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私の王子様

 長く盗賊家業を営むには、分析力は不可欠だ。

 縄張りとして選ぶのは、自分たちの実力に見合った、最適な場所でなければならない。


 交通の要所は、人通りも多い。

 その付近を根城にすれば『獲物』には事欠かないかもしれないが、盗賊による被害が増えれば、国もすぐに治安維持に本腰を入れる。


 実際、各国を繋いでいる主流な街道では、盗賊に出会うのは稀と言われている。

 何かあれば、すぐに盗賊討伐専門の冒険者や軍が派遣されるし、少数の追い剥ぎ程度であれば、護衛を雇えば被害を防げる。


 つまり大きな街道で盗賊稼業を営むのは、非常に困難が伴う。


 その点、この山道は道幅や起伏の関係上、馬車などを利用して大量の荷物を運ぶのには適さないが、それなりに人通りは見込める。

 道は少し険しいが、距離だけで言えば聖国から王国への最短のルートのため、旅を急ぐものはここを通るためだ。


 大規模な隊商などが期待できない反面、人数が少ないということは、『仕事』がしやすいという事でもある。


 つまりそれほどの人数がいない『カシム盗賊団』が根城とし、ささやかに盗賊稼業を営むには適した場所、ということだ。

 襲う相手が少なければ少ないほど、楽ができる。


「獲物は二人、爺と若い娘でさぁ、楽勝ですぜ!」


 遠眼鏡を覗き、道を監視していた部下が叫んだ。

 考えうる中でも、非常に楽が出来る獲物と言える。


「よし、貸してみろ」


 盗賊団のリーダーであるカシムは、遠眼鏡を受け取り、そのまま覗き込んだ。

 報告通り若い女と、年配の男をレンズ越しに捉えた。


 遠眼鏡を使用しているとはいえ、細部まで事細かく観察できる距離ではないが、女は腰まで伸ばしたブラウンの髪を揺らしながら、しっかりとした足取りで歩いている。

 連れの男は老紳士然とした雰囲気で、年のわりに背筋は伸び、これまたしっかりとした健脚ぶりを披露していた。


 カシムたちが根城にしている「ウェルザ間道」は、聖国、王国どちらの宿場町からも、やや距離がある。


 ここを通る者は、数日の野宿を経ているものがほとんどだ。

 それにしては、山道を行く男女はその歩みから旅の疲れを感じさせない。

 その事を確認してカシムはニヤリと笑みを浮かべた。


 女は健康な方がいい、高く売れる。

 聖国と王国、共に奴隷売買は禁止されているが、いまだ奴隷制が機能している、北部や東部に伝手がある奴隷商人が知り合いにいる。

 奴なら高く買ってくれるだろう。


 ジジイは、まぁ身ぐるみ剥いで殺せばいい、女から抵抗の気力を奪う生け贄としては充分だろう。


 と、カシムが頭の中で皮算用をしていると、女に動きがあった。

 遠眼鏡の中の女が、上体を前屈するようにして、足元の何かを拾う仕草を見せた。


「⋯⋯?」


 カシムが頭の中に疑問符を浮かべていると、女は体を捻り、そのまま腕を振りかぶった。


 直後、遠眼鏡を覗いていた左目が、まるで灼熱したかのような痛みを覚え──次の瞬間、カシムの意識は、永遠の暗闇に呑み込まれた。


───────────────


「フォーサイスおじ様、命中ですわ!」

「こらこら、マリー。いきなり何をするんですか」


 道端に転がっていた石を拾い上げ、それを『監視者』へと投げた直後、マリーはすぐに駆け出した。

 併走してくるフォーサイスからの注意を、軽く鼻を鳴らしてから受け流す。


「だってこんな山道で、遠眼鏡でこちらを覗いていたのですよ、きっと盗賊団ですわ」

「もしかしたら学者や、バードウォッチャーかも知れませんよ?」

「ふふふ、おじ様ったら。こんな所にそんな物好きがいるはずないでしょう」


 程なく、こちらを観察していた一団がいる崖の下へと辿り着く。

 崖は両者の背丈と比べて五倍以上の高さだが、二人は壁面にある、所どころ突き出した岩を足場として駆け上がった。

 最後の足場で高く飛び上がり、崖の上に二人が着地すると、左目に遠眼鏡が突き刺さった姿で仰向けに倒れている男と、こちらを見て言葉を失っている五名ほどの男が視界に入った。

 とっくに逃げ出したと思ったが、恐らく突然の事態に、何が起きたのかを誰も理解できず、そのまま立ち竦んでいたのだろう。

 そのうちの一人が、絞り出すように声を出した。

 

「あ、アンタら一体⋯⋯」


 男の言葉は無視し、マリーは得意気にフォーサイスへと顔を向けた。


「ほらほら、彼らの人相を見てくださいおじ様。とても鳥や自然を知的に観察するような、教養の持ち主とは思えない方々ですわ」

「まぁ、そうですね」

「使えもしない癖に剣を持って、粗末な鎧に身を包み、生まれてこの方入浴していないかのような悪臭⋯⋯盗賊に違いありませんわ」

「まぁ、そうじゃなかったら謝って済む問題じゃないですし、そう願いましょう」


 二人が呑気に話していると⋯⋯。

 一団の中から、一人が剣を手にして歩み出し、


「何なんだよ! おまえ等は!」


 と、大声を上げながら近寄って来た。

 そのまま、与し易しと思ったのか、老人であるフォーサイスへと剣を突きつける。


「いいかジジイ、動くなよ⋯⋯」


 と言い終わるか終わらないかのタイミングで、老人は言葉を無視し、素早く動いた。

 あまりの速さに、剣を突きつけてきた男は突っ立ったまま、何の反応も見せなかった。

 一瞬で男の後ろへ回り込み、そのまま崖下へと蹴落とす。


「うわぁあああああっ!」


 男はやや放物線を描くように宙を舞い、そのまま頭から下へ叩きつけられた。

 鈍い音が聞こえる、即死だろう。


「お見事ですわ、おじ様」

「やれやれ。あまり人を『駆除』したくないんですがね。ま、盗賊も『害虫』も似たようなものでしょうか」

「そうですわ、おじ様。生かしておいても世のためになりません、さっさと片付けてしまいましょう」


 まるで、部屋の掃除をするかのような気安さで発せられたマリーの言葉。



 ──それほど時間を置くことなく、『カシム盗賊団』は全滅した。




「そういえば、孫への土産を忘れてました」


 フォーサイスは言いながら、仰向けに倒れている男の左目から遠眼鏡を抜いた。

 血や眼球の破片、脳漿といったものがこびりついていたが、老人はさして気にする様子もなく、盗賊団の衣服を剥ぎ取り、遠眼鏡を拭いた。


「もうおじ様ったら、そんなの拾って。ばっちいですわよ」

「遠眼鏡は貴重品ですからね、孫もきっと喜びます」


 ある程度汚れを拭き取ったあと、遠眼鏡を覗き込む。

 しかし、マリーが投げた石の衝撃によってだろう、はめ込まれたレンズは割れてしまったようで、何も見えなかった。


「うーん、もしやと思いましたが⋯⋯壊れてますね、これでは使い物になりません」


 遠眼鏡をポイッと投げ捨てながら、残念そうに呟くフォーサイスに向けて、マリーが慰めるように声を掛けた。


「まぁまぁ、おじ様。『お土産』ならすでにあるではありませんか」

「うん? そうでしたっけ?」


 老人の言葉に、マリーは胸に手を当てながら答えた。


「お忘れですか? お孫さんには私が嫁ぐのですよ? これ以上のお土産はないでしょう!」

「まぁ、そうですね。嫁探しが大変な場所なので、きっと喜ばれると思いますが⋯⋯本当に良いんですか? 私や妻を(おもんばか)っての決断なら、無理しないで下さい」

「もちろん、お二人にはとてもお返しできない恩を感じてますわ。でも何より、お二人から聞いたお孫さんの人柄から、私がそうしたいと思ったのです。おじ様が気にすることはありませんわ」


 そう言ってマリーは、崖から遥か遠くを見た。

 雄大な景色という言葉がふさわしい眺めだ。

 手前には、永久樹氷である白銀の森、その次に王国の首都である王都、さらにその先には、今いる山とは比べものにならないほど高い山が見える。

 『デスマウンテン』などという不気味な名で呼ばれ、過去、世界を恐怖に陥れた邪神が顕現したとされる場所だ。

 山を見据えるように眺めながら⋯⋯


「待っててくださいね、私の王子様。すぐに貴方の妻、このマリーがそちらへ伺いますわ」


 マリーは笑みを浮かべつつ、宣言した。








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