50話 契約者
ぼくたちは少し遠出をして、強いモンスターが多く発生しているという場所へと来ていた。
その地域の冒険者たちでは対処できなかったので、ぼくたちが退治するようにとのことだった。
強いモンスターとのことだったが、ぼくたちにとって苦戦するような相手でもなかった。
モンスターの退治を終えて近場で休憩していると、猫耳を生やしたモンスターを連れた男に因縁をつけられた。
「スライム使いが女に囲まれて、ヒモでもやってんのかぁ? お前なんかより、俺の方がずっとうまくやれるぜ」
つまらない因縁ではあるが、その男がぼくに攻撃しようとしてきたので反撃する。
アクア水で何度か痛めつけていると、男がまたわめきだした。
「スライム如きを使ってるような奴が、いい気になってんじゃねえ。これから、本気を見せてやるぜ!」
そう言った男は身体強化らしき技を使っていたが、ぼくも水をまとって相手をする。前に戦ったオリアスよりはるかに弱く、簡単に対処できた。
すると、男はモンスターを罵りだす。
「お前なんかと契約するんじゃなかった! お前みたいなザコ能力しか無いモンスターじゃなきゃ、スライム使い如きに負けるはずがねえんだよ! ふざけるな! 死ねよ! そうすれば、俺は別のモンスターと契約できるんだ!」
その男の言葉があまりにも不快だったので、ぼくはその男をさらに痛めつけた。男はずっとわめいているだけだった。
「なんだ? そんなくそモンスターをかばうのか? くれてやるよ、そんなザコ。だから、俺にお前のモンスターを寄こしな。その猫なら、こいつよりはいいだろうぜ」
「冗談じゃない! モンスターを何だと思ってるんだ。自分のパートナーとしてモンスターを大切にできないやつに、契約者の資格なんてない!」
こんな奴にノーラを渡せるわけがないだろう。どうせ、ろくに努力もせずにノーラを使い捨てるとしか思えない。
ぼくにとって大切なノーラなんだから、契約するとしても信頼できる人にしか任せるつもりはなかった。
ぼくの言葉を聞いて、ノーラとアクアが甘えてくる。男への警戒を解かないままノーラとアクアを構っていると、男はさらにわめきだす。
「お前はいいよなあ! 強いモンスターと契約できて! さぞ楽が出来たんだろうぜ! 俺なんか、こんなくずと契約することになっちまったんだからよ! おい! 何とか言ったらどうなんだ!」
そう言って男はモンスターに殴り掛かる。止めに入ろうとしたら、モンスターが男の首を攻撃して吹き飛ばした。男は声を上げる事すらできずに死んだ。
「契約解除は、あなたが死んでも出来るんです。望み通りに契約解除できたんですから、喜んでください」
ぼくはモンスターに警戒していたが、モンスターはぼくたちには攻撃を仕掛けてこなかった。なので、説得をしようと試みる。
「投降してくれませんか? あなたの契約者がろくでもない人だったことは分かります。罪を償って、また契約者を探しましょう。あなたが死ななくて済むように、ぼくも働きかけますから」
その言葉を聞いたモンスターは、諦めたような顔で少しだけ笑った。
「ふふっ。さっきまで敵だった相手に、そんな言葉をかけられるんですね。それに、あなたのそばに居るモンスターを見れば、あなたがモンスターと良い関係を築けていることはよく分かります。最後にあなたのような人に出会えて良かった……」
「最後って、諦めないでください。どうしても駄目そうなら、逃げることも手伝いますから。良い契約相手を探しましょう?」
「いえ、もういいんです。契約者を殺したモンスターは、人の社会には居られない。それに、契約したことのあるモンスターは、ただのモンスターにとっては敵なんです。私の居場所はどこにもない……」
「なら、ぼくたちと一緒に来ればいい。良い契約者が見つかるように、手伝いますから」
「大丈夫。せっかくだから、あなたの名前を聞かせてくれませんか?」
「ぼくはユーリです。ね、諦めないで、もう少し、頑張りましょうよ」
「わたしはミア。この名前、できれば忘れないでください。ユーリさん、右手を出してください」
なんとかこの人が諦めないでいてくれればと思い、ぼくは手を差し出す。
ミアさんがぼくの右手を両手で握ったと思うと、ミアさんは粒子のようになり、ぼくの右手に吸い込まれていった。右手が熱を持った瞬間、右手に猫のような紋章が現れた。契約の証? でも、契約は複数できないはずじゃ?
いや、それより、ミアさんは死んでしまったのだろうか? 口ぶりからすると、そんな気がする。ぼくは落ち込んでいたが、みんなに慰められて、宿へと戻っていった。
宿では、みんなと少し先ほどの事について話していた。
「ミアさんを助けられなかったのは残念だけど、せっかくミアさんが契約みたいなことをしてくれたんだから、それを生かしたいよね。それが、ミアさんを悼むことにもなるはずだよ」
「ほんと、あんたってどうしようもないお人好しね。敵だった相手の事で、そこまで悩むんだから。そんなことより、どうすればあたしの役に立てるか考えておきなさいよ」
カタリナはひどいことを言っているようだが、この感じだと、ぼくを慰めようとしてるというか、ミアさんの事から考えを逸らさせようとしているはずだ。
まあ、恐らく身体強化の力だろうけど、この契約みたいなものを生かすことを考える事しか、どうせできないからな。それがカタリナの役に立つなら、それでいいだろう。
「ユーリ、ミアの事は残念だけど、せっかくミアが力をくれたんだから、しっかり役に立てるといい。アクア水とも、同時に使えるはず」
アクアはこの現象について、何か知っているのだろうか。まあいい。詳しそうなステラさんに、一度相談してみたいな。
この能力を使うつもりではあるけれど、ステラさんなら何かいいことを知っているかもしれない。
ミアさんの様子からして、危ない物ではないはずだけど、使い方を間違えたりすると大変だからな。
「ユーリさん、ミアさんは、きっとあなたに救われたんです。わたしなら、きっとそうなりますから……」
フィーナはそう言ってくれる。そうだと信じたいな。ミアさんの契約相手はろくな奴じゃなかった。
あんな奴が契約相手なら、きっと苦しんだのだろうし、最後くらいは救われていてくれたらいい。ほとんどミアさんには何もできなかったけど、そう思った。
「ユ、ユーリさん、ユーリさんがそんなに暗い顔をしていることを、きっとミアさんは望まないと思います。そうじゃなかったら、もっと別のやり方を取っていたはずなんですから」
きっとユーリヤの言う通りだろう。暗い顔をさせたいだけなら、もっと別のやり方があったはずだ。
それに、ミアさんのセリフからして、ぼくを傷つけようという感じではなかった。ミアさんの事を忘れる気はないけれど、前を向こう。
仮にぼくが死んでしまったら、ミアさんのしてくれた事も無駄になってしまう。
なら、しっかりミアさんのくれた力を役立てて、生き延びてやらないとな。
ノーラもぼくを慰めようとしているみたいで、ぼくの事を舐めてくれる。
ノーラもミアさんと同じ猫型モンスターなんだよね。ノーラがミアさんと同じことにならないよう、ぼくはノーラを絶対に大切にしよう。もちろん、アクアの事も。
それから、ぼくたちはカーレルの街へと帰り、サーシャさんに事の顛末を報告した。
「そんなことがありましたのね……ユーリ様、ユーリ様の心は立派だとわたくしは思いますわ。ただ、契約者を殺したモンスターは、基本的には重罪と決まっておりますわ。
今回の相手がよほど素行の悪さで注目されているとか、もともと犯罪者だったとか、そういう事がない限り、モンスター側をかばうことは良い手とは言えませんわ。
もちろん、ユーリ様が本気でモンスターをかばうつもりがあるのでしたら、こちらでも力はお貸ししましたわ。それに、ユーリ様は勲章を持っておられますから、それも役に立ったはずですわ。
ですが、人生をかけるほどの覚悟がないのならば、今後はそういうことはお控えくださいまし」
サーシャさんにはそう忠告された。
そういうことなら、今後は考えた方が良いのかもしれない。ぼく1人なら、突き進めばいいだけだけど、ぼくにはオーバースカイの仲間がいるし、他にも支えてくれる人がいる。
ミアさんの事はその人たちより優先するべきことではなかったと思う。結果的には丸く収まったのかもしれないけど、今後は気を付けよう。
それから、家に帰って、ステラさんにミアさんの事について相談した。
「それは……! ユーリ君、本当にそんなことがあったんですね。モンスター2体と同時に契約できないことは、ユーリ君もご存じだと思います。ですが、例外もあります。それが、ユーリ君も手に入れた力です」
例外だろうということは、なんとなく分かっていた。モンスター2体と同時に契約できないということはほとんど誰でも知っていることだから。
「本来の契約とは、契約によって生まれた力をモンスターと人とで共有するものなんです。そのことは、ほとんどの人は知らないと思います。私も、学園で教えることはありませんでした。1対1でしか契約できない理由は、その共有がうまくいかなくなって、モンスターにも契約者にも強い負担がかかり、多くの場合に死んでしまうからです」
なるほど。なら、ミアさんのくれた力は、力の共有がうまくいかないという問題を解決しているのかな。でも、そんな力よりミアさんが無事でいてくれることの方が嬉しかったな。
「ですが、モンスター側が命を含むすべてをささげた場合、契約で生まれた力を共有する必要はありません。ですから、複数体から契約のような力をもらうことが出来るんです。
ただ、それは過去に何度か実験されましたが、人間の側がどうやって強制しても、その現象が起こることはありませんでした。モンスターの側が心の底から望まないと、その契約はできないんです。
ユーリ君。あなたは、ミアさんという方にとって、自分のすべてを捧げてもいいと思える相手だったということです。ミアさんのその想いを無駄にしないであげてください」
そういうことだったのか。ミアさんは生きることをあきらめている様子だったから、必ずしもぼくじゃなくても良かったのかもしれない。
だけど、ミアさんはぼくにすべてを託してくれたんだ。
だったら、ミアさんの力をしっかり使いこなせるようになって、ぼくがもっと強くなることが、ミアさんへの手向けになるはずだ。
ぼくはこの力を絶対にうまく使ってみせる。そう決意した。




