69話 サーシャと
今日はサーシャさんに家に来ないかと誘われていた。
オーバースカイのみんなと一緒かと思いきや、ぼく1人だけ誘われていた。
まあ、理由はよく分からないにしろ、ぼくと親睦を深めたいのだろうと判断してサーシャさんの提案を受けた。
今は待ち合わせ場所で待っている。すると、すぐにサーシャさんがやってきた。
「お待たせしてしまったようですわね。申し訳ありませんわ。それはさておき、早速わたくしの家へ向かいましょう」
今日は雑談もせずいきなり移動みたいだ。急ぎの用では無いはずだけど、なぜだろう。
別に気にすることでもないか。サーシャさんが今日を楽しみにしてくれたとでも思おう。
それで、今日はいったい何の用でサーシャさんはぼくを家に呼んだのだろう。
サーシャさんの顔からして、ろくでも無い話ではないだろうから、楽しみに待っていればいいか。
しばらく歩いて、エルフィール家にやってきた。サーシャさんに契約の証で扉を開けてもらい、ぼくはそれに着いていく。
この防衛の仕組みはとても便利だよね。エルフィール家の人間だけが家に入るために必要な能力を持っているから、他の人は同行しない限り入ることすらできない。
来客を必ず迎えに行かないとといけない欠点はあるけど、うっかり鍵を忘れるみたいなことは起こらないだろうし。
だから、こっそり侵入する事はまずできないだろうね。サーシャさんの安全が確保されているようで何よりだ。
サーシャさんの私室らしき場所へと案内されて、そこにあるソファのような椅子に座るように促されたぼくはそのまま座る。
そうしたら、サーシャさんが隣に座ってきて腕を組んできた。びっくりしたけど、とりあえず受け入れる。
「ふふっ、ユーリ様の隣は居心地が良いですわね。これもユーリ様の人柄でしょうか」
そう思ってくれているのだとすると嬉しいけど、腕に感じる柔らかい感触でいっぱいいっぱいになりそうで、あまりサーシャさんの言葉を咀嚼できない。
サーシャさん、前に契約の証を見せてもらったときにも思ったけど、大きいんだな。いや、サーシャさんとの会話に集中しないと。
サーシャさんは胸を押し付けてきているように感じてしまうけど、さすがに気のせいだよね。
「人柄がよいと思っていただけるのなら、それはサーシャさんがぼくに優しくしてくれたからです。だから、サーシャさんに恩を返したくて頑張ったんですよ」
「優しくされたところで、それを返そうと思う物は一握りですわ。その考えからでも、ユーリ様のやさしさは伝わってきますわ」
そういう物だろうか。ぼくの周りの人は優しい人が多いから、好意には好意で返してくれていると思う。
まあでも、カインみたいな嫌な人ともそれなりに出会ってきたから、そういう人たちと比べればぼくは優しいかな。
それでも、サーシャさんを含めたぼくの周りの人たちほど優しく出来ているとは思わない。
ぼくの大切な人に優しく出来るように、これから頑張っていこう。
「ありがとうございます。でも、サーシャさんほど優しくはないと思いますよ。サーシャさんには借りが多いと思いますし」
「ふふっ、わたくしにも、企みがあってユーリ様に優しくしているのですわ。ユーリ様、幻滅いたしますか……?」
サーシャさんは上目遣いでこちらを見てくる。やっぱり可愛いなこの人。
それはさておき、以前謁見した時にオリヴィエ様も似たようなことを言っていた。
でも、ぼくを利用しようとしていたところで、ぼくにサーシャさんがしてくれた事が無くなるわけじゃ無い。
だから、きっと何かを隠していたとしてもサーシャさんを嫌いになる事なんてないだろう。
「ぼくやぼくの仲間を傷つけようとしているのなら、幻滅するかもしれませんね。でも、サーシャさんはそんな事をしないって信じています」
サーシャさんはぼくの言葉を聞いてとても明るい笑顔になった。
ほんと、この人には笑顔が似合うよね。ずっと見ていたい位かもしれない。
サーシャさんはそれからすぐにぼくへと抱き着く力を強めてきた。腕に当たる感触をより強く感じて、ぼくの頭は茹だってしまいそうだ。
「それでしたら、わたくしはユーリ様に嫌われることは無いでしょう。嬉しいですわ。ユーリ様がわたくしを信じてくださって。わたくしも、ユーリ様を信じていますわよ」
サーシャさんがぼくの周りを傷つけようとするとは思えないし、サーシャさんを嫌いになることは無いだろうとぼくも思う。
それよりも、サーシャさんに信じていると言われるのはとても嬉しい。ぼくはサーシャさんの期待に応えられているって事だよね。
ぼくがもっと良い冒険者になって、サーシャさんの目的を叶える手伝いをしたいな。きっとサーシャさんの願いはエルフィール家を発展させることだろうし。
ぼくが直接何かをしようとしたところでサーシャさんの邪魔になるだけだろうけど、サーシャさんに頼まれたことは全力で手伝おう。
サーシャさんはぼくよりぼくの使い方が上手そうだし、きっと上手くぼくを役立ててくれるはずだ。
「ありがとうございます。サーシャさんの目的に近付けるように、ぼくも出来る限り協力しますね」
「それは嬉しいですわね。それはさておき、メルセデス様たちの事で話がありますわ」
そういえば、サーシャさんはあまりメルセデスたちの面倒を見過ぎるなって言ってたような。
結局ぼくはメルセデスにしっかり弟子としての扱いをしてしまっている。サーシャさんが辞めろと言ってもやめられないけど、謝った方が良いかもしれない。
「すみません、サーシャさん。ぼくはメルセデスたちの事を正式に弟子扱いすることにしたんです。サーシャさんに報告もなく、申し訳ないです」
「わたくしは既にそれを知っておりますわ。そして、それを責めようとしている訳ではありませんわ。ユーリ様が最初に連れてきた時に、この展開は予想しておりましたもの」
そうなのか。みんなぼくがメルセデスをしっかり弟子にすると思っていた感じだし、ぼくってそんなに分かりやすいかな?
まあ、それはいい。それなら、サーシャさんはどんな話をしたいんだろう。
「メルセデス様ですが、わたくしにユーリ様のつまらない愚痴を言っているのですわ。恐らくユーリ様ならなされないことまで言っておりますわ。こちらから注意することもできますが、どうなさいますか?」
メルセデスがそんなことを。でも、内容を聞いてみない事にはね。
どういう愚痴かでどういう対応をするかが変わってくるからな。まずはサーシャさんに質問だ。
「それで、どういう愚痴を言っているんですか? それが分からない事には決めかねますね」
「ユーリ様が自分の胸を見ていただの、揉みしだいただの、主にユーリ様がメルセデス様に性的な接触をしているという内容ですわね」
ああ、そういう。メルセデスの言いそうなことだ。でも、メーテルも注意しているだろうし、そこまで問題にするほどではないか。
サーシャさんが信じてしまっているなら対応を考えないといけなかったけど、たとえばオーバースカイにメルセデスがそういうことを言っても、きっと大丈夫なはずだし。
メルセデスが本気でぼくを尊敬していることは分かるから、ある種の自慢みたいな物なのかもしれない。
それで嘘を吐くというのはよく分からないけど、可愛らしいイタズラで済む範囲かな。
「それくらいなら大丈夫です。ぼくが悪人みたいに言われると困っちゃいますけど、そういう話ではないみたいですしね。それに、メルセデスは適当なことを言う子だって分かっていますから。個性として受け入れてあげたいです」
「なら、それでよろしいかと。メルセデス様たちがユーリ様を慕っているという事は、愚痴を言っている間ですら伝わってきますわ。ですので、メルセデス様に悪意があるわけでは無いのですわ」
そう言いながらサーシャさんはぼくの腕を組み、さらに肩に頭をのせてくる。
真面目な話だと思って聞いていたけど、そういえばサーシャさんはぼくの腕につかまったまま話しかけてきていた。
これはきっとサーシャさんは本気で深刻な話だと思って話していなかったよね。
それにしても、サーシャさんの体温とか柔らかさとか吐息とか色々と感じてしまって、ちょっとどころでは無く恥ずかしい。
サーシャさんは自分の魅力に無自覚なんだろうか。さすがにそんなことは無いかな。
だとすると、ぼくを誘惑するためにこんな事を? まさかね。
サーシャさんがぼくを好ましく思ってくれている事くらいは分かるけど、恋愛感情ではないはずだ。
そうなると、ぼくを楽しませてくれるために? それなら納得できるけど、誰にでもこういう事をするのだろうか。
その場合、サーシャさんは嫌な思いをしてでも、ぼくをもてなそうとしていないかな?
そうだとすると止めたいのだけど、嫌でもないのに止めたら失礼だろうし。どうしたものか。
「そうなんですね。だったら安心して良いかな。話を変えますけど、サーシャさんは今は楽しいですか?」
「楽しいですわよ。今もユーリ様の暖かさとたくましさを感じますわ。ユーリ様、わたくしにしたいことは何でも言ってくださいな。ユーリ様に求められることは幸せでしょうから、その幸せを味わってみたいのですわ」
求められることって、どういう事だろう。
サーシャさんとは色々と話をしてみたいし、サーシャさんともっと一緒に居たい。そういう事でいいんだろうか。
「今でもサーシャさんの事は求めていると思いますけど。サーシャさんとずっと一緒に居られるのなら、それはきっと楽しいでしょうし」
「そういう事ではありませんわ。まあ、ユーリ様には伝わりにくいですわよね。それでしたら、何か女の人と一緒にして楽しかったことは無いですの?」
「じゃあ、膝枕をしてもらってもいいですか? あれ、気持ちよかったんです」
ぼくがそう言うとサーシャさんはいったんぼくの腕を離し、ソファの端の方へと座った。
「さあ、いらっしゃいまし。わたくしの膝枕、存分に楽しんでくださいな」
ぼくはサーシャさんの太ももに頭をのせる。サーシャさんの太ももは包み込んでくれるような柔らかさがあった。
そのままサーシャさんはぼくの頭に手をのせて、軽く何度か触れてくる。
「いかがですか、わたくしの膝枕は。ユーリ様、眠たくなったら寝ても構いませんわよ」
その言葉を受けてぼくはまどろんでいく。
それから気がつくと、既にあたりは暗くなっていた。思わず慌てるぼくだったけど、サーシャさんが落ち着かせてくれる。
「大丈夫ですわ。すでにあなたの家には連絡させています。今晩はわたくしの家に泊まってくださいな」
サーシャさんに誘われたので、ぼくはサーシャさんの家に泊まることにする。
サーシャさんの部屋に泊まることになって、同じベッドに誘われてぼくはびっくりしていた。
「ユーリ様、今日は客間は用意しておりませんので、狭いでしょうが、わたくしの隣で我慢していただきたいのですわ」
そう言われてぼくはサーシャさんの隣で寝ることを受け入れてしまう。
そうだよね。急に泊まることになったから、準備なんてできなかったよね。
サーシャさんと同じベッドで寝ていると、隣でサーシャさんの息が聞こえてどきどきしていた。
それでもがんばって深呼吸していると、そのうち落ち着いてきたので眠ることにする。
今日はサーシャさんに迷惑をかけちゃったかな。でも、サーシャさんと親しくなれていると実感できて、良い日だったと思えた。




