虎吼亭
ピッケルがリヤカーを引いていると、道の脇に停車している一台の荷馬車が目に入った。
荷台に、メロンをしまうのにちょうど良さそうな大きさの、黒い箱を大量に積んでいる。
荷馬車のすぐ横には金属製の柱が立っており、黒を基調としたお揃いの服を着た男が二人、その下で何か作業をしていた。
同じ服装であることから、あれは何かの制服なのだろう、とピッケルは予想した。
男のうちの一人が柱の上から垂れた鎖を引くと、上部に備え付けられた、傘状の屋根を持つ、鳥籠ような形をした何かが下がってきた。
「あれは何をしてるの?」
ピッケルの疑問に、ガンツが答えてきた。
「街灯の準備だ。
日が落ちると大通り沿いに街灯が点くんだ」
「街灯? 本で読んだことあるけど、あれがそうなんだ」
街灯を点ける役目ということは、あの二人は役人だろう。
であれば、あれが制服なのは間違いないだろう。
己の予想が当たった事を内心喜んでいる間も、二人の男は作業を続けていた。
男の一人が馬車にあった黒い箱を一つ取り上げ、蓋を開け、中身を取り出した。
拳二つ分ほどの大きさの、丸い形に加工された黒い石が姿を見せる。
取り出してすぐは黒かったその石は、まだわずかに残る夕暮れの日を浴びると、仄かに白く輝き出した。
制服の男が、街灯から下げた籠の横を鍵を使って開け、もう一人から受け取った石を中に入れ、鎖を再度引くと籠は元の位置へ戻った。
その後、男が呪文を唱えると、傘の部分に備え付けられていたもの──おそらく照明の魔法具だろう──が点灯し、光を浴びた石はさらに輝きを強めた。
ガンツの説明に、ミネルバが追加する。
「魔法具の灯りだけだと光量が少ないから、月光石で光量を補助してるの。その為の作業よ。
月光石は光を発する時間に寿命があるから、朝が来る前に回収して、日中は黒い箱に入れて、長く使えるようにしてるの。前に来たときに見なかったの?」
「前回は、この時間に出歩くことが無かったから⋯⋯そうか、こうやって街に灯りを点けているんだね」
「昔の女王様が、夜に明かりをつけることで治安を維持しよう、と考えて始めたらしいわ。
自由奔放な女王様が、自分の夜遊びのために始めた、とも言われているけど」
まだまだ同じ作業が残っているのだろう、役人たちは荷馬車に戻ると、次の街灯へと馬車を走らせた。
その背を見送っていると、イリアがさらに補足する。
「私が子供の頃は、月光石は入れっぱなしだったんだけどね。昼は光っててもあまり目立たないけど」
「そうらしいわね」
「十年くらい前かなぁ、月光石がよく採掘できる『北の樹海』が、広い範囲で永久樹氷になるって謎の天災があって、それ以来月光石の供給が少なくなってるんだって。だから節約してるみたい」
「聞いたことあるわ、確か駆け出しの冒険者の大半が、最初は月光石の採掘をしてたらしいわね⋯⋯ねぇガンツ、あなたたちが冒険者を始めたころ、やっぱり採掘の依頼を受けたの?」
「ん? ああ、まぁな⋯⋯」
灯り始めた街灯のせいだろうか⋯⋯ガンツの顔に影が差したように感じた。
ピッケルは何か事情があるのか訪ねようとしたが⋯⋯
「さて、街灯が点くってことはお店が忙しくなる時間よ、申し訳ないけどピッケル、お店へ急いでもらえる?」
「ああ、足を止めてごめんね」
イリアの願いを受けて、再びリヤカーを引き始めたので、聞くタイミングを失い⋯⋯
まあ、気のせいだろう
と考え、先を急いだ。
______________
「はい到着、ここよ、ここ」
イリアの声を受けて、リヤカーを引っ張っていたピッケルが歩みを止めた。
ミネルバは一年ぶりとなる店を、過去の記憶と照合するように眺めた。
変化は感じなかった。
知っているものが、記憶のままそこにある。
変わって欲しくないものが変わらない、そんな自分勝手な、わがままとも言える願いが届いたようで──それがたまらなく嬉しかった。
【虎吼亭】は木造の二階建ての建物だ。
一階の外周は等間隔で並ぶ柱で囲まれ、その一回り内側に壁があり、柱と壁の間に幾つかのテーブルが置かれている。
二階部分は一階の外周の柱の上が、すぐに壁となっている。
一階の中央に三段ほどの小さな階段があり、そこから中へと続く入り口に大きな両開きのドアがあるが、今は開け放たれており店内が確認できた。
数組の客が店外のテーブルと、入り口から見える店内のテーブルのそれぞれに座り、各々が大声で話している。
年配の男が大声で武勇伝を語り、対面で相づちを打ちながらも、何度も聞いた話なのだろう、退屈そうにする若者。
テーブルの上にゴート硬貨を積み上げ、サイコロを振り合い賭けに興じる者たち。
まだ日が暮れたばかりだというのに、いつから酒盛りをしていたのか、酔いつぶれてテーブルに臥す者。
上品とはとても言えないその様子を、リヤカーを降りてしばらく見ていたミネルバが、ため息の混じったような、それでも感慨深いような声で
「ホント、変わらないわねぇ」
と、心の中の喜びといささか矛盾するように、呆れたような声色で呟いた。
外観だけではなく、客も同じだ。
もっとも、全く同じ客が同じように座っている、というわけでは勿論ないが、客層ということで言えば記憶の通りだ。
つまり、ほとんどが冒険者たちだ。
ミネルバの心の内などお見通しと言わんばかりに、イリアが呟きに答えた。
「そうよ、変わらないわ。安心したでしょう? あ、ピッケル、このリヤカー、店の前に停めるには大きすぎるから、別のところに停めてもらえる? そこを少し進むと店の裏庭があるから。そこなら邪魔にならないと思うわ」
イリアが虎吼亭の横、リヤカーがギリギリ通れそうな道幅の脇道を指し示す。
ピッケルがリヤカーを停めに行く間も店の様子を眺めていたミネルバが、イリアに向けて疑問を口にした。
「でも、食事時にしては、少しお客が少ないわね」
ミネルバがよく虎吼亭へと来ていた頃は、この時間になるとほとんど満席に近かったが、今は多少の空席があり、すぐに座れそうだった。
「そうなのよー。今はほとんどの冒険者が東部に行ってるみたい。なんか戦争が起きそうだとか? 王都にいると実感がないけどね⋯⋯あ、ちょっとだけ食材が値上がりしてるかな?」
疑問に答えながら、イリアは店へと入っていった。
その付け加えたような所感も、飲食店の店員らしいものだなと思いながら、ミネルバはピッケルがリヤカーを停めて戻るのを待つことにした。
店外のテーブルに座っていた客たちが、規格外の大きさのリヤカーと、それを引くピッケル注目するが、そのうちの一人が店の前に立っていたミネルバに気が付き⋯⋯
「あっ! お嬢!? お嬢じゃないか!?」
と、驚いた表情を浮かべて、ミネルバに声をかけた。
声の主を確認すると、見知った顔だった。
「あらフェイ。久し振りね!」
「あらフェイ。久し振りね! ⋯⋯じゃねぇよ! オレが依頼で王都を離れてる間に、勝手に結婚なんかしちまって! オレがどれだけお嬢の事を好きだったか知ってるだろう!?」
自惚れているわけではないが、勿論知っていた。
彼以外の男性も数人、言い寄り方に温度差はあったが、ミネルバを口説いてきたことがあった。
その中でもフェイからは、熱烈とも言えるアプローチを受けていた。
だが、当時の彼女にとって恋愛は関心事の外で、いかにギルドを盛り立てていくか、が最優先事項だった。
なのでいつも「私はギルドと結婚しているの」と返し、適当にあしらうのが常だった。
となると、彼らからすれば、ミネルバが突然結婚したのは裏切りに見えるかもしれない。
ま、私が誰を選ぶかなんて、とやかく言われる筋合いもないわよね。
心の中でつぶやいて、非難するようなフェイの言葉に、ミネルバは真面目に返答するのを躊躇って冗談めかしながら返した。
「ええ、もちろんわかってたわ? お酒、お金、高級娼婦⋯⋯その次くらい?」
「さ、酒、金はともかく⋯⋯高級娼婦なんて買ったことねぇし! いや、そうじゃなくて!」
二人のやり取りに、フェイと同じテーブルを囲っていた男──こちらも見知った顔だ──が囃し立てるように
「ちげぇねえ。お前には安い娼婦がお似合いだ」
と、酔って赤くなった顔にニヤニヤとした表情を浮かべた。
その言葉に、いら立ちを覚えたことを隠さず、フェイは男を睨みつけながら
「あぁん? 安い娼婦ってのはお前のおふくろか?」
と挑発的に言い返した。
言い返された男は、それまで浮かべていたニヤけ顔はなりを潜め
「なんだと?」
と凄んで、フェイと睨み合う。
二人の様子を見ていたミネルバが、仲裁のために話しに割り込んだ。
「もー。久し振りなんだから喧嘩なんてやめてよね、フェイ、からかってごめんなさい、悪かったわ。ほら、アントニーも落ち着いて?」
諭す口調で言い、二人の肩にそれぞれ手を置く。
しかし、それで落ち着くこともなく、フェイはミネルバの手を払いのけて立ち上がり、興奮気味に強い口調で言葉を発した。
「いーや。俺が安い娼婦よりも、お嬢のことを下に思っているかのような、こいつの言いざまは許せねぇよ!」
「ああ? 冗談もわからねぇのか? そんなんだから女にも相手にされねーんだよ、たとえうちのおふくろが男好きでも、お前はごめんだろうよ」
アントニーも呼応するように立ち上がり、フェイの視線を受け止めながら、肩をすくめ、両手を広げながら挑発的に答える。
──と。
二人の肩に、改めて手が乗せられた。
その手は、二人にろくな抵抗も許さない様子で、強引に席へと座らせた。
ミネルバが手の主を見る。
すると、いつの間に騒ぎを聞きつけたのか、二人の肩に手を置いたままの虎吼亭の主人が、表情も変えず──表情を変える必要もないほどの、相変わらずの強面ではあるが──席に座らせた二人を見下ろしながら、静かに告げた。
「虎吼亭では争うな、って決めごとを守れねぇならたたき出すぞ?」
座らされた二人は、主人と、言い合いをしていた相手の顔の間で視線を往復させた後⋯⋯
「ちっ、わるかったよ」
「ああ、俺こそ言い過ぎた」
お互いがその矛を収めた。
二人の様子を、監視するようにしばし見つめたあと、軽く鼻でため息をついた虎吼亭の主人は、二人の肩からようやく手をどけたあと、ミネルバへと向き直って言った。
「ったく、久々に顔を見せたと思ったら、トラブルをおこすんじゃねぇよ」
「ごめーん、マスター」
「いや、お嬢のせいじゃない⋯⋯いや、お嬢のせいだ! 勝手に結婚なんかするからだ!」
「お前も蒸し返すな、フェイ。本当に叩き出すぞ?」
主人がフェイへと威嚇するように注意した。
それすら懐かしい気持ちで──つまり、変わって欲しくなかったものが変わってなかった、と確認するような気持ちで、ミネルバは見ていた。




