毒と薬
「六歳は大袈裟⋯⋯なんて思っているでしょ?」
シャルロットの指摘にドキリとして、マリーは危うく『裏山希少種図鑑』のページを引きちぎりそうになった。
本から手を離し、そのまま手を振りながら弁解した。
「そんなこと、思って、おりませんワ」
声が裏返ってしまった。
「いいのよ。それが普通ですもの⋯⋯ところで、あれを見てください」
シャルロットが指差した戸棚の上には、幾つかの人形が置いてあった。
大きさは手のひらサイズ。
「近くで拝見しても?」
「ええ、もちろん。手にとって見てもらってかまいませんよ」
言われるがまま戸棚の前に移動し、幾つかあるうちの、ドラゴンが吠えている姿の人形を取り上げてみる。
光沢があるが、鉄や銀とはまた違ったように見えた。
重さも、それらの金属よりは軽く感じる。
マリーにとって、未知の金属だ。
「じゃあそれ、貸してみて」
「⋯⋯? はい」
差し出された手に、人形を乗せる。
すると、変化は直ぐに起こった。
竜は高温で熱されたようにドロリと溶け、ぐにゃぐにゃと動き出したのだ。
想像もしていなかった光景にマリーが絶句していると、変化はさらに進み──シャルロットの手のひらの上に、金属製の一輪の花が咲いていた。
「ヴォルス家に代々伝わる製法で作られた、錬金金属よ」
「錬金金属⋯⋯」
「そう。錬金術によって自在に変化、変質する金属。私はこの程度のことが出来るようになるまでに五年掛かったけど⋯⋯この家では、子供が5歳になるとこれを与えるの」
「5歳⋯⋯そんな子供の内から、錬金術のような、高度な技術の修行を?」
「⋯⋯ふふっ」
驚いて漏らしたマリーの感想に、シャルロットが吹き出した。
その反応に少し戸惑いながら、マリーは再度質問をした。
「あの⋯⋯私、変なこと言いました?」
「ううん、ごめんなさい。でも、修行だなんて大袈裟に言うものだから」
「修行⋯⋯ではないのですか?」
「ええ。遊びよ、遊び」
「⋯⋯遊び?」
「そうよ。ほら、子供って粘土遊びが好きでしょ? この家では粘土の代わりにこれを与えるって、それだけの話よ。これなら粘土のように周りを汚さないなら。つまり、ヴォルス家に代々伝わる玩具ってこと」
「⋯⋯そうですか」
「クワトロやフォーサイスお義父様は、与えられて二週間くらいで変化させられるようになったらしいわ」
「二週間⋯⋯それって、異常⋯⋯ですわよね?」
「そうね」
そこではたと気付き、マリーは質問した。
「あの、ピッケル様はどのくらいで?」
「3日よ」
「みっ、3日!?」
質問が来るのを予想していたのだろう、シャルロットの返事は早かった。
「クワトロとお義父が騒いで大変だったわ、『俺の息子は天才だ!』とか、『私の孫は天才だー!』って。ま、子供や孫を見てそういう反応するのは、どこの家も同じなのでしょうね」
「そうですかしら⋯⋯ね?」
「私の実家では、そんなほのぼのしたやり取りなかったから新鮮だったわ、これぞ一般家庭! って感じで、ふふふ」
(え? 何ですかその感想⋯⋯)
その時の事を思い出したのか、シャルロットは口元を押さえ、上品に笑った。
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ピッケルの右腕が、あっさりと元の色を取り戻すのを眺めながら、クルーウッパスは自身の敗北を認めた。
錬金金属の変質は、双方向性である。
つまりどのように変質させても、ガラウーロア鋼が元になっているのであれば、再び起点となるガラウーロア鋼へと戻すことが可能だ。
当たり前の話だ。
それが出来なければ、変形はともかく自在に変質させて戦うことなど不可能だからだ。
毒を使用する者の鉄則として、解毒薬を持ち歩く、というものがある。
クルーウッパスたちユガ族もそうだ。
ユガ族の面々は錬金毒に対して、同じくガラウーロア鋼を錬金術で変質させ、その毒性を中和する解毒剤を作成することができる。
それが出来なければ、自らが錬金した毒に、自らやられてしまう可能性があるからだ。
ピッケルという男は、体内の錬金毒をガラウーロア鋼へ戻し、解毒薬へと変質させ、毒を中和して見せた──クルーウッパス以上の精度で。
敗北を認めざるを得ない。
そして何より──体を動かせない。
クルーウッパスの体に装着されているガラウーロア鋼が、自身の知らない、未知の何かに変質させられている。
複雑かつ緻密な変質で、クルーウッパスには元に戻せない。
しかも変質は体の表面に留まっている。
右腕を突き込まれ、破損した臓器の代替部分は丁寧に修復されているのだ。
速度、技術、どちらも併せ持つ、正に神業としか表現できない錬金術だ。
その上、自身に起こっている変化⋯⋯それは気のせいではない。
そう、内臓の修復どころの話ではない。
「この錬金金属、ちょっと不純物が多いね。上手くできるか心配でちょっと慌てたけど⋯⋯良かった良かった」
元の色を取り戻したピッケルの腕、その握り込まれた拳が開くと同時に、黒く小さな塊が落下した。
クルーウッパス自身に訪れた、変化。
呼吸が楽になっている。
深く息を吸うと、顔に朱みがさすのを感じる。
クルーウッパスがガラウーロア鋼を装着して以来、長年感じていた倦怠感が取り除かれている。
「話すのが上手くない、って言ってたよね? たぶんこの不純物のせいで、肺の機能が阻害されているせいだと思うんだ。色々聞きたいことがあるから、まずは話しやすくしないとね。どう? 気分は」
心に渦巻く、敗北感と、歓喜。
それは奇しくも、毒と、解毒剤のように。
その両方を、内心でごちゃ混ぜにしながら⋯⋯
「⋯⋯ああ、生まれ変わったように──最高の気分だよ」
ピッケルの問いに、クルーウッパスは辛うじて、笑顔を浮かべながら答えた。




