺れた。
そして――
「にんじんっ!!」
ぴょこっ、と、うさちぁんが飛び出してきた。
「うおっ!? お前、生きて――」
「にんじんっ!!」
「……おい、聞けよ」
「にんじんっ!!」
「……」
「にんじんっ!!」
「……おかえり」
「ただいまー!」
うさちぁんが、にっこにこで人参をかじっていた。
その笑顔は、世界のどんな光よりも、まぶしかった。
世界は、戻っていた。
空は青く、風はやわらかく、草はそよいでいた。
町には人がいて、笑い声があった。
畑には緑が広がり、川には魚が泳いでいた。
すべてが、少しずつ、でも確かに生きていた。
丘の上で、俺とうさちぁんは並んで座っていた。
「……終わったな」
「うん。きみのおかげだよ」
「いや、お前がいたからだろ」
「ふたりで、だよ」
うさちぁんが、にこっと笑った。
「これから、どうする?」
「うーん……にんじん畑、つくろっか!」
「そこかよ」
「だって、にんじんがあれば、また生き返れるかもだし!」
「……それ、何回でも使えるのか?」
「さあ? でも、あったかくて、おいしいから、いいの!」
「……そっか」
風が吹いた。
草が揺れ、空が広がる。
「なあ、うさちぁん」
「なにー?」
「また、どっか行くか」
「うん、いこっか!」
ふたりで立ち上がる。
風が、背中を押してくれた。
そして俺たちは、また歩き出した。
再生された世界を、確かめるように。
願いの種を、ひとつずつ、蒔きながら。




