父の思惑
マリーがシャルロットから受け取った錬金金属を手で弄んでいると、クワトロが戻って来た。
これから夫婦で出かけるとのことで、倉庫に必要な物を取りに行っていたらしい。
「準備できたぞ、出発するか」
「すみません、準備を任せてしまって」
「いいよ、君はチャレンジで疲れてるだろう? それなのにこれから王都まで行くんだ、休憩にはちょっと短いけど」
「ううん、平気ですよ。そんなやわではありませんわ」
そう言ってシャルロットが腕を曲げ、ポンと二の腕を叩く。
年上の人間に言うことではないかも知れないが、とても可愛らしい仕草だ。
どうやら二人で王都に向かうらしい。
二人がいない間にピッケルが戻ってくると少し気まずいかな? とマリーは考え、とりあえずフォーサイスに今後の事を聞いた。
「おじ様はどうされるんですか?」
「ん? 私は家で留守番するよ。マリーも残るかい?」
「そうですね、どうしましょうか」
答えながら、ちょっとイヤだなと思った。
フォーサイスの事は尊敬しているし、今までは一緒にいて気まずい、などと思ったことはなかったが⋯⋯
おじ様、お二人が出かけたら、また服を脱ぐんじゃ?
という疑念が頭を過った。
「あの⋯⋯私もついていってよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん⋯⋯といいますか、マリーさんはそもそもどうしてウチに?」
そこで、シャルロットには来訪の目的を伝えていなかったことに気付き、マリーは慌てて言った。
「すみません、お伝えするのが遅くなってしまいました。私を是非ピッケル様⋯⋯ピッケルさんの伴侶としていただきたく参りました!」
「⋯⋯ピッケルの、伴侶、ですか?」
「はい!」
するとシャルロットは、首を機械仕掛けの人形のように動かし、クワトロの方を向いた。
「アナタ⋯⋯どういう事かしら?」
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「もう結婚⋯⋯なさってる?」
「はい。大変申し訳ありません。主人と義父の間で連絡の行き違いがあったようですね⋯⋯」
「そう、ですか、そう⋯⋯」
マリーは露骨に落ち込んでいるように見えた。
どうフォローしようかクワトロが悩んでいると、父フォーサイスが言った。
「二人はもう、青竜に会ったのかい?」
「いえ、それはこれからだと思います」
「ふーん、そう」
フォーサイスは一度区切ったあと、強調するように言った。
「なら、まだ『結婚した』とは言えないね、よくて婚約、かな? マリーの割り込む余地はあるさ」
「父さん!」
思わず語気が荒くなるのを自覚しながら、クワトロは続ける。
「ピッケルが選んだ相手なんだ、俺達が口を挟むべきじゃない!」
「口を挟むつもりはないよ。でも事実だ」
「俺はピッケルとミネルバ、二人を一年見てきた。夫婦として過ごす二人を、ね」
「たった一年だろう? 私だってマリーを長年見てきた。彼女はヴォルスの嫁に相応しい女性だよ」
「だとしても!」
「それに⋯⋯その女性は知っているのかい? 青竜の⋯⋯」
「父さんっ!」
「おっと、そうだね。ここで言うのはフェアじゃないね」
「⋯⋯ちょっと、父さんと話してくる。父さん、外に行こう」
シャルロットとマリーからの戸惑いの視線を感じつつ、ドアを開けた。
半ば確信めいた物を覚えつつ、クワトロはやや強引にフォーサイスの手を掴み、父を外へと連れ出した。
裏庭で改めて父と顔を合わせる。
フォーサイスはどこか、惚けているような表情をしている。
その表情で、確信した。
パンっ!
思わず──殴りかかってしまった。
手のひらであっさりと受け止めながら、フォーサイスが非難の声を上げた。
「父親に殴りかかるなんて、酷いなぁ」
「止める事くらいわかってるよ」
「だとしても、褒められたものじゃないよ」
「⋯⋯知ってたんだろ?」
「ん? 何を?」
「とぼけないでくれ。ピッケルとミネルバの事だ」
「ふむ、どうして?」
「ハクと『契約』して、口止めしたんだろ?」
おかしいとは感じていた。
確かにハクはいい加減なところがある。
しかしハクに限らず、知恵ある竜との契約で対価を用意した場合、まず約束は守られる。
約束を破れば、今後対価が得られないからだ。
フォーサイスは笑みを浮かべながら白状した。
「バルドー牛の変種まで用意したんだろう? そりゃあハクも約束は守るさ。ハクは一年前にちゃんと教えてくれたよ」
「口止めには何を?」
「竜酔の香木。放浪中に見つけてね、ただこんなに早くバレるなら、もったいなかったかな?」
「なるほど」
裏山には生えていない希少な品だ。
竜種は、おしなべて酒が好きだ。
ただその巨躯ゆえ、酔うほどの酒を用意するのは難しい。
それが、竜酔の香木ならドラゴンは一嗅ぎで酔える。
『誓約』によって裏山を離れられないハクにとっては、垂涎の品だろう。
仮にクワトロと多少揉める事になっても、選ぶ価値ある品だろうことは容易に推測できた。
「⋯⋯で、なんでこんなことを?」
「ピッケルが天才だからさ」
「⋯⋯」
「ヴォルス家の成り立ちは君も知っての通りだ。だからこそ、ヴォルスの嫁にはいざという時に、旦那を止めることができる『力』が求められる。剣帝ミネバが、ピオレにしたように、ね」
「⋯⋯それで?」
「マリーは天才だ。勝つのは無理でも、何かあればピッケルを止められる可能性がある。
天才には天才の嫁を。
非常に合理的な帰結だと思わないかい?」
「ミネルバは──」
「二十歳を越えてるんだろう?」
勝ち誇ったような表情の父に、再度手が出そうになるのを止める。
父は父で、ピッケルの為を思って行動しているからだ。
二十歳を越えると、『力』をゼロから知覚するのは難しいとされている。
ヴォルス家の人間が他を圧倒する戦闘力を持つのは、若年からの修行の成果だ。
歴史上では、二十歳を越えてから修行を開始して、『力』に覚醒した者もいないではないが、稀有な例だ。
ヴォルス家のしきたりである、『旦那が嫁いで来た妻へ、毎夜マッサージする』というのも、実は『力』の知覚を促すためだ。
『力』を使って刺激することが、『力の知覚』にとって一番の早道だからだ。
ミネルバはまだ『力の知覚』、その兆候がない。
一年ミネルバに修行を付けたクワトロ本人の感想では、ミネルバには才能を感じる。
ただそれでも、二十歳越えはハンデだ。
せめてあと一年早く嫁いで来ていれば、と思ってしまう。
おそらく今のまま修行した場合でも、麓に下りてくる害虫の退治程度なら、難なくこなすだけの強さをミネルバは手にする。
しかし、五合目を自力で越える強さを手に入れる可能性は低いだろう。
クワトロが黙っていると、父は説得するように言ってきた。
「クワトロ、君も知っての通り、青竜の『呪い』は強力だ。何かあった場合ヴォルス家は途絶える。シャルロットのようなケースは稀なんだよ」
「⋯⋯わかってるよ、それは! それでも──決めるのは、ピッケルだ。俺達じゃない」
「それはそうだね。ただ、そのミネルバさんも、青竜の呪いをかけられたら後戻りはできない。後から後悔させるかも知れないよ? 自分が何時までも一家の足手まといだと感じれば、居心地が悪くなるかもしれない」
「⋯⋯」
父の言うことは、正論だ。
ミネルバは聡い。
だからこそ、自分が足手まといになることに耐えられない性格だ。
「だとしても!」
父の言うことはわかる。
クワトロも何度も考えたことだ。
その上で、自分の結論をハッキリと口にする。
「それも⋯⋯二人が決めることだ」
「クワトロ!」
父が珍しく大声を出した。
「いいかいクワトロ、今は君が家長だ。だから意見は尊重する。その上で聞こう。さっきから君の言っている、ピッケルに任せる、二人に任せる、それは君が、家長としての責任を放棄して、二人に面倒を押し付けてるだけじゃないと言えるかい?」
「違う!」
「本当に?」
「ああ。それに、ピッケルが俺の息子なのと同じで、ミネルバはもう俺の娘なんだ、娘なんだよ! だから二人を尊重するんだ、父さんが俺にそうしてくれたように!」
しばらく睨み合いのような時間が過ぎたのち、フォーサイスが笑みを浮かべて言った。
「ならいいんだ。どちらにしても、マリーを連れて行くといい。二人を尊重し過ぎた結果、二人が後悔しないように、ね」
「⋯⋯」
これ以上は平行線だ、と話を打ち切る。
話を終え、家に戻ると──マリーが嬉しそうにしていた。
「見て下さい! これ!」
「あなた、マリーさん凄いのよ。ほら」
マリーの持つ錬金金属が、グニャグニャと変化していた。
「まだ思い通りの形にはできませんが、動かせるようになりましたわ!」
おそらくシャルロットが行った錬金を見て、瞬時に『力』の使い方を把握したのだろう。
もともと『力』を知覚しているとはいえ、確かに才能を感じる。
「そうか、なかなかやるな」
「ありがとうございます!」
「じゃあ⋯⋯そろそろ出発しよう。マリーも来るがいい。ピッケルに会えるかはわからないけどな。ここに居るよりは可能性がある」
「はい! 何なら第二婦人でも構いませんわ!」
「残念だな、ヴォルス家は一夫一婦制だよ」
「そうなんですか⋯⋯」
「とりあえず、行こう」
「ええ」
「はい!」
クワトロは出発を宣言したが、しばらく入り口へと振り返ることができなかった。
振り返れば、先ほど同様に、勝ち誇った表情を浮かべた父がそこにいるだろうから。




