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23.令嬢は昔馴染の慰問を受ける

ザマアその2? それとも小物だから1.5?

 レイチェルが本を読んでいると、ドヤドヤと扉の方から人が入ってくる音がした。

 レイチェルの指先がピクッと反応する。

 珍しくレイチェルが警戒を露わにして、ちらりと石段の方を見た。


 警戒している理由は、足音が知らない集団の物だからだ。

 外を監視しているこちらの監視者がなにも合図を送ってこないのは、危害を加えられるような武装をしていないということ。エリオットの配置した騎士が騒がないのは、表立って地位がある人間が正規の手順を踏んで入ってきたということ。

 だけど宰相その他の政府要人が事態解決のために来るのなら、政庁内に配置した部下から情報が入っているはず。表の権力があって公式訪問でない。警戒するだけの要注意人物だ。

 すぐに石段をぞろぞろ降りて来たので姿を確認して……レイチェルは興味を失った。


 なんだ、バカ殿(エリオット)争奪戦の噛ませ犬たちか。




 牢の中にいるレイチェルに向かって、豪華に飾り付けたドレスをこれ見よがしに着ている令嬢が口火を切った。

「お久しゅうございますわ、ファーガソン様……いえ、こんな状況ですと“様”なんて付けたら嫌味になるかしらぁ?」

 旧知の仲と言ってもいい……もちろん良くない関係の……アグネス・サセックス侯爵令嬢が挨拶するのをレイチェルは無視した。

 但し、『コイツの頭は最近の状況を理解していない』という情報が追加されている。

 次々と並み居る令嬢たちが同様に慇懃無礼の挨拶を続ける。どいつもこいつも、ついこの間までエリオットと許嫁のレイチェルをやっかんで陰口を言いふらしていた連中だ。

 “王子と婚約するとこの手の連中が湧いてくる”“どうせ口先だけだから、悪口を言われるのも有名税”“でも本当に引きずりおろしを画策していたら先制して叩け”……次々と父と母の教えが頭の中をよぎる。

「……あら? 陰謀は先に叩けって、ただの小娘に察知しろって難しくないかしら」

「なにかおっしゃって!?」

「いいえ」

 クスクス笑うのを見咎めた令嬢の一人に語気荒く聞かれるが、レイチェルは何でもないと言って読書に戻った。

「ファーガソンさんはやはり殿下に好かれる努力が足りなかったのではなくて? まあ、飽きられるのは早いと思っていましたけどぉ? まさか牢屋に入れられるほど嫌われたとは」

「いえいえオードリー様。レイチェル嬢のパッとしなさでは、そもそも殿下のお心をつかむ事が最初から難しいですわ」

「まあ失礼! そうね、そんな当たり前の事実を見落としていたなんて、私も配慮が足りなかったわあ」

 聞こえよがしに堂々と貶してくる令嬢たち。たぶん咎めても、一応敬語で話しているので失礼な事は言っていないと強弁される。そして彼女たちは今度はそれを盾にとって、言いがかりで貶められたと他の人々に宣伝して回るのだ。



 レイチェルには効果が無いけど。



 鉄格子の前で、大げさに喜怒哀楽を示しながらレイチェルの悪口をしゃべりまくる令嬢たち。

 鉄格子の反対側で、我関せずと黙って本を読んでるレイチェル。

 盛装して石畳に立ち、ハイヒールが痛くて時々重心をかける足を入れ替えてる令嬢たち。

 楽なファッションでアームチェアにだらしなく寝そべり、読書を続けるレイチェル。

 散々上品に見せかけた下世話な悪口を言いまくり、しきりにレイチェルに話を振る令嬢たち。

 読書に没頭してはっきりしない生返事しかせず視線一つ向けないレイチェル。


 とうとう一人がキレた。

「ちょっと! これはなんなのよ!? 牢の中のアンタが偉そうにふんぞり返って適当に相槌打ってて、あたしたちが立ったままって……立場わかってんの!? どういう事よ!? まるっきり逆じゃないのさ!」

 他の令嬢も内心同じように思っていたようで、一人がキレれば皆も一斉に騒ぎ出す。

「ちょっと、なんとか言いなさいよ!?」

「囚人のくせに立場わかってんの!?」

 レイチェルは慌てず騒がず。

 のんびりページをめくり、外の令嬢たちが騒ぎ疲れて黙った瞬間にボソッと言った。

「躾の足りない人たちですね。あと五ページで読み終わりますから、それまで待ってなさい」

「な、なんて言い草よ!?」

「ちょっと貴方、私たちを敵に回したらどうなると思っているの!」

 何を言われようと気にしない。

 どれだけ怒鳴ってもレイチェルが本から視線をずらさないのを理解して、徒労で疲弊が浮かぶお嬢様たち。

 結局お互い顔を見合わせながら押し黙ったまま、レイチェルが本を閉じるのを待つことになった。


 


 サイドテーブルに本を置くと、レイチェルは爽やかな笑顔で冷めたお茶を啜った。

「こんな結末とは思いもしませんでした。たまには推理物もいいですねえ……うん、同じ作者のを何冊か入れてもらいましょう。ああ、喉が渇いたから冷めたお茶がむしろ美味しい……」

 にこにこ笑顔でカップを置くと、やっとレイチェルは令嬢たちの方を向き直った。散々待たされて、デコボコな石畳に痛めつけられた足をかばう少女たちを見る。

「あら、失礼。どうぞ座って楽になさって?」

「座る場所がどこにあるのよ!?」

 痛みにもう涙目になっている一人が叫ぶ。

 レイチェルは家具が牢番用の机と椅子しかない前室を見た。

「そっち側は私の管轄じゃありませんので、どうぞ苦情はエリオット殿下へ」

「あ、あんたねえ……!?」

「まあ別に海の上と言うわけでもないんですし、座ろうと思えばどこでも座れるでしょ?」

「こ、このぉ!?」

 貴族令嬢……それもマーガレット辺りならともかく王子妃を狙う様な家柄の子女が、牢屋の石畳なんかに自主的に座れるわけがない。

 歯噛みしながらも退去も着座も出来ない令嬢たちに、レイチェルは微笑んで促した。

「すいませんが読書中は人の話を聞いていませんので、お話を最初から繰り返していただけますか?」

「ファーガソン、あんた……!」

 視線だけなら人を殺せそうな令嬢たちの圧力が凄いが……レイチェルはどこ吹く風と涼しい顔。何しろこっちは視線なんかに頼らなくても人を殺せる令嬢だ。




「さて」

 レイチェルは手をこすり合わせた。

「皆様、最近お顔をお見掛けしていませんでしたが……息災なようで、なによりですわ」

「……貴方も牢屋に何か月も入っている割には、お元気そうですわね……」

「ええ、健康的に暮らしていますので!」

 イイ笑顔のレイチェルに少女たちはたじろいだが……彼女たちは表情が豊かなレイチェルに驚いただけで、まだ自分の身に迫る危険に気が付かない。王子の許嫁になり切ったレイチェルしか知らない彼女たちは、危険な野生のレイチェルを見たことが無いのだ。

「健康と言えば、バーバラ様は大丈夫でした?」

「は?」

 いきなり聞かれて意味が判らない令嬢に、レイチェルは過剰なまでに心配そうな顔をする。

「最近流行り始めたドーナツに、さらにたっぷり生クリームを付けて食べるのがお好きだとか。わずか二か月で十キロもふくよかになられ、仕立て直しが間に合わないとドレスのお店が悲鳴を上げているそうですね。そんなのは笑い話ですけれど、急激に太……ふくよかになられたりするのは心臓に負担をかけるそうですわよ? 先週のお医者様の結果はいかがでした?」

「な……!?」

 言われた令嬢は隠しきれていないのを自覚しているだけに、レイチェルのあけすけな指摘に絶句する。

 そして他の令嬢たちは矢面に立った彼女より冷静な分、レイチェルの言葉のおかしな点に気が付いた。


 二か月前は、レイチェルはすでに牢に入っていた。

 ましてや先週に情報が洩れる筈もない個人宅で健康診断を受けたことを、彼女がなぜ知っているのか?


 無言になった少女たちの顔を見回し、レイチェルは別の一人に声をかける。

「カーラ様」

「な、なんですの……?」

 警戒も露わな令嬢に、可愛らしい笑顔でレイチェルはいきなり核心をぶつけた。

「先週の仮面舞踏会(マスカレード)はいかがでした?」

「……!?」

 顔が引きつるカーラ嬢。他の令嬢たちは不審げに囁き合う。

「先週? 仮面舞踏会なんてありました?」

「いえ、私の閨閥には招待状なんて流れてませんでしたけど……」

レイチェルが笑顔のままで爆弾を落とす。

「ああ、舞踏会と言っても社交界の公式な招待ではありませんわ。同好の若手貴族が私的に集まって……」

「ああ……」

 大方、有志の集まったダンスサークルみたいなものだろうと令嬢たちは納得した。時々あるのだ。ダンス下手で夜会が怖い少年少女が、練習の為に集まったりすることが。

 しかしそんな事が、顔が引きつる話題の訳が無い。

「……みんなで裸になってダンスそっちのけに、イイことをする会合なのだそうですわ」

「!」

 驚愕に叫ぶこともできない令嬢たち。

「嘘よ!? そんな集まりなんて知らないわ!」

 もう白い顔色で叫ぶカーラ嬢。

 王子妃をねらう高位貴族の令嬢が、いかがわしいサークルの常連なんてトップクラスのスキャンダルだ。王子どころか、同格貴族の初婚相手も難しくなる。

「私を陥れるつもりね!? 自分が失脚したからって、私まで巻き込もうなんて……この悪魔!」

 カーラはレイチェルに向かって叫びつつも、横目でせわしなく同志たちの顔を見た。

 今の話、この令嬢たちが黙っていてくれれば揉み消せる。だけど……そもそもレイチェルからエリオット殿下を奪い取り、自分こそが王子妃になろうという集団だ。呉越同舟もいい所の彼女たちが、レイチェルの重しが取れた後に黙っているとは思えなかった。

 やはりレイチェルの発言を否定し、しらを切り通さなければ……!

 そうカーラが決意したところへ。

「いやだわ、そんなつもりじゃ……」

 困った様子のレイチェルが首を振った。

「ただ単に興味があっただけですわ? 先週のその会で、テイラー伯爵家のジョン様の初物を絶対食ってやるって豪語なされていたんでしょう? ジョン様を落とせればカーラ様は童貞狩り(チェリーハント)五人目成功で、サークルから永世肉食女子(ハンター)の称号をもらわれるとか。同好の方でも滅多に成し遂げられない栄誉だそうですわね? でしたら成功したかどうか、気になるのが人情というものでしょう?」

「……!」

 令嬢たちはあまりの情報に、もう声にならない。いかがわしい集まりに顔を出しているどころか、並みじゃないほど爛れた生活を送っているなど……これが知れれば、もはや爵位持ちとの結婚は難しい。

 カーラ嬢は否定も口留めも……もうそこまでの気力も無く、崩れ落ちて石畳に尻餅をついた。




 笑顔で次の獲物をサーチし始めるレイチェルに、他の者たちも慄いた。

 

 コイツは、誰だ!?


 朗らかな令嬢の皮を被る得体のしれない化け物に、少女たちは身体の芯から震えが止まらない。

 それでも一人が勇気を出した。

「あ、貴方……以前と性格が違い過ぎない!?」

 レイチェルは微笑んだまま。

「あら、私は昔から(・・・)こうですわ? ただ、王子の許嫁という立場(・・)がありますと、行儀を良くする方が優先になりまして……」

 レイチェルは唖然としている一同の顔を眺めながらクスクスと笑う。

「面白いですわよね。私を舐めてかかっている人って、私に口がないと思って公言できない自分の自慢話や他人の噂話をペラペラしゃべるんですのよ。なんで私がしゃべらないなんて思うのかしら? ふふ、おかしい」

 令嬢たちの顔から血の気が音を立てて引いていた。

 大なり小なり、身に覚えがある。競争相手にマウンティングするのに、自分のやらかし自慢で脅すこともある。他人の不名誉な噂話なら、なおさら喋りたい。

「それに、私が監獄へ入れられた事を怒っている人たちもたくさんいまして……ありがたい事ですわよね。その方たちが今回の事件に関わった疑いのある方々を、調べて回ってくれているんですの」

 令嬢たちの顔面には、もう下がる血液も残っていない。レイチェルの入獄に関与したと疑われるのはエリオットとマーガレットだけど……三番目に誰が怪しいかとなると……。

 



 倒れそうな少女たちの前で、レイチェルがわざとらしく手を打った。

「是非とも楽しいお話を続けたい所なんですけど、暇な私と違って皆さまはお忙しいのでしょうか? もし習い事とかあるのでしたら、残念ですわね」

 笑顔ながらも目が笑っていないレイチェルの言葉を、令嬢たちはきちんと理解した。


 ‐これ以上続けようってんなら、どっちか首を括る所までとことん続けようじゃないか。だけど今引き下がると言うのなら、見逃してやってもいいぜ?-


「残念ですが、手習いの時間ですわね! お、おほほほ、ごきげんよう!」

 入る時も率先していたアグネス嬢が、撤退する時も先陣を切った。

「お名残り惜しいですが失礼しますわ!」

「ごめんあそばせ!」

 令嬢たちが痛みにがくがくしている足を酷使して、とにかくレイチェルの視界からの脱出を図る。千鳥足で石段にたどり着き、何とか地上まで登って……。

「開かない!?」

 アグネス嬢が押しても引いても、外へ出る扉は開かない。

 何人かが手伝っても、少し動くぐらいで全然開く様子が無い。

 令嬢たちが帰る様子が無いのを見て、次の本を手に取ったレイチェルが目を細めた。

「あら。皆様、お時間があるようですわね」

「い、いや……そんなんじゃなくて!?」

「と、扉が開かないんです!」

「まあ……そこの扉、鍵が付いていないのでいつでも開いてますわよ? マーガレット様なんか、牢番さんがいない時でもひょいひょい入ってきますわ」

 レイチェルが手にした本を置いて、椅子のリクライニングを解除した。


 片肘をついて頬に指をあて、斜に座った足を組む姿は伝説の魔王のようだった。

「では皆様、積もる話(・・・・)もありますし。時間の許す限り、楽しく“おしゃべり”……いたしましょうか」

「イ……イヤアァァァァァッ!!」




 建物の外で換気窓の傍に座り込み、一休みしていたマーガレットはため息をついた。

「やっぱブスどもじゃ相手にならないか……」

 外を見張っていた騎士たちが交替の時間になっても替わりが来ないので、ちょっとの時間だからとマーガレットが代理を申し出て帰ってもらっていた。


 交替要員が来るまでの間に、マーガレットは下町仕込みのテクニックで扉を固定した。

 素人は荷物を積み上げたがるが……人が出られないように扉を押さえるのに、実は全体を覆う必要はない。さりげなく石畳用の薄石を重ねて置き、ガタガタになった石畳のくぼみに嵌まるように角を合わせる。それだけで、扉の下端が引っかかっていれば上の九十九パーセントがフリーでも開かなくなるのだ。つっかえ棒の要領である。

 もちろん力任せに押し開けられる可能性もあるけれど。中に入っているのがサイクスならともかく、お嬢様方(ブタども)では開けようがない。お嬢様たちの悲鳴さえ適当に理由をつけておけば、監視の騎士たちは扉が開かないなど想像もしないから助け出さないだろう。いつになったら出られるか? 彼女たちの幸運次第だ。




 レイチェルとご令嬢方と、共倒れしてほしいと思って焚きつけてみたけど。

「一方的ね……やっぱりエリオット様たちに何とかしてもらわないとなあ」

 あの、人の足を引っ張る事しか能の無い令嬢方はやっぱり役に立たなかった。

 まあ、ホントに出れないなんてレイチェルも想像もしないだろうから、いつまでもうるさい蠅に居座られて苛つかせるぐらいの事はできただろう。


 策が一つ破れたところで、マーガレットはくじけない。

 次の手を考えればいい。やられたらやり返す、それが彼女の信条だ。

 そしてなにより、気に喰わない事ではレイチェル以上だったブスどもが全滅だ! レイチェル、グッジョブ!


 マーガレットはやっと来た騎士に挨拶すると、足取りも軽く宮殿へ戻って行った。

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱりオトン達も英才教育()施してるじゃないか······w まぁ内容的には「物理的に消しにかかると不味いから······」って思惑が透けて見えはするけどwww
[一言] 読み返すのは随分と久しぶりです。 何度読み返しても面白すぎです(@^▽^@)
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