68話 好感
今日はリディさんとイーリスが来ることになっていたので、組合で待っていた。
オリヴィエ様と違って、リディさんは事前に連絡をくれてありがたい。
予定の時間になったころ、リディさんたちがやってきた。まずはサーシャさんが出迎えている。
「いらっしゃいまし、リディ様、イーリス様。歓迎させていただきますわ」
「ありがたく存じます、サーシャ殿。壮健そうで何よりです」
「よろしくな。今日はユーリと遊ぶ予定だから、あまり構えないけどな」
この感じだとサーシャさんと2人は知り合い同士なのかな。
前にオリヴィエ様が来たときに会っていただけでこういう挨拶にはならないよね。それとも貴族だと普通なのかな。
そういえば、リディさんは貴族だったりするのだろうか。流石に直接聞くのは失礼かもしれないし、サーシャさんに聞いてみようか。
何にせよ、まずは2人にあいさつしないとね。
「リディさん、イーリス。今日はよろしくね。それで、イーリスと戦えばいいの?」
前に会ったときにはイーリスはぼくと戦いたいと言っていたけど、今でも気は変わっていないのだろうか。
イーリスって手加減が苦手そうだから、戦わなくて済むのならそっちの方が良いかな。
「覚えていてくれたんだな、嬉しいぜ。じゃあ、早速戦おうぜ」
「ちゃんと戦う場所に移動してね。流石にここで戦うとは言わないよね?」
イーリスならあり得そうで怖い。組合をぼろぼろにするのは勘弁だし、サーシャさんが巻き込まれでもしたら大変だ。
そんなことを考えていると、イーリスはため息をついてこちらをジトっとした目で見てきた。
「ユーリ、お前は俺を何だと思っているんだ? いくら何でもこんな場所で暴れたりはしねえよ」
イーリスはそう言うけど、ぼくはイーリスがいきなりアクアに攻撃を仕掛けたことを忘れていない。
イーリスは反省してくれたとはいえ、急に炎を吐き出してくる人だぞ。多少思慮が足りないと思うくらいの事は普通じゃないかな?
まあ、今のイーリスからは暴れだしそうな雰囲気は感じないし、あの時が特別だったのかもしれない。そうだとすると、嫌な特別だな。
まあいい。イーリスと戦う事を想定していろいろと準備をしてきたから、それをお披露目しよう。
「リディ様、イーリス様、こちらへ着いてきてくださいまし。戦える場所へ案内しますわ」
ぼくもサーシャさんに着いていくと、ぼくがよく使っている闘技場へと案内された。
まあ、ここになるよね。早速イーリスは闘技場へと走っていき、こちらを手招きする。
ぼくも舞台の上に登ろうとしたけど、その前にリディさんに声をかけられる。
「ユーリ殿、小生が審判をさせていただきますが、防御はしっかりとして頂きたい。イーリスも手加減はするでしょうが、いい勝負となってしまえば分かりませんから」
やっぱり危険なこともあるんだ。だからイーリスとはあまり戦いたくなかったんだけど、仕方ないか。
諦めてぼくは会場の上へと向かっていった。リディさんも着いてきた。
「ユーリ殿、小生も王都での大会は拝見しておりました。ミーナ殿との戦いはまれに見る名勝負でしたが、あの時のままではイーリスには勝てないでしょう。何か秘策でもおありですか?」
リディさんも王都での大会を見ていたのか。
そういえば、リディとイーリスはオリヴィエ様の近衛だったよね。オリヴィエ様と初めて会ったときには居なかったけど、どういうことだろう。
今それを聞いたら、話の流れに逆らっちゃうか。憶えていたらまた今度聞いてみよう。
「一応、契約技のような力をもう一つ手に入れたので、前のぼくが2人居ようが勝てると思いますよ」
そう言いながらリディさんに右手を見せる。リディさんはそれを見て目を見開いた。
「それは……! 小生もそういう物があるとは存じておりましたが、初めて見ましたよ。良い出会いがあったのですね」
リディさんはこの力がどういう物か分かったみたいだ。良い出会いという言葉にはちょっと物申したい気分だけど、今この状況で言う事でもないか。
ぼくたちの話を聞いていたイーリスはとても楽しそうな顔になった。威圧感があってちょっと怖い。
ぼくが模擬剣を構えると、イーリスも構えた。リディさんが合図の準備をしている。
「それでは……始め!」
その言葉と同時にイーリスが火球を吐き出してきた。ぼくは即座にミア強化を発動して炎を避けつつイーリスに接近する。
そのまま模擬剣をアクア水で包んでイーリスに切りかかる。
イーリスは腕でこちらの剣を弾こうとしてきた。イーリスの腕に当たった剣からは予想通り固い感触が帰ってくる。
ドラゴニュートの肌は固いという情報があったので、模擬剣が壊れないようにアクア水で守っていたが、それは正解だったみたいだ。
今度はイーリスが殴りや蹴りで攻撃してくるけど、ぼくは避けたり剣で受け流したりしながら耐えていた。
「ユーリ、最高だぜ! まさか俺の動きにここまでついて来られるとはな! ユーリももっと楽しめよ!」
ぼくはこの戦いをあんまり楽しいと思っていないけど、イーリスには気づかれているのだろうか。
まあいい。楽しもうとして楽しめるものでは無いから、色々試すところからだ。
ぼくは水刃の一部を凍らせてイーリスに向かって放つ。
この技はイーリスの炎でアクア水が蒸発したことがきっかけで思いついた技だから、イーリスのおかげでできた技だと言っていい。
蒸発したアクア水を操れないか考えて、実際に操れて、なら氷でもどうかと考えたのだ。
だから、イーリスとの戦いでぶつけるにはぴったりの技だと思えた。
イーリスはただの水刃だと思ったのか、全く避けようともせずに水刃にぶつかる。
イーリスにちょっとケガを負わせることになって、イーリスは明らかに驚いていた。
「さっきまででも最高だったのに、俺に傷までつけてくれるなんてな! ユーリ、全力で行くぜ!」
イーリスは炎を腕にまとわせて殴り掛かってくる。
ぼくは即座に半分くらい凍らせたアクア水で防御する。それでも大部分のアクア水が蒸発してしまったが、それをイーリスへぶつけてみる。
「炎を生み出せる俺がそのくらいの暑さでどうにかなるとでも思っているのか!? まだまだいくぜ!」
イーリスはそう言うけど、ぼくにとってはここからが本番だった。
イーリスが浴びている水蒸気を即座に凍り付かせ、さらにアクア水をかけて凍らせていく。
イーリスの動きはだんだん鈍くなっていき、息も絶え絶えという様子だ。
体内に入ったアクア水を凍らせることもできたけど、さすがにこれ以上は危ないと思ったぼくはリディさんの方を見る。
「そこまで! イーリス、それ以上戦う事は許しませんよ」
「もうちょっと戦いたいが、仕方ないか。これ以上は殺し合いになりかねねーからな」
殺し合いになったらぼくが勝てる展開だったと思うけど、だからといってそんな事をしたいわけじゃ無いから、イーリスが止まってくれて助かる。
殺さないようにこちらだけ手加減しているとなると、さすがに厳しいからね。
「ユーリ殿、見事です。まさかイーリスに勝ってしまうほどとは思っていませんでした」
「俺の負けか? 最後は追い詰められていたけどよ。まあ、審判が止めに入ったときに不利だった方が負けか」
イーリスは負けを認めている割にとても明るい顔だ。ぼくが負けていたら、もっと悔しそうにしていただろう。
それにしても、イーリスは自分でアリシアさんに勝てると言っているけど、イーリスに勝ったぼくはアリシアさんに勝てるとは思えない。
イーリスは相性の問題だと以前に言っていたから、イーリスの言葉が正しいなら3すくみの関係なのかな。
たしかに、あの硬さを風でどうにかできるとは思えないけど、それでアリシアさんは負けてしまうだろうか。アリシアさんの武器は他にもあると思うけど。
ちょっと気になるけど、イーリスとアリシアさんに戦ってほしいとは言えないから、謎のままでいいか。
「ユーリ、今の戦いは最高に楽しかったぜ。今回は負けちまったけど、また戦いたいもんだな」
「ぼくはちょっと勘弁してほしいかな。イーリスの攻撃なんてまともに受けたら大ケガしちゃうよ。協力して別の敵と戦うのはどうかな。モンスターとか」
「それもいいな! ユーリと一緒に戦うほどのモンスターなんて滅多にいないだろうがな」
イーリスはとても人懐っこい顔でぼくと肩を組んでくる。
アクアの事で嫌いになっていたけど、こういう顔を見ていると、ちょっと好きになってしまいそうだ。
なんというか、素直で悪い人では無いんだろうなと感じてしまう。
もうアクアに対して攻撃を仕掛けないでいてくれるなら、イーリスと親しくする事は問題ないと思えた。
「その機会には、ぜひ小生の力も見ていただきたいものです。小生たちが協力するほどのモンスターが出現することを望んでしまう事は王国の騎士としては、いかがなものかと思いますが」
「ぼくだって強いモンスターとは出来れば戦いたくないですけど、リディさんやイーリスと協力して何かをするのは楽しそうです」
「そうですね。ユーリ殿ほどの方と協力するのは良い経験になるでしょうし、ユーリ殿は小生たちに親しみを込めてくれるので、一緒に居て心地よいのですよ」
リディさんは兎も角、イーリスにもそういう対応をしていただろうか。
まあ、今イーリスと親しくなることが嫌かと言われれば嫌ではない。またリディさんやイーリスが訪ねてきても、ぼくは歓迎できる。
「リディさんの力を見せてもらいたいですし、また会いに来てくれると嬉しいです。もちろん、力を見せること以外でも歓迎しますよ。出来ればぼくが忙しくない時にお願いします」
「オーバースカイの皆様の予定はわたくしが存じておりますので、その機会があるならば、リディ様方の予定とこちらで調整いたしますわ。リディ様方は安心していらしてくださいまし」
今回の件もサーシャさんから話が来たわけで、何か連絡する手段があるのだろうな。
それにしても、サーシャさんは本当に頼りになる。ぼくはサーシャさんに支えられてばかりだな。
「ありがとうございます、サーシャさん。サーシャさんにはいつもお世話になっていますね」
「それでわたくしが得るものも多いですわ。ですので、ユーリ様が気になさる必要はありませんわ」
サーシャさんは笑顔でそう答えてくれるけど、出来れば何かお礼がしたいな。
お礼について考えていると、リディさんたちから話しかけられる。
「ユーリ殿、小生たちはそろそろお暇致します。では、またいずれ」
「じゃあな、ユーリ。また会う時を楽しみにしてるぜ」
そしてリディさんたちは去って行った。リディさんたちとまた会うのが楽しみだ。
オリヴィエ様も、急にでなければ歓迎したいんだけどな。




