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嫁の胆力

 あまり気乗りしない様子のミネルバをよそに、一行はアスナスに会いに行くことにした。

 リヤカーは持って行くといろいろ邪魔になる、ということで、まずは一度冒険者ギルド【栄光】へ戻り、リヤカーを敷地へ停め、それから冒険者ギルド監督庁へと向かうことになった。

 

 冒険者ギルド監督庁は、王城にほど近い行政区画の一角にある。

 どの国の城もそうだが、戦時の防衛を考慮すれば、当然街の入口からは離れて建てられているのが基本だ。

 王都外へのフットワークを重視した、冒険者ギルドの密集する「外層部」から、王城や行政区、貴族の屋敷の密集する「内層部」までの距離は、歩くにはやや遠いため馬車を利用することにした。

 王都では、街を一定のルートで循環する乗り合い馬車と、客の希望に合わせて目的地に直行する辻馬車がある。

 後者はやや料金が割高なため、節約の意味を兼ねて乗り合い馬車を利用することにした。



 昨晩立ち寄った虎吼亭からほど近い、停留所とよばれる馬車の発着場所でしばらく待っていると、二頭立ての馬車が、軽快な蹄の音をたてながらやってきた。

 馬車の客車は四輪式で、四隅に柱を建て、その上に布による簡素な屋根が付いている。

 転落を防止するにはやや心もとないやや低い柵が、乗降用の右側面以外に設置されている。

 荷台には、同じように右側面を除き、木箱が連なったような腰かけ台が、車体中央に向けて座れるようについている。

 停留所でちょうど冒険者らしい一行が馬車を降り、入れ替わるようにピッケル、ミネルバ、ガンツの三人が馬車へと乗った。

 他に乗客もいないため、せっかくなので進行方向を向いて座れるようにと、三人は客車の最後尾に腰掛けた。


「これが乗合馬車か。便利な仕組みがあるんだね」


 ピッケルは初めての乗合馬車に、興味深げに周囲を眺めながら、感心したように呟いた。


「うん。これも、昨日話していた街灯を設置した女王様が考えたの。

 街の中の移動を便利にするためにね。

 重要な庶民の足よ、王都は広いからたくさんの馬車が走っているわ」

「へぇー。でも、たくさん馬がいるにしては、街中に馬糞とか落ちてる様子もないね。臭いなんかもしないし⋯⋯あっ」


 ピッケルは話しながら、馬の尻を何か幌のようなものが包み、それが御者の座る席の下に、絞られるように窄まりながら、繋がっているのを発見した。


「気が付いた? 糞はあの幌の中を滑り落ちて、御者さんの座席の下のスペースにある魔法具の中に入るようになっているの。

 魔法具は糞から水を分離して、水だけ捨てる仕組みになっているのよ。

 なんとなく気持ちの問題で私は飲む気がしないけど、飲めるくらいきれいに処理されるみたい。

 残った糞は、肥料化して王国内の農村で使用されたり、外国に輸出されるの。

 魔法具の開発も、女王様の指示らしいわ」

「すごい便利な魔法具だね、馬以外にも使えるなら、買って帰りたいな」


 馬車は人が歩くおよそ倍ほどの速度で、それなりの速さで石畳の上を走っているが、あまり揺れを感じない。

 理由は衝撃を緩和する機能を持った魔法具が、車体と車輪の間に使われているためだ、など、馬車についてピッケルが思い浮かぶ疑問に、ミネルバとガンツがそれぞれ知っている限りの知識で応えていると──


 ふいに、ミネルバの腰にピッケルの右手がまわされ、グッと引き寄せられた。


 あ、もう、ピッケルったら、街中で情熱的ね⋯⋯などと、ミネルバは思わない。

 この一年、同じようなことは何度かあった。

 最初のころは戸惑うばかりだったが、すぐに慣れた。

 反射的にミネルバもピッケルの体に手を回し、抱きついた。

 もう、習慣化された動きだ。

 ピッケルを挟んで反対側に座るガンツも、同じようにピッケルに抱き寄せられているが、ミネルバと違い「え?」と、戸惑っているようだ。


 そして──ピッケルは馬車から二人を抱きかかえたまま、屋根と荷台の間をすり抜けるように後ろに飛び降りた。


 ──直後、ビュンと空気を切り裂くような音がなり、続けざまに


 どぉおおおおんっ!


 と、何かを爆発させたような凄まじい音が鳴り響き、ついさっきまで三人が座っていた馬車の車両の後部が粉々に破壊された。

 そのまま、下にある道の石畳も粉々に破壊され、馬車の車体部品だった破片と、砕けた石畳による粉塵が宙を舞った。

 後部の車輪は車軸をへし折られたのか、それぞれが独立した生き物のように、左右に吹き飛びながら、がらんがらんと音を立てて転がっていった。


「うわあああああ! なんだ!?」


 ガンツが叫び声を上げるのと同時に、粉塵の向こう側から、同じように御者の叫び声と、馬が興奮していななく声が聞こえる。


 着地と同時にピッケルが二人から手を離し、そのまま両手を上げ、頭の前方に構えた。

 再び、ビュンという音が聞こえ⋯⋯

 

 バチィィィィイン!


 と、ピッケルの手のひらに何かが衝突し、思い切り手を叩いた時のような音──音量はその数十倍だが──が街中に響き渡る。

 飛んできたものを掴み取っていたのだろう、ピッケルがいつの間にか握っていた手を開くと、「ゴトン、ゴトン」と鈍い音を立てて、道の上に何か黒いものが二つ転がった。


 その後、「バチィィィィイン!」「ゴトン」と同じような音が二回続いたあと──唐突に収まった。


 しばらくそのまま左右に視線を這わせながら様子を伺っていたピッケルが、はっと何かに気が付いたように駆け出した。


「ピッケル!?」


 ミネルバが声と視線で背中を追うと──その先で馬車が暴走を始めていた。

 轟音と衝撃が、馬を驚かせたのだろう。

 すでに原型をとどめていない馬車の客車だった瓦礫を、前輪のみで引き摺りながら、馬が暴れている。

 足並みがそろっていないせいか、まだそれほどのスピードではないが、危険な状態だ。

 暴走に巻き込まれないように逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえる。

 馬以上の速度で走るピッケルが、馬車にあっさりと追いつき、客車を飛び越えた。

 そのまま御者台に着地すると、御者台を足場に再び飛び、今度は馬の前に降り立った。


「ば、ばか、ど、どけ!」


 なんとか暴走を食い止めようと必死に手綱を操る御者が、叫び声を上げる。

 

 突然あらわれたピッケルに驚いたのか、二頭の馬がいななきながら前足をあげて棹立ちし、しばらく宙をもがくように足をバタつかせたあとで、前足を振り下ろした。

 ピッケルは前に出ながら馬の足を避け、二頭の間をすり抜けながら、馬が止まっても慣性によって進む馬車の車体を、左手一本で力ずくで抑える。


「わっ、わわわっー!」


 急停止によって車体から投げ出され、悲鳴を上げながら宙を舞う御者を、右手を使ってぐっと引き寄せるように肩に乗せたあと、再び御者台に座らせ、次に興奮して暴れる馬を、吹き飛んだ勢いで御者が手放した手綱をひっぱって、押さえつけた。


 しばらく押さえつづけ、馬が落ち着きを取り戻したのを確認したピッケルは、馬の首を撫でながら「どうどう」と二頭を慰撫した。

 御者はしばらくあっけに取られたようにちょこんと座っていたが、しばらくして絞り出すように


「あ、ありがとう、ございます」


 と礼を言い、ピッケルは笑顔で頷きながら、手綱を再び御者に握らせた。


 ピッケルが馬車の暴走を止めた様子にほっと息をつき、安心したミネルバは、何かに気が付いたように、ふと足元を見る。

 

「何かしら⋯⋯これ」


 黒く、丸い、鶏の卵を真円にしたくらいの大きさの物体が、道を転がっていた。

 拾い上げてみると、ずしりと重い。


「⋯⋯鉄球、かしら?」


 覗き込んでくるガンツに手渡しながら、ミネルバは言った。


「そうみたいだが⋯⋯こんなもんであんな威力を?」


 ガンツは鉄球が引き起こしたであろう破壊の痕を改めて見る。

 客車の後ろ半分は、すでに跡形もなく破壊されている。

 また最初の鉄球が激突した石畳は、人が半分埋まるほどえぐれていた。

 強力な呪文を使用すれば同様の破壊は起こせるだろうが、鉄球一つでここまでの破壊を起こす方法は思いつかなかった。

 規格外の力で鉄球は撃ち出された、ということだろう。

 それをあっさり、素手で受け止めたピッケルもまた規格外であることは言うに及ばないが⋯⋯。


 ガンツが事態について思考しながらミネルバと共にしばらく待っていると、ピッケルが戻って来るやいなや


「二人はアスナスさんの所に。俺はこれを投げてきた奴を追いかけるから。終わったら栄光で落ち合おう」


 と、一方的に告げ、返事を待たず、近くの建物の屋根の上に飛びあがって、屋根伝いに移動しながら姿を消した。


「投げてきた? 投擲でこの威力ってことなら⋯⋯投げた奴は巨人か何かか?」


 疑う訳ではないが、ピッケルの言葉がにわかには信じられず、ガンツがうめくように言った。

 取り残された二人はしばらく、ピッケルが姿を消した方向を見ていたが⋯⋯


「ピッケルもああ言ってるし、役人とかが来て、事情とか聞かれるといろいろ面倒だから、行きましょうか」


 と、ミネルバはあっさり言ってから歩き出した。


「お、おお⋯⋯」


 と、旦那だけではなくその妻にも取り残されそうになったガンツは、慌ててミネルバを追いかけ、横に並んだあとで


「しかし⋯⋯ピッケルはともかく、お嬢も落ち着いてるな」


 と感想を述べた。

 誉め言葉? を言われたミネルバは肩を竦めながら


「この程度で慌ててたら、ヴォルスの嫁は勤まらないわよ。

 あなたも『あそこ』で一年も暮せば、きっとそうなるわ⋯⋯あ、辻馬車があるわ、あれでいきましょう、ちょっともったいないけど」


 と、他の客に先を越されないように、と思ったのか、歩みを早めた。

 再び取り残されたガンツは、彼女の胆の据わりかたに驚きながらも、この一年、どのような生活を送っていたのか、とその苦労を偲んでいると⋯⋯。


「ガンツ! 早く早くー!」


 元気に呼びかけてくる声に、余計なお世話かな、と苦笑いを浮かべたあとで、歩みを早め追いかけた。



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