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24.令嬢は牢の中なので何もしていない

ザマアその2? 3? とりあえず2ということで。気持ちサラッと。

 だんだんレイチェルへの嫌がらせが、課外活動みたいになってきたエリオット王子たち。

彼らは今日も今日とて、地下牢の周りで準備を進めていた。


 今度こそはと期待に弾んだ声でエリオットが指示を飛ばしていると、肝心のレイチェルがヒョコっと換気窓から顔を覗かせた。

「サイクス様、いらっしゃる?」

「あ? 俺?」

 サイクスが換気窓に歩み寄った。

「なんだ?」

「先に謝っておくわね? ごめーん」

「それはマーガレットに言えよ!?」

 とはエリオットの言。

 レイチェルは王子様を無視して、サイクスに困ったように笑いかける。

「実はね、暇だからあちこちお友達に手紙を出していたら……マーガレット様の件でマルティナがね……」

「なっ!? おまえまさか、マルティナに知らせたのか!?」

 上司の元カノをおまえ呼ばわり。

「知らせたって言うか……来ちゃった」


 おとといの晩に牢まで来てくれてね~、とかレイチェルがあれこれ言うのを後ろに、サイクスが全力疾走で走り去る。

「お、おいっ、サイクス!」

「アビゲイル殿!?」

 他の取り巻きたちが慌てて声をかけるけど、その声も聞こえたのかどうか。

 一人事情に詳しいエリオットが青い顔をしている。

「レイチェル、貴様は何と言う事をしてくれたんだ!?」

「本題は私が婚約破棄されて捕まったってところだったんですよ? でも、なんでかマルティナはサイクス様がマーガレット様と仲良しだってところに反応しちゃって」

「当たり前だ! おいっ、全員直ちに王宮へ戻るぞ! サイクスが危ない!」

「え?」

 深く知らない取り巻きたちは、王子の慌てた様子に首を傾げた。




 騎士団の上層部が集まった会議室で、騎士団長のアビゲイル卿は立派な顎髭を撫でながら報告を聞いていた。

 そこへ、なにやら廊下の方からけたたましい足音が響いてくる。

 さすがにベテランの騎士達、ひどくうるさいけど足音は一人だと見当をつけた。

「何事だ? おい、誰か見て来い」

 隊長の一人に指示され、控えていた若い騎士の一人がドアに歩み寄り……そして扉を開ける前に、蹴破られた扉に吹っ飛ばされた。

「何事だ!?」

 一斉に剣を握って立ち上がった騎士たちの前に……酷く狼狽したサイクスが姿を現した。

「サイクス?」

 呆然と呟いた騎士団長(パパ)に気が付いたサイクスが手を出した。

「親父ぃ! 金くれ!!」

 何故か焦って小遣いをせびるバカ息子(サイクス)を前に、一斉にこめかみをさする騎士団上層部。深くため息をついたアビゲイル卿が代表して、動揺している愚息に語り掛けた。

「サイクス……おまえももう正騎士になろうというのに、会議室に乱入して公務中の儂に小遣いを請求するとは……いいかサイクス!? おまえはただでさえ、ファーガソン嬢の件で殿下を諫めもせずに従っていると非難を浴びているのだぞ? 許嫁だっているのに殿下の愛人にデレデレしおって、常識も無いのかと白い目で見られているのだ! またポワソン嬢にプレゼントか? そんな甲斐性があるのなら、まずマルティナに何か買ってやれ!」

 父の説教も素通しのサイクスが叫び返した。

「そのマルティナがレイチェル嬢の手紙を見て、来ちゃったんだよ! ここに! 説教は後だ、親父! まず逃走資金をくれ!」

 アビゲイル卿が懐から出した財布を投げ渡しながら、居並ぶ幹部たちに叫ぶ。

「騎士団集合、近接戦装備! 郊外の駐屯地からも兵を動員して方陣を組ませろ! 懐に入り込まれたら止められん、兵は攻城戦装備で大盾を持たせろ!」

 慌ただしく動き出す騎士たち。いきなり訪れた緊急事態に怒声が飛び交う。

「東部方面の管理官は何をしていたんだ!? エバンス嬢に監視を付けていたはずだろう!?」

「エバンスを配属した騎馬中隊が監視していたはずなんだ! 精兵四十人だぞ!?」

 アビゲイル卿は息子(サイクス)に北を指さす。

「サンドバレーの北方司令部に早馬を出しておく! 足りない金はそこから借りろ!」

「わるい親父! 生きていたらまた会おう!」

 とにかく身一つで雲隠れしようと踵を返すサイクス。


 だが。



「ボクが来ているのを知っているのに、会わずにどこへ行く気なのかな? なあ、サイクスぅ……」



 いつの間にか、扉の前に。

 長い黒髪をポニーテールに結わえた死神が、ゆらりと立ち塞がっていた。




「東方兵団の連中は何をしていたんだ……」

 幹部の一人が思わず呟いた言葉に、マルティナがヘラリと笑った。

「急いで出発しようとしたら、みんなが止めに来たから……二十人ばかり拳で“説得”したら、快く送り出してくれたよ……。でも説得に時間がかかって、おかげで来るのが遅くなっちゃった」

 アビゲイル卿が手をかざして待ったをかける。

「マルティナ……確かにサイクスの噂は気になっただろうが、おまえは騎士団に奉職した身。勝手に配置を離脱して会いに来るのは問題だぞ?」

 キッと騎士団長を睨んだマルティナが涙目で叫ぶ。

「枯れたおっさんには判らないかもしれないけど、サイクスが浮気したんだよ!? もう呑気に国なんか守っている場合じゃないよ!」

「お願い、そこは国を優先して!?」

「ボクはサイクスを守る為に騎士になったんだから! 騎士の誓いだって口の中では“国王陛下”を“愛しいサイクス”に言い換えていたんだ! ボクの剣はサイクスを守るためにあるんだよ!? しゃべった事もないおっさんなんかどうでもいいんだ!」

「それ騎士が言ったら一番ダメなヤツ!?」

 マルティナが一歩一歩サイクスに近づいてくる。

「サイクス……どういう事? ちゃんと話を聞かせてくれよ……?」

「あ、あの、なあ……」

 マルティナの後ろで、隊長の一人がハンドサインで指示を出す。控えていた騎士達がそろそろと動き、背後から一斉に飛びかかった。


 見えないほどの速度で抜いた剣を、左右にわずか一振りずつ。


 マルティナの左右に吹っ飛ばされた四人の騎士が呻いて転がる。

「あの速度で振った上に、剣を胸甲に当てて嶺打ちにしただと……!?」

 隊長の一人が愕然として呟いた。まともに見ていない中で、後ろから来る複数の兵の装甲部へ同時に当てるというのは神業に近い。

「ああ、相変わらずサイクスが絡んだ時だけ凄いな……」

「確かに……さすが“純愛の狂戦士(バーサーカー)!」

 幹部たちが囁き合う。マルティナは若手の有望株ではあるが、それでも普段の実力は見習騎士の上位五人に入るくらい。トップを争うサイクスより下の筈なのだが……サイクスに女の影がある時に限って、なぜか人間離れした暴れぶりを発揮している。

「辺境へしばらく離しておけば、頭も冷えるかと思ったんだが……」

「会えない分だけ悪化してないか? 前は問答無用で任務放棄して帰ってくるなんて無かっただろう……?」

 ひそひそ囁き合う人々が、チラッとサイクスを見やる。“もう結婚しちゃえよ”という無言の圧力に、例に無く青い顔のサイクスが反論する。

「じょ、冗談じゃないぞ!? 他人事だと思って……人に押し付ける(・・・・・)前に自分が結婚してみろ!」


 その時。

 観衆が一斉に「あっ……!」という顔をしたことで、サイクスは自らの失言に気が付いた。


 恐る恐る振り返る彼の視界にマルティナが入ってくる前に、まず彼女の渦巻く怒りのオーラが見えてきた。

 怖くてそれ以上首を回せないでいると、焦がすような灼熱の怒りと反対に……氷点下の冷たい響きを持った囁き声が聞こえてくる。

「サイクス……お願い、君とボクの仲だろう? なぁ、なにかボクに不満があるの? 言いたいことがあるなら言おうよ? ボク、正直に言って欲しいんだぁ……」

 サイクスも覚悟を決めて、恐る恐る呼びかけた。

「マルティナ、あのな……」

「いやッ! そんな話聞きたくないッ!」

「まだ何も言ってねえよ!?」

 話もできないうちに勢いよく尻を蹴られて、つんのめったサイクスは横転して床に仰向けに倒れた。

 這いずって逃げる前に、剣をだらんと垂らしたままのマルティナが目の前に仁王立ちになる。

「最近マーガレットだか何だかいう雌豚に、サイクスが夢中だって聞いたの……なぁ、サイクスぅ。ボクと結婚するよな? 養豚業者なんかに婿入りしないよねぇ?」

 マルティナの目を見れば、瞳孔が開いている。完全にイっちゃってる。サイクスは刺激しないように笑顔を浮かべて調子を合わせることにした。

「あ、ああ、もちろんだマルティナ! 俺は……」

「嘘言うな! サイクスがマーガレットとかいう盛りのついた雌犬に夢中だって、ボク昨日一日あちこちで聞いて廻ったんだから!」

 仰向けのサイクスにマルティナは馬乗りになると、襟首をつかんで拳を振り上げた。

「ボクが、遠征、先で、どれ、ほど、君の、事を、考え、ていたか、わかる!?」

 スタッカートが入る所で、ボクッとかメシッとか湿った殴打音が響く。

「ボク、はっ、君、だけ、を、あい、して、いる、んだっ! 他、の、女、なんか、みて、ない、で!」

 どんどん間隔が細かくなる。見てるだけの群衆は、そろそろサイクスが生きているのか心配し始めた。

「ボク、だけ、を、見て! こん、な、こと、で、殴り、たく、なん、て、ない、んだ!」

 延々続くので……そろそろ生きてるかどうかよりも、サイクスの遺体の首がちぎれないか心配し始めた観客たち。

「わかる!? 君も、痛い、かも、知れ、ない、けど!? ボク、の、ここ、ろの、ほう、が、痛いんだ!」

 馬乗りになった少女が悲痛に叫ぶ。

 それを聞いて廻りの人々は思った。


 “いや、絶対サイクスの方が痛いだろ”


 周囲の心は一つになった。




 マルティナが歪な笑みを浮かべたまま、短刀を挿している己の腰を探り始めた。

「ああ、サイクス……この世に他の女がいるからいけないんだね? さすがに世界全部の女は殺りきれないから、ボクたち二人で天国に行こうか? ふふ、永遠に二人だけだよ?」

 騎士たちが止めに入る順番を押し付け合い、マルティナが短刀を探り当てたその時。


 マルティナとは別の女の声が響いた。

「やめて! あたしの為に争わないで!」

 その場にいた人々が一斉に声の方を見ると……マーガレットがエリオットや取り巻きたちを引き連れて入ってきたところだった。

 騎士たちの顔色がさらに悪くなる。サイクス限定瞬間湯沸かし器に追加燃料が投下された!

 マーガレットを見たアビゲイル卿が叫んだ。

「逃げろポワソン嬢! もうマルティナは狂戦士(バーサーカー)モードだ!」

「はいっ!?」

 聞きなれない単語にマーガレットが首を傾げていると。

 ピクリとも動かないサイクスの上から、ふらりとポニーテールの女が立ち上がった。

「ほほう……おまえが雌豚で雌犬で泥棒猫の一人動物園か……」

「ひとっ……!? 誰よ、あんた!?」

 気丈に言い返すマーガレットの横で、取り巻きたちがビビっている。どう見ても目の前の女は普通じゃない。あきらかに正気じゃない。ちなみにレイチェルは正気だけど普通じゃない。

 目がイっちゃっている黒髪の女は、さっき投げ捨てた剣を拾うと歪んだ笑みを浮かべた。

「お見知りおこう、ボクがサイクスの許嫁のマルティナ・エバンスだ」

「はあ。どうも?」

 訳が分からずヘコッと頭を下げるマーガレットに、マルティナが一歩踏み出す。

「おまえに誑かされてひどい目に合わされたサイクスの為に……」


 “いや、ひどい目に合わせたのはおまえだし”


 騎士団一同は心の中でそう思ったが、賢明にも誰も口には出さなかった。

 彼らの考えている事なんか気にもせず、マーガレットだけを見ているマルティナの壊れた笑みがより深くなった。

「……おまえの首を取る!」

「危ないマーガレット!」

 次の行動を予測したエリオットがマーガレットにタックルして引き倒した頭上を、ギリギリでマルティナの剛剣が通過する。身体に遅れたツインテールの先端が数十本、鈍い剣先でまとめて引きちぎられた。

「あ痛ッ!」

「ちっ、逃したか!」

 マルティナの剣が手元に戻った後に状況を把握したマーガレットは、本来ならマルティナの剣が自分の胴を両断していた事を理解して青くなった。

「あ、あんた……危ないでしょ!?」

「当然だ」

 マルティナが剣を握りなおした。

「この世はサイクスに色目を使う雌犬が多すぎる。ボクとサイクスは天国で、二人だけで幸せに暮らすんだ」

「あ、そう?」

「だから、薄汚いおまえが追って来ないように……同じ天国に来ないように、今からみじん切りにして豚舎に撒いてくる」

「へえ……て、あたしを!? ちょっと待って!?」

「待たない!」

 じりじり迫るマルティナ。じりじり下がるマーガレット。

「話せば判る!」

「問答無用!」




 マルティナの頭が完全にイカれていることを理解したマーガレットは、脱兎のごとく逃げ出した。

 それを追いかけるマルティナは足元を見ていなかったために、タックルで倒れていたエリオットの頭を踏んづけて転倒する。

「ふぎゃっ!?」

「くそっ!」

 邪魔なものを蹴って急いで起き上がったマルティナだが、無駄にした十秒ほどの時間差でマーガレットは遥か向こうを走っていた。

「逃がすかッ!」

 追いかけっこをする女二人が出て行った後。

 金縛りが解けたように王宮警備の兵へ指示を出し始めた騎士団を後ろに……床に転がっているエリオットへ、ボランスキーがにじり寄った。

「殿下、御見事でございました! マーガレット嬢は元気に逃げてます!」

「そ、そうか……? はは、身を盾にした甲斐があったというものだ……それより誰か、鼻血が止まらないんだがチリ紙持ってないか……」




「逃げるな雌豚! 貧民街の施しのシチューより細かい肉片に変えてくれる!」

「そんな物になってたまるかぁ! 安物の豚肉とはキロ単価が違うわ!」 

 かみ合わないやり取りをしながら、スプリンター走りで逃走するマーガレット。

 簡易とはいえ鎧を着た上に長剣を振るいながら、そのスピードに追い付くマルティナ。

 二人の勢いと時々振るわれる剣の破壊力に恐れをなして、王宮中の廷臣が逃げ惑う。たまに待ち構えていた兵士たちが鉄張りの大盾で囲んで押さえつけようとするが……。

 マーガレットの後ろで、盾を押さえていた兵士たちが宙を飛ぶ。鉄張りの筈なのに、剣が当たった大盾がくの字に曲がって吹き飛んだ。

 

 やばい。このままでは千六本に切られてしまう。

 それは大根の切り方……って、誰が大根脚やねん!


 いやいや一人でボケとツッコミしている場合じゃない。マーガレットは息が切れる前になんとか隠れるところを探そうと、わざと狭い所を選んで逃走を繰り返した。




 ヴィヴァルディ大公は、賓客用の玄関に飾ってあった壺を宰相に見せていた。

「これが最近評判の若手陶工に注文して焼かせた大壺じゃ。なかなかであろう?」

「ほう……敢えて土色を残してグラデーションを楽しむとは……面白いですな」

「うむ、これは後世に残すべき作品だと自負しておる」

 そこへ宰相府の下僚が慌てた様子で走って来た。

「大公殿下! 宰相閣下! 至急避難してください! 狼藉者が宮殿内で暴れているとの連絡が……!」

 側付きの者が慌てて二人に退出を促す前に……台風は到来した。

「くたばれ!」

「やなこった!」

 ツインテールの少女が咄嗟に陰に隠れた大壺を、ポニーテールの少女が長剣で一刀両断にした。

 一瞬無傷に見えたが……直後に斬撃痕に添ってひびが入り、続いて衝撃波で爆発四散する。


 あっと言う間に行き過ぎてしまった嵐を見送り、大公は宰相に言った。

「……後世に残すべき作品だと、自負しておった(・・・)んじゃ……」




 マーガレットは知らなかったが、サイクスが絡んだ時のマルティナの暴走は有名だった。

 それを知っていた王宮の人々は自分の部屋に立て籠もり、扉が開かないように必死に押さえていた。ほとんどの扉があかず、たまに出て来る兵士は当てにならず、マーガレットは必死に人っ子一人いない廊下を走る。

「どっかに逃げないと……何か距離を取る方法はないの……!?」

「待てぇっ! 逃げるな雌豚がぁぁあぁ!?」

 後ろから怨嗟に満ちた轟く呻きが近づいてくる。そこらの怨霊より、実体がある分だけ余計に怖い。“一番怖いのは生身の人間だぜ?”というどうでもいい格言が、マーガレットの頭をよぎった。

 走り過ぎてもう余裕はない。一直線に続く廊下の先に、行き止まりのテラスが見えてきた。確かその向こうは大噴水のある広場だ。つまり、外。

 後ろをちらりと振り返ると、最初の半分以下にまで近づいたイカレ女が息も切らさず追ってくるのが見える。

「えーい、やったるわっ!」

 マーガレットはありったけの力で全力疾走すると、勢いそのままにテラスへ飛び出し……飛び乗った手すりを踏切台に、脚のバネを最大に活かして空中へ飛び出した。

 

 二階のテラスから空を飛んだ少女は綺麗な放物線を描き……かなりの距離を飛んで、噴水のある四角い池へドボンと落ちた。

 浮き上がったマーガレットは張り付く髪をかき分け、急いでテラスを見る。彼女に続いてテラスからジャンプしたらしいポニーテール(マルティナ)が、飛距離で遥かに及ばずテラス前の大理石の広場に叩きつけられるのが見えた。

「うしっ!」

 走るスピードは同等でも身一つのマーガレットと違って、鎧に剣と重量のあるマルティナは踏み切る力が遥かに必要になる。マーガレットでもギリギリな池まで、マルティナはさすがに飛べなかった。

 兵士たちが一斉に投網をかけて捕獲するのを眺めながら陸に上がったマーガレットは、今さらながら腰が抜けて、

「……あ~……そのうち死ぬわ……」

その場にグッタリと大の字になって寝転んだ。




 レイチェルは読んでいた本を閉じて、前室で座り込む牢番を眺めた。

「今日はずいぶん長い時間いらっしゃいますね」

「ああ……ここが一番安全そうなんだ」




 数日後。


 騎士団詰め所の端で、サイクスの膝に乗ったマルティナがラブい雰囲気を発散しながらイチャイチャしていた。

「ねえサイクス……ボクの事、愛してる?」

「ああ、もちろんさ」

「結婚式は、どんなドレスが良いかな……自信ないけど、マーメイドラインとか似合うかな?」

「ああ、もちろんさ」

 幸せバカップルそのものなマルティナの問いに、首に固定枠(ギプス)をはめて顔を腫らしたサイクスはからくり人形のようにガクガクと頷く。サイクスの返答が棒読みなのを除けば、その姿は無理すれば恋人たちがいちゃついていると見えない事も無い。


 公衆の面前で膝に乗っていちゃつくなど、マーガレットでさえやったことが無いふしだらな行いだけれど……詰め所にいる騎士は誰も咎めない。というか見えない振りをしている。サイクスと甘い時間を過ごしている(つもりの)マルティナにストップをかけるなど……自殺するなら城壁から飛び降りた方が楽に死ねる。

 

 窓の外からこっそり覗く首脳部の中で、騎士団長(サイクスパパ)は呟いた。

「このままマルティナの発作が静かに収まってくれればいいのだが……」

「もし何かの拍子に痴話喧嘩が始まれば、また再発して先日の二の舞ですよ……」

 

 先日の一件はマルティナが内乱罪一歩手前でレイチェルの代わりに入牢してもおかしくない騒ぎだったが……サイクスにも非があると言う事で許嫁間暴力(DV)の事は不問になっていた。

 いや、それを置いても抗命・戦友への暴力・王宮侵入・上官への暴言・宣誓違反・器物損壊・公務執行妨害・大公への不敬・男爵令嬢暗殺未遂の各現行犯と、三回ぐらい高い所に上がれる罪状が充分にあるのだけれど……上は大公から下は一兵士まで、恋愛脳? になっている時のマルティナと関わりあいになりたくなくて、いつの間にか発生事実自体がうやむやに。

 その代わりに再発防止を求められた騎士団首脳部が、今こうして頭を悩ませている所だった。


「やはり王宮から遠ざけましょう。今度はサイクスを付けてやって、僻地で新婚ごっこでもさせればいいじゃないですか。暴れても砦の半壊ぐらいで済むでしょう」

 副団長の意見に皆が頷く。複雑な思いの父も重いため息をついた。

「元々サイクスに依存しすぎるマルティナを引き離して、矯正するための国境線送りだったのだが……この際、サイクスにもう身を固めてもらうのも有りか」

 窓の中ではマルティナが楽しそうに何かを言うと、サイクスが機械的に肯定を繰り返している。

「しかし、サイクスも頑丈だな……あの腐った缶詰を浴びた時も、ひと風呂浴びたら治ったもんな」

「それが取り柄だからな……しかし」

 騎士団長は周りの側近たちを見回した。

「この一件、やはりファーガソン嬢が絡んでいるのか」

「本人が認めていますからね。マルティナに近況報告の手紙を出したと」

「そりゃあサイクスを排除するには、マルティナにポワソン嬢の事を教えれば一発ですからね」

「何も悪いことはしていないが、原因は確実に彼女だな……」

騎士団長は天を仰いだ。

「陛下たちに早い所戻っていただかないと……ファーガソン嬢のエスカレートする嫌がらせで王宮が廃墟になりかねん」

「ははは、次はどんな手で来ますかね?」

「縁起でもない事を言うな!? これ以上騒ぎを起こされてたまるか!」

 とはいえ……エリオット王子とレイチェル嬢の関係がそのままである以上、まだ何かあるのは間違いない。

 憂鬱な未来しか想像できなくて、騎士団の幹部たちはガックリとうなだれた。


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