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書籍化記念閑話・節目

 王都には様々な名物がある。


 訪問客たちの目をまず引くのは、やはり大陸一と言われる設置数を誇る街灯だろう。

 夜に街並みを煌々と照らすその光を一目見ようと、わざわざ遠方から王都を訪ねる者もいるほどだ。


 その他には、他国の首都を凌ぐほどの冒険者ギルドが存在するのもまた、名物と言えるかもしれない。


 冒険者ギルドは今とは違い、過去には王都の本部を中心として、大陸中に支部を置き、多数の冒険者を抱える一大組織だった。


 まるで覇を唱えるように各国に跨って存在した「統一冒険者ギルド」は、当然ながら大きな力を有していた。

 しかし、その権勢を為政者に警戒されてしまい、各国の支部ごとに解体され、王国ではやがて行政の管理下に置かれた。


 再び冒険者ギルドが大陸の覇権にかかわることが無いように、といった警戒心からか、行政は冒険者ギルドの規模に制限を与えたものの、一方で冒険者たちが不要になったわけではない。

 需要に応えるように小規模なギルドが多数誕生し、冒険者ギルド監督庁による指導の元で活動している、というわけだ。


 そんな経緯で生まれた王都の冒険者ギルドには、各ギルドごとの「色」がある。


 モンスターの討伐や、その素材の回収を得意とするギルド。対人戦に優れた冒険者を、護衛として旅人や商人に派遣するギルド。薬草や鉱石に幅広い知識を持つものが集まり、採取や採掘を得意とするギルドなど、だ。


 知人のアスナスは将来、冒険者という職はなくなり、それぞれ専門職として別のギルド名を冠することになるだろう、と予言した。

 しかし現在はまだ専門の、つまりモンスター討伐ギルドやら護衛ギルドなどは誕生していない。


 対モンスター専門といっても、目的地へ向かう道中で盗賊に出くわすこともあるし、また逆に対盗賊用の護衛であっても、馬車を襲う相手が街道に現れたモンスターの場合もある。

 採取や採掘を行うにしても、貴重な素材であればあるほど、その近くには厄介なモンスターが潜んでいるのが常だ。

 むしろ厄介なモンスターが潜んでいたり、その素材自体が、厄介なモンスターからしか採集できないことがあるからこそ、それらを貴重たらしめているとも言えるが。


 とにかく現状、冒険者には専門性だけでなく、併せて即応性や万能性も求められるため、各ギルドごとに特色はあっても、完全に一色に染まることはない。

 つまり遠い未来の事はともかく、しばらくは冒険者ギルドの乱立が、王都名物の一つとして数えられるだろう。

 

 季節ごとの名物もある。

 首都にふさわしく、王都には様々な人、物が集まる。

 特に秋のこの時期は、大量の収穫物が農家や商人によって持ち込まれ、市場は俄に活気付く。

 この時期にならないと入荷しない農作物、またそれらを利用した料理なども、季節限定の名物へと早変わりする。


 そんな名物には、いいものもあれば悪いものもあるが⋯⋯秋の不思議な名物の一つは、最近では鳴りを潜めていた。



─────



「そういえば今年も、あの謎の地震ありませんでしたね」

「そうだな」


 虎吼亭では、すでに本日分の仕込みは終わっていた。

 開店準備のため、テーブルを拭きながらのイリアの呟きに、虎吼亭のマスターは簡単に同意した。

 一言で適当に同意したのは、わざわざ説明するのが面倒だったからだ。


 実は、マスターにとって地震は謎でもなんでもない。

 地震の原因も、それがなぜ発生しなくなったのかについても正確に把握しているが、敢えて説明は省いた。

 

 深い理由はない。

 単に面倒だったのだ。


 王都では、秋から冬にかけて一度地震が起きるというのは、虎吼亭付近の住人にとって周知の事実だ。

 正確に言えば、王都の門近くの、ある特定の範囲のみに起こる謎の地震で、ちょっとした秋の風物詩となっていた。

 地震といっても、建物が崩れたりするどころか、戸棚に収まっている食器が落下することもない。

 せいぜい短時間、多少の揺れを感じる程度だ。

 

 そんな秋の名物でもあった小さな地震は、最後に二年前に発生して以来、その後ぴたりと収まった。

 去年は地震が無かったし、今年も例年ならすでに地震は起きていただろうに、今のところその様子はない。


「そういえばマスター、あの地震があるといつもすっごい嬉しそうに店を飛び出してましたよね? 私、この人地震に興奮する変態なんじゃないかなってちょっと心配してたんですけど」

「変態って言い方はどうかと思うが、人によっちゃあ俺は変人だろうな」

「自覚あったんですね! 良かった!」

「⋯⋯良かったな、俺が女に手を上げない程度には常識人で」


 イリアのあんまりな評価を聞きながら、虎吼亭のマスターは、二年前の地震の日を思い出していた。



_______________



 足元の揺れが次第に強くなるのを感じながら、虎吼亭の主人は地震同様に歓喜に打ち震えていた。

 これこそ、王都の門からほど近いこの場所に、店を構えている理由の一つでもあるからだ。


 揺れがおさまったのを確認し、イリヤへと声を掛けた。


「ちょっと野暮用だ、出かけてくる」

「はーい、いってらっしゃい」

「今年は理由を聞かないんだな?」


 聞きながら、面倒臭くないから助かる、という言葉は飲み込む。


「だって教えてくれないし。それに、そんなニコニコしてる人引き止められないです」

「そうか? 俺は笑っているのか」

「やばいくらい笑ってますね、珍しく」


 イリアの半眼とため息に見送られながら、そのまま店を出て王都の門へと駆けながら、【真言】を詠唱する。


 真言は戦女神ルイージャの残した言葉とされ、高位の遣い手であれば、自己暗示に留まらない肉体の強化を己の身に施す。


 過去、そんな選ばれし者のみに使える真言を誰よりも得意とし、戦女神の神官戦士として周囲に将来を嘱望された。

 しかし当の本人はその先、つまり師や同僚がこうなって欲しいと思っているだろう己の未来に、なんの興味も抱けなかった。

 知る限りでは高位の神官ほど、他者との争いを避けた。

 自分より低位の者を、言葉で丸め込もうとするようなやつらばかりで、弱腰だと感じていた。


 そうじゃねぇだろ。

 戦女神に仕えるなら、言葉じゃなく拳で、戦いで序列をわからせるべきだ。


 いつも、その疑念が頭を離れなかった。

 この先やつらと同じように、自分も偉そうに他人に説教するような存在になってしまうのか、と危機感を覚え始めていた。


 ──そんな時に出会った男に、徹底的にわからされた。


 もしかしたら自分は、あの出来事をきっかけに、信仰の対象を「アイツ」へと移したのかもしれない、とすら思う。


 だとすればとんだ不信心者だ。

 破門されて当然だろう。


 門を抜け王都の外に出る。

 あの地震は虎吼亭を中心に起きている。

 正確に言えば「アイツ」が、虎吼亭を中心に揺れを起こしているのだ。


 【震脚】の応用技である【遠震脚】だ。


 『力』を応用して、本来足を踏みつけた場所に起こるはずの振動を、離れた任意の場所に引き起こす【破神脚術】における高等技術だ。

 といっても説明されたことがあるだけで、自分には真似できない。


 そして、できる男を一人しか知らない。


 しばらくして目的の人物が目に映った。

 ほぼ同時に相手もこちらに気が付き、手を上げて、叫ぶように挨拶してくる。


「よーう、カルドミラ! またまた一年ぶりだな!」

「おいクワトロ! その名前で俺を呼ぶなっつってんだろうが! 喧嘩売ってんのか!」

「はっはっは! まーた嬉しそうに怒ってるな!」

「うるせぇ! 今年こそ、その減らず口を閉じさせてやる!」


 そのまま、ここに来るまで詠唱を続けたことによる、真言の効果で蓄積された全力の『力』で殴りかかる。


 もちろん、これは儀式だ。

 まるで信仰する対象が、己に試練を課しているかのような。


 女っぽくて気に食わないから絶対に呼ぶな、と再三伝えている自分の本名を、クワトロがあえて省略せずに、そのまま呼ぶことも。

 それを理由に(もしかしたらそんな理由なんてなくても)自分が全力でクワトロに殴りかかることも。


 そして──


「ははは、相変わらずだなっ!」


 クワトロがあっさりとこちらの攻撃をいなしつつ、カウンターを顔面に容赦なく叩き込んできて、吹っ飛びながら自分が失神に追いやられることも。


_________________


「おーい、ルド、起きろ。今年も俺の勝ちだ」


 略称で呼びかけられ、カルドミラは目覚めながら返事をした。


「あー痛ぇな、ちっくしょうが」

「はっはっは、んじゃ今年も頼むぜ?」


 治癒魔法で痛みを消し、そのままクワトロから荷物を積んだリヤカーと、「欲しいものリスト」と書かれたメモを受け取る。


 この時期、いまだに重罪人として手配されているクワトロに代わり、カルドミラが市場で農作物を卸していた。

 王都に忍び込むだけならどうとでもなるだろうが、大量の荷物を持ち込むのは流石にクワトロでも難しいため、カルドミラが彼の卸や買い出しを代行をしているのだ。


 農作物の一部は虎吼亭で買い取り、残りは卸して現金化し、「欲しいものリスト」を参照して物品を購入し、また門外へと戻る。


 全て滞りなく終えてカルドミラが戻ると、クワトロは草原に寝転んでスヤスヤと眠っていた。


「ちっ、この野郎、人を働かせておいていい気なもんだ」


 思わず寝込みを襲いたくなるが、やめておく(実際過去に何度か試し、その都度失神したのだ)。


「おい、起きろ」

「⋯⋯クカー」


 強めに揺らしながら声をかけたが、起きる気配がない。


 結局、真言を長時間唱えて念入りに準備し、気配を極限まで消して、寝てるクワトロへと鉄槌を下そうとしたが反撃され、再び失神した。


 いつもと同じように。





「いやー、今年も助かった! すまねぇないつも、じゃあな!」

「ふん、喧嘩に負けちまったんだ。言う事の一つくらいは聞いてやるよ、またな」


 別れの挨拶を交わし、リヤカーを引いてクワトロが立ち去ろうとし⋯⋯ふと思い出したように振り向いて言った。


「あー、ルド」

「なんだ?」

「来年は俺じゃなく、息子を王都に来させるかもしれん」

「⋯⋯ふん、そうか」

「俺に似て、真っ直ぐでいい男だ。もし関わりがあったら面倒見てやってくれ」

「ふん、喧嘩に負けたらな」

「はっはっは、強いぜ? うちの息子は」

「そりゃあ楽しみだ」

「じゃ、またな」

「ああ、またな」


 簡単に最後の挨拶を交わし、別れた。


─────────────────


 カルドミラは二年前の出来事に続き、最近の出来事も思い出した。


 ピッケルに「大人はズルの一つも覚える」などと言ってみたり、フェイに柄にもなく懺悔めいたことをさせたり、二人の仲を取り持とうとしたことなど、だ。


 昔なら勝負を汚す行為だと感じ、フェイにとどめを刺そうとするピッケルを止めたりしなかっただろう。

 敗者であるフェイのことなんて、見向きもしなかったかもしれない。


(ったく、これじゃ偉そうに説教してた、あのジジイどもと変わらんな) 


 時間とともに、考え方が変わったのだろう。

 だが、別に不快ではない。


 若さや強さを差し出しながら、代わりに何かを蓄積することが自分の、いや、人として当たり前の生き方なのかもしれない。

 クワトロが王都に来なくなったということは、何か、新しい考え方を模索する節目なのかもな、などと思っていると⋯⋯




 足元が、揺れた。




 最初は気のせいかとも思ったが、確かに揺れている。

 しばらくして揺れが収まり、イリアを見た。

 彼女は多くを語らず、ただ言った。


「行ってらっしゃい、店は私が開けときますねー」

「ああ、頼む」


 もし、この揺れを起こしたのがクワトロなら⋯⋯いや、他には考えられない。


 荷物はすでにピッケルが運んで来ている。

 ただ王都に来ただけなら、わざわざこんな真似をしなくても良いはずだ。


「ちっ、あの野郎、粋なことしやがって⋯⋯相変わらず、ムカつく奴だ」


 呟いたあとで真言を唱えながら、全力で街中を門へと駆け抜ける。

 恐らく今、自分は笑顔を浮かべているのだろう、と考えながら。







 皆様の御支援のおかげで、本作は書籍化させて頂く事になりました。


 本当にありがとうございます。


 それに伴い、書籍化作業と平行して今回の話のような限定SSを五本書きました。恐らく店舗特典になるのだと思います。

 今後、活動報告にて簡単なあらすじをお知らせしますので、興味ございましたら確認して頂ければと思います。



①書籍化おめでとう!

②売れなくてもエタるなよ!


 など、ブックマークや評価、感想、ついでに書籍の購入で本作を応援頂ければとても嬉しいです。


 今後も「農閑期の英雄」をよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 書籍化おめでとうございます。 コミカライズも待ちわびます
[一言] 確かにエタルのは頂けない。
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