アマギと血判
シヴァと同調した私は格段に魔力を増幅させ、脚力にその魔力を注ぎ込み、一気に距離を詰めた。
そして、アフガントが防ごうと交差させた腕ごと蹴り飛ばす。アフガントは岩肌に叩きつけられた。
「っ!……人間ごときが!」
激昂したアフガントはすぐさま這い上がり、剣を拾って斬りかかってくる。アフガントは私という人間に傷つけられたことで完全に頭に血がのぼっていた。
冷静さを欠いた者に勝機はない。魔力を凝縮させ刀を作り出し、抜きざまに彼の剣を弾いた。
そして、アフガントの首筋に刀を叩き込む。一応峰打ちだ。
アフガントは意識を飛ばし、崩れ落ちた。
しかし、簡単に眠らせてやるのも癪だ。
私は影倉庫から取り出した縄でアフガントを拘束したあと、手のひらに術式を構成してアフガントに押しつけた。バチッと刺激を与えてやれば、アフガントが小さく呻いて意識を取り戻す。
私は地に転がしたアフガントを見下して、首もとに刀をつきつけた。
「貴方には聞きたいことがあるわ」
「……人間ごときに話すことなどない」
アフガントが嫌悪感を露に顔を歪める。
「その人間ごときに負けた貴方に拒否権はない」
私は刀を彼の首に押し付けた。そしてわずかに血を滲ませる程度で止めておく。
「貴方は何故この場所で商隊を襲っていたの?奴隷にされた魔族がミラコスタ国外に売買された形跡でもあるのかしら」
「………」
アフガントは答えない。
「私は既に魔王と話をつけている。私が王都の結界を破壊する代わりに魔族は教会を潰す協力をするという話をね……貴方は魔王の意に逆らうの?」
アフガントは自衛を重視して全く奴隷にされた魔族を助ける素振りのない魔王に反感を持っているようだが、魔王がついに同胞奪還に向けて動くとすれば考えを変えるだろう。私の言葉を信じるであればだが。アフガントは答えなかった。私の声は冷え込んでいく。
「私は魔族がどうなろうと知ったことではない。私の目的は復讐。教会を潰すためなら魔族だろうと利用する。魔族とて教会が邪魔でしょう?―――利害の一致はヘタな同情や正義感よりも強固な関係を築けると思うのだけれど、貴方は違うのかしら?」
「…戯れ言ばかりの人間に耳を傾けると思うのか」
人間を嫌うのは結構だが、話を聞く気もないとは……。私の口元がひきつった。刀をしまってアフガントの胸ぐらをつかむと、一気に彼を持ち上げ目線を同じ高さに持っていく。
「私はアンタにかまってやる義理はないのよ。さっさと答えろ負け犬風情が。魔族は国外に出されたのか、否か!」
ドスのきいた声音に同調したシヴァが若干驚いたようだった。私にキールのような上品な品性を求めるな。私はキールでもあるけれど、今世は天城 ゆきなのだ。そして、これが私のやり方だ。
驚いたのはアフガントも同じで、気圧された彼は顔を背けて小さく呟いた。
「……否、だ。」
答えを聞けばもう用はない。私はアフガントから手を放した。
◇◇◇◇◇
シヴァとの同調を解いた私は地面に這いつくばる魔族を見下ろした。
人間の大陸に侵入した魔王軍の者がいると聞いて、止めにやってきたが、思いのほか早くにことは片付いた。シェイドや後からきた魔王軍がてきぱきと山賊まがいの魔族たちを連行していく。
後からやって来た魔王軍の中には宰相も紛れていた。
「魔王様より書簡を預かっておる。中をあらためよ」
宰相は私に書簡を手渡した。中を見れば上等な羊皮紙が出てきた。その内容は、魔族と人間の相互不可侵の契約についてであったため、思わず口元が緩む。魔王は既に不可侵の誓約の文言を書き連ね、血判まで押している。
「その契約書は仲介者たる貴様の血判と人間の国王の血判が押され、はじめて効力を持つ。意味はわかっておろうな?」
私はすぐに影倉庫から羽ペンとインクを取りだし、それにサインする。そして、顕現したシヴァが私の手をきってくれたので、その血で血判を押した。
魔族側は私の条件をのんだのだ。私が教会を潰す協力をする代わりに、魔族奪還の手引きをする。そして、その一件が済めば互いに相手の大陸に踏みいることは許されない。
後はミラコスタ国王ジェラールの血判が押されれば、この契約は為される。
宰相はシェイドにも何か別の書簡を渡した。シェイドは文面をすぐに読み上げるとシェリルにまわす。彼女はその文面に驚き兄を見上げたが、シェイドは妹の視線を無視した。
「すぐに王都に向かうのか」
シェイドが私に問う。
「ええ、そのつもりよ」
「私とシェリルもいく」
シェイドとシェリルは私の見届け役としてついてくるようだ。
「なら影の空間を利用して王都の屋敷に移動することになるわね―――後は任せていいかしら?」
「うむ、後はわしが預かる。行ってくるがよい」
私たちは宰相にその場を任せ、影の空間に入っていった。
◇◇◇◇◇
影の空間のリンク先、王都のキールの別宅に着いた。
「アマギさん!」
影の空間から出てきた瞬間、屋敷においていた魔族の少年 レトが私に飛び付いてくる。しかし、私に届く前に顕現したシヴァがレトの首根っこを掴んで、部屋の隅に放り投げた。涼しい顔して容赦ないな。
めげないレトはすぐさま復活して、今度は私の前である紙を見せた。それは王都の地図だった。
「それはなんだ?」
私の後ろから除きこんだシェイドが問う。私とシェイドの近さにシヴァが僅かに眉をよせる。それに気づいたシェリルが慌ててシェイドを引っ張った。
「お前らこそ何だよ。オレはアマギさんに報告してんだ。あっちいってろ」
レト、仮にも同族のしかも軍属のヤツにその言い方はやめておけ。そして、ムダにキラキラした瞳で私を見上げるな。
「アマギさんに言われた通り、魔族たちのいる屋敷を特定してきました!」
「ありがとう、助かるわ」
私はレトの頭を撫でてやり、地図を受けとる。ジェラールが突き止めた奴隷を所有している貴族の屋敷の他にも魔族がいる屋敷があるようだ。
魔王からの書簡を含め、ジェラールと話さなければならないことがある。
「シヴァ、ミーアに連絡を」
ジェラールの契約精霊である水の五大精霊 ミーアを通して会談の席を設けようと私はシヴァに言う。
「――仰せのままに、我が君」
一礼して、シヴァは闇に溶け込むように姿を消した。




