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30.王子は令嬢を暗殺する(予定)

ザマア3.5? 3が無いけど

 エリオット王子の執務室には、一種異様な空気が流れていた。


 やっと閉じこもっていた寝室から出てきたエリオットからは、追い詰められたチワワのような凶暴なオーラがダダ漏れになっている。

 全員集合を命じられた取り巻きたちは、今までにないエリオットの様子に刮目していた。


「諸君。いよいよ明日には、視察に出ていた父上と母上が帰ってくる。すでに前泊するティレルの街で投宿し、明日の昼前には王宮に着くと先触れがあった」

「おお、ついにお戻りに……」

「今回の視察旅行はやたら長かったな……」

「途中で陛下の具合が悪くなったらしいぞ」

 騒めく側近たちの会話を手を挙げて打ち切らせ、エリオットは先を続けた。

「初めの予定ではレイチェルに罪を自白させて父上の前に引きずり出し、婚約破棄を正式に承認してもらってマーガレットと新たに婚約するつもりだった。ところが……!」

 エリオットが両手の拳を振り上げ、力いっぱい机を叩く。

「あのとんでもない魔女は断罪に怯えるどころか、今に至るまで牢屋の中で好き勝手やりたい放題だ! アレに罪悪感なんぞ期待はしていなかったが、それにしたってなんで外にいた時より楽しく毎日過ごしているのだ!? おかしいだろう!?」

 取り巻きたちは顔を見合わせる。

 確かに王子の言う通りなのだけど、それはもう常々身に染みていることで……今さら全員集めて一から聞かせる必要性が判らない。

 皆が首を傾げる中、エリオットは続けた。

「それだけではない。父上たちの視察旅行が長くなってしまったおかげで、その間にレイチェルの手の者が暗躍し……奴に関わる様々な事件が、ことごとく奴に有利に働いてしまった。今では王宮の者たちは我々に聞こえる場所でさえ、レイチェルの肩を持つような発言をする始末!」


 正確に言えば彼らが話しているのは“王子が当てにならない”から“レイチェルの断罪は間違いじゃね?”という会話で、直接レイチェルの肩を持っているわけではない。

 むしろエリオットが万事そつなくこなしていれば出てくることの無い話題だったのだけれど、エリオットたちにはその区別がついていない……だってエリちゃん馬鹿だから。


「この状態で父上が帰って来られても、我々の勘違いで済まされてしまう可能性が大だ。冗談ではない! この三ヶ月の苦闘は何だったのだということになってしまう!」

 現状はそれどころじゃないのだけれど、エリオットの認識はそんな感じ。

「そこでだ」

 エリオットがやっと本題に入る。取り巻き一同、固唾を飲んで見守った。



「もう我慢がならん。レイチェルを今晩のうちに暗殺する!」



 いつも我慢してないじゃん……というツッコミはさすがに今は出てこなかった。


 エリオットの言葉の衝撃に、少年たちの間を無言の緊張が走った。

 今日の宣言はいつものモノとはレベルが違う。エリオットの追い詰められて狂気すら感じられる顔を見れば、王子が本気も本気で言っているのが判る。

 エリオットが伯爵令息を指した。

「貴様は武器を調達しろ。レイチェルは弩弓(クロスボウ)を持っている。最低でも盾を三枚と弩弓も三丁ぐらい、できれば止めを刺すのに長槍も三本ぐらい欲しい。三人連れて、直ちに準備せよ!」

「はいっ!」

 王子様は反対側に座っていた子爵家令息を見る。

「貴様は二人連れて、地下牢の出入りを見張れ。何しろ明日には父上がお戻りになられる。一般の出入りのほか、レイチェルの手下の出入りもあるかもしれん」

「はい!」

「明日の朝まで発覚を防ぐため、牢番が帰ったら決行だ」

「あいつ牢番のくせにほとんど夜勤しませんよね」

「そんなの今はどうでもいいわ。ではいくぞ!」

 エリオットの号令に、少年たちは一斉に執務室を飛び出した。


 そのちょっと後。

 お茶汲みをしていたメイドがカップなどを片付けて退出する。彼女は使用人用の作業通路に入った途端、その場に茶道具の載ったワゴンを捨てて走り出した。




 伯爵令息は仲間を連れて急ぎながらも、ついつい愚痴を漏らしてしまった。

「殿下も決起するのはいいとして……もっと早く言ってくれれば良いのに」

 今は夕方。

 ……そう、夕方である。決行当日の。

 多分牢番が帰るのはもうすぐの事。牢内の明かりが深夜についていても巡回の騎士に不審がられるだろうから、地下牢に押し入るにも時間がない。

「昨日とは言わないから……せめて昼前までに言ってくれれば、家から持って来れたのに」

 どうやって門番に通してもらうかは、まだ考えていない。だって僕たちエリオッツ。

 どこへ行く当てもなく、彼は仲間を連れて王宮内をうろうろ歩き回った。

「騎士団の武器庫から盗む? でも、警備がいるよなあ……」

 伯爵家のボンボンが人生最大の難問に悩んでいた時……ついて来ていた男爵家の三男が肩を叩いた。

「あれ! あれを見てください!」

「うん?」

 彼の視線の先……何かの倉庫らしい建物の脇に。盾が三枚と槍が三本、弩弓が三台壁に立てかけてある。中身の入っている矢筒もあった。

 壁に張り紙がしてあった。


『ただいま虫干し中 触るな! 近衛騎士団』


 少年たちは肩を叩きあって喜んだ。

「これぞ天佑神助だ!」

「良かった、ちょうどいいや! これを持っていけば殿下に叱られなくて済むぞ!」

 四人は人目が無いのを確認し、急いで武器を担いで逃げた。


 なんでぴったりの数だったのか?

 なぜ騎士団はこれだけしか虫干ししないのか?

 どうして見張りも置かずに、これ見よがしに放置してあったのか?

 少年たちは、そういう部分に疑問を持たなかった。だって彼らはエリオッツ。




 地下牢への警告は、さすがに直行した子爵令息たちの後になった。

 王子執務室付きのメイドからバトンタッチされた庭師は、地下牢を遠巻きに見る位置で一回停まって監視体制を確認した。


 大回りで一周ぐるっと周りを確認し……首を傾げた。

「入口しか、見ていない……?」

 聞いていた通り、貴族のお坊っちゃんが三人で地下牢を監視している。

 しているのはしているのだけれど、三人並んで突っ立って、入口扉だけを監視している。あの分では、先に同じ目的で配置されている騎士が横の茂みで困惑しているのも判っていない。

 正直罠を疑ったけど……どうみても罠になっていない。困惑するしかない庭師は、エリオッツのクオリティを知らなかった。


 とりあえず障害にならなさそうなので、庭師は裏手の換気窓に回り込んだ。裏手を監視する騎士が味方なので先に接触し、手短に用件を説明して周囲の警戒についてもらう。

 かがみこんで声をかければ、すぐにレイチェルが応答した。

「どうしたの? 直接緊急連絡なんて今までなかったのに」

「はっ、実は……」

 話を聞いたレイチェルは、少しの時間ですぐに結論を出した。

「では、武器はこちらで調達させたのね?」

「はい。念のために騎士団の中の者が、使い物にならない物を用意している筈です」

「ならばそのまま殿下たちにここを襲わせなさい。せっかく積み上げた状況証拠ですもの、この辺りで言い訳のしようもないものをドカンとやってもらいましょう」

「はっ!」

 レイチェルは庭師と騎士を交代させて、騎士団関係の指示を出していく。

「我が手の者を選んで宿直させる必要はありません。但し、当直の小隊長はこちらの者にさせなさい」

「地下牢の周りの監視は撤退させますか? 殿下は自分で監視させているのを忘れているみたいですが」

「そのままでいいです。事件が起きた後、なぜ今夜だけ監視を解いたのか問題になるかもしれません。むしろ忘れている殿下たちが押し込んでくるのを、騎士団詰所へ報告に走ってもらう役をやってもらいましょう」

「はっ!」


 エリオットたちが武器を手に入れて気勢を上げている頃。

 レイチェル側の準備も粛々と整いつつあった。




 空が闇に包まれる頃。

「行けっ!」

 エリオットの号令に、彼の取り巻きたちが一斉に地下牢へ雪崩れ込んだ。ドカドカと足音を立てて前室へ一気に押し入り、盾を構えた者の後ろに弩弓を持つ者がセットになって牢へ矢を向ける。

 最後に地下へ入ったエリオットが、余裕ぶって中へ声をかけた。平静に見えるけど、視線だけに狂気が滲んでいる。

「レイチェル、お前の事だから父上たちが明日帰ってくるのは聞いているだろう。明日父上と母上に無実を訴えれば、貴様を気に入っている母上が解放してくれると目算しているのだろうが……残念だったな。貴様が明日の日の目を見ることはない」

 ちょっと持って回って言い方だけど、レイチェルならば言いたいことは伝わっただろう。反応を楽しみにしているエリオットの前で……レイチェルが呆れ果てたとため息をついた。

「殿下ももうちょっと考えているかと思ったのですが……」

「は? なんだ? 俺が実力行使に出ることはないと思っていたか? 甘く見過ぎたな、俺はやる時はやる男だ」

「その“やる男”様に一応忠告しておきますけど……相手が避難するのは待たない方がいいですよ?」

「なに!?」

 慌てて前に出れば、レイチェルは積んだ木箱の後ろで弩弓を構えていた。つまり、盾一枚の自軍よりよほど固い陣地に立て籠もっている。

「なんでヤツが逃げ込むのを待ってたんだ!?」

「いやでも、いきなり撃ち込むわけにもいきませんし……」

「『動くな!』ぐらい言えただろう!」

「あ、そうか」


 手下の無能っぷりに怒りが収まらないエリオットに、レイチェルは忠告する。

「細部まで計画を詰めておかないからですよ……そういう粗忽で抜けている所を何とかしませんと、後々たいへんなことになりますよ? すでにお尻に火がついているんですから」

 囲まれてなお減らず口を叩くレイチェルに、エリオットは憎いというよりむしろ感銘を受けた。この心理は自分は有利な立場と誤解している人が、全能感に包まれて他人を下に見る時のアレである。

「お前が我々に囲まれて、未だにそんな口を利けるとは大したものだ。ははは、その心意気だけは記憶しておいてやろう。むしろ尻に火が付いているのは貴様なのにな」

「いいえ、殿下ですよ」

「ふっ、ホントに口だけ達者な奴だ……ん?」

 エリオットは、何かお尻に違和感を覚えた。

 振り返ってみると、ズボンの尻が燃えている。

 その下を見れば……いつの間にか回り込んだレイチェルのエテ公が、エリオットの尻めがけてマッチを構えていた。

「うおっちゃー!? あちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃ!」

 取り巻きたちが呆然とする中、エリオットは床を転げまわる。何が起きているのか気が付いた他の者が消火に参加したおかげで、エリオットのズボンが燃えた以外はパンツが焦げたぐらいで済んだ。お尻は明日医者に診てもらわないと判らない。

「お前のペットは何て事をするんだ!?」

「殿下は『リアルに尻に火がついてる』っていう、小粋なジョークじゃないですか」

「ブラック過ぎて笑えるか! 死ぬかと思ったぞ!?」

「いまから私を殺すって人が、何を生ぬるい事を……」

 レイチェルは手元に戻った猿と、顔を見合わせて一緒に肩を竦める。

「せっかくヘイリーがギャグをかましたのに……ユーモアが判らない人ですよね」

「ウキー」

「殺す! まずエテ公を殺す!」

 エリオットの指示で弩弓部隊がゆらゆら照準を変える中を、ヘイリーは木箱を駆け上がって換気窓から外へ逃げていった。

 



 お尻に穴が開いた間抜けな姿のエリオットが、肩を震わせて調子はずれの笑い声をあげた。

「ふ、ふふふふふ……レイチェル。貴様、俺を怒らせたな!?」

「ヘイリー渾身のギャグを潰されて、私の方が怒りたい気分です」

「ふざけるな!?」

 激昂したエリオットが取り巻きたちに構えるように命じた。レイチェルも弩弓の矢先を上げる。

 そしてエリオットが射撃を命じようとしたところで……一番扉に近い所にいた子爵家令息が恐る恐る声をかけてきた。

「あ、あの……」

「なんだ!」

 エリオットの怒声に首を竦めた彼は、それでも報告すべきと考えて外への扉を指した。

「あの……さっきから、外がやかましいんです」

「なに? ……見て来い!」

「は、はいっ!」

 慌てて階段を駆け上がった子爵家の次男は、勢いそのままに駆け下りてきた。

「で、殿下! 外で、猿が派手に花火をしています!」

「……は?」

 彼が何を言っているのかわからない。

 子爵家のボンが繰り返した。

「レイチェル嬢の猿が、さっきからロケット花火を上げているんです!」

 エリオットの後ろで伯爵家のドラ息子が呆然と呟いた。

「そういえば、アイツさっき自分でマッチすってたな……」




 猿の行動の意味を全員が理解したのは、その直後の事だった。

「全員武器を捨てろ!」

 地下牢へ、騎士団が雪崩れ込んできた。当直の騎士たちが完全武装で乗り込んでくる。

「な、なにごとだ!?」

 エリオットが叫ぶと、険しい顔の小隊長が返した。

「それはこちらのセリフです。地下牢でこれはいったい何ごとですか」

 すでに我らがエリオッツは何倍もの兵士に囲まれて武装解除させられている。

「き、機密事項だ! 無関係な貴様らに話す必要はない!」

「そうですか」

 エリオットが居丈高に怒鳴ると、騎士のリーダーはあっさり引き下がった。そして部下に向かって叫んだ。

「こいつらの持っていた武器を調べろ!」

「何!?」

「ついさきほど、虫干ししていた保管武器が無くなっているのが見つかりました。慌てて人数を動員して捜索していたところへ、この騒ぎです」

 兵士の一人が叫んだ。

「どれも見覚えのあるものです。盗難品です!」

「わかった。コイツらを騎士団詰所へ連行しろ! どういうつもりか、じっくり聞かせてもらおう」

「ひぃぃぃぃ!?」

 エリオットが呆然としている間に、取り巻きは一人残らず縄をかけられて引きずられていった。

「……な……」

 開いた口が塞がらないエリオットに、騎士の隊長が宣告する。

「殿下。関係者として、後で事情聴取させていただきます。宜しいですな?」

「……わかった。だが!」

 エリオットは奥に立て籠もるレイチェルを指した。

「コイツも牢に入っている身でありながら武器を所持しているぞ!」

 隊長がレイチェルを見た。

「殿下、なぜ御令嬢が武器を持っているんですかな?」

「なぜ? どうしてそれを俺に聞く!?」

 確実に信用していない目で、騎士は言う。

「我々の知っている限り、こちらの御令嬢は夜会の最中にいきなり拘束され、牢に入れられたと聞いています」

「ああ、そうだな」

「それが、なぜ武器など所持しているのですか? ドレスの下に弩弓が携帯できるとでも?」

「な、それは……」

 痛い所を突かれた。

「いや……牢内に準備していたのだ」

 隊長の視線は余計に厳しくなった。

「牢内に? 夜会で突然拘束されたのに? 着替え一つ持たない筈の令嬢が?」

「いや、見ろ! たっぷり物を持っているじゃないか!」

 牢内を見ても、騎士の反応は変わらない。

「そりゃ、貴人用の牢ですから家具ぐらいあるでしょう。まさか牢屋の壁飾りに弩弓があったとでも言うんじゃないでしょうな」

「き、貴様……!」

 言い返せないエリオットを置いておいて、当直の小隊長はレイチェルに声をかける。

「御令嬢、なぜ弩弓を所持しているのですかな?」

 言われたレイチェルはフルフルと震えている。

「で、殿下が……突然陛下がお帰りになる前に私を始末すると……。周りを囲んだ後に、武器の一つもないと外聞が悪いからと嘲りながら投げ渡されまして……私も黙って殺されるわけにもいかず、せめて形だけでも抵抗を、と……」

 うううとむせび泣くレイチェル。

「殿下……別件でもお聞きすることになりそうですな?」

完全に見る目は犯罪者に向けられるソレ。エリオットは慌てた。

「ま、待て!? そうだ、コイツを牢に入れた晩に、当直の騎士達もコイツが自分の荷物から弩弓を取り出したのを見ている! そいつらに話を訊け!」

「三か月前のですか? 我々もローテーション配置ですから、その頃の当直は二か月前に前線へ移動しています。あと四ヶ月で帰ってきますが」

「そんな!?」

 エリオット、この時大叔父と宰相も見ているのを忘れている。

 ……どちらにしても、レイチェルの息のかかった小隊長がエリオットの意見を容れるはずが無いのだが。

「と、とにかくコイツが武器を持っているのは問題だろう!?」

 エリオットの苦し紛れの言に、小隊長がレイチェルに向き直る。

「では御令嬢、外の連中は排除しましたのでそれを渡してもらえますかな」

「はい」

「えーっ!?」

 あれだけエリオットを苦しめた弩弓を、レイチェルは簡単に手渡した。




「では殿下。まさか逃げることはないでしょうから、詰め所でお待ちしておりますぞ」

「わかっている!」

 慇懃無礼に念押しした隊長に率いられ、当直の騎士たちは引き上げていった。

「くそっ、あの野郎……」

 騎士の王子を王子とも思わぬ態度に腹を立てながらも……エリオットはチャンスの到来を感じていた。


 今ならレイチェルを後ろから刺せる……。



 エリオットはまだ自分のサーベルを持っている。取り巻きの排除に成功して油断しているレイチェル。不意に投げつければ、急所に致命傷を与えられるかもしれない。

「よし……」

 こちらに背中を見せているレイチェルに向けて、サーベルを抜こうとエリオットが柄に手をかけた時……。

「よいしょっと」

 近くの木箱から、レイチェルが弩弓を取りだした。

「……は?」

 レイチェルは手早く弦を巻き取り、矢をセットする。

「準備オッケー」

「き、貴様……もう一台持っていたのか!?」

「殿下……」

 レイチェルが呆れたように頭を掻いた。

故障した(ジャムった)時の為に、予備機(セカンドガン)を用意するのは鉄則ですよ?」

「知らねえよ!?」

 なにそのベテラン傭兵みたいなセリフ。

「じゃ、ちょっとお話ししましょうか?」

 レイチェルが飛び道具なのに対して、エリオットのサーベルは間合いが足りないうえに投げつけてしまえば二撃目は無い。

 エリオットは急激に不利になった。




「まあ、お話しするのは私じゃないんですけどね」

 レイチェルが弩弓を引いた。

「?」

 意図が判らずエリオットが疑心暗鬼になっていると……後ろで扉が開き、階段を一人降りてくる音がした。

「いらっしゃい。この間新婚旅行に出かけたばっかなのに悪いわね」

「いや、いいんだ。ちょうどボクも用事があったから」 

 親し気なレイチェルの呼びかけに答え、エリオットの背後からありえない声が響いてきた。

「……まさか?」

 エリオットがさび付いた扉のように、ギリギリ音を立てそうなカクカクした動きで振り返ると。

「やあ殿下、久しぶり」

 黒髪をポニーテールにまとめた少女が立っていた。

「ボク、ちょっと殿下に聞きたいことがあって帰ってきたんだぁ」

 開いた瞳孔に狂気を宿して、元祖危ない少女はにっこり微笑んだ。

「この『殿下が僕を狙ってる』って本に書いてあるんだけど……嫌がるサイクスを殿下が無理やり食べちゃったって、本当?」

「え? いや、なに……その本?」

「サイクスに聞いたら、何やっても知らない、ホントじゃないって嘘つくんだよ? で、

しつこく聞いたらサイクスが入院しちゃったから……殿下に聞きに来たんだぁ」

 レイチェルが朗らかに注意した。

「マルティナ、殿下に訊くのはいいけど……見える所にヤッちゃ駄目よ?」

「わかっているさ。五体満足で返すよ」

 マルティナがどこかからもぎ取って来た机の脚で、自分の掌をパシパシ叩く。

「それでは殿下……時間は有限です。サクサク答えてくださいね?」

 夜が更けるまで、男の叫び声が裏庭に木霊した。

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― 新着の感想 ―
[一言] それ書いたの目の前で牢に入ってる人ですwww
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