優しい嘘
「あ、フェイ起きたよー」
目を覚ました直後のピッケルの言葉で、フェイは自分のおかれた状況を大体理解した。
ヤンにのされたあと、『縛術』で拘束されたのをピッケルが解術し、起こされた、といったところだろう。
「あーすまん、油断した」
起き上がりながら周りを見ると見覚えがある場所、ピオルネ村だった。
声をかけてきたピッケルの他に、少し離れてミネルバ、そしてミランもいる。
日が暮れ始めた村で、村人たちは何やら荷物を家に運び込んでいる。
一旦村を避難しようとしたが、やめた、といったところか。
ピッケルの声に、村人と荷物を運んでいたミランとミネルバも、様子を見に駆け寄ってきた来た。
フェイはバツの悪さを感じながら、ミランに言った。
「ミランさん、すみませんね偉そうに言ったのに心配かけて。ガンツさんは? もう会えました?」
「ああ、まだ村に戻ってきていないようだ。もうすぐだろう、ってことだが」
「オレがかっこよく引き合わせたかったんですけどねぇ」
「いや、わざわざありがとよ。しかし、お前が四矛四盾なんてなぁ、ま、もっとも捕まる前はそんな奴ら知りもしなかったけどよ」
「ま、この状況じゃ、何言ってもカッコつかないですけどね。
ちなみに、オレはどうやってここに?」
フェイの疑問には、ミネルバが答えた。
「私が白竜に頼んで運んできたわ、本人はもう帰っちゃったけど。村人が驚いて大変だったわ」
「白竜⋯⋯見たことないな、そうか、帰る前に起こして欲しかったな、礼を言いたかった。
あと、せっかく白竜に乗せて貰ったんなら起きてたかったなぁ」
「そお?」
「いや、竜に乗って飛ぶなんて、男に生まれたらみんなが持つ夢まであるよ、ねぇ? ミランさん」
「お、おう! 勿論だ! 最高だったぞ!」
「へぇー。最高だったんだー、あれで⋯⋯」
「お嬢! こら! 黙っとけ!」
そのときミネルバが何か言おうとして、ミランが邪魔をしていたのは気になったが、今一番気になることをピッケルに問う。
「ヤンは? もう殺しちまったか?」
「いや、気を失ってるからミアーダの家に寝かせてる。殺さないよ、友達の弟は」
「お前とダチになっておいて良かったよ、ちょっと様子を見てくる」
「手加減したから、たぶんそろそろ起きると思うよ」
「手加減ねぇ⋯⋯いや、すまねぇな、ありがとうよ」
おそらく識王の魔法で強化されたヤン相手に、手加減する余裕があるとはねぇ、オレが生きてるのは奇跡だな。
と、心の中で改めて幸運に感謝しながら、フェイはミアーダの家へと向かった。
ベッドに寝かされているヤンを見て、吹き出しそうになった。
ヤンのセンター分けした髪の間から、見事なたんこぶが飛び出していた。
「おい、起きろヤン」
声を掛けながら頭頂部のこぶをはたくと、ヤンが飛び上がるようにしながら上体を起こした。
「いったぁあああ! ⋯⋯いったぁあああ!」
ヤンが痛みのせいか、思わず手で頭を抑えようとしたが、手がこぶに当たり、駄目押しされるように痛みを感じたのか、慌てて頭から手を離しつつ、足をバタつかせていた。
フェイは我慢していたが、耐えられずに吹き出した。
「ぷっははははは! お前、何やってんだよ!」
「に、兄さん」
痛みのせいで涙目になっているヤンを、指でさしつつ、ひとしきり笑ったあとで、その頭へと手を差し向けながら言った。
「ほら、じっとしとけ」
『力』を手に集め、コブを押す。
コブは手に押されてへこんだように姿を消した。
「ありがとう⋯⋯でも、自分で治せたよ」
「一言余計だ、黙って感謝しとけ」
子供じみた表情で言い返してくるヤンに苦笑いを浮かべつつ、そのまま聞いた。
「なぁ、結局なんでピッケル呼び出したんだ?」
「なんで兄さんに、そんなの言わないといけないのさ」
「こぶを治してやっただろう?」
「だから自分で治せたって! それに、兄さんにはきっとわからないよ、説明しても」
「なんでそう思うんだ? オレは話のわかる男だぜ?」
「それは⋯⋯私と違って、兄さんは、すぐに何でも出来て⋯⋯父さんの覚えもめでたいし⋯⋯あー! だから、わからないってどうせ!」
不貞腐れた表情を浮かべながら顔を背け、頭を掻きむしるヤンの態度を前に、フェイは今回弟がしでかした行動が、腑に落ちた気がした。
こいつとオレは、似た者同士だったのかもな、と。
親に自分を見て欲しいと、スリで金を集めていた時の、オレと。
間違った方法でしか、人との関わりを感じることが出来なかったころの、自分と。
気づいてやんなきゃいけなかったよなぁ、オレが。
胸中で反省しながら、思い返す。
師は、武の覚えに関してフェイに劣るヤンを、あからさまに冷遇していた。
ヤン自体も、贔屓目なくみても同世代では突出した存在だ。
でなければ、どれだけ生まれに恵まれようと、四矛四盾になどなれない。
だが、フェイの存在が、師とヤン、二人の運命を変えてしまった。
フェイがいなければ、ハオランにとってヤンは自慢の息子だったはずだ。
わかってやるべきだった。
自分なら、わかってやれたはずだったのに、言えなかった。
「もっとヤンの事も、ちゃんと見てやって下さい」
と、言うべきだった。
自分のことに精一杯過ぎた。
だが、黄竜は。
因果を見通す、あの、忌々しい竜はきっとここまで折り込んでいたのだろう。
憎悪や嫉妬の感情によって、ヤンが間違った手段で、己の強さを研ぎ澄まそうとする事まで──ピッケルには、全く通用しなかったが。
もしかしたらあの男は、因果の「外」にいるのかもしれない、あるいは因果を「壊す」のかも知れない。
とはいえピッケルがどのような存在であれ、自分たちもできる範囲で備える必要があるだろう、敵であれ、仲間であれ、自分で決めるには。
孤独だと、結局付けこまれる隙がある。
フェイはヤンに言った。
「ヤン、お前には足りないものがある」
「なんだよ、わかってるよ、わからされたばっかりだよ。強さでしょ?」
少し前の自分と、似たようなことを言うヤンに、思わずふっと笑って、言った。
「そんなんじゃねぇ。お前に足りないのは、ダチだ、ダチ」
「え? どういうこと?」
「これから教えてやるよ、まずはケジメだな。
一緒に謝りにいってやるよ、オレは⋯⋯お前の兄貴だからな」
フェイの台詞に、ヤンは驚いた表情を浮かべ、しばし言葉を失っていた。
ヤンから兄さん、と呼びかけれることはあったが、フェイがヤンに向けて、自分は兄だと称したのは、これが初めてだったせいかもしれない。
その後しばらくして、ヤンが笑みを浮かべた。
「⋯⋯なんか兄さん、変わったね。三年も会わなかったせいかな」
「ん? ああ、そうかもな」
本当は、つい最近だけどな、という言葉は飲み込む。
食べきれなかった煮込みのことを思い出しながら。
今やっているのは、所詮どこかの誰かの真似ごとかもしれないな、と感じながら。
せっかくの兄弟だ、足りないものが一緒なら──二人で補えばいいさ、と思った。
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「なーにソワソワしてんのよ、恋人に会うみたいじゃない」
「いや、キモチ悪いこと言うなよ、でもしかたねぇだろ⋯⋯」
ミネルバがミランと話しているのを、ピッケルは微笑ましい気持ちで眺めていた。
ミランはガンツに会うのが待ち遠しくて仕方がないようで、ミネルバやピッケルと話しながらも、先ほどから何度も、村の入口の方を振り返っている。
間がもたない様子のミランに、ピッケルは気を使ったつもりで言った。
「ガンツさんもきっと喜びますよ、ミランさんのために命まで賭けたんですから」
「えっ?」
ミランはミネルバから顔をそらし、ピッケルの方を向いた。
ピッケルとしては、何か特別な意図をした言葉ではなかったが、何かマズいことを言ってしまったのでは、と思った。
ミランの表情が、驚きで固まったのだ。
こちらを向くミランの後ろから、ミネルバがピッケルの言葉を補足しながら説明し始めた。
「そうよー。私たちが住んでる所、普通の冒険者が生きていけるような環境じゃないのに、ガンツは命がけの探索で私たちの家を探しだしたんだから。どれだけ感謝しても、し足りないわよ?」
「⋯⋯そうか」
「だいたいねぇ、あなたが無駄遣いしなければこんな事にはならなかったんだからね? その辺ちょっとは反省して⋯⋯」
「ミネルバ、ちょっと⋯⋯」
「えっ? どうしたの、ピッケル」
ミランの表情が見えないせいか、まだまだ続きそうなミネルバの言葉を、ピッケルが遮った時。
「マスター!」
ちょうど村人の一団を引き連れ、ガンツが戻ってきた。
すぐにミランに気が付いたのか、集団から離れ駆け寄ってくる。
ミランも呼びかけに反応して振り向く瞬間。
ピッケルは見逃さなかった。
一瞬、泣き出しそうな表情を浮かべたミランが──顔の表情を引き締めてから振り向いた。
「よおガンツ、久しぶりだな。さっそくだが、歯ぁ食いしばれ」
ミランの一言に。
笑顔を浮かべていたガンツは、何かに気が付いたように、真剣な表情をしたあと。
「⋯⋯はい」
返事をして、ミランの前にガンツが神妙な面持ちで立った、次の瞬間。
ガッ!
ミランの拳が、ガンツの横顔に叩き込まれ、ガンツは尻もちをついた。
突然の出来事に、ミネルバが怒声を上げながらミランの肩を掴んだ。
「ちょっと! あなた何してるの! 正気なの!?」
「お嬢、わりぃが、これは俺とガンツ⋯⋯いや、【栄光】のマスターと、所属する冒険者の問題だ。
ピッケルもうちの冒険者ってことになってるから、一応言っておくぞ」
ミランはミネルバの手を払いのけながら、一度深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出したあとで語り始めた。
「うちはな、ごちゃごちゃした決まりなんかねぇ。
そりゃそうだ、そんなのあってもマスターの俺が守る自信がねぇ。
だけどな、唯一これだけはダメだって決まりがある。
そりゃあ俺の為に命を賭けることだ、それだけは厳禁だ。
助けあうのは当然だ、弱小だって、ギルドだからな。
だが、それは命あっての物種だ。
死ぬぐらいなら、俺は見捨てろ。
俺も、お前らの為に、命なんて賭けられねし、お前が、お前までもが、俺のせいで、死んだり、したら⋯⋯俺は、俺は⋯⋯」
「マスター」
最後には言葉を震わせ始めたミランの言葉を遮って、ガンツが言った。
「殴られ損みたいになっちゃいますが、俺は命なんて賭けてませんよ。
二人はちょっと大げさに言ってるだけです。
マスターの為に、俺が命なんて賭けるわけないでしょ?」
憎らしげに言ったガンツの言葉に、しばしきょとんとした表情を浮かべたミランだったが、やがてニヤリと笑みを浮かべながら返した。
「ああ、当たり前だ、当然だ」
「でしょう? だからマスターも俺の為に命なんか賭けないで下さいよ?」
「ったりめぇだろ! 俺がそんなことするか! 示しがつかねぇだろ!」
「はい、ではさっきのぶん、間違いだったんで一発殴らせてください」
「いやだ! あ、もう一つ決まりあった! 『マスターは殴るべからず』忘れてた!」
「そんなの無いです、さあ、俺は優しいので今なら右頬、左頬、両頬から選べます。オススメは両頬です」
「やめろガンツ! おい、ピッケル、止めろ! マスター命令だ!」
二人のやり取りを聞きながら、ピッケルは苦笑いを浮かべた。
ひどいなぁ、さすがに俺だって騙されないよ、こんな嘘。
ピッケルは、やっぱり来て良かったと思った。
嘘は全部が全部、悪いことではない、と学べた。
二人の、深い絆を感じさせる、優しい嘘を聞きながら。




