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絶世の美女の仕返し

「食材の⋯⋯長期保存、だと?」


 予想外の売り物を突然告げられ、ロイはうめくように呟いた。


「そうです。私どもの義母(はは)が開発した魔法、『時間経過遅延』の魔法です。

 食材の状態変化を極力遅くし、望んだ状態を長期間維持し出荷、運搬を可能にします。

 これがどれほど有用な魔法か、会頭であればご理解いただけますよね?」


 こちらのことを、試しているかのような口調でミネルバが聞いてくる。

 お互いの立場の捉え方によっては、失礼とも取れるやり取りだ。

 答える必要は感じなかった。


 有用どころの話ではないからだ──答えるまでもなく、わかりきった確認でしかない。


 食材の劣化を、半年間防ぐ。しかも温度を一定に保って。

 夢のような効果だ、流通に革命が起きるだろう。

 実際にその存在が真実なら、だが。

 運搬時や保管時における食材の劣化というのは、流通に携わる者にとって切っても切れない問題だ。

 あたり前だが、扱う量が多ければ多いほど、問題に直面することも増える。

 むしろ、運搬したものを、そのまますべて利用できることなど無いと言ってしまっていい。

 どうしても運搬時に食材の劣化は発生してしまう。

 そして、運搬したあとも、腐敗する前に在庫処分のために安売りする必要があるのも、馬鹿にできないコストだ。

 それら諸問題を解決できる魔法──本当に存在するなら、食料を取り巻く事情が根底から変わる。


 現在取り扱っている商品だけではない。

 収穫しても足が早く、現地での消費が前提のため普段取り扱わない食材が売り物となる。

 また、影響は商業だけにとどまらない。

 長距離移動が前提の戦争時の兵站の運用方法なども、すべてがガラリと変わってしまうだろう。

 

 そして、ロイが何よりも驚いたのは。


 この魔法を王国、いや大陸全土でもっとも有効活用できる組織のひとつが、まさしくこのロイ商会であること。

 目の前の女性が、そこに気が付いて、売り込んできたことだ。


 情報に限らず、物の価値とは、取り扱う者がどう使うかによって、相対的に価値が変わる。

 ドラゴンが巣穴に金銀財宝を集めても、せいぜい欲深い人間を呼び寄せる効果しかないように。

 凡人なら、この魔法の存在を知り、仮に利用できたとしても、せいぜい自分や知り合いが育てた作物や、購入した食材の保管に使うに留まるかもしれない。

 有能な人物なら、自ら新たな商売を立ち上げ、利用することもあるだろう。


 目の前の三人は、違う。

 最大限、その魔法を活用する方法に気が付いた。

 ロイ商会にこの話を持ち込んだ結果、実際に運用が開始されたとしたら──多少大げさに言えば、今の世の中の常識が、大きく変わる可能性さえあるのだ。


 慧眼、と言っていいだろう。


 ──そして。


 今後は、間違いなく──少なくとも、その魔法をロイ商会が手に入れるまでは──完全に相手のペースになる。

 話を聞いてやろう、などという態度はもう通用しない。

 相手からすれば、高値であればロイ商会にこだわる理由もないだろう。

 ロイ商会なら最高値を出せる、と想定しているのだろうが、満足いく額が得れるのなら、どこでも構わないと判断しているかもしれない。

 魔法の存在が確かなら、これは売り手有利の案件だ。

 それだけに、事の真偽はしっかりと判定しなければいけない。


 本当に、そんな魔法があるのか、無いのか。


 もし存在すれば、ロイ商会が仕入れする上で活用している「二つの限界」のうち一つが、なくなってしまう可能性がある。

 一つは「相手の資金調達期限の限界」。

 領主などは、領地運営に必要な資金を捻出するため、集積した農作物を現金化する。

 つまり、手持ち資金が限界なら、多少安値とわかっていても、農作物を換金しなければならない。

 もう一つが「農作物の消費可能限界」。

 鉱山から採掘される鉱石などと違い、食材は保存できる時間に限界がある。

 ただ持ち続けるだけで、価値が下がり、最終的に無価値となる。

 ならば、その前に現金化するのは当然だ。


 この「二つの限界」の情報を上手く集め、利用し、安く仕入れるというのが商会の方針だ。

 そのうち一つが、この魔法によって変わる。

 魔法の効果は約半年とのことだが、では、そのあと再度魔法を掛けなおした場合はどうなのか? など、少し考えるだけでも確認が必要な事柄が次々と現れる。




 今回の商談において最悪のケースは、大金を払った挙句、そんな魔法が存在しない──という場合ではない。

 最悪なのは、そんな魔法は存在しない、と判断して追い返したにもかかわらず、実際には存在し、他の商会や領主が活用した場合だ。


 ──それは、今後の食料の卸売り市場で、ロイ商会が敗北することを意味する。


 ゴクリ、と必要以上に喉を鳴らし、ロイは先ほど注がれたばかりの、まだ熱い茶を一息で飲み干した。

 






(ははー、流石だな)


 ミネルバとロイのやりとりを観察しながら、ガンツは心の中で感嘆の声を上げていた。

 彼女が冒険者ギルド【鳶鷹】のマスターとして活動し、新興のギルドを、王都でも一目置かれる存在にした原動力が、冒険者たちの勧誘だった。

 多くのギルドから多数の冒険者を引き抜いたため、彼女に反感を持つ者──当たり前だが、引き抜かれた側のギルドの関係者だ──も、少なくなかった。

 しかし、それは鳶鷹の待遇のよさであり、それをきちんと相手につたえる事を可能にした、彼女の交渉力の高さの証左だ。

 表立って批判すれば、「なら待遇をあげろ」と反論され、恥をかくのは批判した側だ。

 実際、栄光から鳶鷹に移った冒険者も一人二人ではない。

 栄光の衰退の原因の一つであるともいえた。

 もっとも、それに文句を言えるほど、彼らを好待遇で扱っていた、と胸を張れるわけもない。

 ガンツ個人としては対応に困ってはいたが、かと言って彼女に対して悪感情はなかった(ミランはよく悪く言っていた)。


 彼女の交渉は、口で相手を丸め込むようなミランのやり方と違い、丁寧に相手に提案を伝えるための、きちんとした筋道がある。

 結果、今回ロイ商会に突きつけた選択肢は、強力だ。

 相手が大商会であっても、無視できない内容だ。

 むしろ、その存在を事前に聞いていたにもかかわらず、「へぇ、そんな便利な魔法があるんだな」程度の認識だった己の不明を恥じ入るほどの内容ではある。

 しかし、それでも。

 自分程度の人間でさえ、いくつかの問題点を指摘できる。


 まず、その実存をどう証明するのか。

 まさか、「ではいくつかサンプルを置いて行くので、半年後またお会いしましょう」とはいかないだろう。

 ミラン救出の資金は直近で必要だ。

 そして、そんなことはミネルバは重々承知しているはず。

 そのあたりの課題をどうクリアにするのか。

 ガンツは澄ました顔を維持しながら、事態の推移を見守る。

 

 茶を飲み干したロイが、カップをテーブルに置くのを見守ってから──まるで、話を老人が飲み込むのを待っていたように、ミネルバが続けた。


「しかし現状、すぐにこの魔法をお教えして、活用して頂くという訳にはいきません。

 ご協力頂く必要があります」

「協力?」

「はい。この魔法を実際、商会で運用して頂くには幾つかの手順が必要です。

 その為にご協力頂きたい、というのが今日のところのご提案です」

「もちろん、本当にそのような魔法があるのなら、できる限りの協力は惜しまないが⋯⋯さしあたって、何をすればいいのだ?」


 これもうまいやり方だ。


 ミネルバとロイ、二人のやり取りを聞きながら、ガンツはさらに感心した。

 

 いきなり魔法を買う金を出せ、と言われても、当然相手も慎重にならざるをえない。

 少なくとも魔法がキチンと効力を発揮するかどうか、ある程度の確認を求めるだろう。

 特にそれが強力な力を持てば持つほど、対価も大きくなるからだ。


 ただ、協力であれば──当然その内容によるが──自然、少しハードルは下がる。

 ミネルバは、最終的なゴールである魔法の伝授、その前段階に、一度中継点を設けようとした、と取れる。

 それはロイも感じているのだろう、先ほどより少し拍子抜けしたように──よく言えば、肩の力が抜けたように見えた。

 

「はい、実はこの魔法、おいそれと使える魔法ではありません。

 高難易度の魔法で、使えるのは、現在義母に限られます。

 そうよね? ピッケル」

「あ、うん。

 開発したのは母です。

 たぶん、父や俺も習えば使えると思うのですが、母は教えてくれません。

 母は、父や俺が魔法を使用するのを嫌がります」

「なぜだ?」


 ロイの疑問に、ピッケルは母の口調を真似ながら、笑顔で答えた。


「『あなたたちが、なんでもかんでもやってしまったら、私やることなくなってしまいますわ』と。

 だから、うちでは魔法関係はできるだけ母に任せてます」

「ふふ、そうか」


 ロイも、そして後ろの秘書も少し笑みを浮かべた。

 少し前に存在した緊張が、緩和されたようだ。

 いい傾向だ。

 ミネルバが説明を引き継いだ。


「義母だけでなく、ピッケルも義父も、普段はあまり魔法を使わないと言っても、普通の実力ではありません。

 あくまで、この魔法を、彼らのような魔法の達人ではなく、一般の魔法使いでも、ある程度使えるようにしなければいけません」


 そう。そこも懸念だった。

 使えるものがあまりに限られるなら、ないも同然だからだ。


「しかし、わざわざ来たからには、それを可能にする目途がある、ということだろう?」

  

 ロイの問いに、ミネルバが頷く。

 

「我々は、それが可能な人物に、心当たりがあります」

「そんなことできる人物いるのか?」

「はい。しかし現在接触できません」

「なぜだ?」

「現在の東部の事情はご存じですよね? その人物は東部で騒乱に巻き込まれ、識王軍に拘束されているのです。ご協力いただきたいのは、その人物の救出です」

「協力と言っても⋯⋯我々に戦地での救助活動など、できるわけがない」

「実働は、当然我々です。

 単純に、資金的なバックアップをして頂きたいのです。

 対価は、先ほどの魔法が実用化した場合の、交渉の優先権です」


 おいおい、まさか。


 と、ガンツが心の中で慌てていると、ミネルバはチラッとこちらを見た。

 なぜこのタイミングで? という疑問が浮かぶが、すぐに答えはわかった。

 そうきたか、という思いと、してやられた、という気持ちが半々といったところか。


「そして救助したいのは──王立魔法学院始まって以来の天才と呼ばれた人物。

 選ばれたものしか使用できなかった魔法を、広く大衆に広めた偉人『ニルーマ』の再来と呼ばれた男⋯⋯

 我らが栄光の、有能なギルドマスター、ミランです」


 わざわざ仕返しをするように「有能な」などと付け足したところに、彼女のいたずら心を感じ、苦笑いするしかなかった。



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