珍しい光景
ピッケルはクルーウッパスの毒を中和しながら、傍らにいるミランへと尋ねた。
「誘因型⋯⋯ってなんですか?」
「専門じゃないから間違っている可能性もあるが、これはおそらく『罠』だ」
「罠⋯⋯ですか?」
「ああ。その中でも『呪殺』に分類される高位トラップ。呪力を含んだ物質が触媒に必要なはずだが、クルーウッパス自身の錬金金属を利用されたんだろう」
「なるほど⋯⋯それで、なぜ虎吼亭のマスターを?」
「俺の師匠に聞いたんだが、マスターは『呪殺ダンジョン』と呼ばれる『漂流王墓』の最深部に行ったことがあるらしい。おそらくこの街で一番、『呪殺』に詳しい⋯⋯」
二人が話していると、ドアが勢いよく開かれ、ミネルバとガンツ、その後ろに面倒くさそうな表情を浮かべた虎吼亭のマスターが姿を見せた。
「連れてきたわ!」
「おいミラン! 帰ってきた早々、顔を見せるどころか営業中に呼び出すとはな! いい度胸じゃねぇか!」
「すまない! あとでいくらでもぶっ飛ばしてもらって構わないんで、コイツを『視て』くれ!」
「⋯⋯ああん? なんでユガ族がこんな所に?」
「詳しくは後で説明する! おそらく『呪殺』だと思うんだ!」
「チッ。⋯⋯気が乗らねぇなあ」
頭を掻きつつ、言葉通り面倒くさそうな様子でマスターがクルーウッパスへと近付いた。
「ならミラン、始めるぞ、いいか?」
「頼む!」
返事を聞いて、虎吼亭のマスターはぶつぶつと何かを呟き始めた。
呪文の詠唱とは少し違うようだが⋯⋯とピッケルが思っていると、ミランが教えてくれた。
「戦女神の『真言』だ。神官戦士の独自魔法だ」
その言葉とほぼ同時に、マスターが手を合わせ、目を閉じた。
「『坤神万析眼』」
真言の発動後、しばらくしてマスターが説明を始めた。
「⋯⋯ああ、確かに誘因型の『呪殺』だな。誘因要素は二つ。解呪には誘因要素の看破が必須だ」
「⋯⋯誘因要素って?」
「この『呪殺』を引き起こすのに、二つの手順があるってことだ。その二つを見抜いて戦女神様に申告する必要がある」
マスターの解説に、ミランが聞く。
「その二つが何かってのは見えないのか?」
ミランの問いに、マスターは目を閉じたまま答えた。
「見えてるが、俺が口にするとアウトだ。だいたい呪殺なんて仕込みが複雑なぶん、普通は発動したら解呪なんてできねぇんだ。あと看破を間違えるなよ? 厄介なことになる」
「厄介な事って?」
「ん? 俺に『呪殺』が跳ね返る」
「はああああ!? マスター! 中止だ、中止!」
「いや、もう始まっちまってる。一度始めたら中断は不可能だ。『視た』時点で止めたら跳ね返っちまうからな、だから気が乗らないっつったのによー」
「そ、そんな⋯⋯」
何でも無いことのように言う虎吼亭のマスターに、ミランは慌てた。
専門外とはいえ、考えなしに軽率に頼みすぎた、と後悔した。
「つーか、そういう事は始める前に言えよ!」
「なーに言ってんだ、冒険者なら危機を楽しめよ」
「ちょ、頭おかしいんじゃねえの!?」
「あ、お前マジで後でぶっ飛ばすからな。ほら、相談タイムだ。誘因要素が決まったら、『申告者』を決めてそいつが誘因要素を俺に申告しろ。正解なら解呪、不正解なら俺に呪殺が跳ね返る、ってわけだ。さあさっさとしろ」
マスターに促され、全員がクルーウッパスに触れているピッケルの側へと集合し、顔を寄せ合い相談を始めた。
「一つは間違いないわ、『癒やし手』と口にすることだと思うわ」
ミネルバの言葉に、全員が頷く。
次いでガンツが自分の考えを口にした。
「『癒やし手』という言葉自体は、何かの拍子⋯⋯例えばケプラマイトとの会話でも言う可能性があったはず、もう一つは普通にしてたら踏まない手順のはずだ」
「でも、私たちと会う前に、もう一つの条件を満たされてたら看破しようがないわ」
「俺たちを襲う前に手順を踏んで、万が一誘因されたら戦う前に死んじまうんだ、出会ってからのことだとは思うが⋯⋯」
「なんだなんだ。見当もつかねぇのか? 誘因要素は、それぞれの条件が満たされる上で、あまり時間を隔てると無効だ。せいぜい数時間、これが俺が口にできるギリギリのヒントだからなー」
マスターのヒントに、一行がしばらく考えたのち、ピッケルは自分の考えを口にした。
「俺たちと会う前に条件を満たしてるなら、どの途考えても仕方ない、答えが出ないんだから。会ってからの事を考えよう」
「うん、確かにそうね」
「一つ疑問なんだが、どうせクルーウッパスを殺すなら、なぜ俺たちが離れた時点で殺さなかったんだ?」
ガンツの疑問に、ミネルバは「恐らく⋯⋯」と前置きしてから考えを述べた。
「あの時点でクルーウッパスを殺しちゃったら、ピッケルがすぐに追跡してくる可能性を考えたんじゃないかしら」
「なるほど」
「実際そうなってたら、ケプラマイトは捕まってたと思う。ピッケルが本気で追い掛けたら逃げられるわけないもの。クルーウッパスを確保したから無理に追跡しなかったわけだし」
「ピッケル、俺たちが距離を取った時、アイツ変な事してなかったか?」
ピッケルはその人並み外れた視力で、離れた後も二人の様子を見ていた。
だからこそ、ケプラマイトが立ち去ってすぐにクルーウッパスを確保できたのだ。
「いえ、見てましたが何も。距離が離れるとアイツはすぐに剣を鞘に戻して──」
そこでピッケルは「ハッ」とした表情を浮かべ、全員に視線を配りながら言った。
「俺が『申告者』になる」
「そう、わかったわ。それで、もう一つの誘因要素は?」
「いや、これ以上相談すれば迷いが出るし、どうせ確証がないんだ、任せて欲しい。それにクルーウッパスはもうギリギリだ」
「よし、ギルドマスターとしての命令だ、ピッケル、お前が申告者をやれ。責任は俺が持つ!」
「はいっ!」
ピッケルが視線を向けると、虎吼亭のマスターは目を閉じたまま頷いた。
「申告者をピッケルに指名する。二つの手順を述べよ」
「『癒し手』と口にすること」
「もう一つは?」
ピッケルは一瞬唇を固く結んだのち、覚悟を決めたように叫んだ。
「首筋に剣を触れさせる!!」
「戦女神ルイージャ! 申告者の言を審判せよ!」
バンッ! とマスターがクルーウッパスの背中を叩いた。
──すると。
クルーウッパスの体から、黒い霧のような物が立ち上り、しばらくふわふわと漂い、虎吼亭のマスターの頭上で止まった。
「解呪成功だ」
マスターのその言葉とともに、黒い霧は色を薄めながら空中に広がり──やがて霧散した。
______________
呼吸が落ち着き、眠っている様子のクルーウッパスを眺めながら、ミランは大きく溜め息をついた。
「はぁー、良かった。俺のせいでマスターが死んじまったら、後悔どころじゃ無かったぜ⋯⋯」
ミランの言葉に、虎吼亭のマスターは不思議そうな表情を浮かべた。
「ん? 何で俺が死ぬんだ?」
「いや、失敗したら『呪殺』跳ね返るって⋯⋯」
「ああ、そういうことか。俺は耐性があるからな、『呪殺』じゃ死なねぇよ」
「はああああっ!? 厄介な事になるっつっただろうが」
「ああ、厄介だぜ? 耐性があっても、めちゃくちゃ疲れるんだよ『呪殺』を食らうと。看破して貰った方がありがたいぜ、疲れなくて済むからなー」
「ふっざけんな! 人がどんな気持ちだったと思ってんだ!」
「いや、俺はこれから店の営業に戻るんだぜ? 疲れてる場合じゃねえよ。じゃ、帰るわ」
そのセリフとともに、虎吼亭のマスターは入り口に向かい、そのまま出ていく──直前、ドアから顔だけ覗かせながら言った。
「あ、ミラン、ちゃんと説明に来いよ? あとなかなか面白かったから、ぶっ飛ばすのは保留にしといてやるよ。またなー」
ひらひらと手を振り、こちらの返事を待つことなく、ドアがバタンと閉められる。
──しばらく、ギルド内にはクルーウッパスの寝息だけが聞こえていたが⋯⋯。
「コイツもしばらく目を覚ましそうにねぇし、今日は俺たちも寝ようぜ⋯⋯。何かどっと疲れたわ⋯⋯」
「⋯⋯ええ、そうしましょう。⋯⋯私も何か疲れたわ」
ミランとミネルバ。
二人の意見が一致するという珍しい光景を、ピッケルは苦笑いと共に眺めていた。




