癒やし手
「ま、神話ってのは大体、世界は創造と崩壊、そのサイクルで成り立ってるって話で構成されてるからな。そこに死生観を合わせる、宗教なんてのはメジャーもマイナーも概ねそんなもんだろ」
話が逸れたのを自覚したのか、ミランは軽く咳払いをして先を続けた。
「魔法ってのはそれぞれの石版の余白に、新たな法則を盗み書きする行為とされてるんだ」
「盗み書き?」
「ああ。例えばこの魔法──」
ミランは指を一本立て、呪文を唱えた。
「水晶光」
最後に発動の呪文を口にすると、立てた指先に白光が灯った。
「あっ、指が光った!」
ピッケルが驚いて声を上げると、ミランは不思議そうに言った。
「いや、こんなの簡単な魔法だぞ?」
「いや、うちでは見たことないですよ。父さんが作った照明用の魔法具があるし。俺は夜目が利くから、山で夜を迎えても何とかなるし。でも自分で光を生み出せるのは便利ですね」
「そうか、なんか意外だな⋯⋯ともかくこれは簡単な魔法だが、本来人間は指先を光らせたりできない。つまり今、目の前で起きているのは、神様が定めた法則外の出来事なんだよ」
ミランは指先にふっと息を吹きかけるような仕草と共に、魔法の光を消した。
そして、何か思い出したようにくっくっくと笑みを浮かべた。
「何笑ってるの?」
「思い出し笑いさ。よく師匠が言ってたよ、優れた魔法使いは皆、嘘つきだって」
「どういうこと?」
「神様の目を欺き、世界の法則を『騙す』、それが魔法ってことさ。⋯⋯っと、また話が脱線しちまった。珍しく得意分野だから色々話しちまうな」
「んふ。好きなのね、魔法の話が」
「よせやい」
ミネルバの指摘に、少し照れた様子を見せながらミランはさらに続けた。
「つまり、一枚目はシンプルな法則しか刻めないが、六枚目となると、かなり複雑な法則を書き込める、と言われている。だから魔法の難易度を表すのに、学院では『石版で言えば何枚目』みたいな表現をするんだよ」
ミランの解説に、ミネルバは少し考えたあと、腑に落ちない事を質問した。
「でも、みんなで書き込んだらすぐに石版一杯になっちゃって、書き込む余白なんかなくなるんじゃないの?」
「知らねぇ。めちゃくちゃでかいんじゃね? それか元々神様が創ったもんなんだ、人間如きが書き込んでもすぐに修正されるか、消えちまうのかもな? 魔法には効果時間ってものがあるし。ま、そもそもエルフの神話をベースにしたランク分けってだけだ、石版やなんかってのは」
「ランク分けの話はわかったわ。で、これはその『六枚目』って事なの?」
「ああ。時間や空間に作用する魔法は、学院で『六枚目』に分類されている。このメロンは」
ミランは再度メロンを手に持ち、説明を続けた。
「切れば冷えてることが判る、ってことだが、今持ってみてもその冷たさは感じない。これはメロン自体が外部からの影響を受けず、また外部に影響を与えないように調整されてる、ってことだ。つまり『空間』に作用する系統の魔法だ。しかもその効果は半年、なんだろ?」
そう言ってピッケルへと視線を移したミランに、彼が頷いて返す。
「母はそう言ってましたね」
「魔法ってのは効果を延長すればするほど、複雑な術式が必要だ。おそらく時間に作用する魔法もかかっている。時間と空間、つまり『六枚目』の複合型だ。そんなの恐らく『識王シダーガ』でも無理なんじゃねぇか? 当然俺には全く無理だ」
口出しこそなかったが、ここまでの話を聞いていたであろうガイへとミランが視線を移すと、彼はしばし考えていた様子だったが⋯⋯。
「私には、やはりミラン様しかこの件は無理だと思いますね」
言い切るガイに、ミランが半眼で呻く。
「え? お前、話聞いてたのか?」
「はい、それはもうしっかりと。ランクを枚数で表すのは存じてましたが、それ以外の説明もとても興味深いものでした。実はですね」
ガイはミランの手を離れ、テーブルに置かれたメロンを持ち上げつつ言った。
「皆様が辺境に赴いていらっしゃる間、このメロンを商会がお付き合いさせていただいている魔法使いの方、何名かに鑑定していただいたのですよ。その結果わかったこと⋯⋯何だと思いますか?」
試すような口調だったが、ミランは表情一つ変えることなく言った。
「簡単だ。『何もわからなかった』⋯⋯だろ?」
「その通りです! 『何か魔法がかかっているかもわからない、一切見当もつかない』と。つまりミラン様の言葉を借りれば、彼らは完全に騙されている、ということでしょう?」
「まあ、そうなるな」
「それをミラン様は鑑定し、短時間でこの魔法の法則、その一端を説明してみせた」
「適当かも知れねぇぞ? 俺は嘘つきだからな」
「それもミラン様のお言葉を借りれば、優れた魔法使いの資質⋯⋯ですよね?」
「っても、さっきの話、合っている保証もねぇぞ?」
「私は魔法の研究については残念ながら門外漢ですが、まずは仮説、その後検証、その正否によって新たな仮説と検証。研究とはそのような物だと認識しております」
「⋯⋯ま、それは間違っちゃいねぇな」
「であれば!」
自らの胸に手を当て、ガイは演説するように話出した。
「私がミラン様に『こっちは先に金払ってんだ弱音吐いてないでさっさと迅速にキリキリ働けぇ!』としつこく言い続け、馬を鞭で打つように追い込んで、その仮説、検証のサイクルを繰り返すように仕向ければ良いのです!」
「は?」
「これはある商人の言葉です。『取り立ての際に確認するのは相手の懐具合ではなく、支払う意志の有無だ』と。まずは相手にやり遂げるようとする意志があるかないかを確認し、なければ意志を持たせるのが大事なのです」
「⋯⋯聞いたことねぇな、誰の言葉だ?」
「え? 私ですが」
「帰れ!」
「私が帰る場所は現在ここです。なぜなら空き部屋に家具は搬入済みです!」
「コイツとんでもねぇ奴だな⋯⋯」
ガイとミランのやり取りを眺めながら、ふと、ミネルバはピッケルに質問した。
「ピッケルなら、すぐに出来るんじゃないの? 時間経過遅延の魔法の、簡易化みたいなのは」
ミネルバの呟きに、ミランはハッとした表情を浮かべたあと、勢いよくピッケルに顔を向けた。
「そうか! それがあった! ピッケル、お前ならすぐ出来るだろ!」
ミランの期待するような表情と対照的に、ピッケルは申し訳無さそうな表情で首を振った。
「いえ、俺には無理だと思います」
「何でだ? お前魔法も得意なんだろ?」
「そうですね⋯⋯例えば、俺は指先を光らせる魔法は、さっき初めて見たんですけど」
ピッケルは手を肩口まで上げ、指を開き、呪文を唱えた。
「水晶光」
発動の呪文とともに、指先全てに白光が灯った。
「全部に光⋯⋯魔法の同時発動だと?」
「これは、さっきミランさんの魔法を見たから可能になりました。俺は魔法の詠唱を聞いて、発動を見れば、それを真似したり応用するのには自信があります、でも⋯⋯」
拳を握り、光を消したあとで説明を続ける。
「全く見たこともない魔法を、一から作り出すのは苦手なんです。『時間経過遅延』にしても、母が魔法を使う所を見れば真似する自信がありますが⋯⋯」
ピッケルの説明を聞いたミネルバは、得心いったように頷いた。
「ミラン、あなたの師匠って正しかったのね」
「なんだ? 唐突に」
「ピッケルは嘘つきじゃないもの。新しい嘘を考えて世界を騙すなんて、きっと苦手なんだわ」
その言葉に混ざる皮肉に、ミランは苦笑いを浮かべていた。
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とりあえず「ミラン頑張れ」という結論が出たのち、話題はクルーウッパスたちユガ族の事情へと移った。
「ピッケル・ヴォルスにはわかっていると思うが、俺の体、そのほとんどは錬金金属だ」
クルーウッパスの説明によれば、ユガ族の男子はその成長段階に応じて、体の部位を錬金金属へと換装していく、ということらしい。
自分たちの文化とはあまりにも違うので、最初は訝ったピッケルを除く面々も、実際にクルーウッパスが手足を自在に変形させる様子に、言っている事が本当だと納得した。
「今一族が抱えているのは、この錬金金属の枯渇問題だ」
「枯渇?」
「ああ。錬金金属は長年使用し、変形や変質を繰り返すとどうしても劣化する。俺はピッケル・ヴォルスに不純物を取り除いて貰ったから今は多少楽だが、それでも長年使用したことによる劣化の影響はある」
「つまり、定期的に新しい物に交換する必要があるのに、それができない、ってこと?」
「話が早くて助かるが、そういうことだ。錬金金属の生成に不可欠な金属があるのだが⋯⋯今は採掘が困難なのだ」
「それが本来採掘できるのが『白銀の森』ってことね」
「そうだ」
現在永久樹氷に包まれ、『白銀の森』と呼ばれる場所には、かつて様々な金属や鉱石の鉱床があり、王国でも有数の採掘場だった。
生息するのも『小鬼』と呼ばれるコブリンや、『犬人』と呼ばれるコボルトといった、大きな群れで無い限り対処しやすいモンスターが主だったため、新人冒険者の多くは、そこで街灯用の『月光石』の採掘を請け負っていたという話はミネルバも聞いたことがあった。
「十年前、森が永久樹氷化して以来、新たな錬金金属は精製できなくなった。
本来なら三年、長くても五年で換装していたんだ。特に俺のような、臓器の一部も錬金金属で代用している者は、その劣化が激しい。今のところ死者は出ていないが、それもいつまでもつか、という所だ」
クルーウッパスの話を聞きながら、ミネルバはあのふざけた剣士が言っていた事を思い出し、質問をぶつけた。
「でも、それを解決⋯⋯までは行かなくても、対処できる組織があるって、あの男は言っていたわ」
「うむ」
ミネルバの問いに、クルーウッパスが頷いて答えた。
「約半年前、ケプラマイトが『癒やし手』と名乗る一団を村に連れてきた」
──と。
クルーウッパスの体が突然、傾いだ。
ドサッと音を立て、そのまま椅子から落下する。
いきなり眠ったように倒れたクルーウッパスに、ピッケルは素早く近づき、体に手を当て表情を変えた。
「まずい⋯⋯」
「ど、どうしたの?」
「錬金金属が暴走してる。どんどん毒を作り出してる」
「えっ?」
「中和しても、次々毒が作られてる。これはキリがない、何より彼の体力が持たない」
ピッケルの言葉に、ミランが忌々しい表情を浮かべる。
「クソッ、誘因型だな⋯⋯お嬢、ガンツ! どっちでもいい、虎吼亭からマスター連れてきてくれ!」
何故? と聞き返すこともなく、二人はギルドを飛び出した。
『異常事態では、リーダーの指示に即応する』
という、冒険者として叩き込まれた習性が、彼らを虎吼亭へと走らせた。




