最後のチャンス
「いやぁ、買い取り額をこれ以上上げてくれって言われても、無理だ。
確かに糸や布も、人が増えてから欲しがる人は増えてるが、食料ほどじゃあないんだ」
「そうですか⋯⋯」
「どうする? 持って帰るか?」
「いえ、卸します。持って帰っても、これらじゃ冬は越せないですし」
「そうか、まぁ換金することだけ考えれば、今はいい時だと思うぞ。まいどあり!」
父娘は、国境の街エンダムの市場に、村を代表して亜麻糸や布を卸しに来た。
本来なら片道二日、往復で四日ほどかかる村からエンダムへの卸し兼買い出しは、年に一度の楽しみだ。
普段食べることのできないような料理や、買うことは叶わないが、綺麗な布や衣服を見て回るだけでも、村では味わえない最上の娯楽だ。
最初は持ってきた布や糸の買い取り額を聞いて喜んだミアーダと父だったが、食料はそれ以上に値上げしているとのことで、喜びはすぐに吹き飛んだ。
普段、村にはあまり人の出入りがなく、エンダム近郊とはいえ、戦争の噂が届いたのも遅かったのだ。
そのため、ここまで食料品が値上げしてるとは思ってもいなかった。
卸しによって手にした金額は当初予想していた以上の大金で、普段では考えられない相場だった。
しかし現在高騰している食料品の相場では、手にした金で冬を越すための食料を買えるだけ買ったとしても、村の備蓄量と合わせたところで餓死者が出るのは避けられないだろう。
それより恐ろしいのは、食料品の配分を巡って各家庭で争いが起きることだ。
ただでさえ人口が少なく、助け合いによって辛うじて成り立っているといえる小さな村で、そんなことが起きれば先祖に申し訳がたたない。
「しょうがないわよお父さん、こうなったら少しでも安く売ってくれる所を探さないとね!」
「⋯⋯ああ、頑張ろう」
露骨に落ち込み続ける父を励ましつつも、ミアーダもまた暗い気持ちになる。
その後市場をまわってみたが、とても希望の金額どころか、本来欲しい食材を諦めて質を落とし、かなり切り詰めて消費したとしても、村人全員が冬を越すに足りる量の食料すら買うことは出来そうもなかった。
なんとか来年まで支払いを待ってもらえないか、といった交渉も行ったが、相手にされなかった。
しばらくして、父が一つのアイデアを口にした。
「こうなったら、王都に行こう」
「でも⋯⋯王都に行って、それから戻ってくるのにどれくらいかかるの?
雪が降るのに間に合わないんじゃ⋯⋯」
「そうかも知れないが、ここで買って帰るよりは、まだ多く買える可能性がある」
市場の噂話を信じるなら、まだ王都では比較的食料の相場は安定している、とのことだ。
実際、利に聡い商人の一団が、王都から食料を持ち込んで莫大な利益を上げているという。
「でもこの子、王都から村までの往復に耐えられるかしら⋯⋯?」
「わからん⋯⋯だが、頑張ってもらうしかない」
村の共有財産である馬は老齢で、長旅で大量の荷物を運ぶとなると、負担が大きすぎて衰弱死する危険性もある。
王都で食料品の買い付けに成功したとしても、馬が道中で死んでしまえば、途中で荷物だけ抱えて立ち往生となる危険もあるのだ。
しかし他にいい考えも思いつかず、ミアーダは父と共に、とりあえず王都側への街道に通じる門へと向かうことにした。
門まで着くと、父がミアーダへと指示をした。
「ミアーダ、王都には父さんだけで向かう。
お前は先に村に帰って、父さんは王都に向かったと伝えてくれないか?
村のみんなや母さんも、帰ってこないと心配するだろう。
年頃のお前を一人にするのは不安だが⋯⋯」
「⋯⋯大丈夫? 街道は比較的治安がいいとは聞いてるけど、まったく危険がないとは言えないらしいし、せっかくちょっとお金があるなら、護衛を雇った方が⋯⋯」
「そうか、そうだな⋯⋯確かにそういった心配もしないと。
いい考えだと思ったけど、食品以外の出費もあるなら、もう少し考えた方がいいかもしれないな⋯⋯だけど、どのみち王都には向かわないといけないだろうな」
何かいい方法はないのだろうか、できれば父が出発する前に、そう思って下を向いてミアーダはしばらく考えたが、やはり何も思いつかない。
やはり、父の言う王都での買い出し以外にないのか、と思い──ふっと父へと視線を戻すと。
父はあんぐりと口を開けて、門の方を向いていた。
気になって視線を追うと、その先には──
一台のリヤカーが、ちょうど門をくぐってきたところだった。
だが、それが本当にリヤカーなのか、ミアーダは自信を持てなかった。
バカでかいのだ。
村にもリヤカーはあるが、比較にならない。
倍どころの話じゃない。
しかも、座席や屋根まで備えてある。
荷台には、下側に木箱が大量に、その上に麻か何かで編まれた袋が大量に積んである。
下に木箱を積んであるのは、上からの重みなどで荷物が潰れないように、といった配慮だろう。
しかし、自分たちの馬車ではとても乗り切らないほどの、大量の荷物だ。
もっと驚いたのは──
引いているのは馬や牛ではなく、一人の青年だ。
青年は牛馬ですら立ち往生してしまいそうな、荷物を満載するリヤカーを、事もなげに引っ張りながら歩いていた。
座席には男が二人、女が一人。
男二人は鎧を着こんでいることから、おそらく護衛だろうか。
以前、聞いたことがある。
ミアーダが住むような田舎ではほとんど目にしないが、リヤカーや馬車などに、魔法具を利用することで人や家畜の負担を少なくするものがあるらしい。
もちろん、どのような原理なのかは知る由もないが。
驚きによって言葉を失う親子のそばに、リヤカーが近づいてくる。
そのまま通り過ぎるのかと思いきや、リヤカーは停車し、青年が話しかけてきた。
「すみません、市場はどちらでしょうか」
体は大きいが、優し気な顔をした青年だ。
人の良さが、滲みでている気がする。
ミアーダはその時、なぜだかわからないがふと、はるか昔に村を救ってくれたと伝わる、聖人のことを連想した。
「あ、市場なら、この道をまっすぐ行って⋯⋯」
父が青年に道順を教えている間、座席に腰を掛けている男女の会話が聞こえてきた。
盗み聞きするようで悪い気もしたが、なんとなく気になった。
女性が、村娘のミアーダからすると、凄く綺麗に見えたからだ。
着ている物も、農作業着にも見えなくはないが、気になるところがある。
都会の女、という雰囲気を感じ、目と耳がそちらに奪われた。
「いやー、しかしこのリヤカーすげぇな、あっと言う間についたな!」
「まったく、フェイ、あなた無理やり付いてきた上に座りっぱなしだったわね、たまにはピッケルと代わって引っ張るくらいの遠慮みせなさいよ」
「えー、だってオレ、竜語つかえないもん」
「ちょっと練習すれば、あなたなら使えそう、ってピッケルも言ってたじゃない」
「⋯⋯あいつのそういうの、信じちゃだめだぜ? お嬢」
軽薄そうな男が、綺麗な女の人に向かってなにやら言い訳している。
二人の話から考えるに、「リューゴ」とやらが使えれば、誰でもこのリヤカーは引っ張れるらしい。
「リューゴ」とは、おそらくこのリヤカーに備え付けられた魔法具の名前だろう。
やはり、自分の予想は当たっていた。
青年はがっしりした体型ではあるが、さすがにこんなものを、何の力も利用せずに引っ張れる人間などいるはずがないのだ。
きっとこれは魔法具の力を利用して、誰でも大量の荷物を、簡単に運ぶことができるリヤカーなのだ。
「ありがとうございます」
青年が父に礼を言っているのが聞こえ、そちらに意識が戻る。
「いえいえ、しかし⋯⋯大量の荷物ですね、何を積んできたんですか?」
「旅の荷物もありますが、ほとんどうちの畑で採れた収穫物です。
本当は王都で卸す予定だったのですが、エンダムの方が高く卸せると聞いたので、持ってきたんです」
「え⋯⋯これ全部、食料ってことですか?」
「はい、そうですよ」
青年の言葉に、父と顔を見合わせる。
これは⋯⋯最後のチャンスかもしれない。
「あ、あの、すみません! ちょっと話を聞いていただけませんか!」
ミアーダは、どこまでも食らいつくような気持ちで声をかけた。
こうなったら、恥も外聞もない、当然だ。
大げさでもなんでもなく、ここでの話に、村の命運がかかっているのだ。




