兪貴と救済軍
とりあえずは、港町ミクラの教会を拠点に救済軍は活動するようになった。軍というほどの人数はいないので、ただのテロリスト集団とでも言うべきか。
まず、ミクラの聖職者たちには、王都の教会粛清に対する王家への欺瞞をさりげなく民に広げてもらう。民たちは、王都教会が粛清されたことだけを知っているくらいで、あとの詳しい情報が入ってこないので、簡単に粛清への疑問を抱かせることができる。
そしてヘンマンと癒着している商家や地方領主たちが、さらに王都教会を救おうと煽れば、民たちはその地方権力者の元に集うだろうという算段だ。
そうやって、どんどん地域を拡大させて救済軍を結成させるのだ。
宗教ほど人を集めやすいものはないし、操りやすいものもない。
そういうわけで、私たちは汚職がらみの長がいる教会を回っている。だが今日は、健全な教会に行く予定なのだ。
「腐った人間って山ほどいるんですねー。私、しみじみと人間汚い!って思いまいた。」
「その腐った人間を利用し回っている貴女には言われたくないですね。」
「生きてる人間が、腐るのですか?」
私、エルネスト、アルカの順になんとも言えない会話がなされる。
「心根が腐るという意味ですよ。」
アルカにそう教えてやると、彼はこてんと首を傾げた。
「腐ったらどうなるのですか?」
「エルネストになります。」
「それは…ちょっと遠慮します…。」
苦い顔つきになったアルカに、エルネストが頬を引きつらせる。
「私、貴方に嫌がられるようなことを何かしましたか?」
「日頃の行いでしょう。私としては肌の手入れに毎晩何時間も使うエルネストさんの神経が理解できません。」
「僕もそう思います。エルネスト様よりミーヤ様の方がとっても綺麗なのですから!」
「アルカ、やはり貴方は私に恨みでもあるのですか?記憶戻ってます?」
容赦なく悪気なくエルネストの心をぐさぐさ刺していくアルカに私は笑った。そして止めをさす。
「四十路前の肌など、手入れしたところでたかが知れてますものね。」
「……………。」
エルネストは撃沈した。
今日の予定は近隣の健全な教会に乗り込むことだ。エルネストがそこで助けを乞い、じわじわと郊外の教会から外堀を埋めていく。
私とアルカは、その間に村人たちに王都の様子を吹聴するのだ。
「王家の方々は、いきなり私たちの教会に乗り込んできたのです。私たちはエルネスト様をお守りするのが手一杯で、教皇様は未だ王家に囚われています。他の捕まった教会の聖職者は、日々王都の広場で処刑されているそうなのです。」
私は辿り着いた村で、人を集めて演説していた。
「まぁ…」
「王様が…?」
村人の反応は半信半疑と言ったところか。だが、そろそろ行商人あたりから、教会の様子が耳に入るはずである。
「なんで、王様は教皇様を捕らえたんだ?」
年嵩の男が尋ねてきた。
「冤罪です。勇者キール様を殺したとかなんとか言っておりました。そのキール様は、建国祭の際にお姿を拝見しましたから、おそらくキール様も王家の方々になにか騙されているのかもしれません。」
「キール様が生きとったと!?」
「なら、キール様を説得せい。」
「そうしたいのはやまやまなのですが、私たちだけでは王家に阻まれて、謁見することも叶わず、命からがら逃げてきた次第でございます。」
眉尻を下げ顔を伏せると、村人から同情された。若い娘からは手ぬぐいを渡される。
「美人さんが暗い顔しなさんな。」
「王様がキール様、騙してるんなら、はよ教皇様助けないと…」
「なので、私たちは仲間を集めているのです。国中のホルテ教徒の方々が、王家にもの申せば、それは必ずや、キール様の耳に入ることでしょう。どうか、あなたがたの力を貸してはいただけませんか?」
「協力してやりてぇが、俺らには畑があるからなー。」
「いえ、無理にとは言いません。私たちはあなたがたの生活を乱すつもりはありませんから。ただ同じホルテ教徒として真実を知っていただきたかったのです。」
17年間音信不通だったとしても、まだキールの影響力は根強い。ここは、キールを持ち上げておくしかない。だが、これで上手くキールを引っ張りだして、殺そう。無論、王家のせいにして、だ。
そうこうしながら私たちは王家への不信感を広げておいた。
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ひと月後には、それなりの規模のものができあがっていた。ミラコスタ国には、今、二種類の噂が流れてきている状態だ。
ひとつは、教会が魔族との戦争の元凶であり、キールを亡き者にしようとしたために、粛正された噂。
もうひとつは、常々権力がある教会を邪魔に思い、王家がキールを利用して、教会を取り潰した噂。
王都近くでは前者が、郊外では後者が信じられており、国内は混乱していた。
そんな中、私は郊外の教会の者たちを集めて、王都に向かうことにする。各地の教会の長たちが確認したことならば、その地の民はそれを真実として認識するだろうという魂胆だ。
長たちは既に王宮への謁見の申し入れを済ませてある。王宮側とて、彼らに教会本部が腐っていたという事実を伝えて、国内の分裂を押さえたいはずだ。
「国王がキールを引っ張りだした。」
アガレスが言う。私は今、水の五大精霊ミーアの力を借りて、水鏡で彼と連絡をとっていた。
「予想通りです。」
そろそろ情報が流れているはずだ。エルネストが郊外の教会の長を籠絡していると---
「おびき出したところで、勝機はあるのか。キールは馬鹿だが、戦闘能力だけはずば抜けている。」
予想通り過ぎて上機嫌な私をアガレスが窘める。戦闘能力がずば抜けているからこそ、キールが来るのだ。問題があれば彼女は、躊躇いなく長たちを粛正するだろう。聖職者と信者で構成されたレジスタンスなど、彼女の前には意味をなさない。たやすく鎮圧されるだろう。どんな言葉にも聞く耳をもたず、ただ自分にとって都合の悪い者を武力でねじ伏せる。それが、キールという妖精の本質だ。
「問題ありません。他に報告はありますか?」
キールはクラウンに似ている。彼は、都合の悪い者をすべて魅了し、服従させた。魅了か武力かの違いだけだ。キールは戦闘能力において絶対的な自信を持っている。驕る者ほど、足下を掬いやすい者はいない。
「いや、ない。しくじるなよ、兪貴。」
「はい、分かってますよ。」
自然と口角が上がっていくのがわかった。アガレスの姿が歪んで消える。それに合わせて水鏡も消えてなくなった。
「魅了についても対策済みですが…。アルカ、いますか?」
私が少し声を張れば、アルカがすぐに出てくる。
「はい、ミーヤ様。いかがなさいました?」
「エルネストを呼んできてください。」
「承知しました。」
すぐにアルカは踵を返す。私はその背を見送った。
さて、アルカはいつから耳をそばだてていたのだろう----




