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父の思惑

 マリーがシャルロットから受け取った錬金金属を手で弄んでいると、クワトロが戻って来た。

 これから夫婦で出かけるとのことで、倉庫に必要な物を取りに行っていたらしい。


「準備できたぞ、出発するか」

「すみません、準備を任せてしまって」

「いいよ、君はチャレンジで疲れてるだろう? それなのにこれから王都まで行くんだ、休憩にはちょっと短いけど」

「ううん、平気ですよ。そんなやわ(・・)ではありませんわ」


 そう言ってシャルロットが腕を曲げ、ポンと二の腕を叩く。

 年上の人間に言うことではないかも知れないが、とても可愛らしい仕草だ。


 どうやら二人で王都に向かうらしい。

 二人がいない間にピッケルが戻ってくると少し気まずいかな? とマリーは考え、とりあえずフォーサイスに今後の事を聞いた。


「おじ様はどうされるんですか?」

「ん? 私は家で留守番するよ。マリーも残るかい?」

「そうですね、どうしましょうか」


 答えながら、ちょっとイヤだなと思った。

 フォーサイスの事は尊敬しているし、今までは一緒にいて気まずい、などと思ったことはなかったが⋯⋯


 おじ様、お二人が出かけたら、また服を脱ぐんじゃ?


 という疑念が頭を過った。


「あの⋯⋯私もついていってよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろん⋯⋯といいますか、マリーさんはそもそもどうしてウチに?」


 そこで、シャルロットには来訪の目的を伝えていなかったことに気付き、マリーは慌てて言った。


「すみません、お伝えするのが遅くなってしまいました。私を是非ピッケル様⋯⋯ピッケルさんの伴侶としていただきたく参りました!」

「⋯⋯ピッケルの、伴侶、ですか?」

「はい!」


 するとシャルロットは、首を機械仕掛けの人形のように動かし、クワトロの方を向いた。


「アナタ⋯⋯どういう事かしら?」



_______________



「もう結婚⋯⋯なさってる?」

「はい。大変申し訳ありません。主人と義父の間で連絡の行き違いがあったようですね⋯⋯」

「そう、ですか、そう⋯⋯」


 マリーは露骨に落ち込んでいるように見えた。

 どうフォローしようかクワトロが悩んでいると、父フォーサイスが言った。


「二人はもう、青竜に会ったのかい?」

「いえ、それはこれからだと思います」

「ふーん、そう」


 フォーサイスは一度区切ったあと、強調するように言った。


「なら、まだ『結婚した』とは言えないね、よくて婚約、かな? マリーの割り込む余地はあるさ」

「父さん!」


 思わず語気が荒くなるのを自覚しながら、クワトロは続ける。


「ピッケルが選んだ相手なんだ、俺達が口を挟むべきじゃない!」

「口を挟むつもりはないよ。でも事実だ」

「俺はピッケルとミネルバ、二人を一年見てきた。夫婦として過ごす二人を、ね」

「たった一年だろう? 私だってマリーを長年見てきた。彼女はヴォルスの嫁に相応しい女性だよ」

「だとしても!」

「それに⋯⋯その女性は知っているのかい? 青竜の⋯⋯」

「父さんっ!」

「おっと、そうだね。ここで言うのはフェアじゃないね」

「⋯⋯ちょっと、父さんと話してくる。父さん、外に行こう」


 シャルロットとマリーからの戸惑いの視線を感じつつ、ドアを開けた。

 半ば確信めいた物を覚えつつ、クワトロはやや強引にフォーサイスの手を掴み、父を外へと連れ出した。

 裏庭で改めて父と顔を合わせる。

 フォーサイスはどこか、惚けているような表情をしている。

 その表情で、確信した。


 パンっ!


 思わず──殴りかかってしまった。

 手のひらであっさりと受け止めながら、フォーサイスが非難の声を上げた。


「父親に殴りかかるなんて、酷いなぁ」

「止める事くらいわかってるよ」

「だとしても、褒められたものじゃないよ」

「⋯⋯知ってたんだろ?」

「ん? 何を?」

「とぼけないでくれ。ピッケルとミネルバの事だ」

「ふむ、どうして?」

「ハクと『契約』して、口止めしたんだろ?」


 おかしいとは感じていた。

 確かにハクはいい加減なところがある。

 しかしハクに限らず、知恵ある竜との契約で対価を用意した場合、まず約束は守られる。

 約束を破れば、今後対価が得られないからだ。

 フォーサイスは笑みを浮かべながら白状した。


「バルドー牛の変種まで用意したんだろう? そりゃあハクも約束は守るさ。ハクは一年前にちゃんと教えてくれたよ」

「口止めには何を?」

「竜酔の香木。放浪中に見つけてね、ただこんなに早くバレるなら、もったいなかったかな?」

「なるほど」


 裏山には生えていない希少な品だ。

 竜種は、おしなべて酒が好きだ。

 ただその巨躯ゆえ、酔うほどの酒を用意するのは難しい。

 それが、竜酔の香木ならドラゴンは一嗅ぎで酔える。

 『誓約』によって裏山を離れられないハクにとっては、垂涎の品だろう。

 仮にクワトロと多少揉める事になっても、選ぶ価値ある品だろうことは容易に推測できた。


「⋯⋯で、なんでこんなことを?」

「ピッケルが天才だからさ」

「⋯⋯」

「ヴォルス家の成り立ちは君も知っての通りだ。だからこそ、ヴォルスの嫁にはいざという時に、旦那を止めることができる『力』が求められる。剣帝ミネバが、ピオレにしたように、ね」

「⋯⋯それで?」

「マリーは天才だ。勝つのは無理でも、何かあればピッケルを止められる可能性がある。

 天才には天才の嫁を。

 非常に合理的な帰結だと思わないかい?」

「ミネルバは──」

二十歳(はたち)を越えてるんだろう?」


 勝ち誇ったような表情の父に、再度手が出そうになるのを止める。

 父は父で、ピッケルの為を思って行動しているからだ。


 二十歳を越えると、『力』をゼロから知覚するのは難しいとされている。

 ヴォルス家の人間が他を圧倒する戦闘力を持つのは、若年からの修行の成果だ。

 歴史上では、二十歳を越えてから修行を開始して、『力』に覚醒した者もいないではないが、稀有な例だ。


 ヴォルス家のしきたりである、『旦那が嫁いで来た妻へ、毎夜マッサージする』というのも、実は『力』の知覚を促すためだ。


 『力』を使って刺激することが、『力の知覚』にとって一番の早道だからだ。


 ミネルバはまだ『力の知覚』、その兆候がない。


 一年ミネルバに修行を付けたクワトロ本人の感想では、ミネルバには才能を感じる。


 ただそれでも、二十歳越えはハンデだ。

 せめてあと一年早く嫁いで来ていれば、と思ってしまう。


 おそらく今のまま修行した場合でも、麓に下りてくる害虫の退治程度なら、難なくこなすだけの強さをミネルバは手にする。

 しかし、五合目を自力で越える強さを手に入れる可能性は低いだろう。


 クワトロが黙っていると、父は説得するように言ってきた。


「クワトロ、君も知っての通り、青竜の『呪い』は強力だ。何かあった場合ヴォルス家は途絶える。シャルロットのようなケースは稀なんだよ」

「⋯⋯わかってるよ、それは! それでも──決めるのは、ピッケルだ。俺達じゃない」

「それはそうだね。ただ、そのミネルバさんも、青竜の呪いをかけられたら後戻りはできない。後から後悔させるかも知れないよ? 自分が何時までも一家の足手まといだと感じれば、居心地が悪くなるかもしれない」

「⋯⋯」


 父の言うことは、正論だ。

 ミネルバは聡い。

 だからこそ、自分が足手まといになることに耐えられない性格だ。


「だとしても!」


 父の言うことはわかる。

 クワトロも何度も考えたことだ。

 その上で、自分の結論をハッキリと口にする。


「それも⋯⋯二人が決めることだ」

「クワトロ!」


 父が珍しく大声を出した。


「いいかいクワトロ、今は君が家長だ。だから意見は尊重する。その上で聞こう。さっきから君の言っている、ピッケルに任せる、二人に任せる、それは君が、家長としての責任を放棄して、二人に面倒を押し付けてるだけじゃないと言えるかい?」

「違う!」

「本当に?」

「ああ。それに、ピッケルが俺の息子なのと同じで、ミネルバはもう俺の娘なんだ、娘なんだよ! だから二人を尊重するんだ、父さんが俺にそうしてくれたように!」


 しばらく睨み合いのような時間が過ぎたのち、フォーサイスが笑みを浮かべて言った。


「ならいいんだ。どちらにしても、マリーを連れて行くといい。二人を尊重し過ぎた結果、二人が後悔しないように、ね」

「⋯⋯」


 これ以上は平行線だ、と話を打ち切る。

 話を終え、家に戻ると──マリーが嬉しそうにしていた。


「見て下さい! これ!」

「あなた、マリーさん凄いのよ。ほら」


 マリーの持つ錬金金属が、グニャグニャと変化していた。


「まだ思い通りの形にはできませんが、動かせるようになりましたわ!」


 おそらくシャルロットが行った錬金を見て、瞬時に『力』の使い方を把握したのだろう。

 もともと『力』を知覚しているとはいえ、確かに才能を感じる。


「そうか、なかなかやるな」

「ありがとうございます!」

「じゃあ⋯⋯そろそろ出発しよう。マリーも来るがいい。ピッケルに会えるかはわからないけどな。ここに居るよりは可能性がある」

「はい! 何なら第二婦人でも構いませんわ!」

「残念だな、ヴォルス家は一夫一婦制だよ」

「そうなんですか⋯⋯」

「とりあえず、行こう」

「ええ」

「はい!」


 クワトロは出発を宣言したが、しばらく入り口へと振り返ることができなかった。

 振り返れば、先ほど同様に、勝ち誇った表情を浮かべた父がそこにいるだろうから。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ミネルバの道の物語でもありましたか。 これ以上ないくらいピッタリな夫婦と思っていましたが、更にそこから上が必須だったとは
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