28.変態は猿と飲み交わす
ザマア2.5……なのかな?
エリオット王子は不機嫌の極みであった。
「くそっ、レイチェルめ……ただじゃ済まさん!」
後ろを振り向き、取り巻きの伯爵令息に声をかける。
「マーガレットの容態はどうだ!?」
「思わしくありません。相変わらず重篤のままです」
暗い顔で首を振る少年。エリオットはより激しく悪態をつき始めた。
「くそっ! あの悪魔め、今すぐひねり殺したい……! マーガレットをこんなにしやがって……畜生! ああ、あの疫病神を今すぐ退治する方法はないものか!? ああもう、地下牢に火をつけて焼き殺してしまいたい!」
絶叫して……そして肩を落とすエリオット。
その後ろでは。
「うへへへへ……アダム様の見事な腹筋……ああ、素敵だったわ……」
幸せな時間を過ごしたマーガレットが、よだれを垂らしそうな顔で夢見心地になっている。あれから三日経っても魂が抜けたままだ。
暗澹たる表情の伯爵令息が報告する。
「最悪のケースを想定しますと……このままアダム・スチュアートの追っかけになる可能性も……」
「なっ!? そ、それだけは何としても阻止するんだ! くそう、なんでこの手の病気は医者がいないんだよ!?」
叫んでは備品に八つ当たりしているエリオットを見ながら、取り巻きたちは声を潜めて囁き合った。
「このままだと、午後にはホントに地下牢へ火をつけに行きかねないぞ?」
「ああ……だけど実際に火をつけるのは俺たちの役割だよな?」
「そりゃそうだろな……さすがに嫌がらせで人を殺すのは……」
「なにか、適当なうっぷん晴らしが無いかな……」
エリオットが気が付かない所で、ゴショゴショ相談する側近たち。
「うん、これでいこう」
「そうだな。適度なガス抜きになるだろう」
「よし……殿下、ちょっといいでしょうか?」
打合せの結果を持って、代表のボランスキー侯爵令息が手を上げる。
「なんだ!?」
「はい、増長しているレイチェル嬢に一発お仕置きをしませんか?」
「……ほう?」
気が立っているエリオットをなだめながら、ボランスキーたちは計画を説明する。次第に乗り気になるエリオットに安堵しながら、取り巻きの少年たちは目配せを交わし合った。
「よし、それで行こう! 今晩さっそく決行だ、準備をすすめろ!」
「了解!」
少年たちは気が付かなかった。
風にそよぐカーテンに張り付く小さな物体に。
「ウキー!」
「お帰りなさい。今日はどこまで遊びに行ってきたの?」
換気窓から入ってくるヘイリーをレイチェルは優しく迎えた。おサルは抱っこされて一通りブラシをかけてもらうと、満足してサイドテーブルに乗り移る。
「ウキー、ウキ、ウキ?」
ヘイリーはこめかみの横で指をくるくる回し、最後にグーパーする。
「ああ、エリオット殿下の所に行ってきたのね?」
ヘイリーはさらに、そこにあったペンを取ってお尻を握り、片手でマッチを擦って着火する真似をする。
「うーん、花火を持ってきて窓から放り込むつもりかしら」
ヘイリーが頷く。
レイチェルはヘイリーを抱き寄せると、頭を撫でながら囁いた。
「ありがとうヘイリー、これで対策できるわ。ちょっと監視係の所までお使い頼める?」
「ウキャッ!」
そっと地下牢のある建物に近づく一団があった。
「灯りは消えているみたいですね」
「ああ。ヤツは寝入りばなか……ちょうどいい」
エリオットたちは扇状に散開しながら地下牢の換気窓に近寄り、そっと持って来た燭台を降ろした。一緒に買ってきたばかりの包みも広げる。
最新の玩具に、こういう時に便利なロケット花火というものがある。火をつけると不安定な軌道で飛んでいき、火薬が燃え尽きる直前に音を立てて爆発するという……まさにレイチェルの牢屋に打ち込むために作られたような玩具だった。もっと大きければ兵器にもなりそうな代物だが、今のところは音で脅かす以上の破壊力はない。
だが、今日のような目的には好都合だ。
「くくく……ヤツの慌てふためく姿が見えるようだ。よし、放て」
「はっ!」
大量に買ってきたロケット花火の袋を破り、一本目を取り出して火をつけ……ようとしたその時。
パパシュッ!
換気窓から軽い破裂音が聞こえ……今まさに火をつけようとしているロケット花火と同じものが、向こうからこちらに飛んできた。何本も。
「うぉっ!?」
「なんだ!?」
こちらは広がって窓を囲んでいるので、あちらにしてみれば乱射してもどこかに当たる。次々と発射されるロケット花火がこちらの陣地で炸裂しまくる。
「くそっ、先手を打たれた!」
「レイチェル嬢は一人でなんでこんなに撃てるんだ!?」
こちらも七、八人で懸命に撃つのに、そもそも換気窓に届くのも珍しく、片っ端から明後日の方向へ飛んで行ってしまう。
「なんで……!?」
「おい、全然効いてないぞ!?」
エリオット側は目論見と真逆に自分たちが大混乱に陥った。
「なかなか面白いわね、これも」
レイチェルは初めから波板にセットされたロケット花火に次々火をつけていた。着火してしまえば波板の溝に添って勝手に飛び出していく。ロケット花火を扱ったことが無く、手持ちで火をつけてから離しているエリオット側よりよほど命中率が良い。
「ウキー!」
横で次の板に花火を並べているヘイリーも嬉しそうだ。
「そろそろ特製花火も出しましょうか」
「ウキッ!」
「落ち着け! どうせ相手は一人だ、皆で一斉に狙えば押し勝てる筈だ!」
エリオットが動揺を抑えようとしているそこへ。
スパパパパパパパパンッ! ドゥンッ!
今までにない派手な音を出す一発が弾着した。
「なんだ!?」
「おいっ、音も威力も違うぞ!?」
次々飛来する中、見習騎士をしている男爵令息が飛んでくるシルエットから正体を見極めた。
「ロケット花火を束にしてるぞ! 三、四本まとめた上に……爆竹までくくってやがる!?」
「そんな手が……!」
花火にそんな威力はないと判っていても、やはり近くに着弾すると一瞬怯えてしまう。しかも音も破裂も、自分たちの持っている物と桁違いでは……。
一人に七、八人で撃ち負けるという沽券にかかわる事態が発生中。
そこへさらに、次の悲劇が襲い掛かった。
「あれ?」
次の一発を取ろうとした一人が、手元にあった筈の花火の包みが無いのに首を傾げた。周りを見回すと……何袋か集めて、まとめて導火線に火をつける猿の姿が。
「あ、おい待て! そんな状態で火をつけたら……!?」
猿が飛び退くのと同時に、構えもしないで火をつけたロケット花火が支離滅裂に飛び散り始めた。
「うわぁ!」
「おい、逃げろ!?」
足元であらぬ方向へ走り回り、滅茶苦茶に飛び回って爆発するロケット花火。混乱を助長させるように猿が爆竹に次々火をつけ人が固まっている辺りに放り込む。
そして、彼らに最大の悲劇が訪れた。
やっと静かになり、へとへとで座り込むエリオットの横に、不意に人影が現れた。
「……?」
エリオットが顔を上げれば……女官長。
「殿下……先日お叱り申し上げた話を、全く聞かれていなかったようですね……?」
「あ、いや……」
「お説教の場所は、執務室で宜しいですね。それとも……夜直が働いている中、正面玄関で正座しますか?」
「……執務室で」
「酷い目にあった……」
エリオットはトボトボと居室まで戻ってきた。
お説教を延々食らい、その後計画が甘い手下どもを叱り飛ばして、もう色々精神的にやられた状態で……すぐに寝たい。もう何も考えず、ベッドに倒れこみたい。
リビングで上着を脱ぎ、もうシャツのまま倒れるつもりでベッドルームの扉を開けた時……今晩最後の悲劇が襲った。
エリオットが扉を開けたら……猿がいた。
「はっ?」
どう見ても猿がいた。しかも、向こうもハッとした顔で……手にたいまつを持っている。
「え? おまっ、ちょっ!?」
猿は手にした火をエリオットに投げつけて、怯んだすきに脇から逃走した。
「くそっ、衛兵! 放火猿が出た!」
自分でも何言ってるかわからない言葉が出てきたけど、猿が火を持ってエリオットのベッドルームにいるなんてそれ以外考えられない。
「レイチェルめ、いきなり放火なんて手に出て来るとは……!?」
王宮で白い毛の小型の猿なんて、あのバカのペットしかいない。エリオットは猿に投げつけられたたいまつを踏んで消し、どこに放火されたのか慌てて室内を確認した。
結論から言えば、猿は家具に火をつけていなかった。
室内に放火するつもりはなかったらしく、燃えている物はなかった。但し……余計なものが増えていた。
「なんだ、こりゃ……?」
エリオットがベッドルームに入ってみると、床のあちこちに鍋が転がっている。その数はおよそ十。
一枚板を置いた上に松脂と木くずを混ぜたものが積まれ、その上に鍋が置かれていた。猿が火をつけていたのは、その混合燃料らしい。中火でじっくり過熱されつつある大鍋には、見たところトウモロコシの粒と油が入っていた。
エリオットはポップコーンを知らなかった。
彼が何かのアクションを起こす前に(そもそもすぐに消火活動しても、簡単には消えなかっただろうが……)、最初の鍋で一つ目の粒が爆ぜた。
ポンッ!
「え、何!?」
そこからは加速度的に広がっていった。
スパパパパパパパパパパパパパパンッ!
よく判らない白い粒が飛び跳ねる。
あっと言う間に数を増したそれは、まるで下から上に雹が降るみたいに激しくエリオットにぶつかってくる。
「痛いっ、痛いっ! なんだこれは!?」
そして辺り一帯に広がる香ばしい油の臭い……。
駆け付けた警備の騎士たちもどうにもできず。見たことが無い代物なので、いきなり水をかけていいのかもわからない。
駆け付けた女官長にキレられている間も白い粒は増え続け……よく判らない爆発が収まった頃には、エリオットの部屋は白い粒で見渡す限り汚染されていたのだった。
疲れ果てたボランスキーは裏庭に近い通路を歩いていた。途中で一休みしたくなり、回廊の段差に腰かけて一息つく。
「はー……疲れたなあ」
今日の徒労感は特にひどい。まさかレイチェル嬢がロケット花火で反撃して来るとは……あんなものまで最初から持ち込んでいたのだろうか? やはり恐るべき令嬢だ。
「ああ……どうせご令嬢に振り回されるなら、ペタなら尽くしがいもあるのだが……」
レイチェル嬢は正反対だ。おまけに背は高いし綺麗系だし、かわいい感じは全くない。
「おなじナチュラリズムに溢れているとはいえ……やはり、マーガレット嬢の方がいいな、うん」
一人で納得し、ふと前を見ると……猿がいた。背負い籠をしょって、たまたま通りかかったという風情だ。名前は確か……。
「……ヘンリー?」
たしかレイチェル嬢のペットじゃないか? コイツは。
「ウッキー!」
猿は懸命に首を振るが、こんな猿が二匹も王宮にいると思えない。なぜかたくなに否定するのかわからないが、まあ殿下と違って猿まで虐めるつもりはない。
「別にうろついていても構わないが……変な所で悪戯するなよ?」
猿に理解できるかわからないけど、一応忠告はしておいた。さすがにボランスキーも、すでにエリオットの部屋で盛大にやらかしてきた帰りだとはわからない。
「うん?」
気が付けば、ヘンリーがこっちの顔を覗き込んでいた。どうもペットというのは、気にしない人間がいると逆に気になるものらしい。
ヘンリーは背負い籠を降ろすと、中からオレンジを出してきた。ボランスキーに差し出してくる。
「ウキー」
「なんだ、くれるのか? おまえ、イイやつだな……」
ヘンリーはオレンジを渡すとボランスキーの横に腰かけた。『話があるなら聞くぜ?』といった感じで見上げてくる。
「なるほど、こうしてみるとペットというのも可愛いものだな」
言葉を理解しているのか分からないが、なんとなく愚痴りたい気分だったボランスキーはヘンリーに訥々と愚痴をこぼし始めた。
「というわけでな。これでも頑張っているのだけど、なかなか成果が出ない……」
猿は判っているのかいないのか、ウンウンと頷きながら聞いている。途中話が切れた所で『ちょっと待っていろ』というボディランゲージをして中座し、一旦姿を消したかと思えば……帰ってきた時にはウィスキーのミニボトルとグラスを持っていた。
「ウキッ!」
二つのグラスを並べて器用に琥珀色の液体を注ぎ、一つをボランスキーに渡してきた。
「ウキー!」
「おい、これどこから持って来たんだ?」
「ウキキッ!」
「え? ご主人様の? 怒られるのは俺だけだからお前は気にするな? ヘンリーおまえ、男前だなぁ……」
感心したボランスキーはありがたくいただき、お猿のヘンリーとグラスを合わせる。
猿なので実際には酒を飲まないけれど、こうしていると酒場で気の置けない友人に語っている気分になる。ヘンリーは間を見るのもうまいらしく、ボランスキーの話に頷きながらも減っていくグラスの中身をドンドンお酌してくれる。
いつしかボランスキーは泥酔しながらヘンリー(仮称)に勤め人のつらさを愚痴っていた。
「ホントに殿下は人の苦労も知らないでぇ」
「ウキキ」
「そう、そうなんだよ! はぁ、下働きの苦労を知らない人はいいよなあ」
「ウキ~」
「わかる? わかってくれる? そうなんだよぉ」
「ウキッ、ウキッ!」
「辞表を叩きつけて殴っちまえって? あはは、それができればなあ」
ほとんど一人酒だけど、愚痴を聞いてくれる相手がいるというのもいいものだ。なかなか貴族相手だと体面とかもあるので、たとえ妻が相手でも己を崩すのは難しい。
ボトルを空ける頃には、ボランスキーもだいぶ気分が良くなった。
「さて、それじゃ俺は帰るよ」
「ウキャッ!」
「あ? ああ、門からは馬車だから心配ない! うん、ありがとうヘンリー」
背負い籠に要らなくなった空きビンとグラスを仕舞っていたヘンリーが、何か固い布のようなものを差し出してきた。
「ん? これはなんだい?」
「ウキ~。キャキャッ!」
「いい物? だいたいの奴はこれで元気が出るって? ははは、宝物をすまないな、ありがたくいただいておくよ」
「ウキャー」
手を振るヘンリーと別れ、ボランスキーは満天の星空の下を歩きだす。
なんか悩みが全て押し流された気がする。これで明日から頑張れそうだ。
気分よく満月を見上げ、ボランスキーは目を細めた。
そして一個目の城門を通ろうとしたときに、あまりに怪しいので職務質問に引っかかった。
「ボランスキー侯爵家の御嫡男様ですか……お勤めお疲れさまでした」
慇懃な言葉と反対に、いかにも疑っているという顔の騎士はボランスキーの進路をふさぐように立っていた。後ろにももう一人いる。
「だいぶ飲まれているようですが……今日はパーティはなかったですよね? 殿下に勧められましたか?」
「いや、ついさっきそこで友人に勧められてな」
「ほう……王宮内で酒を勧められるお方というと……?」
「うむ、お猿のヘンリー君だ」
たぶん普段のボランスキーなら、事実であるにしてももうちょっと上手く立ち回っただろう。しかし今は飲んだ直後。しかもミニボトルとはいえ蒸留酒を一本空けていれば、普通の人間は泥酔と言っても過言ではない。
酒を出せる有資格者でないのが問題だったのか、それともお猿なのが問題だったのか? 尋問する騎士たちの目の色が変わる。
「……閣下、冗談を言っている場合ではないのですが?」
「冗談なんか言っていない!」
「そうですか。それで、どなたと飲まれました?」
「だから、お猿のヘンリー君だ」
「……そうですか。では、百歩譲って猿と飲んだとして。猿と酒を飲みながら何をしておられました?」
ボランスキーは酒の勢いで、胸を張って堂々と答えた。
「ああ、仕事の愚痴を聞いてもらっていた!」
「……仕事の愚痴を? 猿に?」
「ああ!」
「……猿はなんと?」
「うむ。よっぽど嫌なら辞表を叩きつけて上司をぶん殴って来いとな!」
「……猿が?」
「ああ、むろんだ。何しろあの場には私とヘンリー君しかいなかったからな」
「……そうですか」
前で質問していた騎士が、後ろの騎士に目配せを送る。後ろの逃走経路を押さえていた騎士はいったん離れ、城門から応援の兵士を連れてきた。
「ところで……閣下が持っているのはなんですか?」
さっきヘンリーにもらった何かを、ボランスキーはそのまま手に持っていた。
「そういえばこれ、なんだろう?」
広げてみると……女性が胸のふくらみを支える、アレだった。
「……小職には、女性物の下着に見えるのですが」
「うむ、アレだな。これはビスチェというやつだな」
「……どこから持ってこられたんですか?」
「これか? これはさっき飲んでいる時、ヘンリー君にもらったんだ」
「猿に?」
「猿に」
もう騎士は声も押さえず、ぞろぞろ来た兵士たちに騎士団詰所へ連行することを伝えている。
「いや、待て待て! ホントだ。これは猿にもらったんだ!」
「……一万歩譲るとして……なぜ猿が、閣下に女性の下着を渡したんですか?」
「それは君、友情の証としてだよ!」
尋問する騎士がもう一人に囁いた。
「おい、増援をもらった方が良いかもしれん」
「手配します」
「なんでそんな話になるんだ!」
「なんでならないと思うのかが不思議なんですが……では、質問を変えましょう。猿は友情の証として、なぜこれを貴方に渡そうと思ったんでしょうかね?」
「ああ、なんでも……もらったヤツはたいてい元気になるそうだ」
「おい、被害にあった女性がいないか調べろ。ここまでイっちゃってるヤツだ、高位の女性のものかもしれない」
「頭の加減を考えると、女性の年齢を限定できませんね」
「だーかーら、君たちなんで私をおかしな奴にしたがるのか!?」
「その物ズバリだからで……失礼。猿がくれたなどと申されるものですから」
「持ち主だってわかっているぞ!? これはヘンリー君が持って来たからにはレイチェル・ファーガソン嬢の物に違いない」
「何故そこで、返そうと思わなかったのですか?」
「ヘンリー君の友情が詰まっているからな!」
「おい、とりあえず地下牢に行ってファーガソン様に確認してこい」
「そもそもコイツを地下牢に入れるべきでは?」
「変質者とご令嬢を一緒にできるか!」
もう隠す気も無く堂々と本人の前で相談する騎士たちに、ボランスキーは抗議した。
「君たち、私が自分の趣味でレイチェル嬢の下着を盗んだと思っているのか!?」
「ええ、まあ。ありていに言えば」
「冗談じゃない!」
ボランスキーはプライドをかけて……そう、王国ペタリスト協会会長の威信をかけて発言した。
「ボクがレイチェル嬢の下着に興味を示すなんてありえない事だ! 僕はペタリストだぞ!? ささやかなふくらみにしか興味はない!」
「おいっ、人数を集めろ! こんなロリコン、逃がしたら大事だぞ!」
「君たち!? だから言っているだろう、僕はペタリストだと! なんでロリコン扱いされるんだ!」
「ここまでの話で、なんでロリコン認定されないと思うんだ!?」
「馬鹿か君たちは!」
信念の男ボランスキーは、押し寄せる警備兵たちに堂々と言い放った。
「ペタはささやかなふくらみを愛でる者! ロリは幼少時を愛でる者だ! 似て非なるこの二つは全然別モノなんだ! ただ一瞬重なるだけで、趣味嗜好は別モノなんだ!」
「はいはい、続きは騎士団詰所で聞きますから! はいっ、抵抗しないで!」
その日。
騎士に引きずられていく若手貴族を見た人たちは、彼がいつまでも悲痛な叫びを上げているのを目撃していた。
「違うんだ! 全然違うんだ! いいか、ペタはロリじゃない! ペタはロリじゃないんだぁぁぁ!」
地下牢に珍しく、統括の立場のソフィアが報告に訪れた。
「そろそろ国王陛下たちも都に着きますので、方針を打ち合わせたいと思いまして」
「そうね。陛下が帰ってきたらこの騒ぎもおしまいだし、最後にごたごたしたくないわね」
主たちが相談を進める横で、ヘイリーはさっき会った若者を思い出していた。
ヘイリーの名前を間違えて覚えている粗忽者だったが、泣いたり笑ったり面白い奴だった。よく判らない事をくどくど喋っていたけど、最後は機嫌よく帰って行ったので多分悩みは解決したのだろう。
最後に人間の男がみんな好きなのを渡してやった。ご主人様はたくさん持っているから、一枚くらいいいだろう。
あれで彼が楽しく暮らせたらいいな。
ヘイリーは小さな換気窓から、夜空の星を眺めた。
「殿下、料理人によればこれはポップコーンというものらしいです。食べられるそうですよ?」
「そんなの今はどうでもいいわ!? 畜生レイチェルめ、寝るどころじゃねえぇぇぇぇ!!」




