EX6.もしもSSの封入ペーパーがあったら「神保町限定版」
コミック版11/26発売を予告して、予約推進キャンペーンで投稿します。買ってね!
注意書きはいつもの通り。
今日の公爵令嬢は珍しく、本も読まずに考え事をしていた。
「なんだレイチェル、貴様が物思いにふけるとは珍妙なこともあるものだな。どうせろくでもない事しか考えておらんのだろうが」
取り巻きを引き連れ地下牢に降りて来た第一王子が眉を顰める。この女が普段に無いことをしているというのは、このあと絶対まともじゃないことになるに違いない。
「あら殿下」
牢の中の令嬢は来訪者の言葉に目をぱちくりさせた。
「アポイントメントも無しに押しかけてきておいて、失礼なことをおっしゃいますわね」
「ここはそもそも俺の家だ。今のが失礼なら、おまえのいつもの言動は何なんだ」
「それはさて置き」
「置かせんぞ」
レイチェルは王子の追及を無視して頬杖を突き、憂い顔を見せた。
「私とてファーガソン公爵家の娘。いろいろ考えることもあるのですわ」
「優先度一位はどう考えても、いかに俺に謝って牢から出してもらうかだと思うが……謝罪もやらずに牢獄の中で人生を無駄に送っている貴様が、いったい何を悩むことがあるんだ」
「なにか、言葉に棘がありますわね」
「貴様の数々の所業で、なぜ無いと思えるんだ!? ああっ!?」
挑発に乗った王子様をさらに無視して、レイチェルはホウッと陰鬱に息を吐く。
「いくら考えてもわからないのですわ」
「何がだ?」
どうせくだらない事だろうと白けた顔をしているエリオットを前に、レイチェルは乙女の大事な悩みを吐露した。
「グランデは別格として、後はみんなマート、タワー、ドームと愛称が付いていたのに……なぜ西葛西だけブックなんとかが付いてなかったのかしら」
「心の底から本当にどうでもいい話だな、おまえの悩みは!?」
エリオットの魂の叫びに、令嬢はむうっと頬を膨らませる。
「ビブリオマニアなら誰しも考える今世紀最大の疑問ですわ! 今この時も、この難問について悩んでいる同志が全世界に五人はいるはずです」
「全世界で五人かよ!? ちっちゃすぎてどうでもいいわ! 貴様はもっとマトモな悩みが無いのか!? どうやって牢を出してもらおうとか! 土下座して謝れば処刑は免れるかしらとか!?」
「まあっ!」
王子の叫びに、令嬢は驚いて目を見張る。
「実行力もないお方に心配していただくほどの話じゃございませんわ、そんなの」
「そんなのって言うな!? 貴様の命がかかっている話だろうが!」
「殿下、落ち着けって。レイチェル嬢の頭の中がおかしいのなんて今さらだろ?」
サイクスに取りなされて、エリオットが落ち着きを取り戻す。
「ああ、そうだな……すまんな、俺としたことが。柄にもなく熱くなってしまった」
「いえいえ殿下。それこそ今さらですよ、殿下のキレやすさなんて」
「おまえは口を挟むな!」
エリオットの罵声を無視して、レイチェルがさっきの話をサイクスに聞いている。
「サイクス様はどう思われます?」
「そりゃおまえ、アレだよ」
サイクスはワクワクしている囚人へ、至極真面目に回答した。
「店数が多すぎて付け忘れたんだ」
「なあジョージ、もしかしてサイクスはアレか? 三つ以上はたくさんになるタイプか?」
「その恐れはありますね……なにしろアビゲイル家は先祖代々騎士団長の家柄ですからね」
ボソボソ側近と話していた王子は、目を閉じてちょっと考えた。そして明るい表情で頷き、打ち切りを宣言した。
「うむ、この話はここまでにするとしよう! ……何か、闇が深そうな気がする」
レイチェルのくだらない悩みについては強制終了。
エリオットが改めて牢内の令嬢をにらみつけた。
「とにかく! 貴様、ふざけているのもいい加減にしろ!」
「別にふざけているつもりはありませんが」
「ふざけていないんなら、もう少しまともなことで悩めよ貴様! 正気を疑うレベルで貴様の言う事はおかしいんだ」
「殿下より?」
「そういうところだよ!」
他の事を考えろと言われて、レイチェルが首を捻った。
「そうですねえ……私も年頃の女ですもの。当然他にも悩んでいることはございますわ」
「例えば?」
「もしも神保町へ行った日に『今日は欧風チーズカレーの気分なんだけど、神田古書センターに行ったら二階の古書店が休業日だった。通り抜けできない!? どうしよう!?』なんてことが発生するかもと考えると、恐ろしくて夜も寝られなくなります」
「おまえはどこまでアホの子なんだよ!? そんなの裏通りから直通階段で上がればいいだろ!」
再び絶叫する王子に、憤然とした令嬢も食ってかかる。
「殿下は漢のロマンがわかっていません! 雰囲気のある古書の山を通り抜けて到達するってところが、気分爆アゲなんじゃありませんの!」
「な・ん・で、おまえが漢のロマンを語るんだ!? 入店ルートなんか俺の知ったことか!」
「正面のエレベーターはパスワードを入力すると秘密の地下へ降りられて、大英図書館ともつながりのある情報屋に接触できるんですよ!? ここから物語の舞台へ入れるんだと思ったら、乗ってるだけでテンション上がるじゃないですか!」
「創作と現実の区別を付けろ! だいたいカレーなら、俺は明大下なんだ」
「そうですわねぇ……ブックセンターでの用事なんて、殿下は最上階の『子供は入店禁止なお店』しか興味なかったんでしたわね」
「あっ、貴様バカにしたな!? 聖地が閉店したつらさは貴様なんかにわかるまい……」
「歩いて三分なんだから本店に行けば良いでしょうに。それにやたらと崇め奉られると、あちらも困るのじゃないかしら」
「貴様に漢のロマンがわかってたまるか!」
「さっき殿下、なんて言いました?」
「とにかく! 今日は貴様に素敵な話を聞かせてやろうと思って、俺がわざわざ出向いてやったのだ」
今日何度目かわからないエリオットの雄叫びに、レイチェルははて? と小首を傾げた。
「話なんか無くたっていつも来ているじゃないですか」
「うるさいっ!」
「そんな暇があったらサンド・ペーパーさんとデートに行ったらどうですか?」
「サンド・バッグだ、間違えるな! 誰のせいで時間が食われていると思っているんだ! 貴様は!?」
血相変えて怒鳴り散らすエリオットをジョージとサイクスが慌てて止める。
「殿下、姉上に呑まれないで下さい!? サンド・バッグも違います!」
「そうそう、マーガレット! マーガレット・ポワソンっすよ、殿下!」
「そうだった! くそうレイチェルめ、巧みな話術で惑わしおって!」
「今のは自爆じゃないですか?」
憤激を押し殺して襟を直したエリオットは、檻の中から無邪気ぶって王子一行を眺める元婚約者に指を突きつけた。
「いいか、よく聞け! 貴様、食料は何か月分も溜め込んでいるようだが、書籍はあっという間に読み尽くしてたびたび外から持ち込んでいるようだな!」
さすがに書いている事実までは知らない模様。
エリオットが邪悪な笑みを浮かべた。
「そこで、物を変えて兵糧攻めをすることにした。王都の書籍商を印刷所も商店も監視し、城門でも一切書物の持ち込みを認めないように手配した! どこの部署宛でもだ!」
城門のチェック体制がすでにザルになっている事実を王子様は知らない。
「ふははははは! この牢内へはもはや、本どころかチラシの一枚も届かんぞ? 文字への渇望で悶え苦しむのだな!」
「あらら。どうしましょう」
さすがのレイチェルも打つ手なしの様子。王子は久しぶりの快挙に笑いが止まらない。
「どうだ、思い知ったか! 次に俺が見に来るまでに、土下座の練習でもしておくのだな!」
エリオットの高笑いは際限なく続いた。
しばらく間を置いてエリオットが見に来た地下牢は、すっかり様変わりしていた。
殺風景だった地下牢の前室は所狭しと書棚が並び、めいっぱいの新刊が溢れかえっている。ところどころオススメPOPも飾られ、新装開店の生花も入口に飾られていた。城勤めの役人や女官で結構な人数の客が入っている。
「な、な、な、な……」
エリオットが絶句していると、大手書店のエプロンをつけて届いた本を並べていた牢番が王子に気がついて声を張り上げた。
「いらっしゃいませー。某書店ブックプリズンへようこそ」
「貴様は何をやっているんだ!」
「バイトっす。見ての通り、職場が無くなっちゃったもんで」
エリオットは牢番を押しのけ、一番奥へ突き進む。
「おいレイチェル! なんだ、この有り様は!?」
「あら殿下」
レイチェルは鉄格子の向こうにブックカフェコーナーを勝手に作って、お茶を飲みながら立ち読み? をしていた。
「殿下が本の差し入れを止めるとおっしゃっていたので、自前で何とかしました」
「自前でって、なんでこんな所に本屋が出来ているんだ!?」
「それはですね」
レイチェルが輝く笑顔で手を合わせた。
「国内からの書籍の流入を止められましたので」
「そうだ!」
「国外からならいいだろうと、神保町の大型書店と提携して支店を出してもらいました」
嬉しそうにレイチェルが書棚を指し示す。
「国外初出店だそうですわ! わが国で見れば、コミック・ライトノベルの品揃えは国内随一!」
「だろうな! そもそもうちの国にそんなジャンルは無いからな!」
エリオットが鬼の形相で周りを見回す。
「しかし城門では、国産かどうかにかかわらず書物の持ち込みを禁止した筈だぞ!? どうやってこんなに持ち込んでいるんだ!?」
「アレキサンドラと結託して、外交行李で梱包して発送させています。外交特権があるので検査はできません」
「はっきり目的外使用を暴露するな!?」
「ついでに言えば、そこの空間は外交部の書類をゴニョゴニョして大使館扱いですので治外法権です」
「城内にそんな物を作るんじゃない!」
クラクラきているエリオットに、嬉しそうにレイチェルが報告する。
「殿下が城内への一切の書籍を止めて下さったので、新刊に飢えた皆さまがこの通りご来店です。売り上げに貢献していただきありがとうございます」
「こいつは……こいつは……」
何をやったら懲りるのだ、この馬鹿は!?
エリオットが歯噛みして、呑気に立ち読み? しているレイチェルと店内の様子を交互にせわしなく見ていると……レイチェルの飼っている猿が何冊か本を運んで主のところまで持って来た。
「ウッキー」
「あら、またお勧め持ってくれたの? もうすっかりカリスマ店員ね」
「ウッキャー!」
自慢げなエテ公も、牢番とお揃いのエプロンを付けている。しかも名札が店長。
牢番、エテ公に顎で使われているのか……。
エリオットがぼんやり見ていると、猿が王子の視線に気がついた。
「ウキ?」
ヘイリーはエリオットを見上げると、ズボンの裾をクイクイと引っ張った。
「あ? なんだエテ公」
「ウッキー」
「俺向きのコーナーもある? 見てわからんか、俺は今本なんか読んでいる気分では……」
「ウッキー! ウッキウッキャ!」
「だから、俺は貴様の主人のせいで……何? 紳士向けのコーナーも? 国内最大級?」
いそいそと猿について行く王子様を見送り、令嬢はハタキかけをしている牢番に尋ねた。
「ねえ……なんでそんなコーナーがあるの? レイアウト決めた時は無かったわよね?」
「へい、そうなんすけどね」
牢番が頭を掻いて上司の背中を見た。
「店長が、うちも営利企業だから売れる物は何でも置きたいって……」
レイチェルも一人と一匹が消えていった書棚の向こうを見た。
「ヘイリーも成長著しいわね……殿下に爪の垢を煎じて飲ませたいわ」




