三回目
ミランの防御魔法『金剛壁』が行使された。
リヤカーに残っていた三人の前に、魔法の壁が現れ、ピッケルと二人組から分断される。
リヤカーの座席でミネルバは独り言ちた。
「三回目、ね⋯⋯」
無意識に出た言葉だ。
小さく呟いたつもりだったが、隣にいたガンツが耳敏く聞いてきた。
「三回目って、何がだ?」
「⋯⋯なんでも無いわよ」
「しかし」
「静かにして。戦いの邪魔になるわ、黙って見守りましょう」
ごめんガンツ、と心の中で謝る。
キツくなってしまった言い方が、八つ当たりなのは自覚していた。
ただ、謝罪を素直に言えるほど心中穏やかではなかった。
この一年、農作業中に二度ほど言われたセリフ。
「ミネルバ、家に戻ってて」
初めては春先の事だった。
その時は何の疑問もなく家に戻った。
あとで聞いた話によると、本来ならデスマウンテン六合目に生息する魔物が、麓まで下りて来てしまったらしい。
ヴォルス家の家屋は、特殊な素材と魔法具を建材に使用した特別製であり、非常に強固だ。
「やっぱり家は『白竜乗っても大丈夫!』ってくらいじゃないとな!」
実際にハクを家に乗せながら、自慢気にクワトロが言っていた。
(その建築基準を外れたら家と認められないなら、大陸広しと言えども家なんてここしかなさそうだけど⋯⋯)
次は夏だった。
その時は四合目の『希少種』が下りて来てしまったらしい。
希少種とは裏山に生息する魔物の中でも、特に強力な力を持っているとのことだ。
希少種の下山は(同じく希少種に分類されるハクを除けば)非常に珍しいらしく、その時は
「ミネルバ! すぐ家に戻るんだ!」
と、やや慌て気味にピッケルは叫んだ。
そして今回。
自宅と、ミランの金剛壁を比較すれば自宅の方が頼りになりそうではあるが、それを差し引いても、だ。
つまり三回目とはピッケルからの「足手まとい」という宣言であり、ミネルバが悔しさを感じた回数でもある。
もちろん、普段だって充分足手まといだ、そんなことは彼女にもわかっている。
戦いにおいては一人では満足に火吹き羊だって狩れないし、他の害虫にせよ、結局義父や義母、ピッケルの背中に隠れているのは変わらない。
農作業にしても、彼らはその類い希な能力で、ミネルバがちょっとした作業を行う間に、信じられないペースで作業をこなす。
「見るのも修行だ、戦いも、農作業もな。だから今は焦るな」
義父は言う。
しかし、今回のように「足手まとい」と改めて宣言されると、現実を突きつけられたような心境になる。
義母がクワトロと協力し、難なく『害虫』を退ける姿。
二人とは違い、家に戻るようにピッケルに指示されること。
そして、その度に感じる劣等感。
ミネルバは自問する。
彼に並び立って戦えない自分は、彼の妻に相応しいと言えるのか、と。
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ピッケルが注意深く二人を観察していると、ケプラマイトが話しかけて来た。
「さっきも言ったが、俺は手出しする気はない。警戒する必要はないぞ?」
「そう」
視線をクルーウッパスへと移す。
顔色の悪い男は、静かに言った。
「スッー。恨ミハナイガ、一族ノ為、死ンデモラウ」
瞳に信念を宿したような表情で、クルーウッパスが宣言した。
「一族の為って?」
「⋯⋯スッー。ソレハ」
「おい、クルーウッパス。それ以上は禁止だ、さっさと殺せ」
ピッケルの問いに答えようとしたクルーウッパスを、剣士が制止した。
「スッー。承知シタ、イクゾ」
と言った瞬間、クルーウッパスが地面へと沈んだ──と、錯覚するような動きだった。
ピッケルはその現象をすぐに見抜く。
相手の履いているズボン、その裾が異様に余っている。
クルーウッパスの膝から下、ちょうど脛の部分が縮んだか、消失したのだ。
両足の足元は地面を踏みしめているし、そのすぐ上に膝がある。
脛自体はズボンに隠され、どうなっているかは視認できないが。
裾が再び伸び始めると同時に、クルーウッパスが跳躍した。
凄まじいスピードで突進してくる。
何より、飛びかかってくるなら、通常なら膝を曲げるのが前動作となる、単純に虚を突かれた──が。
かわせない速度ではない。
ピッケルは相手の飛びかかりをかわしつつ、相手の腕に狙いを定める。
ピッケルは現時点で、クルーウッパスを殺すつもりはない。
彼は王都でフェイ、辺境でヤンと戦い、一つ学んだ。
こちらを餌と認識し、襲いかかってくる『害虫』とは違い、人は人と戦う時に理由や信念がある。
もちろん、理由や信念が相容れないものであれば容赦などするつもりはないが、人は戦った後でも、友情を育むことが出来るのだ──彼らのように。
そして、クルーウッパスは「恨みはない」と言った。
人に恨まれるような事をした憶えはないが、自分は人の心の機微に疎い、もしかしたら、知らず恨みを買うこともあるかもしれない。
もし、クルーウッパスが抱える事情が、自分が死ぬ以外で解決出来ることなら協力してもいい。
その為にも、まず理由を聞こう。
クルーウッパスを制止し、理由を述べる邪魔をした剣士を、この場から排除する、というのがこの戦いのプランだ。
クルーウッパスへと伸ばした腕で、そのまま相手の右手首を取り、肘の辺りを抑えた。
相手を前に引き倒しながら、肩と肘の関節を極めようとした。
拘束の為の関節技だったが、手応えがない──そこですぐに気付いた。
脛を変形させるような相手に、関節技など悪手だ。
実際、本来なら骨が折れて当然の領域まで、相手の関節が曲がっている。
にも拘わらす、クルーウッパスは未だ自由な左手で、ピッケルの顔へと突きを放った。
反射的に打撃に切り替え、隙だらけの腹部へと叩き込む。
それほど力を込めたつもりはなかった。
だが、クルーウッパスの体にピッケルの腕がめり込み、そのまま突き抜けた。
慌てて腕を抜くと──右肘から先が、紫色に変色していた。




