ミランと識王
牢屋の中で意識を取り戻してしばらくは、囚人として扱われた。
決まった時間に粗末な食事を与えられる以外、特に変化がなかった。
変化は、投獄されて数日目のことだ。
「おい、ミランとかいうやつ、出ろ」
何の為に、などと気の利いた説明は省かれたまま、外へと出るように命令された。
牢から出ると、命令した兵士が顔をしかめながら言った。
「ちっ⋯⋯くせぇなあ、おい」
「そうかい? 自分じゃわからねぇなぁ」
「とりあえず、こっちが先だな。来い」
井戸に着き、説明の無いまま裸にされ、水浴びさせられたあと、用意してあった粗末な服に着替えさせられた。
着替えると「ついて来い」と、語彙力を感じさせるわかりやすい説明を受ける。
牢屋があった建物の敷地から外にでて、街中を歩く。
兵士は前後にひとりずづ、計二人だ。
前にいるのは人間だが、後ろはオークだった。体感で五分ほど歩いたころ
「どこに行くんだ?」
と質問した。
会話を糸口に、少しでも現状を知りたいと思ったのだが。
「黙ってついて来い」
と、黙ることと、ついて来ることの二つを指定した、丁寧な説明があった。
状況を知りたいが、取り付く島もない、というやつだ。
その間も街の様子を盗み見る。
街には人間だけでなく、さまざまな亜人が民間人、兵士問わず、見本のように歩いていた。
エルフ、ドワーフ、オーク、そして魔族と呼称される人種。
逃走も少し考えたが、兵士の目を盗んで魔法の詠唱を行うのは骨が折れるし、地理に詳しくない上に多数の兵士が巡回する街中では、逃げ切れる成功率は低いだろう。
仮に処刑のために連行されているとしたら、わざわざ殺す相手の体を洗う必要性は低い気がするし、それ以上に着替えなどさせないだろう。衣服を汚して無駄にするだけだ。
差し迫った危機でなさそうだし、しばらくは言いなりに見せて様子をみよう、と考えたころ、大きな建物へと着いた。
街の様子、規模から判断するに、おそらく街の領主の住まいだろう。
そのまま建物の内部に案内された。
着いたのは、かなり広い部屋だ。
元は食堂だったのだろう、テーブルの上には様々な書類が積まれている。
今は食事には向きそうもない。
壁には、何枚もの紙を合わせて一枚にした地図が貼られている。
地図の一点には赤い印と、地名。
イブロンティア。
予想はしていたが、ここは辺境入り口の街、イブロンティアだろう。
視線の先、つまりテーブルの周りには、数人が座って何か話している。
そちらを見てすぐ、ここまでミランを連れてきた兵士が声を上げた。
「連れてまいりました!」
兵士の報告を聞き、話し合いをしていたそのうちの一人が立ち上がった。
銀髪に灰色の肌、エルフほどではないが尖った耳。
魔族だ。
立ち上がった魔族は、テーブルに置いてあった一冊の本を手にして、ミランの元へと近づいてきた。
動きやすそうな黒のロングコートに銀の刺繍がしてある。
おそらくはシルクだろう、かなり立場がある人物のようだ。
魔族の男はミランのそばまで来ると、本を前に出しながら質問してきた。
「この本に見覚えはあるか?」
本の表紙をみると「現古混成魔法論」とタイトルが書いてある。
見覚えがあるも何もなかった。
「俺が、王立魔法学校にいるころ書いたやつですね。誰も理解してくれませんでしたが」
「そうか、やっぱアンタがミラン師か。会えて嬉しいよ」
ミラン師? なんだその呼び方。
むずがゆくなるような感触を覚えながら立っていると、男が名乗った。
「俺はシダーガ。この本の内容を理解できるのはアンタか俺くらいだろうな。
あ、よかったらあとでサインしてくれ」
身分が高そうだとは予想していたが⋯⋯識王その人だった。
なんだこの状況、と思ったが、とりあえず流れに任せることにした。
_____
それから今日まで、識王とは様々な話をした。
やはり名前通り識王が持つ魔法に関しての見識は高く、ミランも大層勉強になった。
識王も、自分の話を理解できるレベルにあるミランの存在が嬉しかったようで、いつのまにか敬語をやめて話す仲になった。
秘中の秘、ということで、識王軍の強さを支える「全軍強化」の魔法のことまで、杖を見せながら教えてくれた。
「これは、邪神討伐の時に白竜に借りた杖でな。
術者の魔法の威力を高め、魔力消費を抑えるってとんでもないシロモノだ。
これがなきゃ、流石の俺でも全軍を強化するほどの魔法は使えん」
「へぇ、凄いな。でも借りてるってことは、いつか返さなきゃいけないのか?」
「ふっふっふ、実は返却期限はとっくに過ぎている。白竜なら、大陸のどこにあっても回収が可能だろう。
──本来なら、な。
だが俺は白竜の追跡魔法を解析し、隠ぺいする魔法を上から施した。
だから、今も手元にある。
ま、白竜が持ってても眠らせるだけだ、俺に使われて杖も喜んでるさ」
「直接取り立てにきたりするんじゃねぇの? 白竜の怒りを買って滅ぼされた国もあるんだろ?」
「その時はその時だ、仕方ないさ──と言いたいところだが来ないだろうな。
俺の予想になるが、おそらく山を動けん理由があるんだろう」
自慢げに、白竜から杖を騙し取ったことをニコニコで話すシダーガに、変に親近感を覚えてミランは質問した。
「なぁシダーガ。アンタなんで王国を攻めるんだ?」
もちろんミランは軍事や政治の専門家ではないが、ある程度の予想はついた。
王国はエンダム周辺、広範囲に穀倉地帯を領有しているし、物資の面でもエンダム周辺を確保するのは大きなメリットだろう。
だが、シダーガの答えは違っていた。
それまでの笑顔は鳴りを潜め、無表情になってからシダーガが疑問に答えた。
「俺が王国を攻める理由はいろいろあるが⋯⋯一番の理由は、復讐だ」
「復讐?」
「ああ」
識王の話は、邪神討伐までさかのぼった。
識王が邪神討伐に参加した理由、それは王国との同盟関係における、ある条件だった。
識王が辺境で別の地域を攻めている間、領地を守ってもらう約束だったという。
しかし、王国は邪神によって国が混乱していることを理由に、約束してあった派兵を取りやめた。
戦争には勝利したが、居城は別勢力に一度攻められ、その時に妻と子を失ったという。
「魔族ってのは知ってると思うが、妊娠期間や子供時代が長い上に繁殖力が弱い。
殺された子は、妻と結婚して百年目にしてやっと授かった子だった。
ま、そういう理由だ」
識王は、普段ミランと話すときは、子供のように感情豊かに話した。
特に、魔法のことを話すときは、笑顔が似合う男だ。
そんな男が、淡々と、朗読を命じられたように話した。
だからこそミランは、シダーガの深い怒りを感じた。
ミランが黙っていると、識王はいつものように笑みを浮かべながら話を再開した。
「さてミラン、そろそろ荷物をまとめな。
足りないものがあれば部下に言ってくれ、用意させる」
それは、突然の囚われ生活の終わりを告げる言葉だった。
意外な申し出にミランがすこし戸惑っていると、シダーガが言葉を続ける。
「そろそろ、戦争を始めるからな。アンタが巻き込まれる必要はない。
この一か月ちょっとは、楽しかったよ」
その時、いきなり現れた男が声をかけて来た。
「いや、勝手なことされたら困りますよ?」
紺服の男。
滞在中に、シダーガから正体は聞いている。
ハーン帝国の四矛四盾、ヤン。
シダーガが参戦を決めたのも、この男が仮にクワトロが参戦した際の切り札になる、と予想したかららしい。
何かしらミランの体に術を施したらしいが、それは識王の命令によってすでに解かれている。
ヤンはそのまま、理由を話し始めた。
「その男は大事な餌です」
ヤンの言葉を、識王が即座に否定する。
「フン、餌だと? むしろ黒竜を撃退するようなやつを呼び寄せるんなら、ここに滞在してもらうことにデメリットしかねぇだろ? 個人的には楽しませてもらったけどよ」
「いえいえ、それほどの強者、叩ける時に叩いておかないと後々苦労しますよ。
二十年前、クワトロ・ヴォルスに戦況を巻き返されたのを覚えておいででしょう?」
「フン、見たように言うんじゃねぇ、あいつは別格だ。
邪神討伐のパーティにも、あれほどの男はいなかった」
「だからこそ、私と手を組んで、確実な形で王国に復讐を果たそうとしたのでしょう? もしクワトロが参戦したとしても⋯⋯確実に討つために。
それに、いまさらこの男を返したとして、黒竜から王都を守るほどの男、敵対する可能性は高いと思いますよ? なら、最悪人質は用意した方がいいんじゃないですか?」
「⋯⋯」
二人の様子を見て、全てを知るわけではないのでわからないこともあるが、どうやら復讐心を利用して、シダーガの参戦を後押ししたのはこの男のようだ。
このまま、ここを辞していいのか。
しばらくミランは考え、シダーガに声をかけた。
「いいよシダーガ。俺もついていく⋯⋯いよいよとなったら、逃げちまうけどな?」
「そうか、すまない。何かあっても、ミラン、お前を無事に返すことだけは約束しよう」
申し訳なさそうにシダーガが言ってくるのを見て、ミランも謝るべき人間を思い出した。
ガンツすまん、心配かける。
だけどなぁ、俺はこの男を放っておけない。
それに、ヤンという男の言う「クワトロを確実に討つ」という方法。
もし、ガンツがミランの救出をピッケルに依頼し、共に来るならば、ピッケルはもちろん自分たちも危険だ。
識王に協力するように言ってはいるが、コイツの目的は間違いなくピッケルだ。
でなければ、わざわざ呼び出したりしないだろう。
であれば、ここで表向き解放されたとしても、この男はかならずミランを拘束する。
ならばおとなしくついていくふりをして、可能ならその策を見切る。
ミランが心の中でガンツに謝っていると、一人の兵士が識王の元に駆け寄り、報告を始めた。
「進軍の準備が整いました」
「そうか、わかった。では予定通りまずはピオルネ村へと向かう」
ピオルネ? 聞いたことがない村だ。
疑問を覚えたのが顔に出たのか、シダーガが説明を寄越した。
「イブロンティアとエンダムの間の緩衝地帯にある村だ。
亜麻と、それを加工した糸が名産でな、繊維を加工するために水が大量に必要なため、水源近くに作られている村だ。
軍も、拠点では大量の水を確保をしないといけないからな、まずはそこを占領し、エンダム攻略の足がかりにする」
「なるほど」
「出発は明日だ、それまでに準備してくれ」
それだけ告げると、シダーガ自身も準備があるのだろう、背を向けて歩きだした。
こうしてミランは、識王軍と行動を共にすることになった。




