裏山希少種図鑑
(あっさりと勝った⋯⋯いや、殺したな、流石だ)
二人の戦いを観戦していたケプラマイトは、変色したピッケルの腕を見て勝利を確信した。
ユガ族の錬金戦士、『確殺者』クルーウッパス。
彼はケプラマイトが知る限り、最強の男だ。
ユガ族の男子は、十歳の時に左手の小指を切り落とす。
十一歳で左手全体、十二歳で右腕、十三歳で両足、その後は適正によって変わる。
残念ながらその過程で多くの命が失われるが、適正に恵まれたクルーウッパスはその生涯で、胸部と頭部以外の全て切り落とした。
切り落とした部位には本来の肉体に代わり、錬金金属である『ガラウーロア鋼』が装着される。
ガラウーロア鋼は、ユガ族秘伝の錬金術により作成される、形状や性質を自在に変化させる特殊金属だ。
四肢の代わりとするだけではなく、高位の術者なら、自己の臓器、その代替品として用いることもできる。
つまりユガ族は成長の過程で、ガラウーロア鋼の使い方を命懸けで習得するのだ。
ユガ族の男は皆、四肢にガラウーロア鋼を埋め込み、錬金魔法によって自在に変形、変質させ、人間には不可能な動き、戦術で戦う『錬金戦士』だ。
最初に見せた跳躍も、錬金魔法によって脛をゴムのように変質し、縮め、反発力を生じさせたのだろう。
そして、ピッケルの腕を変色させたのは『錬金毒』。
一滴で大きな湖畔の生命を絶滅させることすら可能な最強の毒、これもガラウーロア鋼を錬金によって変質した物だ。
ケプラマイトから見れば、クルーウッパスの能力はいわゆる『初見殺し』の性能が極めて高いうえ、知られてもそれが弱みとならない応用力に富んだ優れものだ。
対するピッケル。
恐らく、化け物だろう。
いや、だったのだろう。
しかしすでに死に体だ。
力なら、ドラゴンを凌ぐのかも知れない。
疾さなら、風のように駆けるのかも知らない。
しかし、それが通用しない相手がいるかもしれない、という想像力の欠如。
関節を取り、取りあえず相手の動きを制そう、そんな己の能力への『過信』が死を招いた。
戦闘においてあらゆる可能性を想定する慎重さ──自身の敗北でさえ。
それは経験によって獲得するものだ。
若さとは可能性の宝庫、それは裏を返せば未熟の証左。
(ま、若い頃なんてそんなもんだけどな、ただ殺し合いなら、やり直しが効かないってだけで)
──と。
考えを巡らせていたケプラマイトだったが、違和感を覚えた。
ピッケルの手は、右肘から先が紫色に変色している。
いや、したままだ。
錬金毒は、触れた部位を変色させ、すぐにその変色は全身へと進む。
その、肝心な全身への変色が起こっていない、肘から先に留まっている。
そして何よりもおかしいのは。
クルーウッパスだ。
毒を与えた、だからと油断して攻勢を止めるような未熟者ではない。
毒に苦しむ相手に、さらなる追撃をする、ケプラマイトが知るクルーウッパスはそういう男だ。
そのクルーウッパスの表情に苦悶が浮かんでいる。
(なんだ、どういう状況だ? 何が起きている!?)
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「そんな能力が⋯⋯リプロデュスクラウドというのは厄介な存在ですわね。希少種って他にはどんなものがいるのですか?」
シャルロットから『チャレンジ』の内容を聞いていたマリーが質問した。
「ま、そのおかげで現存しない存在と戦えるのだから、ありがたいわ」
マリーの言葉に答えながらシャルロットは立ち上がり、部屋を出た。
戻って来ると、一冊の本が胸に抱えられていた。
「はい、これを見るといいわ」
差し出された本をマリーは受け取り、まずは表紙を眺めた。
『裏山希少種図鑑』
達筆でタイトルが記されている。
魔法具による印刷ではなく、手書きのようだ。
ページをパラパラとめくり、驚いた。
本文も、まるで印刷したように統一感のある文字で、挿絵も写実的で細かい。
タイトルを信じれば、恐らく希少種だという魔物の性質が、事細かに記してある。
大きさ、重さ、外見的特徴、何を食べるのか、どうやって繁殖するのか、遭遇した際の対処方、など。
「ピッケルが書いたのよ、すごいでしょ?」
「これを⋯⋯お一人で?」
「ええ、あの子は凝り性なの、きっと父親に似たのね。あの子は山に一人で入るようになってから、裏山の希少種を探し出して観察するのが趣味になったの。今、うちで希少種との戦闘経験が一番あるのは、きっとピッケルじゃないかしら」
母親の自慢話を聞きながら、ページをめくる。
マリーはある『希少種』の項目で目が止まった。
綺麗な字ではあるが、他のページに比べれば少し文字が拙かったのだ。
そのまま、流し読みをした。
金属生命体『デュプロスライム』。
命名ピッケル・ヴォルス。
生息場所・裏山二合目付近。
体組織のおよそ九割が金属で構成されたスライム。
金属はスライム自身の錬金術によって様々な形質や性質に姿を変える。
それによって樹木などに擬態し、通りかかった餌を捕食する。
擬態は高度で、発見は困難を極める。
また、錬金術により強力な毒を生成することも脅威だ。
「こんな不思議な生き物も生息しているんですね⋯⋯」
マリーが呆れたように呟くと、シャルロットが図鑑を覗き込んだあと、ふふっと笑い声を漏らした。
「どうしたのですか?」
「それ、たぶんピッケルが初めて書いた項目ね、大袈裟に書いてますけど、そんなに大した魔物じゃないのよ」
「そうなのですか?」
「ええ。希少種とはいえ、所詮二合目が生息域ですもの。でも初めて見たから、きっと嬉しかったのね」
「なるほどですわ」
「ヴォルス家に生まれたら、六歳でも対処可能な生物ですわ」
それは流石に言い過ぎなのでは? と思わないでもなかったが⋯⋯マリーは次のページをめくった。




