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27.令嬢はお楽しみ会を主催する

 エリオット王子はティーカップを置くと、頬杖をついて天井を見上げた。

「考えたのだが……レイチェルをやり込めるのに、ヤツと対立していたご令嬢たちに協力してもらうのはどうだろうか? 貶したり心を折ったりするのは女性の方が得意と聞いたことがある」

 ともにお茶をしていた取り巻きたちが一瞬静まり返り……一拍置いてざわめいた。

「殿下がまともな事を言ってるぞ……!?」

「そんな深く考えることができるなんて!?」

「なんだ貴様ら、その評価は!?」

 上から目線の手下どもに雷を落としながら……ジョージがいればツッコミを自分でしなくてよかったのにと、ちょっと泣きたくなったエリオットだった。


 そんなエリオットが粗忽な取り巻きどもを蹴散らすのを見ながら、ボランスキーは思っていた。


 え? 今頃思いついたの?




 閑話休題。


 レイチェルの代わりに私を! と売り込みが凄かった令嬢たちと、ファーガソン公爵家に対立する家の令嬢たちをリストアップした。三十人近くになる。

「よし! これだけのご令嬢たちに責め立てられれば、さすがのレイチェルも往生するだろう。くくく……よし、すぐに声をかけて回れ!」

「はいっ!」

 有効な手を思いついて気合いが入った男性陣に、マーガレットが恐る恐る声をかける。

「あの……なにもそこまでしなくても……」

「ははは、マーガレットは優しいな! だが、レイチェルはあの通りやりたい放題だ。この辺りで一発ガツンとやり込めなければ後の為にならん!」

「そうですか……」

 エリオットがやる気を出しているので、それ以上はマーガレットも言えない。


 まさか、“半分はすでに使いつぶしました、てへっ”とは言えない。




 使いに走った取り巻きたちが戻ってきた。

「殿下、ご令嬢たちにあたったのですが……どうしたわけか、殿下をレイチェル嬢から取り上げようとしていた方たちは、最近は軒並み家に閉じこもって、全然宮廷に出てこないようです」

「なんでだ? あんなに自分が自分がと、機会を見つけては売り込みに来ていたのに?」

 原因は彼の隣にいる。

「それと、家として対立派閥の方たちなんですが……今日はお茶会とかで、ほぼ王宮に来ているそうです」

「え?」

 エリオットは首を傾げた。

 王宮が広いとはいえ、そんな催しがあれば開催情報ぐらいは入ってくる。王子の自分が聞いていないのに、王宮のどこでそんな事を……。


 そこまで考えてエリオットは、最近の理不尽な出来事は大体一ヶ所で起きているのを思い出した。




 地下牢へ駆けつけてみると、扉の外へ机を出して牢番が一人座っていた。いつもの薄汚れた作業着にネクタイを巻いているのを見れば、また何か起こっているのは丸わかりだ。

「あ、殿下」

「今日は何だ!?」

 現実逃避している表情の牢番がチラシを一枚見せた。

「本日の面会は完全予約制となっておりやす。前売り券の提示をお願いしやす」

「面会の前売り券ってなんだよ!?」

「今日はお楽しみ慰問会となっておりやして……えーと、“無実の罪で牢屋に入れられている可哀想なレイチェル・ファーガソンの為に、本日は都でも一流の芸人たちが鍛えた芸を披露します”だったかな? あっし字は読めないんすけどね」

「貴様はなんで顎で使われて受付なんてやっているんだ!?」

「はあ……なんか最近、あのお嬢には逆らっても無駄だな~て思うんす……」

「牢番が囚人に調教されてるんじゃない!?」


 エリオットは牢番を押しのけて扉に手をかける。

「あっ! 殿下、チケットなしの入場は困りやす!」

「ええいっ、どけ! 貴様は自分の仕事を思い出せ!」

 エリオットを先頭に降りていくと……階段を降りたところに幕を巡らして楽屋が作られ、その前に小さなステージが設置されて手品師が奇術を披露していた。

「こちらの箱をノックしますと……はいっ! あちらの引き出しに入った筈のヘイリー君が現れました!」

 なぜかレイチェルのペットがアシスタントを務めている。

 喝さいを浴びながら気取ってシルクハットを脱いでお辞儀した手品師は、さっそく口上を述べながら次のネタを披露し始めた。実に手慣れた様子で、公爵家の家臣が化けているようにも見えない。

 ボランスキーが手を叩いた。

「あ、あれは今セントラルサーカスで大人気のジェームズ・マティスですよ! すげえ、自宅へ出張してくれるの初めて見た」

「自宅じゃないだろう、ここは!?」

 芸を眺める客席を見れば、所狭しと机と椅子が並べられて貴族令嬢が埋め尽くしている。円卓に数名ずつ座ってお茶会の態を取ってはいるけれど、ほとんど前を向いていてメインがどっちかまるわかりだ。

 エリオットたちが来ても気にせず舞台を食い入るように見ている令嬢たちに、さすがの王子もたじろいだ。

「お、おい……こいつら妙に熱中し過ぎていないか?」

「殿下……ここに並んでいるご令嬢方は身分が高すぎるので、街歩きなんかしたことないんですよ。大劇場のオペラを観劇したことはあっても、大道芸や大衆演芸みたいなのは親が見せてくれないんです」

「それでこの過熱ぶりか……」

 だが、そんなのは気にしていられない。

「おいレイチェル、こんな所で演芸会など許していないぞ!」

 激しいブーイングも構わず舞台前を突っ切って鉄格子の前まで行くと、中から鑑賞していたレイチェルが“意外な事を言われた!”と言いたげにびっくりしている。

「まあ殿下、私は演芸会など開いていませんわ」

「じゃあこれはなんだ!」

「これはですね」

 レイチェルは含むところなどないという感じでコロコロ笑う。

「お友達が面会に来てくれたところに、たまたま慰問が来まして……」

「簡単にバレる嘘をつくな! 貴様チラシを作って、チケットも前売りしていたそうじゃないか!?」

「あら、順番が逆だったかしら? まあ、些細なことですよ」

「この規模のどこが些細だ!?」


 エリオットがレイチェルと押し問答していると、ボランスキーが手品師に注意された。

「ちょっとお客さん、公演中はお静かに」

「あ、すみません」

「お静かにじゃない! 終わりだ終わり、さっさと片付けろ! 貴様も謝るな!」

 手品師をエリオットが追い立てると、万座の令嬢たちから激しい非難の叫びが上がった。

「横暴だわ!」

「一週間楽しみで寝れなかったのに!」

「うるさい! レイチェルの策略になんぞ乗せられやがって!」

 激しく抗議する令嬢たちに怒鳴り返すエリオットは、当初レイチェルに対抗する為に彼女たちを味方につけるつもりだったのを忘れている。

 そんな事をしているうちに手品師の後ろのカーテンが動き、おっさんがもう一人顔を出した。

「あれ? もう出番ですか」

「えっ、コメディアンのジョン・スミス? 物まねと替え歌が神ってると評判の!? うわっ、僕も見たい!」

「どうも~!」

「貴様の出番もない! ボランスキー、貴様も何しに来たんだ!?」




 部下もあてにならず、孤軍奮闘で追い出しにかかるエリオットの前に令嬢が立ちはだかった。

「殿下、せっかくのお楽しみ会の最中に何を騒いでくれていますの!?」

「そうですわ! 皆、今日を楽しみに指折り数えてきたのですよ!」

「む、ゴードン公爵令嬢にタフト侯爵令嬢か」

 エリオットに堂々と抗議をしてきたのは、どちらも父親がファーガソン公爵家と対抗している派閥を持つ実力者の令嬢だ。頭ごなしに命令すれば済むような相手ではない。

 面倒な相手に嘆息しなからも、エリオットは毅然とレイチェルの企みを封じにかかった。

「ここは牢だ! レイチェルは懲らしめる為に入れているのに、こんな催しなど……」

「そんな事はどうでもいいんですのよ!」

「そうです。御託はいいから、サッサと退いてくださいませ!」

「な、なに!?」

 言葉も終わらないうちに遮られ、目を白黒させるエリオットを実力行使で追い出しにかかる令嬢たち。

「早く帰ってくださいまし!」

「そうです! このままスケジュールが押せば……アダム・スチュアート様の出番が短くなってしまうわ!」

「えっ!?」

 キャサリン・タフト侯爵令嬢の言葉に、令嬢たちが総立ちになる。

「ちょっと殿下、早く帰って!」

「アダム様にいただくお時間が短くなったら万死に値するわ!」

「さっさと帰れ!」

「邪魔しないで!」

「ええっ!?」

 群衆のあまりの激しさに、思わず後退してしまうエリオット。

「あ、アダム様が!? 凄い、生で見られるの!?」

「マーガレット!?」

 愛する女の凄い喰いつきに、かなり傷つくエリオット。

「お、おい……こんなに熱狂するなんて、アダムなんとかって何者だ?」

 ボランスキーにコソッと尋ねれば、取り巻きからも知らないのかという目で見られる。

「中央劇場で今凄まじい人気を誇る俳優です。苦み走った甘いマスクにムキムキ細マッチョなボディと、大人の色気がダダ漏れのセクシー派です。都の女性はもうみんな釘付けですよ」

「え? 俳優がこんな狭い舞台で何をやるんだ?」

 戸惑ってボランスキーに聞き返せば、反対側からゴードン家のご令嬢が切羽詰まった声音で説明してくれる。

「アダム様はなんと、今日は特別にストリップショーをして下さるんですのよ!?」

「は?」

 エリオットはさっきから、言われる言葉が異次元のものに聞こえて仕方がない。

「男のストリップ?」

「男が見たがるような下賤な出し物と一緒にしないで下さいまし! 最後の一枚は死守するんですのよ!? でも、その鍛え上げられた肉体が余すところなく披露されて、それを間近で鑑賞できるこの幸せ……! 今日は皆、アダム様のブーメランパンツにおひねりを差し込む事を夢見て、夜なべしてお札を綺麗に折ってきたんですわ!」

「はぁ……?」

 全然理解できないエリオットへ、鼻息を荒くするマーガレットが足りない部分の補足をしてくれた。

「俳優ってやっぱり不安定な職業だから、貴族やお金持ちのパトロンを持つことが多いんですよ! でもアダム様は凄い売れているのもあって、愛人契約どころか個人宅の出張公演みたいな枕営業系の事(マクラ)はしないんです! それを自宅に呼んだうえに、御法度のストリップまでしてもらえるなんて……レイチェルさんの顔の広さ、凄いわ!」

「そ、そういうものなのか……?」


 エリオットにはよく判らない世界だ。

 しかしおかげで、居並ぶ令嬢たちの目が血走っている理由が分かった。レイチェルめ、金にあかせて人気俳優で対抗派閥の御機嫌取りとは卑怯な真似をしてくれる。

 なのでエリオットは、

「いいかね、君たち……」

 説得しようとして、

「さっさと引っ込め!」

「テメエの顔見に金払ったんじゃないわよ!」

「アダム様~っ!」

 心を折られた。


「な、なんだこいつら……」

「もう興奮しすぎて、相手が誰だとか家がどうなるかとは一切目に入ってないですね……」

「く、くそぅ……」

 処罰するなら全員の家に譴責をかけなくてはならないが……数が多くて、だれがどの家の娘か、確認し切れるかどうか。

 おまけに処罰理由が、ストリップに夢中で王子を無視したからとか……とても国王へ上申できない……。

 しかも。

「見たい~、アダム様見たい~!」

 マーガレットまで食われた。

「マーガレット!?」




 もっとも、そうは問屋が卸さなかった。

「ちょっと貴方、タダ見なんて許されないわよ!?」

「私たち苦労してチケット手に入れたんだからね!」

「そんな~……」

 前売り券を買ってなかったマーガレット、令嬢たちに排斥される。

「お願い、混ぜて~!」

「ダメッ!」

 でも諦めきれなくてワアワアやり合っているマーガレット。

「マ、マーガレット。そんなものを見なくても……」

 みっともないマーガレットをエリオットが連れ帰ろうと声をかけた……その時。

「まあまあ、みなさん」

救いの神(レイチェル)が降臨した。


「マーガレット様もやはりアダム様は見たいわよね」

「はいっ! 見たい、見たいです!」

「お、おいマーガレット……」

 レイチェルが一つ空いている椅子を指し示した。

「念のために予備で空けておいた席です。マーガレット様に提供しますわ」

「いいの!?」

「おい、マーガレット!?」

 聖母の微笑みでレイチェルが頷く。

「ええ。アダム様の笑顔の前には誰もが心奪われますもの。さ、同志マーガレットよ、お座りなさい」

「ありがとう!」

「マーガレットォ!?」

 エリオットの言葉も耳に入らず、喜色満面で座ったマーガレットにレイチェルが手を差し出す。載っているのは、金貨が二枚。

「そしてこれを授けますわ」

「ほえっ? 金貨?」

 令嬢たちが皆聞き耳を立てているのを承知で、レイチェルは声を潜めてマーガレットに説明する。

「アダム様は伸縮性のいいブーメランパンツ……おひねりはパンツに紙幣を差し込むのが定番ですが……硬貨、それも特に重い金貨なんておひねりにしたら」

「……したら?」

「良く伸びるパンツに重たい金貨……それはもう、すんごぉい事に……」

「すんごぉい事に!?」

 一斉に令嬢たちが色めき立つ。

「そこまで考えてなかったわ!」

「そんな……凄すぎる!」

「き、貴様ら……」

 呆れるエリオットが見回すと、マーガレットがレイチェルの前にひざまずいて恭しく金貨を受け取っていた。

「お、おい……マーガレット?」

「か……」

「か?」

「神は地下におられた!」

「マーガレット!?」




「おい、貴様らいい加減に……!?」

 事態を掌握する為に、声を張り上げようとしたエリオットだったが。

 その時うしろから、ムキムキの身体を無理やりタキシードに包んだ美青年が現れた。

「きゃあああああああああああああ!」

 エリオットの声なんか粉砕する、令嬢たちの黄色い雄叫び。

 いかにもダンディーな青年は、女の子をあしらい慣れたしぐさで投げキッスをしてニヒルに笑う。

「ハァイ、子猫ちゃんたち。すぐに開演するからちょっと待っててね?」

「おい、貴様も……」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 エリオットがアダムなんたらを呼び止めようとするも、後ろから襲い掛かる津波の如き裏返った黄色い声に押しつぶされる。

 注意しようにも、もう生アダム様を見てしまった令嬢たちの目にエリオットなんか入っていない。

「いい加減にしないと……!」

「アダム! アダム! アッダッムゥ!」

「……ねえ、聞いて……?」

「アダム! アダム! アッダッムゥ!」



  

 ヘロヘロになって出てきたエリオットたちを牢番が出迎えた。

「どうしたんで?」

「いや、殿下がね……」

 エリオットが這いつくばったまま悔し涙に暮れている。

「くそう……俺だってイケメンなんだぞ……きゃあきゃあ言われてたのは俺なのに……畜生、俳優ごときがぁ……」

「イケメン勝負で負けちゃってさあ」

「そういう勝負じゃねえよ!?」

「あー、相手が悪かったっすね」

「俺だって凄いよ!」

「そういう勝負じゃなかったのでは……?」

「そうだった!」

 どんどん本末転倒になっていってるエリオットに、牢番が集金箱を差し出した。

「すいやせん、殿下。あっしも立場があるもんですから……立ち見ってことで、いくらでもいいから払ってくれません?」

「当日券はないんだろう!?」

「殿下、また話がすり替わってます」

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[良い点] 「あっ! 殿下、チケットなしの入場は困りやす!」 「神は地下におられた!」
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