ピオルネ村
「あそこが私たちの村、ピオルネです!」
ミアーダはリヤカーの荷台から、リヤカーを引くピッケルへと声をかけた。
馬車を引く馬が老いてるのを心配し、少しでも負担を減らすためと、彼らのリヤカーへの同乗を申し出てくれたのだ。
最初は断ったのだが、一人二人増えても変わらないからとのことで、甘えることにした。
リューゴという魔法具は凄いみたいだが、ピッケルが
「どうする? なんなら先に全力で向かう? 道案内ならミアーダがしてくれるだろうし」
と言っていたが、ミネルバが
「そんなことしたら、きっと気絶しちゃって道案内どころじゃないわ。ゆっくり行きましょう」
と答えていた。
そのやり取りから推理するに、全力だと、さすがにリヤカーを引っ張る人にかなり負担がかかるらしい。
ミアーダも、気絶した人間相手に道案内なんてできないので、その方がいいと思った。
父が馬車で先導し、その後ろをリヤカーが付いて行っている。
リヤカーを引くピッケル、荷台にはミアーダの横に綺麗な女性ミネルバ、後ろの座席に護衛が二人、軽薄そうな男がフェイ、真面目そうな男がガンツというらしい。
この一行はどのような集団なのかという好奇心はあったが、根掘り葉掘り聞くのは失礼だと感じ、ミアーダは勝手にあれこれ想像していた。
彼らは農作物を卸すためにエンダムを訪れたと言っていたが、ただの農家などではない、ということは、ミアーダにもわかった。
まず一番気になるのは、ミネルバという隣の女性。
ミアーダたちが嘘をついていて、転売するために芝居をしている可能性だってある、と言われた時も、怒りよりも先に、頭の回転の速さに驚いた。
なんてことを思いつくんだ、と思ったし、確かに、とも思った。
綺麗で頭もいい、ミアーダが普段理想とする女性像そのものだ。
そして、その女性の夫だというリヤカーを引く男の人、ピッケル。
最初から、何の疑いもなく荷物を譲ると言ってくれたことを考えても、善人だろう。
だが、こんな高そうなリヤカーを持っていることから、ただの善人ではなく、相当なやり手のハズだ。
そしてなにより、火吹き羊は、手練れの冒険者でもおいそれと討伐できない、強力なモンスターだということくらいはミアーダも知っていた。
しかし、大量のハンカチや服に惜しげもなく使用していることから、彼らはなんと火吹き羊の毛を定期的に獲得できる環境にあるようだ。
そこから、おのずとその正体はわかる。
この人たちは、ただの農家などではない。
──すごい農家。
間違いないだろう。
彼らはきっと、飼育の実績など聞いたことがない火吹き羊を手懐け、飼いならすことに成功したのだ。
もし村への滞在がそれなりに長くなるなら、コツを聞いてみよう。
そんなことを考えていると、リヤカーを引くピッケルが声をかけてきた。
「あれは⋯⋯小麦? でもこんな時期にまだ若いけど⋯⋯」
「あ、はい、あれは秋蒔きの小麦です。うちの村では秋蒔き小麦を育てて、春に収穫してます。夏の間は亜麻の作業で特に忙しいので⋯⋯」
「ああ、そうか! 本で読んだことがあったけど、あれがそうなんだ。
確か、冬の間は雪の下で育つんだよね? うわー見れてうれしいな」
言葉通りとても喜んでいるピッケルの態度に、確信を深める。
製紙用や印刷用の魔法具によって、本はそれなりに流通しているとは聞いているが、本来なら庶民がおいそれと手にできるものではない。
そもそもミアーダもそうだが、字を読めるものは田舎にはほとんどいない。
そんな本を、字を勉強して読み、自分の知らないことを積極的に知ろうとする姿勢、まさにすごい農家にふさわしい。
村にはここ一年、ミアーダと同世代の人間がいないし、ほとんど旅人も来ないので会話も新鮮だ。
口が少し軽くなるような心境で、ミアーダはいつも心の中で考えていることを話した。
「私、この秋蒔きの小麦が好きです。
村での生活は楽とは言えませんが、どんな困難があっても、この麦たちみたいに雪の下で耐えれば、きっと雪解けの春が来る、つらいことを耐えれば、きっといいことがあるって思えます」
そう、エンダムでもなかなか食料が買えなくてつらかったけど、ピッケルたちに会えた。
これも、村で信仰される聖人の思し召しではないか、とさえ思う。
「お、いいこと言うねぇ、オレも見習わねぇとな!」
ピッケルに言ったつもりが、後ろからフェイが言ってきた。
この人は、ちょっと苦手だ、軽薄な感じが。
話をしていると、村に着いた。
積み荷を各家庭に配分したあと、家に招待して食事をすることになった。
ミアーダの家には糸や布を作るために村人が集まるための作業場があり、ミアーダたち家族三人と、ピッケルたち四人が囲める大きさの食事用のテーブルもある。
ミアーダと母が料理をしていると、ミネルバもやってきて手伝ってくれた。
最初は遠慮していたが、ミネルバの手際、特に包丁さばきはとても凄かった。
この人、なんでもできてすごいな、と思う。
用意した料理をならべ、食事が始まる前にいつもの祈りを捧げた。
「聖人様、あなたのおかげで今日の糧を得ることができました。
今後も私たちの村を見守って下さい」
一家が祈りを捧げると、ガンツが興味深げに聞いてきた。
「食事前に神に祈りを捧げるのはよく聞くが、聖人に祈るのは珍しいな」
「はい、この村には代々伝わる話がありまして⋯⋯」
父の話は、子供のころからよく聞いた話だ。
昔、ここはルネ村という名前だった。
ある日、ルネ村の近くに凶悪なモンスターが現れた。
その時にたまたま村に滞在していた聖人が、そのモンスターを足踏み一つで追い払ったという。
村人は聖人に感謝し、この村に聖人の名前の一部を貰い、ピオルネにしたという話だ。
「へぇー、足踏み一つでねぇ」
軽薄そうな男フェイが、感心したフリをするように大げさに言った。
「もちろん、多少誇張して伝わってるとおもいますけど」
「いやいや、俺は信じるよミアーダちゃん! もしここにモンスターが襲ってきたら、俺が足踏み一つで追い返してやるよ!」
そう言ってなれなれしく、肩に手を乗せてきた。
やっぱりこの人、苦手だ、とミアーダは改めて思った。
「その聖人の名前はなんていうの?」
「はい、ピオレ様です。珍しい名前なので、この辺りの方ではないのでしょう」
ミネルバの質問に父が答えると、ピッケルが驚いたような表情で言った。
「へぇー、奇遇だなぁ」
「そうですね、ピッケルさんも名前の最初に『ピ』が付きますもんね! ピッケルさんたちのおかげでこの村は助かりました、すごい偶然です!」
ミアーダが言うと、ピッケルは少し考えたあとで返事をしてきた。
「あ、うん、そうだね、でも助けただなんて大げさだよ」
「そんなことありませんよ! 本当に感謝してます」
そう、ピッケルを初めて見たとき、聖人様を連想した。
きっと、聖人様もこんな方だったのだろう、とミアーダは思った。
「へぇー、どんなお風呂かと思ったけど、立派なお風呂ね」
「はい、何もない村の、唯一の自慢です」
入浴したいというミネルバを伴って、村の公衆浴場に来た。
村人が共同で出資し、湯沸かしの魔法具を導入したのはミアーダが生まれる前だと聞いている。
村人たちの憩いの場だ。
ミネルバと一緒に服を脱ぎ⋯⋯驚いた。
「ミネルバさんって、農作業をしないんですか? 全然日焼けしてませんけど」
一糸まとわぬ姿にもかかわらず、ミネルバにはほとんど日焼けの痕がない、綺麗な肌だ。
まるでおとぎ話のお姫様のようだ、と思った。
「ミネルバでいいわ、そんなに年も変わらなそうだし。敬語もやめてよね。
あとそんなに見ないで、恥ずかしいわ。
日焼けはね、クリームを塗って作業してるからほとんどしないの、持ってきてたら分けてあげられたんだけど⋯⋯」
クリーム塗って農作業、さすがすごい農家。
「でもミネルバさ⋯⋯ミネルバって、なんだか人の上に立つっていうか、貫禄みたいな感じあるから、とても同世代だと思えなくて」
「あらそう? まぁ少しだけそういった経験もあるわね」
やはりそうか、おそらく村の事を取り仕切ったりすることもあるのだろう、すごい農家だし。
ついでに、気になっていたことを聞いてみた。
「火吹き羊の毛って、刈るの大変じゃない? 暴れるそうだし、すごく大きいんだよね? 締めてから刈るの?」
「うん、普通なら大変なんだけど、眠ったようにおとなしくさせる方法があるの。
その間にいそいで刈っちゃうのよ。
で、しばらくしてから、毛が伸びたらまた同じようにして刈るの。最初は私も驚いたけど、今は慣れたわ」
「なるほどー」
思った通りだ、彼らは火吹き羊を飼育しているのだ。
しかも、おとなしくさせる方法まであるという。
頭でも撫でてあげるのだろうか。
ちゃぷちゃぷと水音が響く中、ミネルバが突然質問してきた。
「ミアーダは結婚しないの?」
「え、私?」
結婚と聞いて、一人の男が頭に浮かんだ。
「一年ちょっと前まで、この村に同い年の男の子がいたんだけど。
そいつと結婚するって私も、村のみんなも思ってたんだけど、『俺はこんな村にずっといない!』とかいっちゃって出て行ったんだよね。
ほかの村人は、年上の男の人は大体所帯持ちだし、あとは年が離れた年寄りか子供しかいないし、難しいかなぁ」
「ふーん、そうなんだ」
「私にも、ピッケルみたいな人がいればいいんだけど」
「残念ね、ミアーダ。無理よ」
「え?」
「あんないい男、二人といないわ」
風呂にのぼせるには早いだろうに、顔を真っ赤にしながら、はにかむようにしてミネルバは言った。
その笑顔は、その日一番綺麗だった。
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「ピオルネ村が戦場になる!?」
「ああ、どうもそうらしい。明日の朝出発だってよ。
歩兵を交えての行進だっつっても、あさってには着いちまうんじゃねぇか?
識王軍も、もう向かってるらしいし。
お前たしか、あの村の出身だよな?」
一年半前に飛び出した村の名前を聞いて、若い兵士は驚いた。
言葉を失っていると、先輩兵士がさらに言ってきた。
「あーたしか偉くなって好きな女迎えに行く⋯⋯だっけ?」
そう。
最初はそのつもりだった。
そのために王都に行き、冒険者となって身を立てようと思っていた。
しかし、王都についてしばらくすると、黒竜が王都に迫っているという事態が起こった。
これはチャンスだ! と思ったが、実際に遠目で黒竜を見たとき、あまりの恐怖に立ちすくんでしまった。
しかし、一人の男があっさりと撃退してしまった。
遠目でどんな人物かわからなかったが、自分とそんなに年は変わらなそうに見えた。
俺は、あんな風になるのは、無理だ。
冒険者はやめて、故郷近くのエンダムで兵士となった。
そして兵士として過ごしていると、思う。
学もない、コネもない自分が、兵士から偉くなるなんて夢物語だ。
だけど、またチャンスが来た。
「俺は⋯⋯この戦争で手柄を上げて、偉くなりたいんです」
絞りだすように言うと、先輩兵士は呆れたように言ってきた。
「あのなぁ、偉くなるのもいいけどよ、後悔してまで偉くなってもしょうがねぇだろ?
偉くなるってのは、大事なものを切り捨てることなんかじゃないんじゃねぇか?
大事なものを、大事にするほうが、よっぽど偉いんじゃねぇか?」
「⋯⋯」
「素直になれよ、な? 今すぐ向かえば、村人を避難させるのも間に合うかも知れねぇぜ?
ま、お前がその女も、村も大事じゃないっていうんなら、別にいいけどよ」
そんなこと、言われるまでもない。
離れた今だからこそ、わかる。
大事に、決まっている。
迷ってる時間はない。
偉そうに宣言したくせに、何も成していないことを、恥ずかしがってる場合じゃない。
帰ろう、ピオルネ村に。
帰る場所が、なくなる前に。




