EX2.もしもSSの封入ペーパーがあったら「キャバクラ限定版」
番外編の「もしもSSの封入ペーパーがあったら」第二弾です。
もっと短くなると思っていたんですが、何故かめっさ長くなりました。
繰り返しになりますが、トンデモな内容で本編の設定を意図的に無視している所があります。おふざけ企画が嫌いな方は読むのを止めといた方が良いかと思います。
エリオットの執務室で、届いた手紙を仕分けしていたジョージの手が止まった。
「やっぱり殿下のところにも来ていたか……」
ピンクの封筒を摘まんだままため息を吐く側近に、エリオット王子はペンを動かす手を止めて何ごとかを確認した。
「どうしたジョージ。それが何かまずい手紙なのか?」
「はあ……まあ、不幸の手紙と言いますか……」
「……どこのバカだ、王子の執務室にそんな物を送り付けたヤツは」
「姉上に決まっているでしょう」
皆が押し黙った執務室に、しばらくのあいだ何とも言えない空気が流れた。
「まったく、いったい何なんだ、アイツは」
エリオットは地下牢へ急ぎながら便箋をまた開いた。
『エリオット様におかれましては、最近いかがお過ごしでしょうか?
めっきりご無沙汰の間に私のお店もリニューアルオープン致しました。
かわいい新人さんも大量入店、お酒も色々用意してお待ち申し上げております』
「めっきりご無沙汰って、昨日行ったばかりだぞ」
「それ以前に内容がおかしいです。そもそも姉上は“殿下”と呼んでいましたし、“私のお店”って……」
「レイチェル嬢のことだからな、何かまた新しいごっこ遊びを思いついたんじゃねえか?」
「最悪だ……」
絶対に何かある。この先に待ち構えるモノが、絶対にろくでもないのは確実だ。だって“あの”レイチェルがノリノリなのだ。
一応確認に向かっているけど、歩を進める誰もが正直行きたくない。
だけど、放置しておくとまた何かヤバい事態に昇華しかねない。我が国史上、あれほど扱いが厄介な囚人がいただろうか……。
「まあまあエリオット様。もしかしたらレイチェルさんが、何か面白いことをやっているかも知れないですよ?」
マーガレットが慰めてくれるけど、エリオットとしては全然期待はできない。
「……“レイチェルは”面白いんだろうなあ……」
「はい?」
何度目かわからないため息を吐きながら、エリオットはレイチェルの手紙をポケットにしまった。
そして階段を降りたエリオットたちが見たものは……。
「いらっしゃいませ~」
到着したエリオットたちは、十数人の若い女たちに一斉に歓迎の挨拶をされた。
「なんだ!?」
女の子たちは皆がイブニングドレスよりさらに肌色多めのタイトなドレスを着ていて、営業スマイルで席を勧めてくる。皆美人でスタイルも良く、上品な物腰から教養もありそうだが……誰一人宮廷で見たことがない。
「え? え? え?」
「さささ、どうぞこちらへ~」
わけがわからないまま、なかば引っ張られる形でバラバラにソファに座らされる。エリオットも二人の女性に手を引かれた。
「ふふふ、いらっしゃいませ」
「おくつろぎくださいね。うふふ」
一人は「艶やか」という言葉がぴったりくる妖艶でミステリアスな気の強そうな美女。もう一人は反対に、おっとりした雰囲気の母性的な美人。二人ともエリオットより年上のようで、どことなく世慣れた余裕を感じられる。
ぐいぐい押されて三人掛けのソファに挟み込まれる形で座ったエリオットは、そこが鉄格子の前だということに気がついた。中にいるレイチェルも周りに合わせてか、珍しく濃い目のメイクで胸元が露わなドレスを着ている。
「いらっしゃいませ、エリオット様。なかなかお店に立ち寄られないから寂しかったわ」
「いや、昨日も来ただろう!? これはなんだ!? 今度は何を始めた!?」
「何って……見ての通り、キャバクラですが」
意識が戻ったエリオットが首を振った。
「おまえ、キャバクラって……いったい何を考えて……」
「まあ! エリオット様ったら、私が何かを考えているなんてお思いですの?」
「わかってるよ畜生! おまえが後先考えないのは身に染みたわ!?」
レイチェルがコロコロ笑って楽しそうに手を合わせた。
「ちょうどお友達が来てくれましたので、滅多にできない遊びでもしようかと思いまして」
「友達が来て、なんでキャバクラ遊びなんだよ……しかもやる方って……」
「あ、そうそう。エリオット様にもご紹介しますね!」
レイチェルがクラブのマダムっぽくしなを作って、エリオットの両肩にしなだれかかる二人の美女を指し示した。
「エリオット様担当はこちら、当店自慢の新人さんでーす。エリオット様の左が、『彼氏に裏切られたので首ちょんぱしちゃった』エリザちゃん。そして右が、『浮気狂いの旦那にキレて、高い所へ吊るしてプスッてしちゃった』ゾフィーちゃんです」
「帰る」
「まーまーまーまー」
立ち上がりかけたエリオットを両脇の二人が膝カックンして無理やり座らせる。
「やだなあエリちゃん。一杯も飲まないうちに帰られちゃあ、オネエさんたち立場がないよぉ?」
「そうですよぉ、エリちゃん。駆けつけ三杯って言うじゃないですか」
ぐいぐい寄せてくる両側の年上美女。色気も凄いが、さりげなく押さえつける力も凄い。
「あ、えと、年上とはいえ俺を『エリちゃん』などと呼ぶのは……」
不敬だぞ、と続けようとしたエリオットに脳天気なレイチェルの声。
「あ、そこの辺りは大丈夫です。二人とも“殿下”の称号持ちなんで」
「他国の王族になんて真似させてるんだよ!?」
無理やり押しのけて帰る手が無くなったエリオット。めっちゃ帰りたいけど、巧く押さえつけられて身動き取れない。
両脇を固める美女が、楽しそうに注文を聞いてきた。
「エリちゃん、何を飲む? 度数96パーのウォッカなんかどうだい? ラッパで一気ヤると天国が見えるぜ?」
「いえ、結構です!」
「じゃあ、何か軽めのがいいかしら?」
「そ、それで!」
エリオットはもう、野生のライオンに挟まれて頬を舐められている心持ちだ。下手に強い酒なんて飲んで泥酔したら……そこで終わりだ!
軽めのヤツでごまかそうとカクカク首を振るエリオット。右のお姉さんが奥へ声をかけた。
「ピンドン入りましたぁ!」
「ありがとうございまーす!!」
「ちょっと待てぇぇぇ!?」
唱和する女の子たちの声を押しのける勢いで思わず叫ぶエリオット。
「ちょっと軽いので頼んで、いきなり何をぶっこんでくるんだよ!?」
「あら、度数と値段は関係ないですよ?」
「そうだけどな!? それはそうだけどな!?」
「それに口の肥えた王子様に、安いだけの物なんて出せませんわ」
「それもそうだけどな!? 確かにそうなんだが……!?」
エリオットとて第一王子、普段なら買う物の値段なんか気にする事はないけれど……国一番の大貴族の娘がぼったくりにかかってきているのだ。平気で酒一本に屋敷が買えるような値段を付けかねない。
エリオットが口ごもっている間に準備ができたらしく、完全に現実逃避している目つきの牢番がワゴンを押してやってきた。
大量のシャンパンの瓶と、三角錐に高く積み上げたシャンパングラスを乗っけて。
「それでは始めます」
「ちょっと待てぇぇぇぇ!?」
脚立に乗ってシャンパンを受け取った女に、エリオットが待ったをかけた。
「俺は『ちょっと軽いの』しか言ってないぞ!? それだけでいきなりピンドンのシャンパンタワーとか!?」
「うちは王族もご利用される格式の高い高級店ですから。最高の酒を最高の形でお出しするのが最高のおもてなしです」
「その分支払いに跳ね返ってくるだろうが!」
「それを気にしないのが上流のお客さまです」
美人だが無表情な女がエリオットの制止も構わず瓶を両手に持ってジャブジャブ無造作に流し込んでいる。タワーが高い分だけ、どんどん次の瓶が開栓されていく。完成したタワーがシャンデリアの光に輝くと、店中の女の子たちが歓声を上げたが……エリオットはもうグロッキー。
「軽く一杯の注文で最高級酒をケースでって……とんでもないぼったくりだろ……」
「ちゃんとそれなりの品をきちんと消費していますので、ぼったくりじゃありません」
無表情な女に冷静に返されて、もう文句を言う気力もない。
そんなエリオットの気分も知らず、こういう物を見た事ないマーガレットは素直に感嘆の声を上げていた。
「凄い凄ーい! エリオット様、あたしも飲んでいいですかぁ!?」
「うん、もう、好きなだけ飲んじゃって……」
完全に酒を飲む気分じゃなくなったエリオットがちびちびシャンパンを舐めていると、エリオットのお裾分けをガッパガッパ飲んでいる「エリザちゃん」と「ゾフィーちゃん」がアルコールに頬を染めてエリオットの腕をつついてきた。
「うふふふふ。エリちゃんもせっかく遊びに来ているんですからぁ、なにかゲームでもしませんか?」
「え? ああ、でもこんな席でやるゲームって……」
自慢じゃないがエリオット、マーガレット一筋なので女の子の居る店で呑んだことなどない。
「そうだなあ、何か簡単なゲーム……あ、アレなら簡単だ」
エリザちゃんがにっこり微笑んだ。
「エリちゃんとぉ、私がぁ、サーベルでつつき合うのはどうかな? 死ななかった方が勝ちだよ?」
にっこり微笑んでいるけど、目が笑っていない。
「いえっ!? ちょ、ちょっと俺には難易度高いかなっ!?」
「そうかなあ」
必死に断るエリオットの後ろで、もう一人のゾフィーちゃんが手を叩いた。
「そうだ、エリちゃんは座っているだけでいいのがあるわよ」
楽しそうに笑いながら指をつつくように前後させるゾフィーちゃん。
「エリちゃん危機一髪って言ってね? エリちゃんは樽の中に座るだけでいいの。それでね、女の子みんなで一本ずつナイフを刺してって、とどめを刺した子の勝ち。致命傷が入らなかったらエリちゃんの勝ちよ?」
楽しそうに笑っているけど、目が笑っていない。
「いや、ちょっ、そういうのはっ!? ……みんなもそういうゲームはイヤだろ!?」
慌てて店内を見回せば……。
「きゃー、面白そう!」
「私が一番目やりたーい!」
「ちょっと、最初の方は本気出しちゃダメだよ!? みんなに順番回さないと!」
どっと盛り上がるお店の女の子たち。中にはナイフどころかサーベルを用意し始めるのもいる。
「おいレイチェル、コイツら何なんだよ!?」
キャバクラに行ったことはないけれど、このノリは絶対普通のキャバクラじゃない。それだけは未経験者のエリオットにも言える。
レイチェルもシャンパンを美味しくいただいて楽しそう。
「あら、言ってませんでしたっけ? ホステスは皆さんエリザちゃんかゾフィーちゃんの部下なんです。みなさん婚約者に痛い目に遭っている御令嬢でして」
「なんで俺はこんな所に来ちまったんだろうなあ!?」
「さすがエリちゃんです」
「くっ、だ、誰か助け船は……」
こっちも一緒に部下を連れて来ていたのを思い出し、辺りを見回してみるけれど……。
「ジョージ!」
ジョージは青い顔で、肩に寄りかかるアレキサンドラの口撃をしのいでいた。
「うふふふ、ジョージはこういうところよく行くのかい?」
「いや、まったく初めてだ! 本当だ!」
「でも、興味はあるんでしょ? 御両親に夜遊びが凄いって教えちゃおっかなぁ?」
「バ、バカを言うな!? 僕はぜんぜんそんなことはないぞ!」
「そう言えば、ブラックダイヤモンドの五カラットもある綺麗なのが売っててね」
「そ、それを買えと!? ちょっと手が届く値段じゃ……」
「じゃあ、外務に監禁一か月でもいいわよぉ?」
「明日買いに行こうか! いやもちろん、仕事がイヤなわけじゃなくてな!?」
「サ、サイクス!」
サイクスは死んだ目で、膝に乗っかったマルティナに甘えられていた。
「サイクスもこういう所に良く来るんだ? あんまり夜遊びが過ぎると怒るよぉ?」
「……いやもう、いっそ絶交で……」
「んふふふ、冗談が好きなんだからぁ。あ、アレキサンドラは宝石買ってもらうみたいだね。いいなあ、ボク、ちょっと羨ましいなあ」
「あ、宝石が欲しいのか? 何を、何を買ったら勘弁してもらえる……?」
「いいの!? じゃあ、結婚誓約書で」
「……ブラックダイヤくらい、十カラットでも二十カラットでも……」
「結婚誓約書で」
「豪華なネックレスにジャラジャラつけるのはどうだ!? か、髪飾りとか!?」
「結婚誓約書で」
「ま、まさかボランスキーも……」
ボランスキーはべったり口紅を付けてボディコンドレスを着たヘイリーとサシで飲んでいた。
「それでね、殿下が足元を見ないものだから派手にすっ転んで」
「ウキー」
「そうそう、もうアレなんだよねえ。それで、慌てて立ち上がって馬に頭突きして」
「ウッキャー!」
「ハハハハハ」
「なんで貴様だけエテ公と楽しく呑んでいるんだよッ!?」
レイチェルがふと、叫び疲れたエリオットの顔を見て首を傾げた。
「まあエリオット様、ちょっと顔色が悪くてよ?」
「なんで顔色が悪いか、わからない筈は無いよな!?」
「空腹でお酒を飲んじゃうと悪酔いしますよ?」
「それじゃねえよ!? この冷え切った雰囲気で酔えねえよ!?」
レイチェルがボランスキーを指し示した。
「あちらの方みたいに、何か軽くおなかに入れた方が良いですよ?」
ボランスキーはフルーツ盛り合わせの大皿を取り寄せていた。
「ほーらヘンリー君、好きなだけお食べ」
「ウッキー!」
「あれは餌付けじゃないのか?」
「客が食べようがホステスが食べようが、注文してもらえたらお店は気にしません」
エリオットは皿を見て、盛り合わせの内容が気になった。
「なあ……あの皿、やけに豪華過ぎないか? うちの国で見た事ない果物がてんこ盛りなんだが」
「そこはもう、本気で準備しましたから!」
「もしかして……このシャンパンより高い?」
「お値段なりに、それなりに」
「……ボランスキー、あとで会計見て失神するかもな」
上司に気の毒な視線を向けられているとも知らず、ボランスキーは手掴みでむさぼり食べる猿をニコニコ笑って見ている。
両手にバナナを掴んだヘイリーが顔を上げた。
「ウッキー……?」
「え? もしかしてコレ高いんじゃないかって? 大丈夫、大丈夫!」
ヘイリーの心配をボランスキーは笑って打ち消した。
「どうせ殿下のおごりだし」
「ボランスキー、貴様ァァァァァァッ!」
叫びまくったせいか、両側のプレッシャーが凄いせいか。ふとエリオットも、軽く空腹を感じた。というかこのまま消耗しては、この綱渡りな状況で精神力が持たない。
「くっ……何が出てくるか怖いが、俺も……」
「フルーツ盛り合わせですか?」
「あんなの値段が怖くて食えるか!? もっと何か、軽食っぽいものを」
レイチェルが小首を傾げた。
「んー……じゃあ、サンドイッチなんかどうですか?」
「ああ、それが良いな……なにか、トンデモな食材を使ってないだろうな!?」
「まさかぁ。“普通”ですよ」
「貴様が言うと信じられないんだよ!?」
レイチェルが手を叩くと、さっきシャンパンタワーを作った無表情女が来て注文を裏へ持って行った。少ししてサンドイッチを盛った皿を持ってきて……なぜかレイチェルのところへ運んでいく。
「お嬢様、よろしくお願いします」
「はい」
エリオットが怪訝に思いながらも見ていると。
レイチェルが侍女の持つサンドイッチに手をかざした。
「美味しくなあれ」
「ありがとうございました」
そのままサンドイッチがエリオットの元へ。
「お待たせしました。『公爵令嬢の手作りサンドイッチ』です」
「ちょっと待て!?」
「何か問題でも」
「レイチェルが何をしたって言うんだよ!? それとも何か? 裏方にもう一人公爵令嬢がいるのか!?」
無表情なレイチェルの部下は平然と答えた。
「お嬢様が美味しく食べていただきたいという気持ちをいっぱい籠めました。これはもう手作りと言っても過言ではありません」
「過言だよ! そんなんで付加価値付けられてたまるか!?」
「アイドル商売のプレミア感なんてこんな物ですよ」
萎れ切って注文した軽食を食べる気もなくしたエリオットを尻目に、ざっと勘定を計算したソフィアがレイチェルに売り上げの途中経過を報告した。
「凄い売り上げです、お嬢様。もう金貨が流れる川のごとく、どんどん会計の金額が跳ね上がっていきます。商品開発に成功しましたね」
「うーん、なるほど。中間マージンの暴利が凄いですね。水商売が流行るわけです」
「いや、貴様らがひど過ぎるからな……」
帳面を見ていたレイチェルが、何かに気づいて顔を上げた。
「そう言えば……サンド・バッグさんも来てませんでした?」
「いましたね。さっきまでシャンパンタワーの山を一生懸命崩してましたが」
レイチェルとソフィアがツインテールの姿を探すと。
「んー、高級なお酒って美味しーい!」
女の子を四、五人侍らしてご機嫌で泥酔していた。
「おっ、姉ちゃんいい乳しとるやんけ! ちょっとあたしに触らせてぇ~!」
ついでにオヤジくさい酔い方でホステスたちにちょっかいを出していた。
「……すごいですね」
「ええ、さすがサンド・バッグさんですね」
「確か『喪服の令嬢団』の皆さん、サンド・バッグさんの素性を知ってますよね?」
「はい、当然です。寝取りポジの立場で、周りを囲んでいる武装したトラウマ持ちにセクハラしまくるとか……身体に生肉巻き付けて猛獣の檻に入った方がまだ安全です」
「そうですよねえ……私、初めてサンド・バッグさんを尊敬しましたわ」
私も聞いた話ですが、こういうお店でフルーツ盛り合わせって高いモノの象徴らしいです。寿司屋の高級ネタ「時価」みたいなものです。でも以前上司に連れて行かれたおかまバー、お通しがフルーツ盛り合わせだったんだけど……。




