厚かましい人々
識王討伐、難易度S。
識王軍撃退、難易度S。
エンダムの防衛、難易度S。
ミネルバが冒険者ギルド監督庁のアスナス執務室で、机の上から取り上げた依頼書に書かれている冗談のような内容と、その難易度を眺めていると、アスナスは揉み手で声をかけてきた。
「さあミネルバ、どれにする? どれも文句なしに、Sクラス冒険者のピッケルに相応しい内容を取り揃えたぞ?」
「文句なしに、冒険者のやる仕事じゃないですね」
ミネルバは、呆れ声になってしまっているのは自覚していた。
すでに、辺境へ急いで向かい、取って返すように西に向かわないと行けないため、時間的な余裕がない、とある程度現状を伝えた上だからだ。
アスナスは大げさに、驚いたようなしぐさで言ってくる。
「そうやって自分たちの可能性を狭めるのはミネルバ、君らしくないぞぉ? 人生はチャレンジだ! チャレンジ精神を捨てるなんて感心しないぞ?」
「私としては、現状を伝えた上でも、これを平気な顔で出してくる、アスナス様のチャレンジ精神に感心しまくってます」
「ははは、尊敬するのは構わんが、ピッケルに嫉妬されない程度にしといてくれよ? 黒竜みたいに投げ飛ばされたら大変だ! で、どれにする?」
「いや受けませんよ? 特に一番上なんて、ほとんど暗殺者の仕事じゃないですか」
「いやいや、ピッケルなら正面から堂々といけるって! そしたら結果的に全部コンプリートだ!」
これだ。
駄目だとわかっているくせに、断ると結構めんどうくさい絡みをしてくるのだ。
極力失礼のないように表情には出さないように──その時点で相手の手のひらの上な気もしなくもないが──ミネルバははっきりと言った。
「今回は、依頼は受けられませんね」
「そうか、残念だな」
がっかりしたような表情で、アスナスはため息をついた。
さぁ、ここからだ。
ミネルバが気を引き締めていると。
「──と、普通の監督官なら言うのだろうが、なんせ私は諦めが悪い」
知ってた。
あと何度このやり取りをすればいいのか、と思いながらも、きっぱりと断るつもりでミネルバは極力冷静な対応を心がける。
「あの、アスナス様、いくら言われましても──」
「クワトロの弱み。どうだ? 気にならないか?」
ピクッ。
ミネルバは意外な角度からのアスナスの申し出に、自分の動きが止まるのをはっきりと自覚する。
はっきり言って、めちゃくちゃ気になる。
「どうせクワトロの事だ、基本的にはいい舅なんだろうが、たまにからかってきたりするだろ? やり込める方法の一つや二つ、持っておいた方がいいんじゃないか?」
さすがアスナスだ、核心をついてくる。
アスナスの交渉術こそ、ミネルバの手本だ。
今の今まで、ミネルバは義父の弱みなんて、知りたいと思ってもいなかった。
本人すら気が付いていない望み、あるいは弱みを的確についてくる。
昔のミネルバなら、一も二もなく飛びついただろう。
しかし、今のミネルバは違う。
気付かされた上で、考える力がある。
アスナスが言うのであれば、ブラフではない。
口にした以上、クワトロの弱みとやらは確実に存在する。
では、その弱みとはなにか。
これは他に思いつかない、というより、十中八九間違いない。
「義母に知られたらマズイ内容」だろう。
それ以外に、あの義父に弱みなんてないだろうし、あるいはあっても気にしないだろう。
と考えれば。
「すみませんアスナス様、どんな名剣でも、鞘から抜けないのであれば、なまくらと変わりません、交渉材料にならないと思いますが」
知られたらマズイ内容ということは、義母が知れば、怒るか、悲しむか、ということだ。
当たり前だが、義母を怒らせたり悲しませたりはしたくない。
となると、知ったところでその弱みは使えない、ということだ。
個人的な興味、という点で言えば知りたいが、ミネルバに利用できないことなら、結局クワトロの弱みにはならない。
めちゃくちゃ、知りたいけども。
ミネルバの指摘に、アスナスもやっと諦めように天井を見上げたあとで、視線をもどしながら返答してきた。
「いやぁミネルバ、頭の回転が早いなぁ、ま、そういうことだ。
さすがにこれは諦めるしかないか──と、思うじゃん?」
しつこっ! そうくると思ってはいたけども!
そこで横にいたガンツが助け船を出してくれた。
「アスナス様すみません、もちろんできるだけ協力したいとは思っています、と言ってもこの依頼で俺ができることなんてないですけど⋯⋯。
ただ、二人には俺が無理言って来てもらっている以上、あまり負担は掛けたくないのですが」
「はっはっは、ガンツ、その言い方だと、私が悪者みたいじゃないかー、やだなー。
私は国のためを思い、悪いなーって思いながらも心を鬼にして、無理難題を押し付けようとしてるだけだぞ? それに、依頼を受けるつもりがないなら、何しに来た?」
開き直りがひどい。
とはいえ、最後に関してはアスナスが正論だ。
依頼を受けないなら、本来寄る必要性は薄い。
クワトロに言われなければよらなかっただろう、こうなるのわかってたし。
「義父がアスナス様の所に行って、今後のことを相談したほうがいい、ってことだったもので」
「今後の事? いや、確かに冒険者向けの依頼を通して、東の状況は耳に入ってくるが⋯⋯あ」
そこまで言ってから、アスナスは何かに気が付いたような表情を浮かべたあと、ミネルバから視線を外し、嘆息するように話始めた。
「そういうことか⋯⋯あいつめ、私に面倒な説明を押し付けようと⋯⋯いや、最近王都に来てないから仕方がない面もあるか」
ぶつぶつと独り言を発しつつ、考えをまとめたのか、アスナスはミネルバへと改めて視線を向けて言った。
「ま、今回は、依頼するのは諦めよう」
「⋯⋯珍しいですね、私はあと二十回は同じようなやり取りする覚悟をしてましたけど」
「うん、実はそれほど依頼を受けてもらうことにはこだわっていない」
だったら今までのやり取りなんなのよ! と口から飛び出そうになったが、口にしたのは別のことだった。
「なぜですか? ピッケルが直接来てないからですか?」
「いやいや、そうじゃない。単純に確信してるんだ」
「⋯⋯確信って、何をですか?」
しばらく間が空いたあと、アスナスは笑みを浮かべながら言った。
「英雄ってのは、何かが起きている場所に行くだけで、さらに何かを起こす。そういう運命だ。黒竜が来た時にピッケルがいたのも⋯⋯単なる偶然じゃなく、そういうことなんだよ。うん、そう考えれば、依頼を受けて貰わない方が安上りだな、国庫にやさしい」
何か無茶苦茶な理屈だが、妙に説得力があった。
そして、何かが起こるってことは、当たり前だが良いことだけではない。
反論したいが、思いつかない。
──としばらく考えてみると、特に無理に反論は必要ないと気が付いた。
なんにでも言葉を返そうとするのは悪い癖だ、と一人反省していると、アスナスが次の話題を切り出してきた。
「クワトロが私に相談しろと言ったのは、今回の件にかこつけて、私に厄介ごとを押し付けようとしてるだけだ」
「厄介ごとを?」
「ああ。たぶんさっき言った、クワトロの弱みの一つが関わってくるんだが⋯⋯二盾からクワトロが逃げ回ってた話、シャルロット様は?」
「あ、そういえば聞きましたね」
「あー。それでクワトロはちょっと怒ってる。だから私に面倒事を押し付けようとしてるんだ」
「⋯⋯大変ですね、アスナス様も」
そう言ったものの、ミネルバはあまり同情はしていなかった。
アスナスも大概、同じように面倒事を押し付けるからだ。
「ま、仕方ないさ、あんな男に関わってしまったんだから。しかも、自分から望んでな。
そこで依頼じゃないが、お願いがある。
辺境のことが落ち着いたら、夫婦揃って一度顔を出してほしい。
その時に、改めて話をしよう。
今日ピッケルが顔を出さなかったのは、むしろ好都合だ、私もいろいろ言い訳ができるからな」
「言い訳?」
「とりあえずそれはこっちの話だ。
でも君たち夫婦が、避けて通れない問題でもある。
今すぐとは言わないが、さっさと解決した方がいいだろう、というのは、間違いなく言える」
「わかりました、では改めて参ります」
何やら、面倒事の予感をさせつつも、今日ここに来る前は、何かしら押し付けられることも覚悟していたため、ほっとする思いと共に、少し拍子抜けしたような心境で、ミネルバはアスナスの元を辞した。
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「⋯⋯これ、マスターが作ってないでしょ?」
虎吼亭名物の煮込みを口にしたミネルバの指摘に、イリアはさっと視線を外した。
ピッケルと合流したあと、三人で冒険者ギルド【鳶鷹】に向かい、主に情報収集の目的で、久しぶりに現鳶鷹のマスターであるヨセフと話をした。
特に重要な情報はなかったが。
鳶鷹滞在後、ピッケルから
「虎吼亭のマスターに、夜になったら顔をだせ、と言われてるんだけど」
とのことで、一行は夕食を兼ねて昨晩に続き虎吼亭に来た。
そこで主人に言われたのは
「金はいらねぇから、煮込みを残さず食え」
という謎の指示だった。
別に、不味くはない。
しかし、普段が絶品のため、比較するとどうしても食が進まない。
しかも、何十人前といった量が、鍋いっぱいに入っている。
今日はほとんど売れていないのだろう。
しばらくミネルバが皿の中をスプーンでかき混ぜるようにしていると、対面の男に励まされた。
「まぁまぁ、お嬢、頑張って食べようぜ?」
「いや、あなた良く一緒にご飯食べれるわね⋯⋯」
フェイの厚かましさに、ミネルバは呆れた。
鉄球を投げてきたのはフェイで、しかも「二盾」だということはすでにピッケルから聞いていた。
長い付き合いではあるが、彼がそんな強者だとは知らなかったので驚きつつも、会ったら、四矛四盾の二矛だというヤンの事を含め、いろいろ問い詰めるつもりだった。
そんなフェイがまさか虎吼亭にいて、しかも一緒に食事をすることになるとは思っていなかった。
「だって、マスターが残っちゃいそうだから、全部食えっていうから。正確には、オレとピッケルで、だけどな」
そう言ってフェイは口に煮込みを運んでいるが──ミネルバはすでに見抜いていた。
「いや、あなた、さっきから食べるフリしてるだけでしょ!?」
「あ、バレた? 実はとっくに諦めてる、無理」
「いつよ! 諦めたのは!」
「鍋見たときだけど?」
「⋯⋯一緒ね、奇遇だけど」
ここ二日で初めて、フェイと意見が一致した。




