EX1.もしもSSの封入ペーパーがあったら「秋葉原限定版」
書籍版発売の際、販促グッズは店頭POP什器を作っていただいたので封入ペーパーとかはやらなかったのですが……相談に乗ってもらってる友人と「もしも封入でSSペーパーをやっていたら?」という話題で盛り上がりました。
それも一般的な特定の書店様限定と違う、おかしな条件の地域ネタはどうかということになってできたのがこちらになります。発売時に封入ペーパーを期待されていた方もいらっしゃったので、せっかくなので番外編として発売50日記念(苦しい)にアップすることにしました。
※元々身内ネタで人に見せる予定ではなかったので、世界観ぶち壊しのはっちゃけた内容になっています。具体的には現代日本と話が混ざっています。そういうのが御嫌いな方は、こちらは止めといた方が良いかと思います。
「おい、レイチェル! 貴様、ちゃんと聞いているのか!?」
全然態度の治らない牢の中のレイチェルに、エリオット王子は今日も今日とて説教中。
「……聞いてますよう。宴会芸でドジョウすくいをした時の話ですね?」」
のはずが、絶賛おちょくられ中。
「誰がいつそんな事をした!? というか今、俺の話のどこにそんな話題があった!?」
「んもう、うるさくって読書ができやしないです」
エリオットは真っ赤になって怒鳴るけど、レイチェルはベッドにごろ寝したまま本から目を離さない。舐められ切っている。
「王子が! 話している最中に! 本を読むな!」
「殿下の方が後から来たんですよ?」
地団駄を踏むエリオットに、うるさそうに気のない受け答えをするレイチェル。王子への態度が不遜どころじゃない。さらに怒鳴り付けようとしたエリオット……が口を開く寸前に。
「ウキー」
下から猿の鳴き声がした。見れば山ほど紙袋を持ったレイチェルのエテ公が立っている。荷物が多いからか、猿のくせに入口から階段で入ってきたらしい。
「な、なんだ?」
「殿下、通行の邪魔だからどけと言っているんじゃないでしょうか?」
「あ、ああ。なるほど」
エリオットが一歩下がると、猿が会釈してテコテコ通り過ぎ、格子の隙間から荷物を地下牢の中へ押し込んだ。
寝そべって本を読んでいたレイチェルも、猿が帰ってきたので嬉しそうに起き上がる。
「お帰りなさいヘイリー! 頼んだ物は買って来てくれた?」
「ウッキー」
猿が大手量販店の袋を開けると、次から次へと小説から漫画から……机の上に、入手してきたばかりの新刊本を積み上げる。
そしてこれは手に下げたままのビニール袋を開けると、二つ取り出した紙包みの一つをレイチェルに直接手渡した。
「ありがとうヘイリー。久しぶりに食べたかったんですよね!」
「ウキー」
一人と一匹は包みを開けると、まだ湯気を立てている中身を剥き出しにして行儀悪くそのままかぶりつく。
「美味しーい!」
「ウキー!」
レイチェルと猿が久しぶりに食べる美味に歓声をあげた瞬間、
「……いや、猿が王子に『どけ』とかありえないだろ!」
エリオットが正気に戻った。
「殿下、間が空きすぎです」
「うるさいっ!」
「それにありえないも何も、自分でどいたのは殿下ですよ?」
「そうだけど!? それはそうだけど!?」
言い返せなくて歯噛みするエリオットだったけど……ふと、猿の土産が気になった。
「おいレイチェル、おまえ何を食べている」
「はい?」
レイチェルとヘイリーが顔を見合わせる。
「ごく普通のドネルケバブですが」
「うちの国のどこで普通にドネルケバブなんかが売っているんだよ!? このエテ公は一体どこに行ってきたんだ!?」
「どこって……」
レイチェルが小首を傾げた。
「秋葉原ですが」
レイチェルの言葉を飲み込むのに、しばらく時間がかかったエリオット。
「秋葉原?」
「秋葉原」
呆けたエリオットの問いに、ごく真面目な顔で答えるレイチェル。
「このエテ公が、一人で秋葉原に行って来たって?」
「あら殿下、ヘイリーの凄さをお疑いですか?」
「疑うとか言う以前の問題だろ。猿がどうやってそんな所まで行くんだ」
「まあ殿下。ヘイリーは頭がいいんですよ? なにしろ」
机の上でヘイリーが、ポシェットから銀と緑のカードを抜きだした。
「JRは言うに及ばず、なんと地下鉄の乗り換えも完璧なのです!」
「ウキッ! ウキッ!」
猿がシュバッ、シュバッとカードを構えて素振りする。
「どうですか、このSuica捌き! さらに!」
猿が銀とピンクのカードを構えると、ジャンプして叩きつけるように振り下ろす。
「ウキーッ!」
「どうです! 惚れ惚れするダンクPasmoタッチでしょう!?」
「いや、片方持ってりゃいいじゃないか」
胸を張るヘイリーの頭をレイチェルが撫でる。
「さらになんと。ヘイリーはもっと凄いことができるんです!」
「ウッキー!」
ヘイリーが両手で輪を持つような構えを取った。
「首都高全線をカーナビ無しで走れるんですよ!?」
「田舎者の“東京慣れてる自慢”あるあるだなあ……ていうか、おい! このエテ公が運転するのか!? 椅子に立ったって前見えないだろう!? そもそもアクセルとブレーキはどうしてるんだ!?」
ヘイリーがもう一枚カードを出すと、シュバッ、シュバッと素振りする。
「ウッキー!」
「どうです! ヘイリーのこのETC捌き!」
「ETCカードはそうやって使うもんじゃねえよッ!?」
「しかもヘイリーは今時珍しいMT派です」
「運転するのにクラッチとシフトノブが増えてんじゃねえか! チームか!? 何匹集まって動かしてんだよ!?」
怒鳴り疲れたエリオットの前で、猿が何かを思い出して家電量販店の手提げ袋を漁り始めた。見つけたらしく、紙箱を引っ張り出す。エリオットに向けて差し出してきた。
「ウキャッ」
「殿下にお土産ですって。どうでもいい人にまでお土産買ってくるなんて、ヘイリー偉い子ね!」
「どうでもいいって、レイチェル貴様……」
“こいつ、絶対殺す”と思いながらも、エリオットは反射的に猿から箱を受け取った。見るとパステルカラーのカラフルなパッケージには可愛い女の子たちが描かれ、ポップな書体で大きく入ったそのタイトルは。
「とってもペタリズム2 ~乙女の恋路はわっふるわっふる!~ 〔18歳未満禁止〕」
「……エテ公」
「ウキー」
「貴様、何を考えて俺に十八禁ゲームなんか買ってきたんだよ」
「ウキー?」
何を言いたいのかわからないと首を傾げる猿に、エリオットは箱を突き付けた。
「ふざけるのもいい加減にしろ! ペタリストは俺じゃなくてボランスキーだ!」
「いえ、殿下も素質はあるかと」
「黙ってろジョージ。だいたいなんで“2”なんだよ!? いきなり続編買ってくるバカがいるか、“1”を買って来い!」
「いらないなら下さいよ。私、2からでもいけます」
「ボランスキーも黙ってろ。しかもエテ公。三年も前のクソゲーって、貴様これ絶対ワゴンセールの投げ売りを適当に買ってきたよな!? 舐めてんのか!? 土産ならせめて平積みの新作から選んで来んか!」
「この猿、絶対マウンティングしに来てるよな」
「うるさいサイクス! ……そもそもの話! 俺は一本道シナリオなのに最後に三択が一ヶ所出たぐらいで、アドベンチャーゲームだのマルチエンディングだの名乗るクズい商売は認めんぞ!」
「さすが殿下、地雷踏みまくった人は言う事の重みが違うなあ」
「だから外野どもは黙ってろ!」
後ろから要らない合いの手を入れてくる側近たちにゲームの箱を投げつけるエリオット。の背中に、格子の向こうから冷ややかな質問が飛んで来る。
「殿下。タイトル見ただけで、なんでそこまで判るんですか……?」
「それはさておき」
「さておかないで、とことん話し合いませんか?」
どうにも金髪のバカは土産に不満らしい。
ヘイリーは仕方がないので、渋々別のモノを取り出した。
「ウキー」
「ん?」
エリオットが懲りずにヘイリーの差し出した物を受け取った。秋葉原を根城にしているのが売りの、定数が四十八人のはずなのに二次団体まで含めると構成員が四、五百人いる女子楽団のCDだ。
「ほう、エテ公趣味が良いな……と言いたいところだが、なぜ開封済みなのだ?」
「ウッキー」
「握手会の券だけ抜いたからCDはあげる? 貴様、それが大事なんだろうが……!?」
エリオットが抗議しようとすると、猿は山と抱えたCDを取り巻きたちにも配って歩いていた。エリオットがもらったのと同じ物だ。一通り配り終わって、もうもらっていない者がいないのを見て猿が頭を掻いた。ボランスキーに猿が訊く。
「ウキャー」
「いや、余ったから三枚ずつあげるって言われても……同じ物は要らないかなあ」
「ウキー……」
「殿下の友達が思ってたよりもさらに少なかった? それを私に言われても……」
まいった。そんな感じの猿が、チラッとエリオットを見てきた。
「ウキー?」
「残ったの全部あげようかって、いるか阿呆! そもそも何でコイツらにはお気に入りのCDで、俺にはそれ以下のクソゲーなんだよ!?」
「だから殿下、そのクソゲーの話を私とですね……というかヘイリーも貴方、あげたお駄賃でいったい何をどれだけ買ってるの?」
「レイチェル、貴様もエテ公にどれだけ小遣いをくれているんだ!?」
「アキバに行くんですよ!? 何を漁りに行くにしても、お金がいくらあったって足りないじゃないですか!」
「それは同意するが!?」
新刊のビニールを破きながら、レイチェルが懐かしそうに目を細めた。
「でも、今の秋葉原は変わっちゃいましたよねえ……通った頃と大違い」
「おまえにそんな遠出する甲斐性があったとは思わなかった。……確かに再開発で駅の辺りは様変わりしたが、電気街の方はそんなに違わないだろ?」
エリオットの否定に、レイチェルが頬を膨らませて反論する。
「前とは全然違いますよう、今はすっかりオタク街になっちゃいました。懐かしいなあ……看板もないような露店でジャンクパーツのコンテナ漁ったり、裏路地の雑居ビルを渡り歩いて真空管を探したり」
「貴様もしかして歳をサバ読んでないか!? じつは父上より歳が多いんじゃないか!?」
「ヘイリーは何か思い出がある?」
「おいっ、無視するな」
レイチェルに聞かれたヘイリーはちょっと考えると、身振り手振りを入れながら自分の思い出を振りかえった。
「ウキャー。ウキッ、ウキッ!」
「あ~、新OSの発売日カウントダウンイベントで夜中に行列したアレね! そうねえ、最近無くなっちゃいましたよね。寂しいね」
「ウキ~」
「このエテ公もいくつだよ!?」
話題が途切れた所で、エリオットがヘイリーを手招きした。
「ウキッ?」
ヘイリーが足元まで行くと、しゃがんだエリオットがコソコソと耳打ちする。
「おいエテ公、貴様握手券をかき集めているということは……推しは誰よ?」
「ウキー……」
聞かれたヘイリーもエリオットの耳にささやき返し……がっちりと一人と一匹が握手した。
「……一致したんですの?」
意気投合した様子の二人? にちょっと呆れ気味のレイチェルが訊ねると、二人? は猛烈な勢いで首を横に振った。
「馬鹿言うなレイチェル! 被らなかったんだ!」
「ウキー!」
「……はっ?」
珍しくレイチェルの意表を突いているのに、それにも気づかず興奮しているエリオットとヘイリーが力説する。
「異論は認めんというヤツもいる。だが俺たちはオンリーワンでありたい! 推しが被ったら戦争になるだろうが!」
「ウキーッ!」
「は……はぁ……」
かなり珍しくドン引きしているレイチェルにも気づかず、ハイテンションのエリオットとヘイリー。
「エテ公貴様、来月のライブは行くのか?」
「ウキー」
「そうか、チケットは取ったが行けるかはレイチェルの予定次第か。おいレイチェル、たまにはエテ公に頼らず休みをくれてやれ。大事な用がある時は部下の都合に合わせてやるのも上司の度量だぞ?」
「はあ……殿下にそんな事を言われるとは思いませんでした」
置いてきぼりのレイチェルを尻目に、同好の士が見つかってハイになってるエリオットがサーベル代わりにスティックライトを引き抜いた。
「そうだエテ公、せっかくなので俺たちの特訓の成果を見せてやろう!」
「ウッキー!」
「え? 何?」
何が始まるのかわからないレイチェルを置き去りに、ヘイリーが急いでラジカセを持ってきてCDをセットする。取り巻きたちが両手にスティックライトを握って、ポーズをとるエリオットの後ろにキレイに並んだ。
「あの? 何が始まるの?」
「ウッキー!」
「レッツ、スタート!」
説明はない。訳が分からないレイチェルが頭にクエスチョンを浮かべたまま眺めている前で……軽快なポップが流れ始めるとノリノリな男たちが一斉にライトを振りかざし、キレッキレなオタ芸を踊り始めた。猿に見せるために。
「なんなのっ!?」
「ウキャー!」
「ヘイリー、ちょっと、説明して!? コレ何をやっているの!? ジョージも!?」
「一気に3曲行くぜぇぇぇぇッ!」
「オオオゥッ!」
「殿下もどうしたの!? ジョージ!? サイクス様!? ヘイリーも、あの、コレなに~っ!?」
困惑しかない公爵令嬢の前で王子と貴族令息たちが忘我の境地で踊り、猿が興奮して跳ねまわる。薄暗い地下牢なので、宙を切るスティックライトの眩い光の帯が実に綺麗。
目の前で何が起きているのかさっぱりわからないレイチェルにも、一つだけわかったことがある。
これ、他人に理解してもらうつもりがないヤツだ……。
一人の少女を取り残して、男たちの狂宴はいつまでも続いた。
書いといてなんですが、アングラ感が溢れていた電気街の最盛期って私知らないんですよね。今はオタク街も斜陽傾向で、オフィス街になりつつある気がします。例のグループはそもそもよく知らないのですが、握手券ってどういうシステムなんですかね? 抽選? 十枚で一回?




