裏 期待
アクアはいつものように、ユーリの五感を感じ取ることでユーリの状態を探っていた。
アクアとユーリが契約してからずっと、ユーリの五感の情報は常にアクアに送られていて、それをもとにアクアはユーリが何をしているかを感じていた。
この日は、ユーリとアリシアがともに出かける日で、アクアは落ち着きながらユーリの様子を見ていた。
アクアはアリシアの事をある程度信用しており、アリシアは少なくとも自分からユーリを傷つけたりしないだろうと考えていた。
ユーリはアリシアにとても強い信頼を抱いているし、アリシアはそれにしっかりと応えている。
この関係がずっと続くならばアリシアに対して何もしなくていい。アクアはそうあって欲しいと考えていた。
アリシアがユーリに対して提案した、契約技を使った遊びはアクアにとって新鮮で、アクアはユーリの楽しむ姿をとてもはしゃぎながら眺めていた。
ユーリが勝ったり負けたりしていて一方的ではないと言うところが見ていて楽しく、アクアは自分が同じ遊びをユーリとできない事を寂しく感じた。
ユーリはアリシアに対してさらに尊敬を深めているようで、アクアからアリシアへの好意も深まっていた。
カタリナのようにアクアが自分に負けることも、サーシャのようにユーリに悪意を向けられることもないまま過ごしたい。
アクアはユーリ以外に対しても情が芽生えていたので、ユーリの周りの人間も傷つけずに済む未来があるのならそれが良いと真剣に考えていた。
ユーリが一番大事な存在だということは絶対に変わらない。それでも、ユーリと自分だけが幸せであれば良いわけでは無い。
それは最低限のラインで、オーバースカイやその周りの人の幸せが作れるのならばそれに越したことはない。アクアは過去に戻れるのなら、ユーリの大切な人を乗っ取る以外の解決策を取りたかった。
だが、それはあくまで空想でしかない。もう来ない未来に心を痛めつつも、アクアはせめて今いる人たちだけでも乗っ取らずに済めばいいと祈った。
アリシアとユーリが過ごす中で出てきた問題があった。ユーリの性欲の解消だ。
アクアは性欲がどういうものかよく分かっていないから、どういう事をユーリが求めているのかが分からなかった。
たとえ分かったところで、アクアがその話題を口にしたらユーリはアリシア相手のように照れてしまうだろう。さらなる負担になるようにしか思えない。
アクアには解決策が全く思い浮かばなかったので、その問題についてはいったん諦めた。
次の日、レティとユーリがともに出かけていた。
レティとユーリの関係は、ユーリとノーラの関係に近いようにアクアには見えていた。
つまり、レティに取ってユーリは可愛がる相手で、対等であるということを求めていない。
アクアはそのこと自体に不満があるわけでは無いが、ユーリを可愛がるという行為に対して若干の憧れを持っていた。
ユーリとアクアの関係が今のままである限り中々行うことは出来ないだろう事であるからだ。
それから、アクアはレティがユーリとともに空を飛んだり、ユーリがレティの毛づくろいを手伝ったりしていることに若干嫉妬していた。
スライムと人間ではできない事をユーリとしていることがとても羨ましい。だけど、レティといる時にユーリはとても幸せそうだから邪魔はしたくない。
アクアは姿を自由自在に変えることができたら色々と遊べるのにと考えながらユーリの事を感じていた。
ユーリと強くつながっている感覚はとても楽しいから、ステラの指輪を使いこなす瞬間はユーリもきっと楽しいだろう。
ステラの指輪は感情を送りあう物と認識しているアクアは、自分の大好きという感情をユーリに直接送る瞬間を楽しみに待っていた。
それから時間が空いて、ユーリはメルセデスたちに出会う。
メルセデスの契約モンスターであるメーテルの存在を知って、アクアは危機感を抱いた。
ハイスライムであるメーテルの状態如何によっては自分の異常性をユーリに知られかねない。
アクアはメルセデスたちを乗っ取ることと、メーテルをひそかに強化することを検討した。
メルセデスたちを乗っ取ることはユーリの様子から取りやめた。ユーリはメルセデスたちをすでに大切に思ってしまったから、アクアはメルセデスたちを乗っ取るという解決策は取りたくなかった。
メーテルをひそかに強化することは結果的に必要なかった。
最初にメルセデスの契約技を見た時には、あまりにも出力が低いために自分が疑われかねないと懸念していた。
しかし、メルセデスたちは訓練を全くしていない状態だったために、これから成長することでユーリに疑いを持たせないだろうとアクアには思えた。
ただ、メルセデスたちが弱いままならユーリが悲しむ可能性が増えるだろうから、アクアは真剣にメーテルの強化を検討していた。
幸いにも、メーテルはハイスライムの上澄みだったようで、順当に成長すればメルセデスたちがオーバースカイに参加する可能性は十分にあるとアクアは判断した。
メルセデスたちはとても真剣にユーリに追いつくために頑張っている。
間違いなくユーリにとってもっと大切な人たちになるだろうから、アクアはひそかにメルセデスたちが死なないようにサポートしていた。
危険なモンスターがメルセデスたちに襲い掛からないようにモンスターの発生を制御したり、メルセデスたちの事を利用しようとする悪意を持った人間を排除したり。
サーシャの思考を操ってメルセデスたちに配慮させるということも行っていた。
そうする中で、サーシャを説得することでもこの展開は作り出せたのではないかという疑問が浮かび、アクアは再び皆に体を返すことを考え始めた。
以前にも検討したが、記憶を都合のいい形に書き換えることで皆を解放するという案は悪くないのではないか。
真剣に検討していたアクアだったが、以前カタリナにそれを実行することをやめた理由に思い当たった。
作り出した記憶のもとに動くカタリナなんて、アクアの知っているカタリナでも、ユーリの知っているカタリナでもない。
もはやカタリナの姿をしただけの別の存在でしかない。そんなカタリナの姿を見ていたくない。
前回は言語化できなかった違和感をはっきりとアクアは形にできていた。
次に、そのまま何も対策せずに皆を解放するという案を考えた。
サーシャだけはもしかしたら上手くいくかもしれない。
それでも、ステラもフィーナもカタリナも、絶対にアクアを許しはしないはず。
だから、そこからユーリに情報が伝わってユーリに嫌われてしまう。アクアはこの案を却下した。
その他に何かいい案がないかと考えていてもアクアには何も思い浮かばず、結局皆の体を返すことは取りやめた。
皆で幸せになるだけの事がこんなにも難しい。皆ユーリの事が形は違えど好きで、ユーリも皆の事を好きでいる。
アクアだって皆が嫌いなわけでは無いし、好きなところはいっぱいあった。
ユーリとアクアと皆で幸せになる未来はどうやったら来るのだろう。アクアは少しだけ諦めつつも考え続けようと決めた。
それから、メルセデスたちは順調に冒険を進めているようだった。
メルセデスにしろメーテルにしろユーリを尊敬していることはよく分かったので、オーバースカイに加わる日を待っていても良いだろうとアクアは考えた。
そこで、アクアはメルセデスたちに対するサポートを更にしっかりしたものにして、万が一にも途中で犠牲にならないように配慮していた。
メルセデスたちはしっかり成長しているようで、ユーリはとても喜んでいた。
ユーリを喜ばせるメルセデスたちでいる限り、アクアはメルセデスたちを大切に扱うと決めていた。
ユーリは周りに大切な人が増えたことが幸せそうなので、メルセデスたちにもその一員としてユーリを幸せにしてもらおうと考えての事だ。
ユーリは最初は恐る恐るという感じでメルセデスたちと接していたが、メルセデスの師匠になるとはっきり決めてから生活に張りが出ているようだった。
だから、アクアもスライムとしてメーテルに何か教えることを検討していた。
ハイスライムの性能ではどうしてもアクアと同じことはできないが、スライムの運用に関してはユーリの家にあった資料が詳しく、それを参考にしようと考えていた。
物理攻撃に対してある程度の耐性があるスライムというのは珍しいが、メーテルはその条件を満たしていた。
アクアのように壁として立ち回ることはある程度できるだろうから、そのやり方を教えることがいいか。
あるいは水としての性質を生かして、狭い場所に入るような立ち回りを教えるなどして、アクアと違う役割を持ってもらうことも良いかもしれない。
アクアはオーバースカイにメルセデスたちが入ることは順当な流れだろうと考えていたので、メルセデスたちをユーリの役に立てる方法を真剣に考えていた。
メルセデスたちはユーリの事を本当に尊敬しているから、ユーリの役に立てることは喜ぶはずだ。
お互いに利益のある提案になりそうだと考えて、それなりに重要度の高い案件として思考の片隅に置いていた。
メーテルが本格的に強くなるまではまだまだ時間がかかるだろうから、急ぎではないと判断している。
それでも、アクアはスライムという同族が自身をオメガスライムと判明させる展開を警戒することを止め、メルセデスたちをユーリと一緒に冒険させるための道筋をしっかりと考えていた。
メルセデスたちはユーリにとって大切な人であるし、ユーリの他の大切な人ともうまくやっている。
アクアはユーリの周りの人たちもユーリと一緒に幸せにする道筋を考え始めた。
その中のメンバーとして、メルセデスとメーテルも加わって、アクアはそれなりに現状を楽しんでいた。
アクアとユーリとその周りの人たちが幸せになる未来をアクアが考える中で、またユーリと何の関係もない人やモンスターはアクアの犠牲になっていた。




