アマギと勧誘
さて、騎士団長バルクをどうやってこちら側に引き入れるかだが、それはたいした問題ではないだろう。引き入れたことを、いかに教会側に悟らせないかが重要だ。
…となれば、決起を起こす5日前が妥当か。たった5日でどれだけの騎士を引き入れられるかは読めないが、少数精鋭であることを祈っておこう。
今日は、バルクは非番だとの情報を得ている。なので、私は彼の家を張り込み、接触するタイミングをはかることにした。
なんか、どこぞのストーカーのようだ……。
フードを深くかぶり、細い路地からバルクの家を窺うこと、2、3時間。
彼は一人の女を伴って家から出てきた。その女には見覚えがある。たしかギルドに所属していたリィーヤだったはずだ。そして勇者一行にも加わっていたな。
確かリィーヤは、現ギルドマスターのゲイルに反発していた。それなら彼女もこちら側に引き込んでも問題ないだろう。
私が考えている間にも、二人は移動していく。方角からして市場だろうか。
丁度いい、人影もないことだし、さっさと接触しよう。
私は二人の前に姿を現した。
「なんだ、俺に用か?」
二人は即座に反応し、それぞれの獲物に手をかける。私はフードをとって、顔を露にした。
「おまえは……!」
「?」
血相を変えたバルクを尻目に私は、薄暗い路地へと走る。
「おい!待てっ、キール!!」
私の思惑通り、二人は私を追ってきた。あとは、袋小路に駆け込み、影の空間に閉じ込めるだけだ。
無論、計画通りに二人を影の空間に連れ込むことができた。
「キール!何しやがるっ…」
「私の名はアマギよ。まずは座りなさい。」
どさりとソファに腰かけ、二人にも向かいの席を勧める。
「アマギ…?」
「そう、貴方たちを呼んだのはある計画に参加してほしいからよ。」
「少し待ってほしい。あなたは、アマギなのだろう?何故父は前勇者キールの名を?」
リィーヤが問いかけてくる。バルクは納得がしていない様子であるし、最初から説明した方がよさそうだ。
それにしてもこの二人、親子だったのか。
「では、まず私の目的から告げようかしら。私は教会の崩壊を望むものよ。先日の礼拝堂の破壊は私の仕業でもあるわね。すでに教会を潰すための計画は国王、魔王を巻き込み、最終段階に入っている。ここまではいいかしら?」
「なんだそれは……俺は何も聞いていないぞ!」
騎士団長たる彼にはろくな情報網が無いとみえる。教会がなにか手を回しているのか。
「陛下と魔王が手を組んでいるのか?そんなことが……」
反対にリィーヤはあまり驚いていない、納得している感じだ。ある程度の情報を持っていたのだろう。
「教会がきな臭い事をやっているのは知っているわよね?具体的に言えば、魔族の人身売買を行い、魔族と人間の戦争をでっちあげ、キールを殺した事よ。」
「……は?」
「魔族の人身売買は知っていたが、それ以外にも悪事に手を染めているとは思わなかった…。」
ほんとに何故バルクが騎士団長になれたのだ?……うん、馬鹿だからだな。色々と詮索されないで済む筋肉馬鹿を教会は騎士団長に据えたのだろう。
対するリィーヤは、前にレトの件で現ギルドマスターのゲイルと揉めていたから、知っているのは当然か。
「おい待て、キールは魔王と相討ちになって死んだんじゃ…?」
「教会が教皇よりも民の支持を獲得していたキールを野放しにするわけが無いでしょう。魔王ですら教会が用意した者であったし、キールは魔王を倒した後、エルネストに刺されて死んだのよ。貴方、何も知らないのね。」
呆れた様子を隠しもせずに言うと、バルクは言葉に詰まっていた。
このままバルクを建国祭の作戦に参加させてもいいものだろうか。しかしおいそれと返すわけにもいかない。ここまで使えないとは想定外だった。
「……父のことは置いておくとして、先ほどあなたは私たちを作戦に参加してほしいと言ったが、その作戦とは何なのだ?」
リィーヤも父の無能さは理解しているらしい。彼女はたしか現ギルドでも人望が厚かった気がする。彼女なら勇者一行にも加わっていたため、ある程度の教会の腐敗は知っているのだろう。
リィーヤにバルクの手綱をしっかり握ってもらうとして、こちらで引き入れる騎士の選別をして置いた方が良さそうだ。
「決行日は、建国祭1日目。私たちはパレードを利用して教会に近づき、まず演説を行う。内容は魔族と人間の戦争の終結と教会の悪事についてだ。その後、私たちが集めた同士と共に教会を制圧する。貴方たちには、この制圧に加わってほしい。」
「この話が本当だという確証は?」
リィーヤが問うた。
確かに突然現れた人物の計画など怪しすぎる。全うな問いかけだろう。
「翌日深夜、最後の集会がある。それに迎えをよこすから、そこで参加するかどうか判断してほしい。」
迎え役は同じ勇者一行のエレナがいいだろうか。
「断った場合は?」
「悪いけど、計画が露見するといけないから、建国祭が終わるまで拘束させてもらうわ。もちろん今から監視をつけているから、逃げようとは思わないでね。」
「おい、なんで監し、」
「私としてはこの計画が本当ならぜひ参加したいと思っている。明日を楽しみにしているぞ、アマギ。」
バルクの言葉を遮ったリィーヤが、立ち上がって私に手を差し出した。
私はためらう事無く握手を交わし、二人を影の空間から返す。
「お疲れ様です、我が君。」
誰もいなくなった空間にシヴァが現れて、お茶を淹れてくれた。私は礼を言って一息つくと、騎士の選別に取りかかるのだった。
◆◆◆◆◆
翌日の集会はうまくいった。計画に参加している顔ぶれにリィーヤとバルクは驚いていたが、二人とも参加の意を示したのだった。
------そして水面下で着々と準備を押し進め、ついに建国祭前夜となった。
「アマギ、時間だ」
アガレスの言葉に頷き、私は立ち上がった。
今、キールの屋敷には魔王軍の側近と将軍が集結している。どこを見ても美形ばかりで、美的感覚がおかしくなりそうだ。
「これより、私とアガレスは国王のもとに向かう。貴方たちは合図を待って、囚われた魔族の奪還を遂行する。担当区域はわかっているわね?」
魔王軍の面々は一斉に頷いた。
「では、行くぞ――」
「「―――は!!」」
魔王の号令に短い返事をして魔王軍は散っていく。
夜が明ければ建国祭が始まる。
王都が最も賑わう三日三晩の祭りだ。
この祭りのばか騒ぎに乗じて、貴族たちも気兼ねなく市井のものに紛れて楽しむため、屋敷を空ける。
よそ者も多く王都に入ってくるから、私たちは軍服を隠すために旅装姿の魔王軍でも堂々と街中を歩くことができる。
キールに似ている私は念入りにフードを深くかぶり顔を隠しておく。
建国祭一日目にしてこの国は二分される。
魔王軍と国王が手をくみ、表向き人間と魔族の戦争の終結を宣言する。
それからは私の復讐が始まるのだ。
必ず私を敵に回したことを後悔させてやろう。




