62話 ヴァネアと
ぼくは今日ヴァネアと一緒に過ごすことにしていた。ヴァネアから親睦を深めたいという誘いがあったからだ。
ヴァネアが言うには、ミーナとぼくが良い関係を築くために自分たちも仲良くしておいた方が良いだろうし、単純にぼくにも興味があるとのことだ。
待ち合わせ場所でヴァネアをしばらく待っていると、いつも通りの姿のヴァネアがやってきた。
一緒に出かける時に着飾っている人が多かったので、こういう感じは気が楽で新鮮味がある。
「はぁい、坊や。今日はお姉さんがエスコートしてあげる。坊やは気楽にしておけばいいわ」
ヴァネアはそう言ってくれる。気楽にしておけば良いというのは有難いけど、任せっきりでもヴァネアは楽しめるのだろうか。
まあ、ぼくがうまくエスコートできるとは思えないから、無理に引っ張っていくよりはヴァネアに任せた方が良いか。
「今日はよろしくね、ヴァネア。しっかり仲良くなろうね」
「仲良くなろうなんて意識するものじゃないわ。あなたは普通に楽しめばいいし、アタシも普通に楽しむわ。それが結局仲良くなる近道ってものよ」
そういう物だろうか。ぼくが自分から仲良くなろうと踏み込んだ経験は無いようなものだから、無理をしても上手くいかないのは確かかもしれない。
ヴァネアは尻尾を揺らしていたり声が弾んでいたりと結構楽しそうな雰囲気だから、少なくとも今はヴァネアに任せておけばいいか。
「じゃあ、行きましょうか。まずは食事ね」
ヴァネアに連れられた先は屋台だった。肉や野菜を焼いたものを出してくれるらしい。
ヴァネアは肉ばかり注文していた。ぼくは色々と頼んでみた。
「アタシは肉が好きなのよね。坊やは何が好きなの?」
ヴァネアはラミアによくあるイメージ通りに肉が好きみたいだ。野菜は食べられるのかが気になるけど、聞いてみても良いのだろうか。
「ぼくは魚が好きだよ。ヴァネアは野菜は食べないの?」
「食べられない訳じゃないけど、やっぱり肉の方が好みなのよ。野菜を食べなかったからといって具合が悪くなったりもしないしね」
そういう物か。蛇は肉食だと言うし、その辺が関係あったりするのかな。
アリシアさんに教わった動物と似ているモンスターは動物の要素が強いというのは、人型モンスターでも同じなのだろうか。
まあ、食べられない訳じゃ無いのなら気にする必要はないか。
具合が悪くなるとかなら気を付けないといけないけど、野菜が嫌いという顔でもないし、食べられないという事もなさそうだ。
しばらくしてすべて食べ終えたぼくたちは次の場所へと移動することに。
ヴァネアについていくと、前にフィーナと一緒に来た人気のない公園へと連れられた。
ヴァネアは楽しげな顔をしてぼくに向かい合っている。
「坊や、軽くアタシと戦ってみない? もちろん、怪我をするほど熱くなるつもりは無いわ。坊やもアタシの実力が知りたいでしょうし、アタシも確かめたい事があるの」
そう言ってヴァネアは構える。ぼくも拒否するつもりは無いけど、突然だな。
まあいいか。ダメになったら困るような服を着てきた訳では無いから、加減が出来るのならそれでいいか。
ぼくも構えるとヴァネアが突っ込んでくる。
ぼくは即座にミア強化を発動してヴァネアの動きに対処しようとする。
ヴァネアは殴りかかってきたり、尻尾で攻撃したり、噛みつこうとしたりしてきた。
ぼくはそれら全てをいなしながら、気になったことを聞くことにする。
「ヴァネア、怪我はさせないと言っていたけど、噛みつかれて毒を貰ったりはしないんだよね?」
「よく勉強しているじゃない。でも、大丈夫よ。アタシくらいになれば毒を出すも出さないも自由自在よ。万が一当たったところで大した問題にはならないわ」
やっぱりラミアに噛まれて毒を貰うことはあるらしい。
ヴァネアから騙そうという気配は感じないので、本当に毒を貰う心配は無いのだろう。
だからといって、攻撃を受けたいわけでは無いぼくは、ヴァネアの攻撃を全力で避けていく。
しばらくヴァネアの攻撃をいなし続けていると、ヴァネアが両手を挙げた。たぶん降参ってことだよね。ヴァネアの息は絶え絶えだし。
「坊やは本当に強くなったわね。王都での大会からじゃ想像もできない位。前は剣技じゃミーナには勝てないと言っていたけど、今なら勝てるかもしれないわね」
どうだろうか。技術という点では絶対にミーナの方が上だ。
ただ、ミア強化も含めた身体能力でどうにかできる範囲かもしれない。そのあたりをどう捉えるかの問題かな。
「身体能力の差で押し切ることを剣技と言うならそうかもしれない。でも、ミーナの凄いところは自在に剣を操るところだから、そこでは絶対に勝てないよ」
「それでミーナは納得するかしらね。それはこちらの話ね。坊や、アタシからお願いがあるの」
ヴァネアの顔はとても真剣だから、大事な話だろう。ぼくは姿勢を正して聞く。
「坊やはもしかしたらミーナでは届かないほどの強さになるかもしれない。それでも、ミーナの事を大切にしてあげてほしいのよ」
ヴァネアはそう言う。ぼくにとっては当たり前のことだけれど、ミーナとぼくの関係をライバルだとするなら、実力が拮抗しないと関係が壊れるかもしれないという事は分かる気がする。
ミーナはぼくにとっては既にとても大事な人の1人で、友達のような存在にもなりたい人だ。
ミーナにとってぼくはどういう存在なんだろうな。ライバルだと言っているから、お互いに研鑽しあう関係を求めているのだろうか。
なんにせよ、ミーナがたとえ今より弱くなったとしても、ぼくが強くなって実力差がついてしまっても、ミーナを大切にするということは変わらないだろう。
ぼくはミーナの剣技以外にも、あの笑顔や明るい態度、剣に対する真剣な姿勢なんかも好きになっているから、ぼくと対等の実力じゃなくなったとしても嫌いになることは絶対にないと言えた。
「当たり前の事だよ。ぼくがミーナを尊敬しているところは強さだけじゃない。本気で剣に向き合っていることがよく分かるし、性格も好きだ。
ミーナが人を傷つけてもなんとも思わない存在になってしまったら分からないけど、それくらいの事がない限りミーナは大切な人だよ」
ヴァネアはその言葉を聞きながら優しい目でぼくを見つめる。こんな顔をするのなら、今の言葉は正解なのかな。
「坊やはそういう子よね。ミーナにはこの話をしたことを言わないでほしいんだけど、ミーナ、この前に坊やに負けてから悩んでる顔をよくするのよ。きっと、置いて行かれそうだと思っているんでしょうね」
ミーナがそんな風に。思い当たる節がないわけでは無い。ミーナはあの時考え事の様な事をしている様子だった。
ミーナの気持ちは分からないけど、ぼくに置き換えて考えてみるとするか。
1回戦って負けて、その後勝つために修行をしたけどまた負けて。ライバルだとお互いに認め合っていたけど、相手がとても強くなって差が開く。
考えてみたけど、少しつらいかもしれない。
相手はどう思っているんだろうとか、置いて行かれる悲しさとか、追いつけない悔しさとかで苦しい思いをしそうだ。
ミーナも同じような気持ちなのかもしれない。
でも、ぼくが何かを言ったところで嫌みのような何かになるだけのような気がする。ヴァネアに配慮して貰うしかないだろう。
「ヴァネア、それに対してぼくからできる事は悔しいけど何もない。ヴァネアがミーナを支えてあげてくれないかな?」
「まあ、そうよね。坊やがミーナを慰めようとしたって、お前とは実力差があってもライバルだ、なんて物言いにしか聞こえないでしょうし。同情されてるようにしか思えないわよね。坊やはミーナを見捨てないことはアタシには分かる。ミーナにもそれを分かって貰いましょう」
ぼくにはどうやってそれを実現するかは思いつかないけど、他に良い方法も思いつかない。時間が解決することを期待するとか?
それなら、何もしないことと同じか。本当に難しい問題だ。
「坊や、ごめんね? こんな重い話をしちゃって。でも、坊やには知っておいて貰いたかったのよ。ミーナがどれほど坊やを大切に思っているか。アタシは坊やとミーナにうまくいって貰いたいわ」
ぼくだってミーナをとても大切に思っているけど、だからこそミーナに何かをすることは難しい。
ミーナと上手く行かないかもしれないからと訓練を緩めるわけにはいかない。ぼくはみんなの事を守るために強くなると決めたから。
それに、そんなやり方はミーナに対して失礼だ。ミーナがこの問題をうまく乗り越えることに期待するしかない。もどかしいな。
「坊やがミーナを大切に思ってくれている事はよく分かる。良かったわ。アタシはミーナと出会えたことも、坊やと出会えたことも最高の経験だと思っているわ。だから、2人のこれからをもっと見ていたい」
ヴァネアがそう思ってくれていることは嬉しい。
ヴァネアみたいな人型モンスターばかりなら良かったんだけど、ぼくの出会った人型モンスターはみんな敵だった。
ヴァネアとミーナのように人型モンスター相手でも分かり合う事ができるならな。
「アタシはミーナや坊やと出会えて本当に良かった。それまでただのモンスターとして過ごしてきた時間は何て味気なかったんだろうって。アタシに楽しさを教えてくれたミーナにも、そのきっかけを作ってくれた坊やにも感謝してるわ。お願い。これからもミーナを大切にしてあげて」
「もちろんだよ。ミーナだけじゃない。ヴァネアだって大切にするよ。ぼくもヴァネアと出会えて良かったって思っているんだからね」
ヴァネアはそれを聞いて少しした後、ゆっくりと微笑む。
ヴァネアがこんな顔をずっとしていられるように、ミーナと上手くやっていきたい。
もちろん、ミーナ自身が大切だということもある。ミーナと出会えたことはぼくの大切な思い出だ。
ミーナをここまで心配するヴァネアは本当にいい契約モンスターだと思う。ミーナはいい出会いをしたものだ。
ぼくはこれからもミーナとヴァネアと笑いあっていけたらなと願った。




