31.王は断罪する
すいません、また通信系がおかしい……。
最後なのに締まらないですね。
王宮へ、ついに国王夫妻が帰ってきた。
近衛の隊列に挟まれ静々と進む馬車を、宮殿で留守を守っていた文武百官が歓呼で出迎える。
「はっはっは、なかなかの歓迎ぶりだな」
主君の帰着を喜ぶ廷臣たちの熱烈な声に、慣例とはいえ国王も相好を崩した。これだけ歓迎されていると、自分がさも人気があるかのように思えてくる。
王妃も微笑んだ。
「今回は長く留守にしましたからね。やはり陛下の存在は大きいと実感したのでしょう」
「これで一週間もすると、やはりいると息苦しいとか言い出すのではないか」
「まあ、陛下ったら。臣下の忠誠心を邪推するものではありませんわ」
「ははははは」
ゆっくり進む車窓からは、王の馬車を出迎えようと次々官吏や武官たちが駆けつけるのが見える。沿道に並ぶ廷臣たちは心の底から喜んでいるように見えた。
……喜んでいるように見え過ぎた。
「……王妃よ。何か様子がおかしくないか?」
「……そんな気がしますわね」
出迎えの人々の手を振る様子に力が入り過ぎているというか……ただの出張帰りの出迎えというより、凱旋パレードでも見るような……いや、むしろ絶望的な籠城戦に救援に駆けつけた援軍を見るような……。
「もしかして……エリオットの騒ぎで……」
「……部屋に戻って落ち着いたら、確認しましょうか」
なんとなく気まずい思いを乗せて、行列は熱狂的な歓迎の中を進んでいった。
両親の帰還を侍従に知らされ、エリオット王子は表情を引き締めた。
「ついに父上と母上が帰って来られたか……よしっ! 事がここまで来た以上は、もはや誠心誠意レイチェルの非道を訴えるのみ!」
昨晩、問題の悪役令嬢がうっとおしいので暗殺未遂しちゃった男とは思えない決意だ。
「さっそくでございますが、一時間後に謁見の小広間で先日の婚約破棄に関する裁定を行うとの事にございます」
「うむ。俺も直ちに向かおう」
「ははっ。……押した方がようございますか?」
「ああ、頼む!」
エリオットの車椅子は、侍従に押されて執務室を出て行った。
国王夫妻と両親の帰還をソフィアに知らされ、レイチェルは軽く伸びをした。
「そうですか……もっとゆっくりしてきてもよろしかったのに」
レイチェルの顔に、“めんどくさい”と書いてある。
「欠席裁判も宜しくないかと思いますが」
「そうですねえ……仕方ありません」
とりあえず室内着を散歩着に着替えた。
「……参内するにはまだ軽装過ぎませんか?」
ソフィアに指摘され、レイチェルはふふんと鼻を鳴らした。
「私は牢に入っているのだから礼装を着ている方が変です。人に会える程度の服装ならいいのです」
「その心は?」
「礼装なんて着てたら、呼びに来るまで二度寝していられないじゃないですか」
レイチェルは再度布団に入りながら答えた。
表敬訪問や非公式な対談の際に使われる小広間に、三か月前に行われたエリオットの婚約破棄の関係者が集められた。
国王夫妻のほかは、レイチェルにエリオットとマーガレット。その他に宰相や大公、騎士団長や大臣などの主要な閣僚級の人々。それにファーガソン公爵夫妻。
以上。
「……これだけ?」
意外に少ないメンバーに、ちょっと肩透かしを食らった顔のエリオット。
全く黙ったままのマーガレット。
国王の顔付きと集まった人々の顔ぶれを見て、だいたいの所を察したレイチェル。
「うむ。別に公式な裁判をやるわけではないからな」
王が鷹揚に頷いた。
「さて」
玉座に座った王が全員の顔を見渡した。
「先日のパーティで起きたエリオットの婚約破棄以来混乱が続いているというので、ここらでカタをつけたいと思う」
重臣たちが口々に賛意を漏らした。特に大公がホッとした顔をしている。
待ちに待った瞬間に、エリオットが勢い込んで口火を切った。
「では父上、私から婚約破棄に至った説明を……!」
「ああ、それはどうでもいい」
口火を切ろうとしたが、水をかけられた。
「……はっ? なんと?」
息子の問いに国王は頬杖を突いたまま、もう一度繰り返す。
「だから、そんな事はどうでもいいのだ」
「いや……えっ? どうでもいいと申されましても……それを議論しに集められたのでは?」
「議論することなど別に無い。事実関係の確認などとうの昔に済んでいる」
国王がちらりと息子を眺めて口角を歪めた。
「余がのんびり温泉で遊んでいたとでも思っていたか?」
事実である。
「湯治で腹具合を治している間にも、情報を集めて分析を行っていたのだ」
部下が。
「今ここにおまえたちを集めたのはな……」
国王が座り直して足を組み替えた。
「余の跡継ぎに関して、内々に決定を申し渡す為である」
一瞬呆けていたエリオットが慌てて膝をついた。
「お、お待ちください父上! 王子の婚約破棄とその事情を、どうでもいいと申されましても……!?」
「正確には、その後の三ヶ月でどうでもよくなったと言うべきかな?」
国王がエリオットを見据えた。
「お前たちのバカ騒ぎについては、実のところ二週間で調べが付いた。お前たち以外の関係者に事実関係をあたり、裏付けの確認も簡単に済んだ。レイチェル嬢が虐めたなどと言う事実は無かった。前提条件が無いのだから、お前の行った婚約破棄とその後の対応は不当である」
「そんな……!? それは違います、だって……!」
「まあ聞け! そこまで調べが付いたところで、湯治中の我らの所にファーガソンが合流して善後策の協議が始まったのだ。それでどう荒立てずに事を収めるか検討している間に……それどころじゃなくなってきてな」
国王の視線を受けて、書類の山をワゴンに乗せた侍従たちが出てきた。
「エリオット。左の山が政庁や閣僚、各部署が余の所に寄越した報告書だ。右が余の放った裏の者が提出した、収集情報に関する報告書。そして中央の他の倍以上あるのが、レイチェル嬢が自分の手の者を使って父親に届けてきた現状報告。都を遠く離れた公爵が、現地にいるかのように状況を把握できる優れものだったぞ」
国王が厳しい目でエリオットを見据えた。
「で、お前の報告はどこにある?」
「……!」
国王の問いに、エリオットは答えを持ち合わせていない。
「基本的に余が留守中の連絡や問い合わせは政庁が寄越すことになっているから、おまえが日々の細々した問題を自分で余に確認する必要は無い。だが……将来の王妃と決められた許嫁を廃するような、おまえにとっての大事件が起こったのだろう? いち早く余に知らせ、自分の立場を説明する必要があったのではないか?」
「そ、それは……」
エリオットが喉を鳴らした。
「……あとでまとめて出すつもりでした」
「課題をため込んだ子供のような事を言うな」
国王は、四人目の侍従が盆で運んで来た書類を手に取った。
「これは各報告書から抜き出した、婚約破棄後におまえと手下どもが起こした事件と影響をまとめた物だ。あまりに数が多くて抜き出すにも苦労したぞ?」
部下が。
「これを読めば、おまえの政務がどれだけ滞っているかよく判る。レイチェル嬢への嫌がらせの準備、実行でリソースを取られ、その後は反撃されて被害を被って仕事どころじゃない。それの繰り返しだな」
「それはレイチェルが……!」
「レイチェル嬢はほとんどその場で反撃しているだけだな。自分で何か企んだ時も、指示だけで済んで自分は読書か昼寝、趣味の事をしていて……何それ羨ましい……おまえに手を取られていないようだ」
さすがの国王も、レイチェルがBL本の執筆に時間を取られていたことは把握していない模様。
「おまえがレイチェル嬢にかまけて仕事をしない事で、王宮の者どもがどれだけ迷惑を被ったと思っている。婚約破棄の後にするべきだったのは、レイチェル嬢にギブアップ宣言を出させることよりも他にあったのではないか?」
摘まんでいた報告書の抜き書きを侍従の持つ盆に放ると、国王はエリオットを厳しく見据えた。
「おまえは国政を見るのに能力も優先順位の判断も足りない。それを補うのがレイチェル嬢だったのだが、助力を頼むどころか好き嫌いで排除する始末だ。おまえが継ぐのが伯爵辺りなら、まだ好きな女との結婚を優先してもいい。だが、王にそんな贅沢は許されぬ」
「ち、父上……」
エリオットは視線を横にずらした。
「じゃあ、母上の事は……」
「話の腰を折るんじゃない!」
「いえ、単純に疑問に思ったんですけど。もしや父上は母上を」
「議論をすり替えるな!」
「そっくりそのままお返ししますよ!」
国王はエリオットの疑問を強引に打ち切ると、玉座から立ち上がった。
「我が息子たちは、どちらも上に立つ者として不安が残る。その点、性格は破綻しておるが執行能力が優秀なレイチェル嬢は、次代の治世を考えるに外すことはできん」
「誰が性格破綻者ですか」
「というわけで!」
「もしもし? 訊いてるんですけど?」
「エリオットがレイチェル嬢を娶れないというのならば、王太子には次男のレイモンドを置く」
「おーい、おーい」
「そんな、父上!」
「親子で無視しないで下さーい」
「これはもう決定だ!」
「王冠のルビー綺麗だな~、剥ぎ取って持って帰ろうかな~」
「それは止めて!」
レイチェルをなだめ、王が手を叩いた。
「レイモンド! 入ってこい!」
王の声に出席者が一斉に戸口を見た。呼び出しに合わせて第二王子が……入ってこない。
「?」
注目を浴びて居心地の悪そうな警備の騎士が、廊下に出て辺りを見渡す。
「あの、殿下はいらしていませんが……」
「呼んでおいたのに! レイモンドはどこへ行った……ああもう、兄弟揃って……」
「父上、横にいますけど」
「うわっ、びっくりした!」
よく見れば、エリオットを若干幼くしたような少年が玉座の近くに立っていた。
「お、おまえいつ入ってきたんだ!」
「最初からいましたが」
人々がよくよく思い返せば……。
「あ、いた気がする……」
「そういえば、最初からそこにいたような……」
「僕の認識、みんなそうなんですね……」
初登場、影が薄いのが悩みの第二王子。
「いつだって会場にはいたのに……」
初登場ではなかったらしい。
エリオットの小型版だけあって、レイモンドも金髪の見目麗しい少年だった。
「殿下が僕を狙ってる」新作は、ちょっとショタ路線に振ってもいいかなとレイチェルは思った。
「こんな伏兵が王家に隠れていたとは……!」
感心するレイチェルに憮然とした顔のレイモンドが返す。
「隠れてません。行事の時にはいつでも兄さまの横に出ていたんですけど……レイチェルお姉さま、その顔だと覚えていませんね……」
「すいません、顔を覚えていないどころか存在も覚えていませんでした」
「言っちゃまずい相手に堂々と放言するお姉さま、凄いと思います」
国王は威厳を取り繕うように咳払いし、ステルス次男に問いかけた。
「レイモンド。おまえはレイチェル嬢を妻とし王位を継ぐつもりはあるか?」
十四歳思春期は即答した。
「はい、もちろんです!」
目をキラキラさせて、少年は胸を張る。
「兄さまがいらっしゃるので僕に廻ってくることはないと思っていましたが……こういう事情でしたら、僕は喜んで王太子に成らせていただきます!」
エリオットは愕然として弟を見た。
「レイモンド、おまえ王位を狙っていたのか! ……影が薄いのだけが取り柄だと思っていたのに……」
「兄さま、影が薄いのは取り柄ではありません」
レイモンドは胸に手を当てた。
「正直王位などはどうでもいいのですが……憧れのレイチェルお姉さまと結婚できるのなら、要らない地位が付いてくるのも我慢します!」
「付帯条件の方が重要なんだからな!?」
「おまえ、あんなのと結婚したいのか!? 地獄を見るぞ!?」
エリオットの叫びにかき消され、国王のツッコミは無視された。
兄の忠告もどこ吹く風、レイモンドは夢見るように微笑んだ。
「あまりの影の薄さに、自分付きのメイドにお茶の時間を忘れられたり呼びかけても無視されたりした結果……僕は綺麗なお姉さんに冷たくされるとぞくぞくするようになったんです! レイチェルお姉さまなんか綺麗で胸が大きくてクール系で胸が大きくて……もう最高じゃないですか! ずっとあの方に無視されてみたいと思ってたんです。そしたら僕の存在丸ごと忘れているなんて……なんて素敵な方なんだ!」
「しっかりしろレイモンド! あれはクールじゃなくて他人に興味が無いだけだ! だいたい粗忽なメイドと悪魔みたいなレイチェルを一緒にするなよ!? プラムワインを舐めて大丈夫だからって、火が付く度数の蒸留酒をジョッキでいこうと思うな!」
「兄さま、御心配なさらず!」
レイモンドは自信ありげに薄い胸板を叩いた。
「僕はこれでも、家庭教師から“一を聞いて十知った気になる男”と評価されたんですから!」
「お兄ちゃん、おまえのそういう所がものすごく心配!」
国王は傍らの王妃に耳打ちした。
「なあ、今さらだが……どっちを太子にしても将来に展望が持てないのだが」
「それこそ今さらですよ」
王妃は扇子で口元を隠して答えた。
「だからこそのレイチェルさんなのでしょ?」
国王が手を叩いて注目を集めた。
「それでは諸君。レイチェル嬢とエリオットの破談は追認し、レイチェル嬢の許嫁は次子のレイモンドとする。合わせて王太子にはレイモンドを正式に決定し……エリオットは臣籍降下の上、リーフレーン伯爵の爵位を授ける!」
「それは……!?」
エリオットが呻いた。
国王が授爵を約束した爵位は王族に代々伝わる伝統ある肩書だが……領地は歴史的に重要なだけで狭く特別豊かでもなく、下手すれば豊かな地域の男爵に財力で負ける程度のモノだ。正直単体でもらう爵位ではなく……大公などの肩書に付属する従属爵位、または隠居する王族の年金替わりでしかない。
「父上! それではまるで、引退するみたいじゃないですか!」
「みたいじゃなくて、そのものだ馬鹿者! 政権に恨みを呑んで野に下る者に、反乱を起こすような力を残すわけにいかん。表に出るような失態を犯して廃嫡されるのに、名誉職とはいえ王族として遇されるだけありがたいと思え」
「しかし!?」
「ならば」
国王が抗議するエリオットに向けて、グッと身を乗り出した。
「おまえにレイチェル嬢の御機嫌取りをして、結婚を認めてもらう事ができるか? すでに天秤がマイナスに大きく振り切れている。レイチェル嬢にプラス評価される事は相当に難しいのは、わかるであろう?」
「ぐぅっ!?」
マーガレットを捨ててレイチェルに戻ること自体、エリオットの心理的にありえないのに……。
「それからエリオット。おまえは忘れているようだが……」
言葉の出てこないエリオットに、国王は今まで封じていた黒歴史を開放した。
「おまえが園遊会でスカートをめくって強烈なアッパーを返されて悶絶し、仕返しに石を投げつけて蜂の巣を投げ返された相手がレイチェル嬢だ。その専守防衛なわりに苛烈な報復に王妃が惚れてな、息子を傷物にした責任を取れと無理やり婚約を結んだのだ」
「……もしや、従兄弟のグローブナー伯爵を棍棒で滅多打ちにしたのも……」
「レイチェル嬢だ」
「……本当にもしかして、池で溺れる私に笑いながら石を投げつけてきたのも……」
「それは殿下の被害妄想ですわね。私、別に笑っていませんでしたわ。つまらない仕事を早く終わらせてデザートを食べに行きたいと思っていたのですもの」
「俺を殺すのがつまらない仕事だとッ!?」
「あら失礼な。私、人殺しが楽しい人種ではございませんわ。だから殿下はサクッと処理してブッフェに行きたかったのに、なかなか沈んでくれないから困ってしまって……ホント、数量限定のチェリーチーズケーキを食べ損ねたらどうしてやろうかと」
「おまえ物事の重要度がおかしいだろ!?」
「仕事の優先順位がつけられない殿下に言われたくありません」
涼しい顔のレイチェルに喰ってかかるエリオットに、国王が尋ねた。
「で、どうする? おとなしく隠居するか? レイチェル嬢に再チャレンジするか?」
「……俺、いや……私は……」
エリオットの脳裏を遥か昔の陰惨な記憶と、ここ三ヶ月の心労がよぎる。
車椅子から立ち上がりかけ、つんのめったエリオットは四つん這いのまま懊悩し……
「……リーフレーン伯爵を謹んでお受けします……」
心が折れた。
「さて、エリオットはかような仕儀に相成ったが……」
国王がマーガレットに視線を向けた。簀巻きのマーガレットの後ろに立っていた侍従が猿轡を外す。
「ぶはっ!? ちょっと王様、これはないんじゃないですか!? いくら何でも……」
「静かにしないと馬のハミを噛ませるぞ」
「静かにしてます」
さっきまでビタンビタン跳ねていた令嬢が静かになったので、王はいくつか質問をする。
「さて、ポワソン男爵令嬢よ。王子に必要な条件とは……何を思いつくかな?」
ぐるぐる巻きで転がされているツインテールは首を傾げた。
「えーと……顔?」
「……他には?」
「んー……金?」
「……他に?」
「まだ!? ううーん……あ、愛馬は白馬が良いです」
国王は皆に視線を戻した。
「見ての通り、この娘はある程度まで庶民として育ったために貴族の素養が足りん」
「それ以前の問題に聞こえましたが……」
宰相の疑問をスルーして、国王はビシッとマーガレットを指さした。
「この騒動を引き起こしたお主をそのままにしておくわけにはいかん。そこで有力貴族家に無期限で行儀見習いに出すことにする」
「ふえっ!? それだけでいいの?」
マーガレットが驚いた。エリオットの処分を今見ていて、半庶民の自分がどうなるかと思っていたのだ……さすがにそれぐらいわかる雑草娘。
「うむ。すでにファーガソン公爵には話をつけてある。しばらく娘に付けるそうだ」
出席者はしばらく考えていた。
マーガレットがハッとして気が付いた。
「それレイチェルじゃん!? 言葉飾ってるけど、あたしをレイチェルの玩具にするつもりね!?」
「何を言う。ちゃんとマナーも教える気はあるそうだ」
「その言い方だとついでだよね!? メインはレイチェルの玩具だよね!?」
国王が嘆息した。
「そうだな……こういうのははっきり言った方がいいかもな」
「なによ?」
「うむ。エリオットの不始末に、コイツを叩いただけじゃレイチェル嬢の気が収まりきらないのでな? そこでお主は人身御供で提供されることになった」
「はっきり言えば良いってもんじゃねーっ!? だいたいあたし未成年よ? 行儀見習いでも人身御供でも、親の許可が必要なんだから! ママがそんな許可出す筈がないんだから!」
マーガレットの叫びを受けて、国王が合図した。
「陪臣の身で恐縮ですが、失礼致します」
レイチェルの侍女、ソフィアが入ってきた。
「ポワソン男爵、並びに奥様にはお嬢様の行儀見習いについて許可をいただいてきました」
「そんなバカな!? ママは意味が判らないほど馬鹿じゃないんだから!」
パパは?
「はい、それでお手紙を預かってきています」
ソフィアが封筒を抜き出した。
「えー、『愛しのマーガレットへ。ファーガソン公爵様のお家へ行儀見習いに出すと陛下からお話が参りました。どうしようか迷ったんですが、承諾することにします』」
「嘘ッ!? そんなの嘘よっ!」
「『だって、承諾書にサインしたら今やってるアダム様主演の舞台の、プラチナチケットになってるプレミアムボックスシートを三日も押さえてくれるって言うんだもん。じゃあね、マナーのお勉強頑張ってね』……以上です」
聴いていたマーガレットが、今度は頭を床に打ち付けていた。
「そんなん出されたら認めるやろ!? あたしだって娘の二、三人ぐらい喜んで売るわ! ああーっ、だけど嫌あああ!」
急に停まったマーガレットが、ちらりとレイチェルを見やる。レイチェルは今まで見たこともないぐらいに、満面の笑顔で両手を広げていた。
「いらっしゃ~い!」
「やっぱやだあああああああああああ!!」
ヴィバルディ大公が、ほっと息をついた。
「これで終わったんかの?」
宰相もホッとした様子だ。
「そうですね……」
「もうエンリケを食われることもないんかの?」
「そうですね」
「猿にリンゴを食われることも?」
「そうですねえ」
喜びの涙を流して抱き合う二人。
「……叔父上、何があったのですか?」
報告書にはそこまで書いていなかった。
「ふむ、これで大団円だな」
満足げに言う国王……の後ろに気配がした。
「ロバート」
「?」
国王が振り返ると……サマーセット公爵夫人とマールボロ伯爵夫人が控えていた。
「これは叔母上。帰着のご挨拶が遅れ……」
「そんな事はどうでもよろしい」
サマーセット公爵夫人は、文字通り教鞭を手にしていた。
「ロバート、今回の貴方の判断・指示・伝達能力にいささか問題があった件について、裏でお話があります」
「いえ叔母上!? それにはわけが……!?」
「お話があります。裏へ!」
公爵夫人は鞭を一振りした。
「それとも……ここでズボンを降ろしますか?」
王の処断は下ったけれど、まだまだうるさい小広間を離れた場所で眺めながら……レイチェルは儚げな笑みを浮かべていた。
事件は一通り終わったでしょうか?
これで事態が正常化すれば一件落着。あとはなるようになるでしょう。
レイチェルは後ろ向きに、そっと一歩踏み出す。
私の役目も、これで終わりです。
だから……。
そっとテラスから出て行きながら、レイチェルは笑みを浮かべたままでもう一度謁見の間を振り返った。
皆さん……私はもう……好きなお方の所へ行っていいですよね?
「ああ、まったくもう……なあレイチェル、そろそろ失礼して……レイチェル?」
いまだハチャメチャな会場に辟易した公爵はもう家に帰ろうと思って娘に呼びかけた。レイチェルも三ヶ月ぶりに牢を出たのだ。家は懐かしいだろう。
……と思ったのだけど。
「レイチェル?」
レイチェルが立っていた場所には誰もおらず……開いた大窓から入る風に吹かれ、ただレースのカーテンが静かに揺られているだけだった。
「レイチェル!」
父の呼びかけにも答えず、レイチェルは幸せそうに寝返りを打った。
「こら、レイチェル! 起きなさい!」
「んー……せっかく人が気持ちよく寝ているのに、なんですか……」
「なんですかじゃない! 起きなさいレイチェル!」
ファーガソン公爵は鉄格子をガシャガシャ揺らした。
「なんでまた地下牢に入っているんだ! もう出ろ!」
「いやですぅ」
レイチェルは滑らかな布団の肌触りを楽しみながら、掛け布団を持ち上げてより深く潜り込んだ。
「今、誰にも邪魔されない所で大好きな方との逢瀬を楽しんでいるのです。邪魔するなんて無粋ですわ……」
「逢瀬?」
首を傾げる公爵の横で、ソフィアが冷静に尋ねた。
「お嬢さま、大好きな方とは……もしかして、布団の事ですか?」
「そうですぅ……私たちは愛し合っているのぉ……ぐぅ」
しばし宙を見て考えていたソフィアは、
「そうですか。それはよろしゅうございました」
考えるのを止めた。
「何を認めているんだ! もっとちゃんと起こさんか!?」
「お嬢様の喜びが我らの喜びです」
「コイツら腕利きに見せかけて、とんだポンコツだ!? おいレイチェル、起きろぉ!」
「ぐぅ」
令嬢の監獄スローライフは、いましばらく続きそうだった。
後書き(あっさり)
今まで読んでいただいた皆様、誠にありがとうございました。
書いたものにこれだけ人気が出たのは初めてで……思いがけない事でした。
細かい事はまた晩にでも活動報告の方へくどくど書かせていただこうかと思いますが、取り急ぎ一言お礼申し上げます。
そして告知です。
実は連載半ばごろから、出版者様から連絡を受けておりました。それも何社も。
題材は在り来たりの婚約破棄物なんですが……皆さま切り口が珍しいと評価して下さり、本にしてみないかとお誘いいただきました。
ありがたいことに話がまとまりまして、現在書籍化を目指して作業を進めています。
できるだけ早く製品化したいと思っています。
凄いですよ……紙の本になって絵が付きますよ。先日戴いたイラスト(ありがとうございました)に続いて目に見える形になります。ヘイリーやエリオッツが歌って踊ります(嘘).
ぜひ実現したいと思っていますので、今後進展がありましたらまた告知させていただきます。
本当にお読みくださった皆様、ありがとうございました。




